第21話

 固まるヴィクトリアとレイモンドを傍目に、ロイドがすぐさま氷の攻撃魔法をケガレ人にぶつける。

 ケガレ人の数人が瞬時に凍った。


「ロイド様! 攻撃は待って!」


 ヴィクトリアはとっさに叫び、ロイドの腕をつかむ。ロイドは怪訝そうにしながらも攻撃をやめた。


「一旦逃げるぞ!」


 レイモンドが先導し、三人は駆け出した。


 少し走ると、地面から3mくらい上の岩肌に小さな突起ができた場所があった。三人は浮遊魔法を使い、その突起に飛び乗る。下を向くと、何人ものケガレ人が走ってくるのが見えた。


 ヴィクトリアは三人の周囲に結界をはる。


 その場所はとても狭く、三人が団子になってようやく立っていられるような状態だった。ヴィクトリアに密着されたロイドが居心地悪そうにヴィクトリアに声をかける。


「ヴィ、ヴィクトリアさ…」


 ヴィクトリアはロイドの口元に自分の両手をあてて、しゃべるなという意味を込めて首を振る。ロイドは目を白黒させながらも、押し黙った。


 足元を土埃を上げながらケガレ人たちが通り過ぎていく。三人は息をひそめながらその様子を見ていた。しばらくしてケガレ人の気配が遠のき、もう大丈夫だと判断したヴィクトリアは結界を解き、ほっと息を吐いた。

 そして、ロイドの口元に当てたままだった両手に気づき、慌てて離れる。


「ロ、ロイド様、失礼しました!」


 一歩下がった拍子に足場から転げ落ちそうになったヴィクトリアの腰にロイドが手を回し、引き寄せる。


「このまま崖を登ろう」

 レイモンドが上を見上げて言う。


 この足場から上までは4メートルほど。この距離なら浮遊魔法で跳べる。三人は順に飛び上がり、崖上に降り立つことができた。



「説明してくれませんか。あの、ケガレ人とはなんです?」


 ロイドがレイモンドとヴィクトリアを交互に見ながら言った。


「あれは、俺の国の闇だ」

 レイモンドが吐き捨てるように言う。


「やっぱり、レイはオーソン王国からの留学生だったのね」

「ああ、よくわかったな?」

「ルリロエールって、オーソン王国出身者に多い姓でしょ?」

「そうだな。お前、他国のことにまで詳しいな」

「え、ええ。王妃教育の一環として学んだわ」

「王妃教育?」


 ヴィクトリアが口ごもったので、ロイドが代わりに答える。


「ヴィクトリア様は我が国の筆頭公爵家のご令嬢だからな」


 

「へー」


 レイモンドは片眉を上げ、意味ありげに呟く。


「そんなことは、いまはどうでもいいでしょう」

 ヴィクトリアはレイモンドにそう言って、ロイドに説明し始める。「ケガレ人は、オーソン王国で製造されたといわれている薬漬けにされた人間の成れの果てです。彼らには謎が多い。死んでいるのか、生きているのかすらわからないのです。だからこちらからはむやみに攻撃できず。でも、彼らは痛覚がないから、腕がもげても、皮膚が焼けてもお構いなしに攻撃を続けてくるからとても厄介なのです。そして、攻撃対象は生きた人間。人の気配に向かって襲い掛かってきます」


「そうだ。オーソンのだれが、いつ、どのように作ったのか、国を挙げて探したが結局今もわかっていない。オーソンでは、ケガレ人を発見した際は極秘裏に特殊部隊が出動し、どこぞの山奥の処理場に連れていって、そこに閉じ込めているらしい。ケガレ人についてはオーソンのトップシークレットだ。他国では、王族でさえよほどのことがないと奴らのことは知りえないはず。……俺としては、なぜお前がケガレ人についてこんなに詳しく知っているのか、猛烈に興味があるね、ヴィクトリア・フォーベルマン嬢?」


 最後の一言は、刺すような視線とともにヴィクトリアに向けられた。


「あら、それはあなたにも言えることでしょう、レイモンド・ルリロエール様? 一介の留学生であるあなたこそ、知るはずのないことだわ」


 とっさに言葉を返したが、ひやり、と冷や汗が背中を走る。


 興奮して、ついしゃべりすぎてしまった。


 過去に起きたあの事件こそ、このケガレ人が大きく関わっていて、ケガレ人について広く知れ渡った出来事でもあった。あの事件では、リュクス皇国とオーソン王国はともに膨大な被害を被ったのだが、いまだに謎が多く、大半が解決されないまま、うやむやに時が過ぎたのだ。


 レイモンドとヴィクトリアが無言でにらみ合っていると、突風が吹き、唐突に視界がブラックアウトした。

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