第5話 いのちの重さ=5トン
そうこうしているうちに5年が経った。
70%熱傷を負って、輸液は軽く小さめなプールいっぱいになるほど、日赤血や自己血の輸血にしたってそれはもう惜しみなく、計9回の全身麻酔下での手術、からの心付(イマドキだけどあるのよ、実際)、および諸入院費、また瘢痕拘縮を予防する装具作成とその調整、交通費やその他、雑費。
しめて500万円。
「あー、あっちかったなァ」で済むかと思ったら500万円。
諭吉っつぁんが500人ほど溶けやがった。えー? 分かりにくいー?
じゃあ、うんと、そうやね、一円玉でいうなら、5トン。
一円を笑うものは一円に圧死する。
そうした愚挙におよんだために狂った人生もあるし、また、「あるはずのない縁」もあったり。だいたいにおいては、まあ通常起こりうる事態だけを想定して生きているほうが(口が裂けても”楽”とはいわないが)、脱いだときに説明しなくて済む。脱いだ時に。
ホラあの、モンモン背負ってるひといるやん。
生涯かけて背負うやつやん。
熱傷の肥厚性瘢痕も、薄くはなるけど消えはしない。
中には滅茶苦茶お金かけて美容形成につぎ込んだり、あるいは一般的な形成外科領域で何度も何度も、審美上、機能上の手術を繰り返さざるを得ない人もいるの。
鼻って、どんな形してるかな。
鼻翼(小鼻のこと)がもしゴッツリ欠損したらどう見えるかな。
鼻毛が見え、下手すりゃ鼻孔の奥までの露出もあるかもね。
その場合選ぶのは、再建術か、自殺。
コンビナートの溶鉱炉に落ちたひとが運ばれた。
その方は4日ほど闘って、亡くなった。
形成外科はわりと広い領域(マイクロサージャリーとかの医学書の写真でだいたいわかる)を担っており、むろんわたしのような広く深く焼けた症例にも形成外科の医局員は総動員され、前述のようにオペを何度もするようになる。
で、5年なんてあっという間ですよ、お姉さん。
県立の定時制高校も学力で諦め、株式会社立通信制サポート校っていうとこに入学(予備校の講義を受けることで提携している通信制高校のカリキュラムを消化したと見なされ、高卒資格が得られる)して、看護大学にすれすれで入るだけの学力を着けた。
本当に、
医療職に就きたかった。
わたしが救急病棟を退院後、自宅に戻り、そして初回の形成術で入院した時のこと。
ごめんアホなこというけど禁煙がつら(略)ODして精神科転科になったんだわ。そこで、救急病棟で担当してもらったO先生が精神科にいてね。
卒後1、2年だから精神科もローテートしてたんだけど、またそのO先生に受け持たれた。
O先生曰く、「治しても治しても治らないなら、もっと治すから」
と。
何年か後、O先生は救命医の道から精神科医へと転向したと聞いた。どのような心境であったのか、その心変わりの由来は何であったか、知らんけどさ。
こんなこともあった。
看護師のNさん。たびたびの入院に際してもその都度受け持ちとなってくれて、そういうシステムなのかそういう意向なのか全然分からんかったんだけど、いつも冗談飛ばし合ってはガハハと笑い合うような明るく朗らかなひと。
ある夜、ラウンドのときわたしが病室でまったく寝付けずに途方に暮れていると、「仕方ないじゃん、苦労してんだから」といってくれた。
そのとき初めて気づいたなー。火傷のことは大バカこいたって認識だった。その愚行は覆しえないけど、15歳にしては思いのほか苦労してたんだ、自分。悪いことをしても、責められても、その張本人であっても、しんどいことには変わりはないのだ。避けられなかったのだ。だから、わたしは当然に苦しんで、謝って、そのわたしをNさんは当然に庇ってくれた。
馬鹿だよなあ。
O先生はご結婚されて東京へ行ったと聞いた。N看護師はよく分からない。
ただ、「尊敬する人はだれ?」と訊かれたとき、このふたり以外に挙げる名前はないと、今でも思っている。
だから、看護大学に入ったのも、そうした経緯でふたりの背中を追いかけていたのだ。
一度は捨てた、とか、拾った命、とよくいうがアレは当てはまらんな。いまのわたしにあるのは与えられた命。むざむざ粗末な扱いをするものではない。
わたしはだれかに「死ね」などといえないが、「生きろ」というにも、わたしには覚悟が足らなすぎる。それだけに重い。
あ~ら☆
なぁ~んか、重ったるくなっちゃったわね!
特段なんらフォローもせずに終わるわよ!
それがここのシキタリ、不文律だから!
じゃあ、またねぇ~! 来週も! 剽窃☆剽窃
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