ばーちゃん、異世界で魔王を育てる

木村

プロローグ

 ――雷光、追って、雷鳴。


 今年初の嵐がやってきている。

 そんな中、『僕』は王宮の一角にある窓一つだけの小部屋に、足に鎖をつけられて監禁されていた。そのこと事態はそれほど問題ではない・・。でもこの『嵐』、これは予想外であり、大きな問題だ。


「……おさまりそうもないか……」


 なんとかおさまらないものかと窓から外を見ていたが、外の嵐は刻一刻とひどくなるばかり。風は全てをなぎ倒し、雨は全てを傷つけて、雷は全ての木々に火をつけそうなほど。こんな嵐の中、外に出るなんてよほどの馬鹿か、よほどの『子煩悩』しかいない。


 ――だから『彼女』はやってくる。


 その事に少しの疑いもない。その事に少しの夢もない。単にこれは事実だ。彼女はこの嵐の中であっても、必ずここにやってくるだろう。

 だから僕――ハク・タロ・サバリヤノの今の悩みは、『婚約者が皇太子に寝取られ、王命により婚約破棄されたこと』『魔王の汚名を着せられたこと』『皇太子の御身を脅かしかねないとして、明日には刑務所に入れられること』『刑務所にはいれば、まもなく死刑にされること』のどれでもなく、『嵐の中やってきた彼女が風邪を引かないだろうか』ということ一点だけだ。

 彼女には健康であってほしい。例え死が彼女を覆い隠すときであっても、彼女に病の苦しみは与えたくない。

 けれど彼女がこの嵐の中外に出るならば、きっと怪我もしてくるし、きっと風邪も引く。

 だから僕は、足の鎖を魔力攻撃で腐敗させ、外した。


「わかっています、……ここで逃げ出すことは得策ではない。この国で生きていきたいなら、僕は一度は裁判を受けてから逃げ出すべきだ。でも、この嵐だ。……僕が真実、魔王なら……苦しむ『バーチャン』を見ても笑えたのかもしれませんが……僕はそうではない」


 だから僕は窓を開けた。雨粒が全身にぶつかってこようとするのを魔力の盾で塞ぐ。盾にぶつかった雨音がまるで爆撃音のようだ。

 僕は窓枠に足をかける。


「……国などいくらでもあります。でも『バーチャン』は一人だけ。先に釈明すべき相手は決まっていますね……『雨よりも速く、風よりも遠く、雷の影にかくれて、あなたの元へ帰りつこう』」


 僕は詠唱をしながら窓枠を蹴って、王宮の外に身を投げた。


「『時空転移』」


 そうしてまばたきをすると、僕は目的地――僕の実家の一番日当たりのよいバーチャンの部屋に着いていた。

 部屋にはベッドに腰かけて寝支度をしていたバーチャンがいた。彼女は僕を見ると、ニッコリと微笑む。

 そう、彼女は僕が何をしても、いつだって笑ってくれる。だから僕は安心して、彼女の足元に跪いた。

 彼女はそんな僕の頭を優しく撫でる。


「おかえりなさい、タロさん」

「ただいま戻りました、バーチャン。突然の帰宅で申し訳ありませんが、本日より僕は反逆者です。バーチャン、一緒に逃げてください」


 バーチャンは目を丸くしたけれど、やっぱり微笑んだ。


「あらあら。それは大変。バーチャン、頑張りますね」

「ありがとうございます、バーチャン。……では、参りましょう」

「ええ、参りましょう」

 

 ――そうして僕は、魔王の汚名を着せられたまま母国を捨てる選択をしたのである。


 

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