第9話
(唯の視点)
ファミレスの前で、裕二と別れて家に向かった。スマホに何度か着信音が入る。着信拒否が出来れば良いのだけど、やり方が分からなかった。明日にでも優奈に教えてもらおう。
目の前を彩る夕焼けはとても綺麗で心地よかった。勇気を出して裸を見せてから一月ばかり音信不通で本当に辛かった。裸なんて見せたから軽い女だと軽蔑されたのかと思っていた。
ファミレスから家に向かうには、一度学校前を通り過ぎないとならない。学校前で会いたくない人物が出てくるのが見えた。
「進、どうしたの?」
できれば無視して、横切ることができればそうしたかった。逃げて追いかけられたら何されるか分からない。
「お前、どういうつもりだ」
進の怒声が周りに響いた。とても怖かった。友達の数人から告白を止められた。告白を受けたのは、裕二を振り向かせるためだった。一か八かの勝負だったのだ。
「怒らないでよ。LINEで送ったとおり。わたしは別れたいの」
「お前、ふざけんなよ。告白を受けた次の日に別れるとかありえねえだろ。なら、なぜオッケーするんだよ」
両腕を掴まれて、揺さぶられる。助けを呼ぼうにも近くに人がいないことに気づく。夕方の校内にはあまり生徒が残ってはいなかった。
目の前の進はわたしの瞳をじっと見つめてくる。これでは何をされても拒めない。
「なあ、別れるとか言うなよ。俺だってお前のこと好きなんだから」
視線を逸らしてやり過ごす方法を考えた。こんな時、女は何もできない。両腕に力が入る。
「痛いって、やめて」
「俺の気持ち次第でお前を無理矢理やることもできるんだぜ」
進が唇を奪おうと顔を近づけてくる。
「やめて、助けて裕二くん」
視線の先の進の表情が卑猥に歪むのが見えた。怖いよ、なんとか避けようと周りを見る。スマホの着信音が鳴った。裕二くんだ。喜んで出ようとして、スマホを奪われた。
「ふざけんなよ裕二のくせに」
スマホの着信音が消えた。着信拒否を押したのだ。ごめん、裕二くん。わたしダメかも知れない。
「なあ、あんなやつのどこが良いんだ」
わたしを睨む進を睨み返した。
「少なくともあなたよりもずっと裕二くんの方がいいです」
裕二の良さを説明するよりも逃げる方が先決なのだ。走って逃げられるか。すぐに追いつかれる。大声を出せば、多分聞こえないし、聞こえても痴話喧嘩に取られる可能性が高い。
「ねえ、ファミレスで話しましょうよ」
わたしは時間稼ぎする方法を考えていた。
「いやだね。それよりさ、ホテル行こうぜ」
進はわたしの身体に手を回して抱きついてくる。
「好きなんだ」
あまりにも軽い言葉だった。目の前の進はわたしの身体が目当てなんだ。分かっていたけれども、付き合うなんて言うべきではなかった。
腕を組まれて一緒に歩いている。逃げたらどうなるか分かってるのか、と耳元で囁かれた。誰か知ってる人を探した。でもこの状況を説明できる自信がない。クラス公認の仲になってしまったわたしが何を言っても意味がなさそうだった。
ホテルまでの道を歩く。どうしたらいい。何度も頭で繰り返すが良い方法が見つからない。
「一度だけだからさ」
耳元で囁かれる。一度、進と寝れば許してくれるのだろうか。初めてを奪われるのは嫌だったが、このまま逃げられる気がしなかった。
「誰にも言わないと約束してくれますか」
最悪なことを言った。裕二に嘘をつくことになってしまう。それでも今、取れる最善の方法だった。
「わかった、約束する」
嬉しそうに耳元で囁いた。こんな甘美な誘惑はなかった。バレなければ……。
ホテルに入る瞬間、見知った人物に会った。
「裕二……」
違うのと言おうとして、違わないと思った。どうしようもないけれども、そんな説明で分かってくれるとは思えなかった。
「なんで唯が進と……こんなところで」
「ちょっとホテルで楽しもうと思ってね」
違う、違うのよ。声に出して言いたかった。でも、こんなところを見られて信じてくれるとは思えなかった。
「唯、好きと言ってくれたの嘘だったの?」
「違うよ」
この一言だけは、絶対言いたかった。
「なに、邪魔しないでくれるかな。俺たち今からホテルで楽しむんだから」
「唯はいいの、こいつとホテル入って。オッケーしたの?」
どう言う理由からだとしても、ホテルに入るのをオッケーしたのは自分だ。でも、こんなのってない。
「ごめん」
わたしは逃げだした。もうバレてしまったんだ。進とホテルに入る理由はなくなった。
今なら逃げ出せると思った。追いかけようとしても、きっと裕二と口論になるから追いつけない。
家に帰ったわたしにふたつのLINEが届いていた。ひとつは裕二のLINE。もうひとつは進からだ。
(大丈夫? 俺は信じてるから明日ちゃんと話そう)
(お前、ふざけんなよ。お前はホテルに行くの同意しただろ。裕二に言ったらどうなるか覚えとけよ)
逃げ出せてよかった。それにしても、明日からどうしよう。こんな脅されて裕二には話せない。でも、このままではまたホテルに誘われるだろう。わたしが同意したなんて言われたら、裕二に愛想をつかれそうだ。
悩みぬいた末、わたしは彼女に連絡することにした。
―――――
よく逃げ出せました。これから彼女に電話すると言うことですね。
彼女と言っても一人しか出てきてないもんなあ。
それでは今後ともよろしくお願いします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます