春夏の面影
PROJECT:DATE 公式
蒼白を重ねて
かりかり。
すぅ…。
し…。
か、かっ。
そのような音が部屋に響く。
今は夕方のため、幸いなことに
母親の姿はなかった。
ことん、ことんと
遠くで電車の音がする。
それに耳を傾けながらも
手を動かし続けた。
賑やかな蝉の声もしなくなった。
夏は終わりかけているのか、
日差しの強さも鈍くなりつつある。
麗香「…。」
隣を占領している扇風機に
片手を伸ばして掌を涼ませる。
たった今、動画サイトで夏のASMRでも
再生してみれば、
そこそこ風情のある絵になるだろう。
から。
振ったら芯が出るタイプの
シャーペンだったからだろう。
空虚な音が洗い終わった
皿にまで響いていく。
もう電車の音がしなかった。
最近は特に感じるようになったことがある。
それは、時間は勝手にどんどんと経てゆくこと。
それから、経た時間は戻ってこないこと。
麗香「…。」
もう1度、と気持ちを入れ直し机に向かう。
花奏の一件があって以降、
歩先輩や雛、遊留に
何が起こったのかを聞いた。
まず、5月ごろから
雛さんには吸血欲求が出始めた。
それも、夜道を歩く中
唐突に首元を切り付けられ
口をつけられたのだかとか。
その日を境に、彼女の生活は
大きく変わってしまったのだと言う。
遊留にそのことが知られてからは
彼女に頼ることにしたようだ。
何度か喧嘩紛いのことをしたり
話し合ったりして、
困難を凌いできた、と。
だが、症状は悪化する一方だったらしい。
雛と遊留の間にも亀裂が入り、
彼女は姿を眩ませた。
一時期Twitterで騒ぎになったあの事件には
そのような裏側があったのだ。
遊留と歩先輩が探し出し
一旦は落ち着いたものの、
根本は何も解決していなかった。
そう、吸血欲求だ。
トマトジュースを血液と見立てて口にし
生肉のドリップを飲むことで気を紛らわせ、
数日に1回、ティッシュ等何かに
血を吸わせてから摂取した。
日々が過ぎていく中、
幸か不幸か首を切り付けた犯人と
出会うことになったという。
吸血鬼は伝承だと
眷属は親分を殺せば
自由になれるとかなんとか言ったらしいが、
遊留と雛は話し合い
殺さない決断をしたらしい。
吸血欲求が治ることはなかったが
今は普通に暮らしているのだとか。
そして、そのあたりで
あて達は海の底を歩いた。
何日か経た頃に花畑を見つけ
真ん中には大きな蕾、
周りには青々しい花々。
白いワンピースを身につけ、
随分と力のない声を漂わせる。
ボブくらいの髪を結ぶことない
か弱そうな見た目の人がいた。
あの異常性は未だに色濃く残っている。
あて達の経験したことも
ざっくりとだがみんなと共有した。
それから、歩先輩と雛の出来事。
歩先輩は早朝、誰かに訪問され
対応したところ何かを口に入れられたという。
気づけばおぶられており、
とあるマンションの一室に
投げ捨てられたのだとか。
そこには女の子であろう人が1人。
ボブほどの髪で
華奢で弱そうな見た目だった。
生きている人間か否か不信感を抱いたとも
口にしていたっけ。
雛は歩先輩から仲直りがしたいという旨の
手紙を受け取ったと言うが、
歩先輩は書いていなかったと。
誰かが仕組んだことなのだろう。
2人は暫く閉ざされた空間の中過ごしたが
ある日歩先輩が熱を出してしまう。
看病する中で色々と話したらしく、
その時和解したようだ。
和解後、もう1度扉が開くのか
試したところ、開いたのだと語った。
日付は少なくとも数日は
経ているに違いないほど
部屋の中で過ごしたというのに、
実際出てみれば1時間ほどしか
経っていなかったのだ。
2人は口を揃えて
おかしな体験だったと口にする。
麗香「…。」
ここまで書き連ねて
わかったことがある。
どれもこれもこれらの不可解な出来事は
仕組まれているに違いないということ。
特に、ボブであるあの人が
1番怪しいだろう。
麗香「…だよねぇ…。」
歩先輩とあてが見た人物が
同一人物とは限らない。
偶々ボブの人が
2人くらいいたっておかしくない。
しかし、状況が状況だ。
ここまでこれば推測というよりは
同一人物であってくれという
願望だと言っても過言ではない。
あては、いつまで経ってもあの
白いワンピースに清くも映った
青々しい波紋を忘れることができない。
あの窮屈なはずの空間の中、
自由に呼吸ができた異常さを
忘れることができない。
燦然とした空気の中、
ふわりと漂った白い香りを
忘れることができなかった。
°°°°°
麗香「…っ!」
「ボクは聞いてるんだよ。」
麗香「…ふー…ふー…!」
「自分のやるべきことを忘れていないよね、って。」
---
「嶺麗香。君は忘れてしまったの?」
麗香「…っ!…名前……何で。」
「ボクが聞いてるんだよ。」
麗香「知らない、何も知らないっ!」
「そっか。」
麗香「あて、は…あては、先輩を助けたいだけ。それだけ、やることはそれだけっ!」
「…。」
麗香「みんなで帰るの、生きて帰るのっ…!」
°°°°°
麗香「……なんだよぉ…やるべきことって…。」
髪の毛を乱雑にかき混ぜる。
今なら鳥の巣にでも
してもらえるかもしれないな。
白いワンピースを身につけた人から
言われた言葉が未だに忘れられない。
自分のやるべきことを忘れていないか。
やるべきこととはなんだ。
学生だから勉強か?
それとも母親がどっぷり浸かっている
宗教に関わりのある人だとして、
水泳を続けていろよという暗示だとか?
…そんなことではないのだろうと
想像がついている自分がいる。
そんなことではなく、
もっと入り組んだ事情が
あるはずなのではないか。
麗香「……何を…。」
…。
これだけ多くのことを書き残し
覚え続けている中で、
一体何を忘れてしまったのだろう。
ふと横を見れば
積まれたコピー用紙があった。
あれから不可解なことについて
書き溜めているものだから、
こんなにも嵩張ってしまった。
麗香「…。」
時折思うことがある。
もしも、かえという人物が
花奏の知り合いではなかったら。
もしも、白いワンピースを着た人だったのなら。
これは仕組まれて起こった出来事に
なるのではないだろうか。
情報をどこから仕入れたかと問われれば
かえのいる田舎に住む人達に
聞いたとしか思えない。
それが叶うかどうかは別として、
可能性としてはない話ではない。
あり得てしまう。
何故なら、それ以上の不可解な出来事が
あて達のことを襲っているのだから。
麗香「…はぁ………。」
ひと息、大袈裟とも思えるほどに
大きなため息をついた。
それから、過去の山を崩し
初めの方にメモしたものを引っこ抜く。
その辺りの紙束には
4月のことが殴り書かれていた。
麗香「わ…汚っ…。」
確か、これらを文字にして残したのは
愛咲先輩が居なくなってからだ。
だから焦ったままにペンを取り
忘れていない間にと思い
書き残したのだろう。
所々線は歪んでいたり
省略されたりしているものだから
読みづらいことこの上ない。
小学生の時にはなかった知恵だ。
漢字スキルの宿題をひたすら
形を崩さず、しかし早く
書こうとしていた時が懐かしい。
ぱらぱらとめくっていく。
そうすると、何度も目にした
あの文字達が姿を現すのだ。
4月10日
仏の顔も三度まで
4月13日
溺れる1番線
戻っておいで
住所の記された紙
曲は夢の在処
大元を断て
繋ぐ公衆電話
青が現実
4月14日
私を助けて
354528713964876
幸せに沈まぬように
思い出と共に見つけて
1時間の隠れ家
4月17日
過去と向き合え
2年前からかくれんぼ
354509913964482
伝わなければ真実ではない
母の面影を追って
伊勢谷真帆路は生きている
海底の蕾
3で取り消し
霊を見放せ
4月19日
354473613964328
花は不幸の量と比例
任務を忘れるな
缶コーヒーを届けて
橋を渡るな
幼き私と共に描いて
再度咲いても触れないで
窓の外に溶けぬよう開かず眺めて
5の間に帰りたいと祈りを捧げた日
4月24日
記憶は土の中
彼女が全てを導く
廃れても会おう
糸なら解いて
話を聞いて
別の未来なら変えられる
4月27日
物語の4つ目を探せ
嶋原梨菜の所有物
麗香「…。」
よくこんなにも多くの宝箱を
開けたものだと感心する。
とはいえ、こちらも8人いるのだから
できないことではない。
麗香「NO DATAってアカウントもわからないままだし…。」
ぼんやりと追っていた文字列を
今度はしっかりと眺めてみる。
考え事をしながらだと
そこにある文字についていけなくなるのだ。
そこにあるのに、
まるでないかのように感じる。
見えているはずなのに、
あてが見ているのは脳内だけになる。
だから、気を入れ直して
もう1度眺むのだった。
麗香「…?…海底の蕾…これ…。」
そっとその文字に触れた。
これは、根府川駅でのことではないか?
ばちっと電流が走ったように
海底に咲く花を思い出す。
花関連でいえば、
再度咲いても触れないで
花は不幸の量と比例
というものも当てはまりそう。
順を追って考えよう。
まず、第1の不可解な出来事である
宝探しの時のものは
仏の顔も三度まで
が当てはまるだろう。
3度見つけることができなければ
その人は消えてしまう。
愛咲先輩がそうなったのだから
間違いはないはずだ。
次に、時系列で並べると
雛の話がくるだろうか。
あてが経験したわけでもないので
出来事の欠片から探し出さなければならない。
話を聞いた限りだと
記憶は土の中
思い出と共に見つけて
あたりが当てはまりそうだと
勝手に判断する。
雛が3日間ほど姿を消した時、
山の洞穴に隠れていたと
口にしていたから。
ただ、吸血鬼を匂わせるようなものは
ないように思えた。
あったとしても
大元を断て
廃れても会おう
戻っておいで
あたりがそう解釈できるだろう。
そしてあて達の話。
これは1つに絞られると思っていた。
溺れる1番線
たったこれ1つに。
しかし、そうではないかもしれない。
海底の蕾
再度咲いても触れないで
花は不幸の量と比例
の3つも当てはまる可能性がある。
なにより。
麗香「…………任務を……忘れるな…。」
目についてしまったその言葉を
撫でることもできずに
爪をこつんとぶつけた。
それから、
話を聞いて
も当てはまるような気がしてしまう。
°°°°°
「自分のやるべきことを忘れていないよね?」
羽澄「…何を言ってるんですか。」
麗香「…っ?」
羽澄「………それは、誰に対して」
麗香「早く先輩を助けに行かないと。」
羽澄「待って、麗香ちゃん。」
---
麗香「でも、でも…っ!」
羽澄「分かります。けれど、この人は何かを知ってるんです。」
麗香「もう聞いた、少しは聞いた。だから先輩を助けに行かせて。」
羽澄「…っ。」
麗香「お願い。」
°°°°°
麗香「…ちゃんと聞いとけばよかったのかなぁー…。」
足を組み、机に伏せて
そうぽつりと呟いた。
もう過去に戻ることはできないのだから
どれだけ悔いたって仕方がない。
もしあれ以上に愛咲先輩の救出が
遅れていたのなら、
彼女はもういなかったのかもしれない。
なら、今の結果が最善だったと思うしかない。
そうすることしかできないのだ。
人生、そんなもんじゃないのか。
…。
…きっと、そんなものだ。
悔いながら、もしもを想像し続けながら
今に満足しているふりをして生きるしかない。
麗香「…別の未来なら変えられる…ねぇ…。」
ゆっくりと目を閉じて
次の不可解へと思いを寄せる。
次は歩先輩と雛の体験したことだ。
話からするに、1番ピンときたのは
1時間の隠れ家
というものだった。
しかし、2人が仲違いしていたことを含めるに
伝わなければ真実ではない
過去と向き合え
あたりも該当するだろう。
そして、もしも花奏の過去について
暴露するということ自体
不可解な出来事に
組み込まれているのだとしたら、
話を聞いて
私を助けて
幸せに沈まぬように
過去と向き合え
2年前からかくれんぼ
伝わなければ真実ではない
母の面影を追って
伊勢谷真帆路は生きている
あたりはあってもおかしくない。
重複してる上に候補が多いが故
考えるのも億劫になってくる。
麗香「…はぁ…。」
これらを確定させるためには、
更に多くの不可解に呑まれなければ
解決することはないだろう。
そのために命を落とすなんて馬鹿馬鹿しい。
これを解明するくらいなら
全て破棄してなかったことにしたいくらいだ。
4月当初のあてなら
こんな考え方はしなかった。
奇怪なことがあれば
突っ込んでいってただろう。
しかし、今は愛咲先輩が
居なくなる怖さを知っている。
見知らぬ場所にて恐怖に浸りながら
足をすすめる心細さを知っている。
人の過去に触れる時の
悲しいとも辛いとも簡単な言葉では言い表せない
あの感情を知っている。
だから、もう当時のようには
考えられなくなっていた。
麗香「…変わった…んだろな…。」
台風が近づく中、窓の外を眺めた。
もしかしたら、この雨降る空気の中なら
海底のように泳ぐことができるのだろうか。
…。
…否、関係ないか。
あてはまだ泳ぎたくない。
まだ嫌いだ。
泳ぐのも、七も、あて自身も。
積まれた紙束には
海か雨か判別はつかないものの
青が染みて波紋を作り出していた。
青い記憶が眠っていた。
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