第二部 9話 ギャルの恋慕
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「ん、夜風が涼しいな。エアコン止めるか」
今日はウチの店は夜の部は休みの日だから、夕方からは丸々暇。
ヒマって言っても飾り切りの練習とか、新しいメニューとか考えたりしたりで、やる事は沢山あるんだけどさ。
「………言っちゃった」
自分で作ったアイスカフェオレの氷に写る、小さなアタシの顔見て呟く。
とうとう、言っちゃった。
壱正に、好きって言ってしまった。
もう少し、友達のままでいられたら、部活の仲間でいられたら良かったとも思うんだけど、なんか、我慢出来なくて。
好きな気持ちのまま、友達では、ずっと居られないタイプだったんだな、アタシ。
「つか告白とかあんなんで良かったんかよな……」
初めて過ぎて、衝動的にも程がある。
壱正でなかったら、ムードとか場所とかもう少し考えろって思われる。
自分ちの店で、賄いの海老天カツとじ丼食ってるタイミングだ。
まぁ、壱正以外には誰にも言わないんだけどさ。
「……いつ、答えてくれるかな、壱正」
多分あいつの事だから、わりかし早いだろうし、凄くかしこまって、真っ正面から堂々と、顔赤くしながら応えてくれる……なんていうのは、自惚れ過ぎだよね。
昨日、キスし損なった時、ちょっとだけ目を開けて、壱正を見たら、ゆっくり目は瞑ってたけど、でもまだ距離はあって。
戸惑ってたり、決めかねてたり、後は……。
「ちゃんと、アタシに向いてる感情が、女として好き……じゃないってもコトも、考えとかなきゃならないよね…」
人間として好きとか、そういうのかもしれないから。
別に、好きじゃなくても、胸の谷間に興奮するよ、男の子だもん。
だけど、本当にそうだったら……。
「……やだなぁ。ちゃんと、好きでいて欲しいなぁ……頭も心臓も、ぐちゃぐちゃだよ、バカ……」
鼻水啜る回数が多い。目は湿ってる感じ無いけど、寒くは無いのに、多い。
惚れた弱みって、こういうのなんだな。
男を……男の子をちゃんと好きになるって、こんなに辛いんだな。
「……てか、そっか、玲奈……壱正と…」
そしてもう一つ、考える事は、大きくあって。
その思い出を、二年前まで手繰る事にした。
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「こ、こんにちは…」
「おー来たなレナっち!」
アタシ等と知り合って、玲奈は休み時間、時々理科棟の空き教室に来る様になってた。
ていうのも、理由はあって。
「先輩達、何してるんですか?」
「見てのとーりのお針子〜」
「あーしは裁断!」
「家庭科の、予習ですか?」
「ううん。アタシ等が好きでやってるだけ」
「えっ」
「お、早速ギャップ感じ取るやん〜」
姫奈がニヤニヤしながら玲奈の方見てる。
後輩に見せるのは初めてだから、ドヤ顔したいのが見え見えだ。
アタシ達の中学は、ていうか中学校って大体そうだけど、部活を作る事は基本出来なくて。
だから揃って家庭科目のやりたい事があっても、学校じゃ公に出来る機会も無いから、仕方なく、部活はおろか同好会でも無く、三人で空き教室で勝手にチマチマやってた。
「すいません。でも、楽しそうですね」
「レナもやるかー?」
「その……」
「好きじゃねーかもしれんからグイグイ行くなよ真白」
「あ、いえ。実は洋裁は親からちょこちょこ教わってて、寧ろ運が良かったり…します」
「おいマジか!?やべーもう跡継ぎが出来たコレ!」
「継がせる部活もねーだろ」
今思えば、玲奈のお母さんがファッションセンターで働いてるってのが、その理由だったんだろうな。
ただあの頃はシンプルに距離置かれる感じじゃないのが、嬉しくて。
壱正と幼馴染ってのも、なるほど、何処か通じるものがあるなって。
因みにアタシも、一応裁縫やってたりする。
二人程器用には出来ないけど、お弁当包みの巾着なんかは、二人に手伝ってもらってどうにかこうにか作れてるから。
つかそういう時だけはホントに、この二人が凄くしっかり見えるんだよな。
「そうそう、そこ千鳥掛けで……うおおいれなたそウマウマの上手〜!ニュータイプ〜!」
「ニュータイ…?」
「そっちは気にせんでいいぞーれなっち。でもめっちゃ良い感じじゃん。そんだけ得意なら家庭科大活躍だべ?」
「どうですかね…?まだ実習始まってないですし、それに……最初は調理実習、みたいで」
「あーそっかー。なら裕美子教えたれやー。れなっち裕美子は料理がプロいからすげーぞー」
「!…」
真白や姫奈へのリアクションよりも、ビックリした顔してたっけな玲奈。
まぁ黒ギャルで料理好きは、意外性以外の何もんでも無いし。
「つっても最初の実習サンドイッチだろ?教える様なモンでもねーよ」
「あ、あの……黒井先輩良かったら教えて下さい」
「えっ?いやでも玲奈、サンドイッチってただ切って挟んで終わりだよ。そんな習うもんでもないって」
「……私、料理凄く苦手なんです。目玉焼きもちゃんと作れなくて。茹で卵も上手く剥けないし……トマトとかキュウリとか絶対上手く切れないですし」
「っ………」
本当に自信なさげに言う玲奈。
それがかなり深刻なのは、言葉尻からも伝わって来た。
玲奈の境遇的にも、まだこの学校で上手く走り出せてない中で、調理実習なんて共同作業で足引っ張るのは、考えただけで悩みの種だろうし。
「そっか。じゃ、今度コッソリ自主練習すっか」
「!いいんですか?」
「ん。つか料理なんてやろうと思わんと出来んからさ。覚えようと思えば覚えられるよ」
「ありがとうございます!」
「良かったなぁれなっちー!師匠げっちゅー!」
「ウチは食う専門だから憧れるわ〜」
「お前らも少しは聞きにきても良いんだよ。アタシの裁縫教えてもらう礼させろって」
『だいじょーぶ!』
てな具合に料理には全く手を付けようとしない真白と姫奈を見てると、自分から上手くなろうと頼ってくれた玲奈が、本当に良い子で可愛く見えたな。
勿論そんなん抜きに、可愛い後輩なんだけどさ。
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「………」
「アルバイト疲れちゃった?」
「!ううん!大丈夫だよおばあちゃん!」
「ゲンちゃん助かったって電話くれたぞ。よく頑張ったな壱正」
家帰って、いつも通りおじいちゃんおばあちゃんと夕飯。
結構働いた分、いつもよりお腹空いてた僕だとは思うんだけど、やっぱり、中々ご飯が喉を通らなくて。
「ごちそうさま」
「おかわりも良いの?」
「うん。ありがとねおばあちゃん。今日も美味しかった」
そう言って手早く自分の食器を洗ったら、俯き加減で部屋に戻ってったんだ。
「……裕美子さんから、言われちゃったな」
数学の課題が出てた気がするけど、取り掛かれる心境じゃないから手は付けずに、ベッドに仰向けになって、天井の木目をボーッと見てる。
心の中が纏まって無いから、一つずつ、落ち着けて考えてみたい。
「先ずは……嬉しかったな。女の子に告白されるだなんて生まれて初めてだから、ビックリしちゃったけど、とっても嬉しかった」
裕美子さんが、僕の事を男として好きだって思っててくれたのが、嬉しいと共に、安心して。
その時の、裕美子さんの真っ赤な顔が、とても可愛いって思った。
「でも、言うなら僕から言った方が良かったかな……」
どっちからだって良いかもしれないけど、男の僕から言った方が、良い事では、あるかもしれない。
告白って絶対、恥ずかしくなると思うから。
それだけの勇気を、裕美子さんに出せてしまったんだから。
「じゃあ……せめて、応える時は、僕が目一杯勇気を出して、応えないと……だけど」
どう応えたら良いのかな。
ううん。言葉だけなら、『僕も好きです。付き合って下さい』って、言えば良いだけなんだろうけど。
でも……そもそも僕は、ちゃんと裕美子さんを、女性として好きでいるんだろうか。
ただ、人として憧れてるとか、僕に構ってくれる事への感謝を、恋愛感情だと思ってるだけなんじゃないだろうか。
だったら、それはとても失礼な事で、そんなお付き合いは、上手くいかない気もして。
確かに裕美子さんの魅力的なスタイルに、正直興奮はしてしまう。とっても扇情的に見える時もある。
だけどそういう性的な事だけの恋愛も、絶対良くないと思う。
「告白されて……嬉しいって気持ちは、好きって気持ちと、ちゃんとイコールになってるか……か」
難しく、考え過ぎだって事もわかってる。
もっとシンプルで良いと思う。
それでも友達もまともに出来たことの無かった僕には、友達が出来て、そこから恋人が出来るかもしれない事態なんて、どうしても悩んでしまう訳で。
「……どうす《prrrrr》!……あっ、玲奈ちゃん……!」
携帯に映る玲奈ちゃんの名前。
この間と違って通話で、家族以外に殆ど使った事ない機能だから、ちょっとビックリした。
「もしもし?」
『あ、壱正お兄ちゃん、今大丈夫?』
「うん。大丈夫だよ」
『そっか。今日はありがとね』
「いやいや、別に玲奈ちゃんに感謝される様な事はしてないからさ」
『……ううん。久しぶりに黒井先輩に引き合わせてくれた事にっていうか』
「ああ、そうだよね。僕も驚いたよ。世間は狭いねぇ」
なんて呑気な受け答えをしてるけれど、今思えば、そのタイミングもある意味運命的なのかもしれなくて。
告白の緊張感を取り繕う様に玲奈ちゃんに話しかけてたかもしれない。
『街が狭いからね。でも……お兄ちゃんのお世話になった人が黒井先輩って分かったら、言ってた事色々納得した』
「玲奈ちゃんは、裕美子さんにそんなにお世話になったの?」
『そだね。黄山先輩と紅林先輩もだけど、中学から転校して来た私の、最初の居場所を作ってくれた人なんだ』
「じゃあ、僕と一緒なんだ」
『あははは。確かに。面白いよね。でもグイグイ距離を詰めて来てくれる人達だから、いつのまにか仲良くなっちゃって』
「そうそう。真白さんと姫奈さんがとってもアグレッシブで、それを裕美子さんが宥めて……って」
『ふふっ。今も変わんないんだね』
電話の向こうの玲奈ちゃんが、懐かしむ様に笑ってるのが分かる。
やっぱり、裕美子さん達は凄い。自分達は、やっかみ者だなんていって、目を向けられなくても、僕や玲奈ちゃんみたいな、どう手を伸ばして良いか分からない人達に、自然と手を伸ばしてくれる。
そんな優しさを持ってる人に、僕はーーー。
『お兄ちゃん?』
「あ、ゴメン。ボーッとしてた」
『やっぱバイトで疲れてる?ゴメンね』
「ううん大丈夫!」
『そう?……でも先輩達と打ち解けられたのは、お兄ちゃんと同い年だったからなのも、少しはあるんだよ?』
「そうなの?でも僕と裕美子さん達とじゃ大分違う様な…?」
『うーん性格はそうだけど…ほら、自転車の練習に付き合ってもらった時みたいな、最後まで見ててくれる感じが、一緒かなって』
最後まで見てて……か。
確かに裕美子さんはずっと僕の事を見ててくれてた気がする。
その上で、好きだと言ってくれて。
それは僕も同じで。
裕美子さんの事を見てて、体調崩した時も心配になって……。
じゃあやっぱり、僕も同じくらい、裕美子さんの事を。
『ねぇちょっとお兄ちゃんホントに大丈夫?』
「!……なんかダメだね僕今日。ホントゴメン玲奈ちゃん」
『いいよ。高校生ってアルバイトとかして大変だもんね。また連絡するね』
「うん。ありがとう。またね」
そんな、お店で玲奈ちゃんと別れた時以上に、心ここに在らずな言葉で、通話を閉じた僕だった。
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「お兄ちゃん、昼間の出前の時と全然テンション違うもんな……」
スマホをローテーブルに放って、カーペットに敷いてあるクッションに座ったまま、ベッドにもたれ掛かる私。
その理由を考えると、結構簡単には出て来て。
「お兄ちゃんと黒井先輩、まかない…かな。二人でご飯食べてた。それで、先輩に気付かれるより先に、私は……見えちゃってたもんな」
相変わらず日焼けしてる黒ギャルな黒井先輩だけど、そのほっぺが、とても赤くて。
それが、目の前の男の人に向けられてる感情なのは、察しがついて。
お兄ちゃんがその後、妙にとんちんかんな事言ってるのが、余計に証明してて。
人の恋愛の機微にそう思える私は……同じ様に、恋をしているからで。
「はーーー……上手くいかないな。漸く、久しぶりに会えたお兄ちゃんへの気持ちに、自覚出来たのに。何で相手は……黒井先輩なんだろ」
せめて、全然知らない人とか、もっと性格悪そうな人とか、明らかに釣り合ってなさそうな人なら、良かったって、思ってる。
勿論、童顔の壱正お兄ちゃんと、黒ギャルの黒井先輩も、ギャップはある風には見えるけど、でも見た目のギャップを感じさせないくらい、似合ってる様に見えた。
お互いの事を、強く想い合ってる様に、凄く凄く、そう見えたんだ。
「でも多分、さっきのお兄ちゃんの感じだと、まだ黒井先輩とは、付き合ってる訳じゃなさそうだったよね」
なら、今私が取る行動は、一つだ。
「…うん、まだ残ってる」
ラインの友達を、2スクロールくらい遡る。
そこに見えた、当人じゃない、白と赤の二人の先輩に、久しぶりに文字を打った。
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