第14話 最後まで哀れな女だったな
ダイモンエステートビルのペントハウス、十一階のルームで
「
「は、はい、車の中で夫婦そろって無理心中、練炭自殺です。警察内部からの情報なので間違いはないかと」
「占有屋、占有屋は何をやってやがったんだ。連中、あの家に詰めてただろう」
「それが一服盛られたようで。あの夫婦、大量の睡眠薬も飲んでたって話です。それを詰めてる輩にも使ったんだと思います」
「クソッ、あの親父だけは生かしておいてやったのに、それが裏目に出ちまったってことか」
いつもは沈着冷静な大門啓介が思わず目の前のイスを蹴り飛ばした。それは心を許せる腹心である
「高峰君、失礼した」
「いえ、お気持ち、お察しします」
「それで書類は、
「占有屋の若いのが目を覚ましたときには夫婦揃って既に死んでたそうで、慌てて家探しするもそれらしきものは見つからなかったって話です」
「困りましたね。自殺とは言え変死扱いです、その上
高峰勇次は腰を落として頭を下げながら続けた。
「先ほど占有屋の
大門啓介は勇次の顔を見ることなく遠い目をしながら答えた。
「彼らは脅してなんぼの商売、書類探しなど期待できません。
「はい、かしこまりました」
勇次は今一度深く頭を下げた。
「ところで高峰君、書類の行方についてあたりはついているのですか?」
「考えられるのは娘のところではないかと」
「
「ええ、高校を中退して以降それっきり音沙汰無しでしたが……」
「でしたが、とは? 情報は迅速かつ的確にお願いします」
「は、はい。それが今は歌舞伎町でSMショーまがいの見世物をやってるそうで。確か
「緊縛師……
「ヤツのことをご存じで?」
「直接の面識はありませんが噂は聞いています。以前にうちのカジノで演じていたときに面白半分で縛り上げたのがよりにもよってどこぞの組長の情婦、それが元でトラブルになってこの街から姿を消したと聞いていますが、そうですか、戻って来たのですか。それで彼らの居場所はわかりますか?」
「はい、もちろんです」
「ならばすぐに向かいましょう」
「社長自らですか?」
「もちろんです、すぐに車を用意しなさい」
「か、かしこまりました」
まさか大門啓介本人が出て行くとは。勇次はいささか狼狽しながらスマートフォンで車の準備を命じた。
職安通りを東へと行った高台に小さな神社が祀られている。
「車はここに待たせておきなさい。ここから先は歩きましょう」
黒いミニバンの後部座席から自ら降り立った大門啓介はトレードマークであるマルーン色のボウタイを直しながら幹線道路を横断する。慌てて高峰勇次が
営業を終えてすっかり暗く扉を閉ざした食品スーパーの裏手から細い路地を入る。バブル期の再開発を免れたそのあたりは狭小な住宅がひしめき合う、どこか下町風情が漂うエリアだった。
「今の
誰に言うともなくそうつぶやきながら進んだ先にマンションとは名ばかりの小さな三階建ての建物があった。その最上階、三階に並ぶ三つのドア、その一番手前が目的の部屋だった。
玄関扉の前で様子をうかがうも部屋に人の気配はない。勇次が同行する青年に指差して命じると彼はすぐさまピッキングの道具を取り出して玄関扉を開錠した。
「土足はいけません。指紋も残さないように注意してください」
大門啓介の言葉に忠実に従って高峰勇次は黒革の手袋を着けると、その様子を見た青年も自分が開錠したドアノブをハンカチで丁寧に拭き取った。勇次は手近な照明のスイッチを入れてみたがしかし明かりが点くことはなかった。どうやらブレーカーが落とされているようだ。勇次は玄関の壁にある分電盤を探ってブレーカーを見つけるとそのスイッチを入れた。
「なるほど、ブレーカーを落としているということはこの部屋にはもう
「それでは……」
「とりあえず何か目ぼしいものがないか探ってみましょう」
大門啓介と高峰勇次は部屋を荒らすことなく、しかしくまなく探してみたもののこれと言った成果は得られなかった。するとそのとき勇次はポケットに入れたスマートフォンに着信の振動を感じた。
「ああ、俺だ……なに、マジか……わかった。もし何か進展があったらまた頼む。ああ、もちろん礼はする」
勇次は電話を切ると大門啓介に耳打ちした。
「会長、女が、
「そうですか……亜梨砂が……」
突然の知らせだったが大門啓介は動じることなく静かに目を閉じたまま次の一手を模索していた。なにはさておき土地の権利書だ。その取得が最優先だ。彼は顎に手をあててしばし考えた後、高峰勇次に早口で命じた。
「占有屋の
「はい」
「高峰君、芥野の親父と交わした借用書の控えがあるはずです。すぐに賃借権設定の書類を作らせなさい」
「承知しました、すぐに」
深夜のマンションから三人の男たちが慌ただしく去っていく。終始無言のまま足早に歩く大門啓介を先頭にして三人は表通りに待たせておいた車に乗り込んだ。
レザー張りのシートに身を委ねながら大門啓介は目を閉じて少年時代のある日を思い浮かべる。彼の脳裏に幼い亜梨砂のあどけない笑顔が浮かんでいた。
「亜梨砂……勝手に姿を消して身を堕とした、これがお前の末路だ。最後の最後まで哀れな女だったな」
大門啓介は目を閉じながら心の中でそうつぶやいた。
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