第8話 誘拐
「ん…」
目が開いて見えた景色は、紅い絨毯で自分の足が見えることから、絨毯に座っているような構図なのだと理解する。目を擦ろうと思い、腕を動かすと、動かない。代わりに、カチャ、という音がする。金属の冷たい感触がある。…手錠か。初めてつけられたんだが。でも、口は塞がれてない。大声出しても助けは来ない、ということか。
「やっと目が覚めましたか」
顔を上げると、黒い髪を撫で付けてある、20後半から、30前半の黒いスーツに黒ネクタイと、いかにもな格好の男が椅子に座っていた。
「…ふぅ、なにこれ。てか、あんた誰? 」
すると、男はやれやれ、というような顔をして侮蔑する様に私を見た。
「それをあなたが知る必要はありません。あなたなんかに名乗るような人間ではないんですよ。私はあなたのような格下の人間ではなく、もっと高貴な方に、お教えする名前なのですから」
なるほど、頭いっちゃってる感じの人か。これじゃ会話通じないな。どうしよ。
「ねぇ、なんであんたは私をこんなとこに拘束してんの?なんか普通の誘拐とはちょっと違う気がするんだけど」
「こんなところ、とは何事です。旦那様のお屋敷ですよ。これだから庶民は」
悪かったですね、庶民で。この場所の価値がわからなくて。…でも、ここまでで分かったことは、結構なお金持ちの屋敷に連れてこられたこと、大声を出しても助けは来ない場所だということ。
何か、最近誰かに捕まるようなことをしたか?誰かに恨みを買うようなこと。恨み…?最近何があった?…ママが死んで、身辺を整理して、死のうとして、変わったこと…?…そう、最近住む場所が変わった。共同生活をするようになった。相手は20代の会社員の男の人で、裏で人殺しをやっている。
…そうか、これか。
起きたばかりのぼーっとした頭を回して考えた末に行き着いた原因。
どうして、彼は私を助けた?何故あんなことをしている?助けたのが彼の優しさのせいならば、人を殺していることが合点がいかない。その逆も然り。そもそも、彼は私でなくても助けた?声を掛けたのは私だが、それに応じるか応じないかは彼の自由だったはずだ。しかも、あの仕事の後だったのだから、応じたくないはずではないのか。
聞けないことをただ不思議に思っていたが、こうなってしまっては、知らないでは済まされないような気がするし、そうでないと、これからこういう目に遭う時の耐性がつけられない。
…もしかすると、ここで死んでしまうかもしれないのか。これから、だなんてどうしてこんな悠長なことを考えていたのだろう。
「これさ、いつまでこのままなの?いい加減腕痛いんだけど。外してくんない? 」
「そんなことするわけないでしょう。これは、旦那様の命令ですから。どうせ逃げる気なんでしょう。まあ、逃げようとしても逃げ場はないのですが」
「別に逃げようとなんて思わないよ。それに、女子高生が暴れたって成人男性に敵うわけないんだから。あーあ、私って死んじゃうの?死ぬんだったら、遺言くらい残したいんだけど」
すると、誰かが部屋に近づいてくる音がした。
コンコン、とノックされて入ってきたのは目の前の男と似たような風貌の男だった。
「旦那様がお呼びだ。この娘を連れてこい」
手錠は外してくれた。が、前後に挟まれてしまった。…逃げられないか。
「連れて参りました」
「入れ」
しわがれた声、相当歳がいっているな。
ドアが開けられて入った部屋はさっきの部屋よりも広く、テーブルを挟んで向かい合ったソファには彼らの言う、旦那様らしき老人と、反対側には、…秀?
軽い調子の態度ははこういう時使える、と思う。なるべく馬鹿なフリしてればいいんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます