パクチー乗せなよっ⁉二宮君ッ‼
世楽 八九郎
パクチー乗せなよっ⁉二宮君ッ‼
「パクチー乗せなよっ⁉ 二宮君ッ‼」
とあるラーメン屋でのことです。
齢は20ほどの女性が椅子から立ち上がり、目の前の男性に吠えました。
「いや、パクチーは……」
二宮君と呼ばれた同年代の彼は彼女の提案に顔をしかめ、沈黙しました。
「美味しいじゃん、パクチー!」
ふんす、と鼻を鳴らして迫る彼女から二宮君は眼を逸らします。
——可愛いぜ、三条! だけど……。
二宮君が内心デレデレな彼女は三条さん。背丈があり脚長でスポーティーな引き締まった身体つきですが、童顔で可愛らしいです。
それと、三条さん。飲食店で騒いではいけませんよ。
「カメムシの香りじゃん、パクチー」
対して二宮君はパクチーをこき下ろしつつ拒否します。三条さんにデレデレなくせに、それはそれ、これはこれの精神なんですね。細身の優男風な見た目をしていますが、頑なところがあるのでしょう。
しかし、二宮君。お相手の提案をそう無下にするものではありませんよ。
「あ? それは私が
「なんだよ南越谷パクチー大使って⁉ 狭いし、ショボいし、意味わかんない⁉」
ほら、三条さんがお
彼女は眉間にしわを寄せ、親指で外を指しました。
「ちょっと表出ようか? 二宮君」
二宮君はその圧に負けてすごすごと店の外へと連れ出されてしまいました。
二人ともラーメン屋でいきなり途中退席してはいけませんよ。
§ §
「さあ! ノンパクチーをオーダーしたくば、私を倒していくんだよっ!」
「どうしてそうなる……」
「はぁ……ぱくちぃぱくちぃぱくちぃ……」
「カバディかよっ⁉」
「パクチィだよ」
二宮君を連れ出した三条さんは軽くストレッチすると腰を落としてパクチィなる競技を開始しようとしました。
「さあ、こい! 南越谷パクチー大使の私をパクチィ越えしてみせるんだっ!」
「パクチー乗せたくない俺がどうして三条にパクチィ越え出来るんだよ⁉」
「それがパクチィだ」
「ぐぬぬぬ!」
観念した二宮君はスマホでパクチィの攻略法をさっとググると、三条さんに完勝しました。
「……攻略サイト! 見事なパクチィノウレッジだったよ!」
三条さんは晴れやかな表情で親指をぐっと立てて二宮を称えました。スポーツマンシップです。
言うまでもなく、ラーメン屋の前でパクチィしてはいけません。
§ §
二人が店内に戻ると、人間大の緑色をした植物質のなにかが三条さんのラーメンを食べていました。トッピングは大盛のパクチーです。
「パクチーがラーメン食ってるぅ!!!」
「わぁ、パクチーマンだぁ!」
驚愕する二宮君の隣で三条さんがディ〇ニー大好き女子がミッ〇ーと遭遇したようなテンションで跳ねました。
パクチーマンと呼ばれた存在は椅子から立ち上がると二人を眺めるかのように停止しました。基本的なフォルムは人型で足から腰に掛けては白い根のような見た目で胴体は細く、両腕と頭部はパクチーの枝葉のような形状をしており、顔はありません。ちなみにラーメンは胴体にある切れ目から食べていました。その切れ目がおもむろに開きます。
「……太麺によく絡む濃い口のスープが食べ応えがあり、美味。具材の厚みや種類も計算されており、濃いが、くどく感じさせず食べ飽きない。そして、なによりもパクチーだ。パクチーが素晴らしい」
「他人のラーメン食って、食レポかよ……」
「パクチー、インターセプト……!」
パクチーマンは唐突に食レポを始めると二人からふいと視線(?)を外してしまい、厨房へ向き直った。
「素晴らしいパクチー! ああ! パクチー! 素晴らしき食べ物! 店主、君にはパクチー栄誉賞を進呈しよう」
ミュージカルじみた調子でくねくねとラーメンの美味しさを称えたパクチーマンに対して厨房から出てきた強面の店主は深く頷き、栄誉に浴しました。
「わ、わー、おめでとう、ございますー」
二宮君はまったく意味が分かりませんでしたが、調子を合わせて拍手を送ります。ところが、隣の三条さんはノーリアクションです。しかも、どこか虚ろな瞳をしています。
そんな彼女がキッと店長を睨みつけました。
「奪い、取らなくちゃ……」
「はっ⁉ なんで⁉ 何を⁉」
「パクチー栄誉賞……」
三条さんの発言に二宮君は目を白黒させます。いくらパクチー狂いな三条さんでも言っていることが滅茶苦茶だと静止します。
「なに言ってんだ⁉ 栄誉賞を奪っても、意味ないよ⁉」
そんな二宮君に三条さんはフッと笑いかけます。
「パクチー業界は弱肉強食。倒して奪い取るがまかり通るんだよ。知らないの?」
「嘘だろ……?」
「パクチーインターセプト」
混乱する二宮君を尻目に三条さんは店主に宣戦布告をしてしまいます。
「パクチィでの果し合いを申し込む」
「……受けて立つ」
店主は腕まくりして額のタオルを締めなおすと、閉店の暖簾を持ち出しました。
そんな二人にパクチーマンがおもむろに挙手しました。
「審判はパクチー世界選手権公式レフェリーの私が請け負おう」
「血の気が多いなぁ~、パクチー業界」
こうして出ていく三人の背中を二宮君は見送りました。
「どうーしよ、俺のラーメン……」
二宮君のラーメンは手つかずでしたがパクチー大盛でした。
三条さんはあっさり店主に負けました。
§ §
「……パクチー布教には失敗、パクチィは2連敗……だめだ、パクチー道引退かな」
敗北した三条さんが追加注文したラーメンを待ちながら項垂れている姿を眺めながら二宮君は考えます。
——願ったり叶ったりだけど、なぁ。
視線を感じたのか、自分を見上げてきた三条さんと目が合った二宮君は思わず口を開いていました。
「続けなよパクチー道。俺は好きなことしてる三条が好きだよ」
「……二宮君」
いい雰囲気です。三条さんの頬が赤らんでます。驚きとも喜びともとれる表情で口元が緩んでいます。さあ、二宮君。もう一押しです。
「はーいはいはいは~い、ラーメン屋で告白するのは禁止でーす」
そこへまさかの闖入者です。二人が見上げるとそこにはラーメンを手にした店主がいました。しかもその親指はラーメンスープに突っ込まれています。驚きのあまりかもしれませんが、あんまりな光景です。
「確かにラーメン屋で告るのはないなー」
「なん……だと……?」
さらにパクチーマンの追撃がさく裂させました。確かに告白するのにラーメン屋は向いていないのかもしれませんが。
「あ……あのさ」
このいたたまれない状況に三条さんがなにか言おうとしますが、二宮君はそれを手で制しました。
「三条の好きなようにすればいいんだ。俺も付き合うよ」
「えっ……?」
そう言うと二宮君は手つかずだったパクチー大盛ラーメンを勢いよく食べ始めました。辛い、苦い、と言いながら奮闘する彼を見て三条さんはにっこりと笑い、自分のパクチー大盛ラーメンを食べ始めました。
「「ごちそうさまでした」」
二人が食べ終え合掌すると店主がテーブルに証書のようなものを差し出しました。
「持ってきな。お代も結構だ……兄ちゃん、やるじゃねぇか」
「ラーメン屋で告白する男女がいてもいい。愛もパクチーも自由なものだ」
そこにはパクチー栄誉賞の賞状がありました。店主はニヒルに笑い、二宮君の肩を叩き、パクチーマンも拍手を贈っています。
二人は互いを見つめてから笑い合いました。
「パクチー!」
「インターセプト!」
二宮君と三条さんのパクチー道は始まったばかりです。
〈 完 〉
パクチー乗せなよっ⁉二宮君ッ‼ 世楽 八九郎 @selark896
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