終古の追憶
きぃつね
碧落架電。
「爆破事件に関する、最新情報です。
「また、犠牲者に関しては警察官2名を含む387名が死亡、負傷者に関しては1千人ほどとなっており、今後さらに増える可能性があります。さて、日本を未曽有の大混乱に陥れた〇〇〇でありますが、本日は〇〇大学の……」
******
窒息しそうなほどに重苦しく、何層にも重なった雲が暗然たる思いに駆られている来訪者の足取りをさらに憂鬱にさせていく。
街灯も何もない夜道。最後に道行く人を見かけてから既に一時間が経過しようとしている。道を挟むようにして繁茂している雑草は腰の高さまで伸びている。
虫の音一つもしない。ただ自分自身の息遣いと足音だけ。
しばらく先に進んでいくと、小さな光を遠方に見つけた。胸を撫でおろした来訪者は光源へ向かって足早に近づいた。
何の変哲もない裸の白色電球だ。それに雨が降っても大丈夫なように傘がつけられている。誰かのお手製なのだろうか、乱暴なつくりだ。
来訪者が白色電球が薄っすらと照らしている道の真ん中に立つと、今まで暗順応のため見えていなかった物が道の側に見えた。
それは電話ボックスだ。誰もが想像すれば思いつくような電話ボックスだ。
通気口がある凸型の屋根はグレー色で、緑色の公衆電話がボックスの左奥に設置されている。中には簡易的な腰掛とテーブルがあり、分厚い電話帳が置いてある。10円を入れるコイン投入口は錆びているがオレンジ色の画面には「ご利用できます。」と表示されている。
おそるおそる、電話ボックスに近づく。
ガラス扉に一瞬、映り込んだ何かに驚きの声を上げそうになるが、それが自分だと知り安堵の溜息をもらす。
ギィという鈍い音をたてて扉を開ける。すると、センサーが人を感知して天井パネルライトがぼんやりと光った。
受話器を手に取り、10円硬貨を投入する。
そして、ゆっくりと受話器を持ちあげて耳に当てた。
「ご利用いただきありがとうございます。こちらは伝言ダイヤルです。現世でお会いできない方への伝言をお届けするサービスとなっております。伝言のご準備ができた方は1番を、キャンセルされる方は2番を、心のご準備を必要とされる方は3番を押してください」
機械音声が流れると同時に1、2、そして3番のボタンが強調表示される。
迷うことなく1番を押す。
そして、一呼吸おいて話し始めた。
***
「お前がいなくなってから十年がたったらしいな。言われて初めて知ったよ。しゃーねーよな。俺にとっちゃ、あの日のことはまるで昨日のみてーなもんだからさ」
「俺は元気でやってるよ。ケイタは高校生になったぜ。生意気な口叩いてるがビビりなのは相変わらずだ。アキちゃんも中学生になっちまった。あんなに小さかったのに今じゃ綺麗なお姉さんだ」
「二人とも元気に逞しく育ってるぞ。俺が何かしてあげられてる訳じゃないんだけどな。ケイタもアキちゃんもお前に似て頑固で意地っ張り。だけど、お前と同じで気遣いがあって繊細だよ」
「俺はガサツだからな、知ってのとおり。お前がいりゃ、もっと違う人生を二人とも歩いてたかもな」
「なぁ、この前、俺が『あの頃に戻りたいか』って呟いちまったら二人してなんて答えたと思う。『戻りたいと思えるてるだけでも価値のある人生だ』、だってよ」
「乗り越えられてないのは俺だけなんだよなぁ」
「ケイタは警察官になりたいらしい。アキちゃんは教えてくれないが、夜遅くまで勉強してるから様子を見に行ったら、看護師の教科書を枕に寝てたよ」
「安心しろ。二人が立派な大人になって、孫の顔を見るまでそっちには行かんから。約束したからな」
「そうだ、忘れるとこだった。ケイタは『お母さんが一番かっこいい』と伝えて欲しいそうだ。アキちゃんからは……『ありがとう』だ」
「二人はもう大丈夫だ。だから、俺もケジメをつける。これを最後の碧落電話にしようと思う。これが実際に届いてるかなんて分からん。もし、届いてるとしたら……すまん。許してくれ。本当に 本当に ごめん。」
「俺が代わりに死ぬべきだった」
***
手の中から滑り落ちた受話器が壁に打ち付けられる。
「またのご利用をお待ちしております」
無機質な機械音声がそう告げるとオレンジ色に光っていた画面が消える。
「ちょっと……待って!」
来訪者は震える声で叫ぶと、1のボタンを押す。押す。押す。
だが、公衆電話は沈黙したままだ。
「嘘……なんで……嫌だよ」
膝の力が抜け、電話ボックスの扉にもたれかかりながら地面へ崩れ落ちる。狭いボックスの中だ。膝を曲げ、その膝を両手で抱えて顔をうずめる。
白色電球が明滅したかと思うと消えてしまった。
まるで電話ボックスが意志を持ち、拒絶しているかのように。
***
いつからそうしていたのだろうか。
底冷えする寒さが床から伝わり、身体の芯まで冷え切ってしまっている。
幾度となく伝言を聞こうと思い公衆電話の番号を打ったり、後ろの電源を点けては消し、消しては点けてみたが電話は動かない。
絶望が色になって空を塗りつぶしていく。
「もう、いいや」
諦め、知らない言葉のはずだった。
しかし、心身共に疲弊した今では体が思考を放棄しようとしている。
虚ろな瞳は希望の光を失い、空っぽの心はまるで蜃気楼のようだ。
漫然とした動作で立ち上がる。両腕はだらりと垂れ、髪も顔にかかっている。
生ける屍のような姿だ。幽霊ですら逃げ出すだろう。
電話ボックスの扉に手をかける。
最後に未練があるのか電話を振り返るが、相変わらず画面は暗いままだ。
重い溜息を吐き出す。
そして、何かを決意したのか若干、強さを取り戻した眼差しでボックスの外へと出た。裸電球に触れて死んだ蛾が地面に落ちている。
暗い夜道へまた歩みを進めようとしたとき、自分以外の足音が聞こえる。
自分と同じ運命を辿っている人のようだ。
電話ボックスを譲るためにも急いであるき始めたとき、声がかかった。
「お母さん」
懐かしい声だった。
******
「……テロ組織に関するエキスパートである〇〇教授にお越しいただきました。〇〇さん、今回のテロ行為に関してどのようにお考えでしょうか」
「十年前に〇〇〇市のデパートで起こった爆発事件を想起させますね。デパートの客を盾に取り、犯人から身代金の要求があった事件です。デパートや警察側の不手際もあり、犯人は設置していた爆発物を起爆。しかし、非番中だった警察官一名と現場に居合わせた一般人二名の活躍により被害が最小限に抑えられました。残念ながらその三名の方々は亡くなり、日本にとって初めての爆発テロということもあり大混乱となりました」
「以前の経験が生かされなかったということでしょうか」
「ええ、そうですね」
「手厳しい意見のようですが、爆発を目撃した人からの証言では現場に居合わせた警察官が爆弾に覆いかぶさったそうです。真意はともかく、十年前と似ていますね」
「その警察官の勇気ある行動によって多くの命が助かったのは事実を踏まえて、警察組織や政府は対テロにさらなる備えを……」
***
**
*
後書。
お楽しみいただけたでしょうか?
様々な解釈があると思います。
色々な解釈で楽しんでいただけたら本望です。
終古の追憶 きぃつね @ki1tsune
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