第27話 委員長改め。私の名は香織。

「あの、委員長」

 呼んだ瞬間。

 般若な顔をする、委員長。御立派な角が見える。


「何かな? 普人くん。それと、もう。学校じゃないから、名前で呼んでくれない? と同じように」

 『皆さんと同じように』のアクセントが強い。



「まさか。ここまで来て、私の名前を知らないなんて。そんな落ちは、無いよね」

 念押しが凄い。

「ああ。香織。分かったよ。……これで良いか」

 それを聞き、はにかむことも無く。

「とうぜん。名前で呼んでもらうのに。1年もかかるとは、さすがに思っていなかったわ」

「……そういえば、あの後だったから。そうだな」


「あの時は、名前を呼ぶだけなのに。恥ずかしいとか言っていたのに。4人も。……4人も。……その」

「ああ。そうね。立派な肉体関係。ずっぽしと」

 久美が言い放ち。変な手つきのサインを見せる。

 隆君が、その言葉に反応する。

「肉体関係って、なぁに?」

 意表を突かれて、皆があわあわする。


 すると、「お母さんと、お父さんみたいな関係よ」とみゆきが言う。


「そうか。普人さん。いつも忙しそうだものね。お仕事もそうだし。夜もみんな、お部屋に行っているし。もっといろいろ教えてほしいし、僕も遊びたいのに」


「そうか。でも、隆は夜きちんと寝ないとな。遊ぶのは、そうだな、昼の勉強時間を調整しよう」

「じゃあ、遊べる?」

「ああ。大丈夫だ」

「いなくなっちゃった。お父さんも、遊んでくれたんだ。へへっ」

 隆が、寂しそうに笑う。


 事故の時の惨劇は、俺たち当事者は見ていないが、委員長は見ていた。

 そのためか、涙を流して泣き始めた。


「お姉ちゃん。大丈夫?」

 隆君が、急に泣き出した委員長じゃない。香織の後ろへ回り。普段みんなにされるように、頭をなでる。


 それに気が付いた、香織は。

「ああ。ごめんなさい。隆君。大丈夫だから」

 にへっと笑い。隆の頭をなで返す。

「へへっ」

 隆はそう笑い。みゆきお母さんの横に座り直す。


 それを見て、気が付き。私は泣きながら、反省をしていた。


 私は、普人君が居て。舞い上がり。すべて、頭から飛んでいた。


 自分が死んで悲しんだであろう。私の両親のこと。

 そして、ここにきている人の悲しみと、地球で残された。家族や友人たちの悲しみ。 

 

 私は自分で、あの喪失感と悲しみを体験して、なおかつ目の前で。……一年前とは言え。あの辛そうな、家族の方たちの悲しみ。それをすべて。普人を失って、1週間後に会ったとき。そう。彼のお母さんがしていた、つらそうな笑顔。それを、見て知っているのに……。私は……。


 ……考えれば、肉体関係だというのも。自身の喪失感を埋めあう。傷の舐め合いなのかもしれない。


 もし、こっちへ来て。

 普人君が居なければ、私は自分で自分が死んだこと。

 もう家族に会えないことに気がついたとき。いいえ、理解した時。誰かに頼らず暮らせるかしら? きっと。夜寝られないと思う。


 隆君は、お母さんが一緒に居るから。いなくなったのは、お父さんとなっているけれど。地球では、お父さんが奥さんと隆君を失った悲しみを。訴えている姿を、私はテレビで見て知っていた。


 あの時の犯人のおじいさんは、運転中の発作で心臓が止まっていたけれど、近くのビルに、AEDがあって、息を吹き返した。

 それが、そのまま亡くなって。こっちへ来て。

 話をする中で、加害者と知れた時。

 私なら、もとに帰してと。詰め寄るかもしれない。

 いえ、無理なことを理解して。その人を追い詰めるだけだと、理解していても。それでも、きっと言うのだろう。


 それが、何の解決にならないと分かっているのに。私は、その人を追い詰めるだろう。 

 自分の心が、軽くなるためでもなんでもなく。

 ただ叫んでいる間は、悲しい記憶を、怒りで塗りつぶすために。考えなくていいように。

 きっと、テレビに出ていた、隆君のお父さんのように……。



 そうね。私は、ここにいる方たちの、心を見ていなかった。


 ただ、私のやきもち。

 ただ、彼に会えて嬉しくて。

 ただ、それだけで心は目いっぱい。

 ただ、心はぐちゃぐちゃ。


 一年もあったのよ。

 村長さんが言ったじゃない。

 彼に知り合いかと、気が付いたときに。

 大丈夫かと、聞いていたじゃない……。


 過去に、そんな騒動も、あったのかもしれない。


 隆君の、あの言葉がなければ。

 私は、そんなことにも気が付けず。


 ……ただ、私の感情。そのままに彼を。そして、ここにいるみんなを傷つけて。

 一人で泣きながら、夜を明かしていたと思う。

 裏切られたと、思いながら……。


 ぐずっと、鼻水をすすりながら、委員長はこちらへ向き直した。

 俺は、手ぬぐいを渡す。

「えへっ。ありがとう。そして、皆さんごめんなさい」

 委員長は、皆に頭を下げた。


「どうして? 良いのよ。こっちに来たばかりだし。元カレが、こっちで女を作っていたんですもの」


 久美は言って、ほかの3人も頷くが。言葉と違い、目は、そんなこと思っていないよね。

 さっき、付き合いが1週間と、言ったときに。すごくほっとしていたもの。

「久美さん。元カレじゃありません。私も混ざります。ここの家族に。良いわよね普人くん」


「まあ。仕方がないか」

 言ったのは、佳奈美。


「一人だと、つらいしね」

 言ったのは、看護師の佳代。


「あーもう。よろしくね。委員長さん」

 久美が言うと、

「委員長じゃありません。香織と呼んでくださいね。久美さん」


「と、言うことで、寂しくないように。今晩抱いてね。普人」

 いきなり明言されて、おろおろする俺。


「先輩が、見ていてあげようか?」

 久美が、茶化す。手で、双眼鏡を造り、目に当てる。


 真っ赤になって、

「大丈夫です。初めては、1対1がいいです」

 香織は笑う。少し鼻水をすすりながら。

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