第10話 発情期
「発情期、ですか……?」
ティオ・ファリスは少し首を傾げた。
“発情期”、それは、獣人に関わらず、この世界の人間以外の生き物には必ずあるものだからだ。それが、何故、祖国を滅ぼした事に繋がったのか、彼女にはすぐ理解できなかった。
「そうだ。獣人にはどの種にもあり、定期的にやってくる。……言葉の通り、みな、性欲が強くなってしまう」
「…………」
“性欲”という単語に、ティオは眉をひそめた。
「そういう顔になってしまうのはわかる。理解してくれとも言わん。だが、我々獣人を毛嫌いだけはしないでくれ。俺たちも、苦しいんだ」
白い毛並みの獅子王アラガド・バローグは、寂しそうに苦笑した。
「……わかりました」
「助かる」
アラガドは胸を撫で下ろした。
「でも、それが私の国を滅ぼした事に、どう繋がるんですか?」
「……ああ、それなのだが。俺たちの発情期は主に性欲が強くなるだが、それにも二種類あるんだ」
「二種類?」
「ああ……。……快楽を求める方向が違うんだ。体の交わりを求める者と、……相手を暴行して性的興奮を感じ、満足する者」
「——!」
ティオは、言葉にならない怒りが込み上げてきた。
祖国ディーネを滅ぼした獅子獣人は、凶暴化していた。力の弱い人間、特に女を暴行し、興奮していた。つまり、後者のタイプだ。
ティオは、今でも鮮明に思い出せてしまっていた。自分を逃すために、自ら体を差し出していた、優しい国民たちを。慕ってくれた街の明るく美しい女性たちを。
彼女たちの笑顔が、見る見る、
「——……」
ティオは、右手を剣にかけそうになり、必死に震える左手で押さえた。
「だが、俺たちも何もしていないわけではない。各国の研究者が集まり、発情期の抑制剤を共同開発した。それを、一定期間飲む事を義務付けた。……だが、あの日は」
「……あの日は?」
「少し前から、我々獅子国だけ、薬がもぬけの殻だった……」
「…………」
「各国にも分けてもらえないかと、頼んだ。だが、どの国も一定数しか配られないため、無理だと断られた。その結果が、あれだ……」
「…………」
「どれもこれも言い訳でしかないことはわかっている。謝って済む事でないことも。だが、俺には謝る事しかできない、何よりお前に謝り続けたい。本当に、すまなかった……」
アラガドは深々と頭を下げた。
頭の角度や、申し訳なさそうに下がる耳や尻尾から、誠意が伝わってきた。
だが、ティオには誠意があろうがなかろうが、どうでもよかった。
「もう、いいんですよ。みんなは帰ってこないんです」
「…………」
「私は、生きるしかないんです。みんなのために、みんなを、忘れないために」
「……ああ、そうだな」
アラガドはゆっくりと顔を上げ、ティオを真っ直ぐに見据え、微笑んだ。
「我が騎士ティオよ」
「はい」
「お前になら、いつ討たれてもいい」
「は?」
「お前と二人でいる時は、武器を持たないと約束する」
「…………」
「だから、いつでも待っている」
アラガドはふっと寂しげに笑うと、自席に戻っていった。
「…………」
大きな背中を見送りながら、ティオは、
(……無防備なあなたを討っても、意味がないんですよ!)
怒りが込み上げていた。
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