第3話 剣技とは

 ティオ・ファリスの挑発は、


「真っ二つにしてやらぁ!」


 ウルドス・ザハークの大きな力任せの振りを誘い、回避しやすくなった。

 地面に刺さった両刃斧ラブリュスを、ティオは踏み込み、さらに抜けにくくした。それにより、姿勢が低くなったウルドスの顎を、


「がっ!」


 膝で蹴り上げた。

 体勢が崩れ、後ろに倒れそうになったウルドスの鳩尾みぞおちを、


「がふっ!」


 剣の柄で殴り、そのまま押さえ倒した。そして、ウルドスに跨り、顔の横に剣を突き刺さすと、


「俺の勝ちだな」


 ティオはニヤリと笑った。

 人間で小柄、そして身軽なティオだからできる、身のこなしだった。


「なっ、何故! テメェのようなひょろいのに負ける!」


「お前のは、力任せなだけの、子供が玩具を振り回しているようなものと同じだからだ。剣技とは、いや、武器を扱う者の強さとは、しんたい。これを全て極めること。お前のは力のみ。——……」


 ウルドスに話しながら、ティオは、思い出していた。


















『ねーねー、だんちょーさんはー、ふくだんさんより、せもからだもちいさいのにー、なんでそんなにつよいのー?』


 幼いディオが、ディーネ国騎士団団長に無邪気に聞いていた。

 剣の素振りをしていた団長は、手を止めると、しゃがんでティオに目線を合わせ、微笑んだ。


『それはですね、ティオ様。剣技とは、しんたい、全てを極めて、初めて成り立つからです』


『しん、ぎ、たいー?』


 ティオは大きく首を傾げた。それを見た団長は、彼女の頭に手を置き、笑いかける。


『すいません、少し難しかったですね。簡単に言いますと、心の強さ、剣の技、自分の体の強さ、それを持っている者が、強いということです』


『そっかー! だから、なにももってないふくだんさんは、だんちょーさんにかてないんだねー!』


『うぐっ!』


 隣で煙草にマッチ棒で火を点けようとしていた、右目に眼帯をしていた副団長は、然知さしったりという表情をした。


『お、王女? ほら、よく見て触ってくだせー。たい、つまり、体はこいつよりいいでしょう?』


 副団長もしゃがみ、ティオに目線を合わせた。ティオは副団長、団長の順に彼らの腹を触ると、ニコッと笑い、


『だんちょーさんのほうがかっこいー!』


 無邪気に笑った。


『そ、そんなー』


『夜な夜な酒場に通っているからだぞ』


『からだぞー!』


『だ、団長も王女も! そのことはどうか秘密に!』


『うん! いいよー! でもねー、うしろにおくさんいるよー!』


『えっ……』


 副団長が振り向くと、鬼のような形相で微笑んでいる彼の妻がいた。


『あーなーたー? どうも最近、お酒をねだってこないと思ったらー、そういうことだったのねー?』


『いやっ、これには訳がっ……』


『罰として! お小遣い減らします!』


『これ以上は勘弁してくだせー! 神様奥さん様ー!』


『あははっ!』


『ははっ』


 楽しそうに笑う、団長の顔が、


『ティオ様! 早く! お逃げください!』


 必死な表情に変わり、


 そして、目を見開いたまま、無念の表情で亡くなった血まみれの顔へと、ティオの脳裏で変わっていった。


















「——……」


 ティオは涙が溢れてくるのを感じ、流れないように口を結んで、ウルドスを見据えた。


「……たいしか極めていない、いや、たいすらも極めていない、そんなお前に、俺が負けるはずがないんだ!」


 身長は低く、痩せ型だったが若くしてディーネ国騎士団団長になった、優しかったエクス・シュヴァリエ。

 身長は高く、体つきもよく、見た目はならず者チンピラみたいだったが、楽しく明るい副団長、グラン・タンツォール。

 ティオは二人が大好きだった。二人がいる騎士団と、その騎士団が守る国が、ディーネ国が、大好きだった。


 そんな、大好きな人たちを思い出しながら、訓練を重ねた。

 だから、負けるはずがなかった。


 そんな、苦しげに声を張り上げたティオを、


「——……」


 猪子国騎士団の奥で、大剣の柄に手を置き、ジッと彼女を見つめる、白い毛並みの獅子がいた。

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