第9話
カルダーウッド・ジュニア・ナイト・カレッジ (Calderwood junior knight college)通称CJKCが見えてきた。バロック様式の重厚なその建物は、雲一つない真っ青な空を背景に、華やかに佇んでいる。
CJKCは、かつてレティスに弁当を届けに来た、あの騎士養成学校である。ヴィクトリアは、胸にこみあげる緊張と期待に押しつぶされそうになるのを、大きく深呼吸をしてこらえた。
この門をくぐれば、新たな世界が待っているのだ。
ここで引き返すわけにはいかない。
ヴィクトリアは、胸に手を当てて大きく一歩を踏み出した。
◇◆◇◆
奇跡、幸運、悪夢。
あの日のことをどんな言葉で表現すればいいのか、ヴィクトリアにはわからなかった。
絞首台から落ちたあの日。
確かな死を覚悟していたのに、気が付いたら自室のベッドの上だった。
混乱するヴィクトリアをよそに、あの火事で失ってしまったはずの穏やかな日常が再び始まったのだ。
死ぬ前のできごとは悪夢だったかのように、現実味を欠いていた。
目覚めてから数日間、ぼんやりとただ日常を無為に過ごして、ハッとした。
このままでは、また同じことの繰り返しになることに。
大好きな家族はまたあの業火に焼かれ、己は絞首台の露と消える。そしてレティスは……。
それだけは絶対に避けねば。
数日過ごしてはっきりしたのは、ヴィクトリアは14歳のころまで時を遡ってしまったということ。
ヴィクトリアは、皇妃候補として知識を詰め込まれ、レティスはすでに騎士を目指して養成学校の宿舎に入っており、別々に暮らしている。一見平穏だが、水面下ではすでに様々な人物の様々な思惑が渦巻いている時期。
「こうしちゃいられないわ!」
過去を変えるには、行動あるのみだ。
わかってはいるが、どうしたものか。
とりあえずレティスに会って話がしたいが、レティスはほとんど家に寄り付かないので会うチャンスもない。
ヴィクトリアがうんうん唸っていると、隣で魔法術の家庭教師が大げさに涙ぐみながら言った。
「ヴィクトリア様、此度の小試験は大変素晴らしい成績でございました。もともと魔法使いの素質がおありなことは存じておりましたが、この数日の成績は特に申し分なく、私は感激のあまり言葉もありません」
ヴィクトリアは、その言葉を聞いてあいまいにほほ笑んだ。
それはそうである。
すでに皇国でも最高峰の魔法術を習得しているヴィクトリアにとって、14歳の頃の試験など、目をつぶっていても満点を取れてしまう。
「このままでは、私めが教えられることがなくなってしまいますね」
「まあ、そのようなことを。先生はこの国一番の魔法使いでいらっしゃいますもの。先生からはまだまだ学ばせていただきたいですわ」
「私が14歳の頃は、CJKCでやんちゃばかりしておりましたから、今のヴィクトリア様には全くかないませんでしょう」
「まあ、CJKCは騎士養成学校でしょう? 先生も騎士を目指しておいででしたの?」
「いいえ。私は魔法士を目指しておりました。CJKCには魔法士養成コースもあるのですよ。騎士養成コースよりも狭き門ですし、騎士と違って華やかさはありませんから、あまりメジャーではありませんが」
「CJKCの魔法士養成コース……」
ヴィクトリアは、椅子を蹴って立ち上がった。
「それよ! 私、CJKCに入学するわ!」
仰天する家庭教師をしり目に、ヴィクトリアは高くこぶしを突き上げた。
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