第1部 仇はもふもふで厳つくて優しくて

第1章 人間で騎士

第1話 私は死んだ

「完璧……」


 森の中、女は切り株に座りながら己の体を眺めた。

 肩より上の焦茶色の髪、さらしで潰して平らになった胸。騎士の軽装。


「……元々、胸は小さいけれどさ」


 より平らの方がいいと女は思った。


 今を持って、女ティオ・ファリスは死んだ。ここにいるのは、男性で騎士のティオだ。

 ティオは両親に感謝した。ティオというこの名前、男性でもありそうだからだ。


 ティオは自国にいた騎士たちの見様見真似で、剣の素振りを何千回もした。

 森などで生息している魔物で実践して、交わし技も身に付けた。


「獣人は、人間より体も力も計り知れないくらい強い。そこを逆手に取れば倒せる。見ていてね、みんな……」


 数年前に、ティオの国ディーネは滅んだ。凶暴化した獣人によって。


 獣人は鼻が効く、死人か生者の区別はすぐにわかる。

 だから、ティオは、両親の血を全身に付け、飲み、内からも外からも血の匂いがするようにして、両親の亡骸を被った。

 そうして生き延びた。


「びっくりするだろうな、獣人たち」


 だが、今更、人間の生き残りがいても何ともないだろう。ティオ一人ぐらい。

 それに、獣人社会は力が全てだ。力で捩じ伏せれば文句はつけられない。それが人間だとしても。


「さて、と。口調も変えなきゃね。……俺はティオ。必ず母国の、親父とお袋の仇を討つ!」


 ティオは立ち上がり、敵国へ向かった。


 







 彼女は獅子国レアルトにやって来た。


 獅子国、レアルト。

 その名の通り、獅子ばかりの国だ。


 レアルトの国王、アラガド・バローグ。この獅子の獣人がティオの敵だ。

 獅子には珍しく、白の毛色。

 その珍しさから、嫌悪されていたが、人柄の良さもあり、人望は厚かった。そして、底辺から実力で王になった。


 獣人社会は力が全て。物理的なものも、権力も。


 だが、人柄の良さ、実力、どれもティオにとってはどうでもよかった。


 凶暴化した獅子の獣人が、国を滅ぼしたのだから。


「うげー! 人間だ!」


「まだいたの!?」


「菌が移るわっ、汚らしいっ!」


「……」


 ティオは蔑視べっしされた。

 獣人にとって、人間は、生まれ持っている菌が体内にいるとされている。それは獣人にとって有害菌で、伝染すると言い伝えられているからだ。


「ふざけた言い伝えだぜっ。……男言葉、中々慣れないな」


 ティオはそんな視線も気にせず、城を目指した。





 レアルト王城。


「……広いし、でかいぜ」


 城門を潜り、ティオは立ち尽くした。


 まず見えたのが、手入れが行き届いている広い庭園。赤やピンクの花や、珍しいキノコのような形の低木。そして、所々にある獅子の形を模した噴水。獅子の白い石像が上を向き、その口から水が噴出されている、なんとも愉快な噴水である。


 そして、奥にそびえ立つ王城は、派手な装飾などはない、白い城壁で幾つもの見張り台に挟まれて出で立つその姿は、城というよりは要塞に近かった。


「——……」


 ティオは我が家の、今はなき王城を思い出していた。

 白い城壁までは同じだが、青いきれいな屋根や、礼拝堂などがあり、絵画にもされるほど、美しい城として有名だった。


 だが、レアルト王城には、豪華さの欠片もない。


「これが、獣人国一、強堅きょうけんと言われている城か……」


 ティオがそう呟くと、


「げっ! 人間!」


「くっさ!」


 狼や虎の獣人たちが、鼻を摘みながら彼女の横を通って行った。


「…………」


 ティオは目を瞑った。


 彼女は今でも、鮮明に、思い出せる。


 両親の、惨殺の瞬間と亡骸。


 それに比べれば、獣人からの蔑視べっしなど。


「屁でもないぜ!」


 ティオにとってはなんともなかった。

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