第40話 新人さんの状態

 中村芙美恵は焦っていた。

 村長さんに言われて、お邪魔をすることになったお家が。

 あろうことか、さっきご飯を炊く所で、人に怪我をさせていた人の所だ。


 年は若いが、ここでの年はわからない。

 情報によると、ここに来ると、みんなが15歳前後になっているようだ。

 しばらく考えたが、他に行くところもないので、お邪魔することにした。


 お家には、女の子が5人と、男の子が1人。それに佐藤さんだった。

 基本的に、佐藤さんが中心で、回っているお家のようだ。


 暮らしは、魔道具を使っていて、電気はない。

 食事は、流石に入らなかったが、お茶をいただきながら話をする。

 電気設備は、今開発中だということだ。


 女の子たちの、佐藤さん押しがすごい。

 まるで崇拝をしているみたいに見える。

 うちの女子生徒の目が、なんだコレ状態。


 運転手の高瀬さんも、やはり元気がなさそうだ。

 すると、川瀬さんがなにか持ってきて、高瀬さんが飲み始めた。

 匂いが日本酒? 高瀬さんが驚いている。


「この酒は、旨いですね」

「そうでしょう。ここで造っているんです。完全な純米酒ですよ」

「ほう。たしかに米と吟醸香ですか。すごく。いい匂いがしますね」

「そうでしょう。スルメでも、炙りましょうか?」

「スルメもあるんですか?」

「ええ。最近は、そんなものも、手に入る様になったんです。ちょっと待って下さいね」


 と、言って、川瀬さんが席を外す。


 少しすると。

 お皿と、スルメを3枚ほど持ってきた。

 囲炉裏の上に網を置いて、その上に1枚乗せる。

 すぐに、いい匂いがし始めた。


 傍にあった、木のタンスみたいな物は、冷蔵庫だったようで、マヨネーズが出てきた。

 卵にお酢を入れて、油を入れながらかき混ぜると、簡単に作れるそうだ。


「どうぞ、焼けました」

 お皿に乗せてくれた、スルメをちぎり。口に運ぶ高瀬さん。

「スルメも、味が濃いですね」

 顔を綻ばせる。


「それは良かった」

 佐藤さんも、嬉しそうにしている。


 なぜかしら。すごく。ゆったりとした時間。

「すいません。それ貰っていいですか?」

 村上さんが、手を伸ばしてきた。

「良いですよ。まだありますし。先生はどうです?」

「あっはい、頂きます」


 少しちぎって。頂いてみる。

 本当だ、味が濃い。口の中に旨味が出てくる。


「あっこれ美味しい。ぜんぜん違う」

 村上さんが、目を丸くしている。



 そんな。のんびりしている頃。

 男子生徒二人は。

「おい信二。この村、どう思うよ?」

「ああっ? しばらく様子見だ。魔法も使っているみたいだしな。訳分かんねぇ」

「だよな。下手なことすると、本気で埋められそうだよ。俺怖いぜ」

「だよなぁ」


 男2人は、意外と慎重だった。



「ですから。あの状態でも、なんとかできたんじゃないかと。思ってしまって……」

 無事? 高瀬さんも、心の内を喋り始めてくれた。


「実際。死んでしまって、こちらに来たみんなは、納得出来ないと思うんですけれど。事故が起こるときに、女神が干渉している可能性が、あるんですよね」

「干渉ですか」

 高瀬さんに問われて、俺は頷く。


「全部が全部と、いうわけでは、ないのでしょうけれど、村に長尾さんという。化学の専門家がいるのですが、薬品を混合していて、爆発したそうです。でも。その時扱っていた薬品は、混ぜても、爆発するような物じゃなかったのに。おかしいとおっしゃっていました」

「そんなことが……。 でも、そうだとしても。中村さん川上さん。そして村上さんに宅間さん。私の力不足で、申し訳ありませんでした」

 そう言って、高瀬さんが頭を下げる。


 すると、

「私は、あの家族から、離れられて、ラッキーだよ。胸も大きくなったし」

 宅間さんが、嬉しそうに言葉を発する。

「私もそうだな。逆に異世界転移で、嬉しいかも」

 村上さんも言う。


 川上さんも。

「そうですね、向こうにいても。バスガイドって、ちょっと特殊で。うちの会社だと、30に近くなると、じわじわ結婚しないの? とか、言われ出すんですよね。昔はもっと直接的に、年取ったらやめろって、言われていたみたいですけれど。そのハラスメントが、ジワジワ来ていて。そりゃ、たしかに家族とかに、もう会えないのは、つらいですけれど、今回良かったかなと、思っています」

 そう言ってくれた。


 中村さんは、日本酒の入った、湯呑をじっと見つめる。

「本当は、あなた達がいるから。言っちゃあ、いけないんだけど。私も今回。事故でこっちに来ていなかったら。仕事をやめていたかもしれない。うちの学校。ひどくて校長や教頭は、学校に迷惑をかけず。なんとか対応しろって言われて、もう限界だったの。ごめんね」

 生徒二人。村上さんと宅間さん、に頭を下げた。


「いや先生。頑張っていたと思うよ。私なんか、家に帰ると義父が。あのクソ野郎が手を出してくるんで、苛ついて。ちょっと悪さしたけど、実際。学校とツレの家が、安心できる場所だったし」

「えっ。ちょっと待って。そんな話、私聞いていなわよ。村上さん」

「言ってなかったっけ? 1年の時だからそうか。担任が違って、教頭にも。話は行っていたはずだけど。あの後、お母さんとも、ギクシャクし始めたし。親子になったんだから、ちょっと位我慢しろとか。教頭に言われて。その後。…… 誰にも言っていないな。未だに、あの親父の、紗莉って呼ぶ声が頭に残って。名前呼ばれると、気持ち悪いんだよね」

「そう、それで。名前呼ばれると、嫌がっていたんだ。私。何も知らなかった」


「じゃあ。私も、聞いて聞いて」

「なに? 宅間さん」

「私の親も、ロック馬鹿でさ。私に紫衣瑠(しえる)なんて名前つけてさ、興味ないって言っても。コンサートに強制参加。いつも金がなくて、電気とかも止まるし、ご飯なんかも。当然無いときがあるし。ひどいと思わない?」

 などと。話が、飛び交う。


 その話を聞きながら、あの女神。対象を選択しているのか? ふと思った。まさかね。

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