第43話 サディスティック・ツイスター

 大門啓介は冷たい笑みを崩すことなくねっとりした視線でミエルと高英夫こうひでおを俯瞰していた。彼が右手を上げて合図すると二人の黒服が揃って一礼、すぐさまその場を後にした。


「ときにバニー君、君はそこの縛り屋を助けたいと考えているね。だから私の気を引こうとくだらない質問をして見せた。私はそれに乗ってみたわけだが間抜けな縛り屋がイキがったおかげで火に油を注いでしまった。残念なことにせっかくのアイディアも無駄になってしまったわけだ」


 そして大門啓介の顔から笑顔が消えるとともに再び高英夫こうひでおへの尋問が始まる。しかしそこにいつもの気取った口調はなかった。


「なあ縛り屋、貴様、なぜ我々がプロジェクトから降りたことを知ってるんだ?」

「降りたんじゃねぇだろ、外されたんだろ。だから言っただろうが、身の丈をわきまえろってよ」

「もう一度聞く。クローズドな会議体での出来事をなぜ一介のアウトロー風情の貴様が知ってるんだ!」

「そりゃてめえと同じさ。てめえにもあちこちに内通者がいるだろう、俺だってこの街で生きてるんだ、それなりの情報網はキープしてんだよ」

「まったく口の減らない野郎だ」


 大門啓介が尋問を続けんとリモコンに指をかけたちょうどそのとき、先ほどの二人の黒服が戻って来た、布製のキャリングバッグを抱えながら。


「お待たせしました会長、すぐに準備します」

「ああ、よろしく頼みます」


 大門啓介は口調を戻すとともに短い言葉でそう返すと再び微笑みとともにミエルと高英夫こうひでおを見下ろしながら続けた。


こう先生、あなたは本当に強運だ、命拾いしましたね」


 黒服が広げたバッグの中から取り出したのは畳一帖ほどのビニールシートだった。シートには直径二〇センチメートル前後の円がいくつか描かれている。それらは赤、青、黄、緑の四色がそれぞれ六個ずつ整然と列を為していた。それが何であるかミエルにはすぐにわかった。あれはツイスターゲームだ。


「そうかバニー姿のボクにあれをやらせようってわけか」


 しかしそれと尋問とに何の関係が……そう考えた瞬間ミエルの中で何かが弾けた。同時に電撃を喰らった高英夫こうひでおに匹敵する程の汗が全身から噴き出した。


「わかったぞ。あのゲーム、シートの下にはセンサーが張り巡らされてるんだ。それでボクが失敗したらこーさんの身体からだに電撃が流れるんだ」


 思わず身震いするミエルの前に大門啓介がやって来てサディスティックな表情を浮かべながらその顔を覗き込む。


「さあバニー君、いよいよ君の出番だよ。説明は不要だね、察しのいい君の顔を見ればわかるよ。せいぜい頑張って私たちを楽しませてくれたまえ」


 ミエルの拘束が解かれた。黒服の一人が小さなその肩を押す。同時に奥の壁に設置された巨大スクリーンにゲーム用のルーレットやアイコンが映し出された。


「さあ、ゲームを始めましょう!」


 大門啓介はやけに芝居がかった開始を宣言するとともにリモコンを押した。

 画面上ではルーレットがアニメーションしてはもったいつけるように停止する。


「右足を赤に」


 抑揚のない合成音声がそれを伝える。


「さあ、もたもたしているとまたもや縛り屋が苦しむことになりますよ」


 大門啓介と黒服に促されながらミエルは恐る恐るシートに足を乗せた。

 四回のターンでミエルは既に四つん這いになってしまったがここまではかろうじて順調ではあった。しかしそれからが難局だった。ターンを重ねるごとに無理な姿勢を強いられるのだ。とにかくミエルはバランスを維持するのに必死だった。苦悶の表情にしたたり落ちる汗、時折漏れる吐息、バニーガールが見せるその姿は十分に煽情的だった。

 大門啓介は操作ボタンを黒服に手渡すと今度は展示してある小さなドローンの前へと急いだ。微かなモーター音とともにドローンがホバリングを始める。彼は専用リモコンを操作しながら再びミエルたちの前に戻って来た。

 伸びきった腕にも網タイツに包まれた白く柔らかな太股にも緊張の色が浮かんでいる。ドローンはミエルの周囲を旋回しながらその様子をスクリーンに映し出した。サテン地の光沢に包まれた尻にはかわいいウサギの尻尾が、そのすぐ下には網タイツに包まれた内股が今にも痙攣しそうにぷるぷると震えていた。

 大門啓介はにやけた顔でミエルの胸元や局部を映し出していたが何か物足りなさを感じたのだろうか、黒服の一人に命じた。


「おい、バニーに鞭をくれてやれ。そのかわいいお尻に二、三発だ」

「はい」


 命令に従って黒服がミエルの尻へと鞭を振り下ろす。演技の小道具とは言え素人が振るうそれにはミエルが身悶えしてしまうだけの刺激があった。


「あ、あうっ、あ――っ!」


 苦悶のあえぎ声を演じるのはお手のものではあるが、今のミエルは演技と本気が半分半分だった。周囲で見守る黒服たちも生唾を呑み込みながらこの淫靡なゲームを見守っていた。


「う――ん、まだまだですね」


 大門啓介が不機嫌そうにつぶやく。同時にゲームのシートの上にずかずかと歩み寄るとミエルの脇腹をかかとで押した。


「あっ」


 思わずよろめくミエル、それでも高英夫こうひでおを思って踏ん張る。


「さすが男の、なかなか頑張りますね。君が縛り屋をかばう気持ちはよくわかります。素晴らしい師弟愛です。でも私はそんな心をくじいてやるのが大好きなのですよ」


 最後の言葉に本性を垣間見せた大門啓介は耐えるミエルの身体からだに二回、三回と踵蹴りをお見舞いする。


「うっ、あ、ああ――っ」


 ついにミエルは絶望の声とともにシートの上に倒れこんだ。


「ぐあぁ――!」


 間髪入れずに上がる高英夫こうひでおの悲鳴、大門啓介の高笑い。


「バニー君、ゲームの続行です。さあ、そのまま次のターンです」


 一旦横たわってしまったミエルに下る指示、ついにミエルは仰向けのブリッジに似た格好になってしまった。ドローンはミエルの胸の小さな膨らみと不自然な態勢で緊張する股間のVゾーンを順にアップで映していく。


「ときにバニー君、男の娘である君のそこ、そのデリケートな部分の造形はどうなっているのでしょう。とても気になりますねぇ」


 大門啓介がまたもや不気味な笑みを浮かべる。


「まさかあの鞭でボクの大事なところを……そんなことされたらまた倒れちゃう。そうなればこーさんが……マジでピンチだ、頑張れボク、頑張れボク」


 ミエルがこれから起きるであろうことを想像して身体からだを振るわせているときだった、大門啓介がゲームの手を止めてスマートフォンを取り出した。


「やっとのご到着ですか、ご苦労様でした……ええ、しばらくはロッカールームでお待ちいただきましょう。ただし部屋に施錠をしてはいけません、監禁になってしまいますからね。ご存じとは思いますが相手はお嬢様です、くれぐれも粗相がないようにお願いしますよ」


 大門が電話を終えたとき、その顔から下卑た笑みはすっかり消えていた。どうやら仕事モードに切り替わったようだ。


「さて、これから大事な交渉事があります。バニー君、残念ですが君をまた拘束させていただきます。それでは続きはまた後ほど」


 黒服たちがミエルを再び拘束する。とりあえずピンチは去った。ミエルは安堵のため息とともに汗まみれになったその身体からだを休めんと手錠とパイプに身を任せた。すぐ隣では高英夫こうひでおがすっかり脱力している。しかしそんな彼らに黒服たちは躊躇することなく催眠ガスのスプレーを浴びせるのだった。

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