第5話 歌舞伎町のデーモン

 国内有数の歓楽街である新宿は歌舞伎町、中心部からやや東寄りの一角にそのビルはあった。ダイモンエステートビル、地上一〇階、地下一階の建物に入居するのはビルのオーナー会社であるダイモンエステートなる不動産デベロッパーだった。

 君臨するのは最高経営責任者である大門啓介だいもんけいすけ、三二歳という若さでのし上がった手腕はかなりのもので違法、脱法お構いなしの強引なやり方は業界では鬼とも悪魔とも噂され、いつしか彼は大門ならぬデーモン、歌舞伎町のデーモンと呼ばれるまでになっていた。

 まるで手形のパクリとサルベージ、色仕掛けに恐喝と、まさに手段を選ばぬ手法でこのビルを手中にした彼はすぐさま屋上にメゾネットタイプのペントハウスを増築する。そこはエントランスからは隠された直通エレベーターと専用階段でのみアプローチできるプライベート空間、十一階は接客や会議のための多目的ルームで最上階である十二階は大門啓介の私邸として供されていた。


 その日、十一階のルームには金の匂いに目がない面々が一堂に会して主催者である大門啓介によるプレゼンの始まりを今や遅しと待っていた。

 壁に用意された大きなスクリーンには天井に据え付けられたプロジェクターから映像が投影されるのだろう、その脇には高層ビルの模型と小型のドローンが飾られていて、それらを臨むようにサイドテーブルとセットになった革張りのチェアーが馬蹄形に配置されていた。

 時刻は午後十一時、待たされ続けた面々がそろそろ業を煮やし始める頃、ルームの照明が落とされてプロジェクターがスクリーンに映す白い光をスポットライト代わりにしてひとりの男が現れた。ざわつく客たちを前にして男は仰々しく一礼すると襟に仕込んだマイクを通して開会の声を上げた。


「お待たせいたしました。定刻を過ぎましたのでこれから我がダイモングループが総力を結集して進めております事業とそのあらましをご説明申し上げます」


 ブラックスーツにウイングカラーの白いシャツとマルーン色のボウタイ、真ん中で分けた髪はグリースでバックに流しているその見た目は急成長の若手実業家と言うよりもむしろ根っからのこの街の住人そのものだった。

 そんな挨拶などいいからさっさと話を始めろ、こっちはどれだけ待たされたと思ってるんだ。おそらくその場の誰もがそう思っていただろう。しかしそんな言葉を口に出す者はひとりもいなかった。それは期待される投資の見返りの大きさのみならず、一見柔和に見えるこの男が持つ力と真の恐ろしさをここにいる全員が理解しているからだった。

 身の丈一七〇センチほどのこの男こそが大門啓介だいもんけいすけ、表の顔は新進気鋭の実業家、しかしもうひとつの顔は半グレ集団を束ねる「連盟」なる組織の幹部構成員でもあった。

 そして今日この場に集まっている出資者なる面々もまた海千山千な連中ばかり、彼はこうした怪しげな連中から資金を調達しては有力政治家へのばら撒きと強引な利益誘導までもしているのだった。


「それではこちらをご覧ください」


 大門啓介が指を鳴らすと壁面のスクリーンいっぱいに再開発エリアの地形図が表示された。3D化された空間内で視点は縦横無尽に動いて現況を映しながらついにそれは上空からの鳥瞰ちょうかんへと変化する。やがて映像は氏が想い描くあるべき姿へと変貌していった。

 この動画制作で活躍したのがスクリーンの脇に鎮座する小さなドローンだった。今それが微弱なモーター音とともに飛び立つと動画に見入る者ひとりひとりの姿を映してはスクリーンに投影する。そして客たちはそんな演出に思わず感嘆の声を上げるのだった。


「江戸の昔から明治、大正、昭和、そして平成、令和に渡ってこのエリアはおよそ開発とは無縁の地でした。そこには様々な因縁があったことは否定できません。ならばそんなものはすっかりきれいにしてしまえばよい。淘汰と再構築、それが我々の描く未来像なのです」


 そう、大門啓介だいもんけいすけみ地と呼ばれて世の中から取り残されたこの引地ひきち地区をきれいさっぱり更地にした上でその先にも広がる再開発エリアと融合させてしまおうと考えているのだった。そのためには強引かつ過酷なまでの地上げが必須である。今宵ここに集められた面々はみなその筋のエキスパートたちだったのだ。



 やたらと演出めいたプレゼンは滞りなく終了した。満場一致で歓迎された計画の出資金額は一口一億円から、そして大門啓介はこの一夜で数十億円もの資金を調達したのだった。


「ご協力ありがとうございました。ここからはお堅い話はなしにして皆様お楽しみの余禄のお時間でございます」


 大門啓介が再び指を鳴らすとプロジェクターの電源は落ち、代わってルーム内がカクテル照明の柔らかな明かりに包まれる。それを合図に艶めかしい女たちが現れた。彼女らは客たちひとりひとりに寄り添い手を差し伸べる。


「さあ、彼女たちのエスコートで下階したにお越しください。軽いお食事とお飲みもの、それに長い夜をお楽しみいただくための趣向もご用意しております」


 客たちが女性を伴って階段を下りて行くとその先にあったのはこのビルで開帳されている闇カジノだった。彼らを見送りながら大門啓介は傍らに立つツーブロックの長髪を後ろで束ねた身の丈一八〇センチはある長身の男に命じる。


「とりあえずおひとり様一本を用意してあげてください、今宵はそんなところでよろしいでしょう」


 細身ではあるが格闘するには十分な筋肉を備えた彼は満面に笑みを浮かべて大門啓介の意を酌んで一礼した。彼こそが大門啓介の腹心の部下、高峰勇次たかみねゆうじだ。そして大門啓介が言う一本とは百万円、一夜限りのカジノ気分に浸ってもらうには十分な額だった。


「もし足りないと所望されたならばもう一本まで、しかしそれ以上をお求めになるようならば、高峰君、あなたの判断におまかせします。ただし相手は出資者、お客様です、あくまでもほどほどにお願いしますよ」

「はい、承知しました」


 大門啓介の指示に従ってすぐさま下階したへと去っていく高峰勇次、その姿を目で追いながらひとりその場に残った彼は不敵な笑みを浮かべる。その形相はまるで悪魔、まさに歌舞伎町のデーモンそのものだった。

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