エスケープ・フロム・デーモンタワー ~ ミエルと晶子の救出、脱出、危機一発!
ととむん・まむぬーん
第1話 放課後の風景
校舎から校門へと続く桜並木を談笑しながら歩く数名の女子生徒、その中心にいるのは初等部からこの学園で学ぶ
「ねえねえタバシ、なんで髪切ったかなぁ」
「そうそう、タバシのポニテは男子たちからも人気だったのにいきなりバッサリだもんね」
「そろそろほんとの理由を話してくれてもいいんじゃないかなぁ。ねえ、伊集院さんもそう思いますよね」
いきなり話を振られた伊集院祥子は彼女らの追及を柔和な笑みとともに受け流すのだった。
「ふふふ、それは
伊集院祥子がそう言えば取り巻きの面々もそこで口を閉ざしてしまう。そして少しばかりの沈黙、そんな気まずい空気を変えようと晶子は彼女なりに気を遣いつつ事情を説明した。
「飲食店って火を使うこともあるしで、だから切ったし。ポニテにしたければウィッグでもなんでもあるから、それだけのことだし」
「そっかぁ、うん、タバシはひとり暮らしだもんね。いろいろ大変だよね」
取り巻きのひとりがそう言って無難に話を切り上げたとき、伊集院祥子とその取り巻きの一団はそろそろ校門に近づかんとしていた。すると彼女らの視界に門柱の向こうに立つ人影が映った。それが誰かを知っている晶子はすぐさま周囲に気付かれぬよう小さく舌打ちをした。
「ねえ、あれって三年生の小林先輩じゃない?
「そうだそうだ、あの人って私たち二年生にもファンが多いよね」
小林大悟にファンが多いなんて、そんな話は初耳だ。晶子は素知らぬ顔で聞き耳を立てる。
「この前、三年の加奈先輩がカラオケボックスで小林先輩にメイド服を着せたんだって。それがめちゃ可愛くて、超、超評判だったらしいよ」
「そうそう、生徒会の人も今年の学園祭の仮装コンテストに出てもらおうって言ってたし」
仮装?
学園祭?
何を言ってるの、あの子はプロよ。学園では隠してるけれど裏では女装してミエルなんて二つ名で夜の仕事やら事件屋稼業やらをしてるんだから。
とは言いつつも晶子自身もまたその片棒を担いているのだ、とにかく裏の仕事と二人の関係をみんなに知られてはいけない。ここは知らんぷり、知らんぷり、晶子は集団の最後尾で目立たぬように身をすくめていた。
やがて校門の前で大悟の姿が露わになると、取り巻き一同は声を潜めながらもざわつき始める。
「もしかして彼女待ち?」
「かもね、でもちょっと気になるよね」
「うんうん、あの先輩ってちょっと中性的だから逆に相手はボーイッシュだったりして」
「背も小さいからやっぱ彼女も小柄かなぁ」
「てか、それってまんまタバシじゃん」
まずい、自分に話題が振られる。晶子はここぞとばかりに伊集院祥子とその周辺に別れの挨拶をする。
「それではあたしはここで失礼します、これからバイトなので」
「そうですか、それではお気をつけて、いってらっしゃい」
「ありがとう、伊集院さん。それではみなさん、ごきげんよう」
この学園ならではの挨拶を最後に晶子は校門を出て舗道を西に向かう。彼女が通り過ぎるタイミングで大悟も彼女の背後を守るようにして後についた。晶子は振り返ることなく、少しばかり声を荒げる。
「なんであんたが待ち伏せしてるし。てか、みんなにバレたっぽいし」
「そんなことないよ、大丈夫だよ。それに警部さんからも身を守るには二人でって言われてるじゃないか」
「はいはい、わかりました。わかったからそれ以上近づくなし」
大悟は小さなため息をつくといささかご機嫌斜めな晶子の気を紛らわせようと気になる話題を振ってみた。
「ところで晶子、君ってタバシって呼ばれてるの?」
「……」
「もしかしてア・シ・タ・バ・ショウ・コを縮めてタバシ? そっか、ショーコだと伊集院さんとかぶっちゃうもんな」
「うるさい、だったらなんだし」
「いや、ボクも君をタバシって……」
その瞬間、晶子はスカートの中に隠し持っていたスタンガンを手にするとそれを大悟の前に突き付けた。おっと、これはヤブヘビだったか、ピンチ、ピンチ。大悟は慌てて取り繕う。
「あ、ごめんごめん、もう言わない、言わないよ晶子」
晶子はプイッとソッポを向くと手にしたスタンガンを再びスカートの中に隠し入れた。
「伊集院さん、やっぱあの二人は怪しいですよ」
「タバシが髪を切ったのってやっぱ先輩のせい?」
「え――っ、でもフラれたわけでもないのに切るかなぁ」
「だよね――」
並んで歩く二人を校門の前で見送りながら取り巻き連中が口々に噂をするも伊集院祥子はむしろ彼らを温かい目で見守っていた。
「でもステキな二人だと思いますわ。ワタクシは応援したいと思います」
西日の向こうから大型の高級車がこちらに向かって来るのが見えた。歩道を歩く大悟と晶子も思わず路肩に身を寄せる。ブリティッシュグリーンと呼ばれる深い緑色のボディーに映えるパルテノン神殿を模したボンネットグリル、そのてっぺんでは銀色のレディーが今にも飛び立たんと翼を広げていた。車が校門の前に停車すると、左ハンドルの運転席から降り立ったソフトリーゼントヘアの青年が後部座席のドアを開けて待つ。
「それではみなさん、ごきげんよう」
伊集院祥子は皆に向かって一礼するとコノリーレザーの香りが漂う後部座席に身を沈める。運転手もまた残された生徒たちに小さく会釈して車に乗り込むと静かなエンジン音とともにその場を後にした。
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