女子中学生、好きな男子を死なせないために何度もタイムリープを繰り返した結果、全ての死亡フラグを見抜く最強の【神眼】を会得する。(尚、恋のフラグは見抜けない)

少女は時の牢獄で神の力を得る。

 のりおくんが死んでしまったのは、九月八日火曜の午後三時だった。


 大好きなのりおくん。

 私の幼馴染で、二つ年上の憧れのお兄さん。

 そんな彼はある日車に轢かれて死んでしまった。


 お葬式に参加したら、思った以上にきれいな顔でのりおくんは棺の中に眠っていた。


 のりおくんのおじさんとおばさんは泣いていて、のりおくんの学校の友だちも泣いていた。

 その中には女の子の集団だっていた。


 のりおくんってこんなに女友達多かったんだ……。

 そんなことを今更知るくらいには、私はのりおくんのことを知らなかったらしい。

 そして私はそんなことを今更知った自分自身に、深くショックを受けていた。


 のりおくんが死んだショックと。

 想像した数百倍のりおくんとの距離が開いていたことを知り。

 何なら思春期真っ只中の中学三年生ということもあり。



 私の精神はぐちゃぐちゃに破壊された。



 気がつけば私はベッドの上で眠っていた。

 さっきまでは葬儀から帰っていた気がしたのに。

 疲れて眠っちゃったんだろうか。

 中間の記憶が全く無い。


 スマホを手に取って見る。

 もう朝の八時か。


「学校か……学校行かなきゃ」


 でものりおくんが死んでこんな気持ちで学校行くなんて嫌だ。

 こんな最低な気持ちで、これからどうやって生きて行けば良いんだ。

 そう思ってふとスマホの日時が目に入った。


 九月七日 月曜日


 その表記に思わず飛び起きた。

 のりおくんが死ぬ前の日。


 おかしい。

 のりおくんは九月八日に死んだ。

 そして私は九月十二日に葬儀にまで出たのだ。

 その間の記憶は鮮明である。


 夢か。


 その瞬間、私の全身から力がドッと抜けた。

 そうか、そう考えれば納得がいく。

 メチャクチャリアルな夢を私は見ていたのだ。


 いや、しかしまだのりおくんの生存を確かめるまでは安心できない。


 私はすぐさま飛び起きると、隣の家のチャイムを鳴らした。



「どうしたの、紹巴つぐはちゃん。こんな朝早くから」



 果たしてのりおくんはそこにいた。

 いつもの整った顔で、彼は驚いていた。

 ちなみに紹巴とは私の名前である。


 里村さとむら 紹巴つぐは

 どこぞの歌人から取られた名前らしいが、そんなこと今はどうでも良い。

 のりおくんが、たしかに生きていたのだ。


 私はあまりに嬉しくて、ベタベタとそれまでしたこともないような距離感でのりおくんの顔を触った。


 確かにのりおくんだ。

 生きている。


 安堵しきった私はその場でヘナヘナと座り込んで泣いてしまった。

 泣いても泣いても涙は止まらず、慌てた様子でのりおくんは私に声を掛けてくれた。

 その優しさが嬉しくてまた泣いた。


 事情を尋ねたのりおくんにことの次第を話すと、彼は「嫌な夢見るなぁ」と笑った。

 そんな彼と一緒に、私もまた笑った。



 のりおくんが死んでしまったのは、九月八日の火曜のことだった。



 葬儀。

 集う人たち。

「けいこ、のりおくんのこと好きだったんだよ」とか言う女子のすすり泣く声。

「私も好きだった」と言う女子の声。

 恋のライバルが多すぎるだろ。


 あの日夢でみた情景と寸分違わぬ光景に、私は呆然とした。

 何が起こったのか、正常に判断が出来ない。

 私が見た夢は、正夢だったのだろうか。

 そしてその夢の通り、のりおくんは死んだ。


 嘘だ。

 嘘だよ。

 嘘だろ。

 嘘に決まってる。


 何度も同じ言葉を頭で繰り返す。


 のりおくんが死んだショックと。

 想像した数百倍のりおくんがモテていたことを知り。

 何なら思春期真っ只中の中学三年生ということもあり。



 私の精神はぐちゃぐちゃに破壊された。



 気がつけば私はベッドの上で眠っていた。

 さっきまでは葬儀から帰っていた気がしたのに。

 疲れて眠っちゃったんだろうか。

 中間の記憶が全く無い。


 スマホを手に取って見る。


 朝八時。

 日付は九月七日の、月曜日。


 予感は確信に変わった。

 私は時を戻ったのだ。

 のりおくんが死ぬ前の日に、戻ってきている。

 時間をループしているのだと気づいた。


 一体どうして?

 何のために?


 そんなの決まってる。

 のりおくんを助けるために決まってるじゃないか。


 のりおくんが車に轢かれないよう、運命を変えれば良いんだ。


 そうと決まったら行動しよう。

 私はすぐさま飛び起きると、隣の家のチャイムを鳴らした。



「どうしたの、紹巴つぐはちゃん。こんな朝早くから」


「のりおくん、明日デートしようよ!」



 私はのりおくんに思い切ってデートの誘いを持ちかけた。

 のりおくんが事故に遭ってしまう日、放課後パフェを食べに行くのだ。

 そしていつもの帰り道とは別ルートを歩かせる。

 これで彼は助かるはずだ。


 恥じらいはなかった。

 必死だった。

 ただのりおくんに助かって欲しい。

 それだけだった。


 次の日、私たちは楽しくデートをした。

 のりおくんはパフェのクリームを口につけて、とっても可愛かった。


 夕方まで一緒に楽しくトークした私たちは、すっかり陽もくれた頃に帰宅し、そこで別れた。

 のりおくんが死んだ時間はとうに過ぎていた。

 彼は助かったのだ。

 ほっと安心して、私は家に帰った。


 その日の夜にのりおくんは死んだ。


 事故だった。

 夜間マンガ雑誌を買いに出た時、バイクに轢かれたらしい。

 首の骨が折れ、即死に近かったそうだ。


 助けられなかった。

 呆然とする仲、葬儀は進んだ。

 泣く人たち。


「けいこ、のりおくんのこと好きだったんだよ」とか言う女子のすすり泣く声。

「私も好きだった」と言う女子の声。

「実は俺も好きだったんだぁ! のりおぉ!」という男の声。


 男女問わず、のりおくんは性的に好かれていたんだ。

 そして私はぐちゃぐちゃに精神を破壊された。


 気がつけば、また戻っていた。

 私はその瞬間、すぐに状況を察し、体を起こした。


 のりおくん、絶対に助けてみせる。



 私は考えられる限りのことをした。

 しかしのりおくんはその度に死んだ。


 九月八日の火曜。


 その日の運命から、のりおくんは逃れられなかった。

 そして私の時は、決して進んでくれなかった。


 最初はのりおくんを助けたくて必死だった。

 何十、何百、何千回……。

 のりおくんは死に続けた。


 そうしている内に、徐々に苦痛になり始めた。

 生きている時間が膨大になり始め、やがて一万回を超えた時、私は数えるのを止めた。

 のりおくんを諦めたいのに、私の恋心はまるでもぎたての果実のようにいつまでも鮮明だった。


 時を進めたい。

 のりおくんより、もはや私の人生を終わりにしたい。

 大人になりたいし、乗り越えたい。

 しかし無情にも時は戻った。


 何度か自死を試みたこともあった。

 だが私が死のうとすると、いつも奇跡的な邪魔が入り、絶対に私は死ななかった。

 代わりとばかりにのりおくんが死んだ。


 やがて、現実の時間にして五十年近くが過ぎたであろう頃。

 私は悟ったのだ。

 このループすら超越しなければ。

 運命の因果すら破らねば。



 誰も私を救ってはくれないのだと。



 私は修行を重ねた。

 のりおくんが死んでまた時間が戻って。

 それでも修行を重ねた。


 肉体は鍛えても戻ってしまうけれど。

 鍛えた知恵と精神は戻らない。


 感覚は磨かれ続け、人為的にリミッターを解除する術を会得する。

 私を中心とした半径数キロメートルに生じたことを全て見抜く『領域』を展開するに至る。

 やがて私は因果の流れすらも見抜くようになる。


 千年経ち。

 やがて、その時はきた。


 九月七日 月曜日


 朝、目覚ましの音で目を覚ます。

 私は体を起こし、つぶやいた。



「行こう」



 九月八日火曜、午後三時。

 トラックがのりおくんに向かう。


 私は手に持っていた小石を、そっと脇に投げた。

 地面にぶつかったショックで砕けた小石の破片が、猫に当たる。

 猫がびっくりして飛び跳ね、猫を避けようとしてトラックの運転手がハンドルを切った。


 大きくぐらついたトラックは片車輪で走り続け。

 奇跡的にのりおくんの脇をかすめ、誰も轢くことなく電柱にぶつかり、沈黙する。


 トラックがぶつかった電柱は傾き、のりおくんの十センチ横をかすめて地面に倒れた。

 切れた電線から流れた電気がスパークを起こしのりおくんに襲いかかる。

 しかしのりおくんは驚いてしゃがみ込んでおり、彼は奇跡的に電撃を避けた。


 わずか一分の出来事だった。


 この一分間に彼を襲った三つの死因を、私は退けた。

 今日、私は因果を塗り替える術を会得したのだ。


【神眼:神の一手】


 全ての運命を変えうる奇跡を起こす、たった一つの『答え』を見抜く力。

 それを私は得た。



 これは、時に飲まれ神の力を得た私と。

 絶対に死ぬ運命を持つのりおくんの。

 恋の物語である。

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