第11話(決意)

 頭上から素早く姿を現した声の主に、燈夜と駿平は唖然とした。

 頭巾を被り、身に纏っている物は本やテレビで見た忍者そのものの格好なのだが、柄が……迷彩だった。

 確かに林や森の中では保護色になって紛れるだろうが……迷彩柄の忍者に2人は必至に笑いを堪えた。

 その様子を怪訝そうに見ながら、忍者が名前を名乗った。


「拙者、徳川幻翠将軍の御庭番、影丸と申す。此度は陰ながら随伴しておりました」


 言いながら、先ほど倒れた大男の首に巻き付いた飛び道具の紐のような物を回収している。

 間一髪のところで、自分と紅沙を助けてくれたのが影丸だったとわかり、笑ったことに罪悪感を覚えて真面目な表情に戻り、


「影丸さん、ありがとうございました。助けてくれて」 


「礼には及びませぬ。こんな時のために護衛も言いつかっておりますゆえ」


 先ほど襲われ固まっていた位置で微動だにしない紅沙を見て、影丸は続けた。


「紅沙殿は高度な剣術を身に着けており、他人を守るための剣技にはそれを遺憾なく発揮されるのですが……御自身に対する攻撃には途端に剣を振れなくなるのです」


 紅沙を庇って飛び出す直前に感じた違和感は間違っていなかった。

 

「幻翠が言ってた問題ありって、これかよ! 大問題じゃねぇか!」


「そういうことてすので、お二人共、くれぐれも油断なさいませぬよう、ではこれにて御免」


 現れた時と同様、影丸は素早くどこかに身を隠してしまった。


「どうすんだよ~。用心棒がこんなポンコツで」


 短い髪の毛をワシャワシャ掻いて駿平が頭を抱える。


「自分に対する攻撃に反撃できないって、コイツやられたら俺ら全滅じゃんよ」


 確かに駿平の言う通りだ。同じ事が起きた時、いつも影丸の助けが間に合うかは期待できない。


「燈夜、コイツなんとかしろよ」


(え!? 丸投げ?)


 燈夜も頭を抱えたい気分だった。どう言えばこの事態を打開できるのか、全くわからない。


 ――自分を守れない――


 人間とは自分が一番可愛い生き物だという考えが大半の人に当てはまる世界で生きてきた。

 他者より自分の命を大事にできないのだとしたら、その背景には何かしら大きな要因があるのだろうし、それが自分ごときの力で即座に解決するようなこととは到底思えない。

 それでも寄り添いたいという思いは、強くあった。


「大丈夫だよ」

 

 根拠のない言葉だとは知りつつも、燈夜はそう声を掛けて紅沙の両手を取った。

 紅沙は燈夜の瞳を見上げると促されるまま素直に立ち上がった。


「ええと、僕たちは運命共同体、わかるかな? 君が君を守ってくれないと、皆死んでしまう」


「…………」


 紅沙は何も答えずに燈夜の瞳を見つめ続ける。相変わらず表情には出さないけれど、紅沙の目の奥に何か苦しみのような感情が見えた気がして、燈夜は意を決した。

 ゆっくりと言葉を紡ぎ出す。


「これならわかるかな。――君は僕の半身だ。君が自分を守れないなら、僕が君を護り抜く。だから、君の半分は僕だと思って戦ってほしい」


 伝わっただろうか。紅沙は繋いだままだった両手を力なく握り返して応えた。



◆◆◆◆



 昼休憩中の不意打ちによって怖気付いたのか、早いところ目的地に着いて安心したいという気持ちからか、燈夜も駿平も自然と早足になって歩を進めていた。


 そんな心の内を隠すように空元気を出して、駿平が軽口を叩く。


「お前って、そっちもイケんの?」


「そっち?」


「さっきの、半身だってやつ? なんか、プロポーズみたいで、こっちが恥ずかしくなったわ!」


 そんな風に見えていたのかと、燈夜の顔が火照りだす。


 そういえば、今まで他人に無関心に生きてきた自分が、襲われる人をかばったり、熱い台詞を口にしたりと、らしくない言動を取っている。

 何故なのだろう。こちらに来て自分の中の何かが知らないうちに変わったのか、それとも本当に自らの半身とでも信じて、紅沙限定で体が動くのだろうか。


「あー、でもこいつも超子か?」


 美しい少年と勝手に認識していたが、男か超子かというこちらの性別で意識をしていなかったことに気付く。

 確かに男子より超子である可能性の方が高いのだろう。

 そんなことを考えて紅沙を後から見つめていると、横を見た彼と一瞬目があった。すぐに逸らされてしまったが、午前中にはなかったことだ。


「にしても、迷彩柄着た忍者とか笑えたな」


「お静さんもモンペ履いてたし、ファッションは少しずつ進んでるのかな」


「モンペって、昭和の戦争の頃履いてたよな?」


「うん。あと、ちゃぶ台とかもあったけど、あれも明治時代以降の物なんだよね」


「詳しいのな?」


「去年の夏休み、グループ研究で江戸時代の生活をテーマにしたから」


「あと、これ、薄っぺらい草履とか履かされんのかと思ってたけど、こっちの靴? 意外と優秀だな」


 草履よりも細い繊維同士で編み込んだ履物は、足の指と甲、踵とアキレス腱まで守るような造りで、蒸れもなく丈夫で履き心地がよかった。


「あ、そうだね。こんなに歩いてきたのに靴ずれとか全然しないし」


「喋りも。なんかもっと昔の時代劇みたいかと思ってたら、意外と俺らと近くね? 幻翠も普通に『お前ら!』だもんな」


「忍者も『ござる』って言わなかったね」


「一応、進化してんだな〜。さすがは2022年、そのまんま江戸時代ってわけじゃねぇのな」


 2022年の江戸時代、自分たちが習った幕末からの160年余り、この世界はこの世界でゆっくりと発展を遂げてきたのだろう。

 ここは一体どこなのだろう。兄さんはどこにいるのだろう。そして今まで自分がいたあの世界は何だったのだろう。

 改めて根本的な問いが頭を駆け巡る。答えは出ないとわかっていながら。

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