第15話 続・石を訪ねて

 朝。

 皆に見送られ、元気に出発したが、思ったより道なき道は歩きづらい。

 慣れている、川瀬さんの足を、引っ張る結果となった。


 休憩している時にふと、最近平均にこだわっていない自分に気が付いた。

 それは、無意識に口に出ていたようだ。

「そういえば ……いないな」


「うん? なあに?」

「あ? 声に出ていたのか?」

「何かぼそっと言って、聞き取れなかったけど」

 隠すようなことじゃないし、言っても良いか。


「俺は子供のころから、人間は普通に生活ができれば良い。飛びぬけたものが無くても普通の人間として、生きることができれば、十分だと親に言われて。……いつの間にか、普通というか、すべての平均を目指すようになって。なにもかも、平均値を意識して、その値を取れるように。こだわって生きて来たんだけど。最近、それを意識していないと、思ってね」


 それを聞いた、川瀬さんは、口をあんぐり開けていた。

 そして一言、

「それって、全然普通じゃないし、すんごくゆがんでいるわよ」

 と笑った。


「意識してその数字を取ると、ものすごい充実感があったんだ。平均値って自分の力だけじゃなくて、他人の状態に、基本左右されるだろう」

「ああ。自分だけじゃなく、相手も気分がのっているときに、すんごくエッチで感じるみたいに?」

「……まあ。そうかもな」


「それが最近、全然意識してないんだよ」

「うーん。それは今の状態が。……君の思う平均にも、届いていないからじゃないの?」

「……そうか。向こうの生活が基準と言う事か。それはずいぶん先の事になりそうだ」

 川瀬さんが、クスッと笑う。


「……それは、もしかすると。普人君の秘密を、告白してくれたのかな?」

「そういえば、誰にも言ったことはないな」

「ふふ。うれしい」

 と抱き着いてきた。

 こうしているのが、なんだか心地いい。


 そういえば委員長は元気だろうか? まあ、付き合ったと言っても一週間と言う短い期間が救いか。あのペンダントも。渡せなかったな。

 と、考えて、川瀬さんと抱き合いながら、他の娘の事を考えるのは失礼だなと意識を切り替えた。




 あれから、2か月。経った。

 いまだに、欠かさず。

 あの交差点で、手を合わせた後。彼の帰るはずだった方向を見てしまう。

 もしかして、あれは何かの間違い。

 見れば、彼の後ろ姿があるのではないか? そんな思いが。頭から離れない。


 あの事故から5日後。

 彼のお母さんから連絡があり、約束とは逆に。

 彼の家にお邪魔をして、お参りをさせていただく。

 彼の遺品を見せてもらった。


 几帳面な彼は、昔からのテストなどもスクラップしており、テストの束には必ず解析ノートが付随していた。

 彼のお母さんは、それを見つけたとき。あの子は馬鹿よと言って、泣いたそうだ。

 

 それは、予想される平均値の解析と、テスト後の数値の差異に対する考察。

 それが、毎回書かれていた。


 出題範囲と傾向に対して、偏差の中央値がどう移動するかというものだけど、私からすれば、クラスメートの性格や機微が考慮されていない。中途半端なものに思えた。


 数値だけを見て、人を見ていない。

 ……そんなイメージを受ける。


 もちろん。お母さんには、そんなことは言えないけれど、ぽっかりと何か人間的なものが抜け落ちていると。私は感じてしまった。

 彼が心を許したのは、ひょっとすると、このノートにだけかもしれない。

 ……そんな、悲しい気持ちさえ浮かぶ。


 ちなみに、お母さんがこれを見て、彼の事を馬鹿と言ったのは。

 普通で良いからと言った、親の言葉を愚直に守っていたことに。気が付いたから。


 たぶん彼は、100点を取ろうと思えば、きっと取り続けることが出来ただろう。

 それだけ、彼のスクラップはすごくて、テストだけではなく。

 情報の幅は、ジャンルを問わず広かった。


 編み物で、どうやっても目が詰まる。

 なぜだ。とか書かれていて。くすっと笑った。


 慣れないと、目が詰まって編めなくなるのよね。言ってくれれば教えたのに。

 笑っちゃった。


 その幅は、本当にものすごく広く。

 どうやって時間を作り。

 勉強したのか理解できない。

 ただまあ、さすがに幅は広いが、深くまでは、突き詰められなかったのだと思う。

 私が分かるものだけの意見だけど。

 すべてが基本レベルで留めているので、ひょっとすると、これも平均的知識を目指したのかもしれない。


 彼の足跡を堪能した後、お母さんにお礼を言って。おいとまをした。


 家に向かって歩き出す。

 コブ〇ロさんの『風』が頭の中で繰り返し流れている。

 そして、私の首元には、彼に貰ったペンダントが、揺れている。




 一応、目的地に向かいながら、ざっとした距離と、標高を書き込んだ地図を、作製している。無論標高は、厳密なものではなく相対的なもの。


 今後、採掘をするためには、道が必要だ。

 大がかりな橋や、トンネルが作れない以上。

 道というものは、標高をそろえるのが基本だ。


 まあ、厳密な測量をしているわけでもないので、かなりおおざっぱだけどね。

 そのうち、高い山の頂上でも基準にして、測量もしよう。


 それにしても、川瀬さんは強い。

 一度。熊みたいなのが出たけど、ゴブリンの棍棒を、鼻ずらにぶつけて。立ちあがった時に、目にも止まらない速さで、ゴブリンの針を顎下から突き刺した。


 即死はしなかったが、すぐに絶命した。


 彼女は、こんなものは慣れよと言っていたが、なれる自信がない。

 調査団は、一体どれだけの修羅場を越えたのか。

 毎回、幾人もなくなるわけだ。


 日が暮れる前にテントを張り、周辺に鳴子をつった紐を張り巡らせる。

 それでも熟睡は出来ない。

 これも、彼女に言わせると慣れだそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る