公爵令嬢はヤンデレ義弟を躾け直したい

みみこ

第1話

 暑い。あつい。熱い。

 焼けるような熱さで目を覚ます。

 呼吸が苦しい。

 ヴィクトリア・フォーベルマンは、せき込みながらベッドから転がり落ちた。


「なに。なにが起きたの?……げほ。げほ」


 よろよろと扉までたどり着き、ノブを握る。


「熱っ」


 ドアノブは鉄板のように熱く、握った手のひらは瞬く間に赤く腫れあがる。痛みで涙がこぼれると同時に、意識がはっきりとしてきた。

 この匂い、火事だ。

 早くこの部屋から逃げなくては。

 ここはヴィクトリアの寝室。ということは一階だ。窓から外にでる、それしかなさそうだ。


 ヴィクトリアは急いで窓辺に駆け寄ると、閂を開け、大きく窓を開け放ち、まろぶように外に出た。

 ひんやりとした芝生が、はだしの足をくすぐる。肺いっぱいに新鮮な空気を吸い込み、何とか呼吸を整える。


「おい」


 聞きなれた声が頭上から響き、ぱっと顔を上げる。


「レティス! 無事だったのね。良かった」

「俺の名前を気安く呼ぶな」

「え? レティス?」

「汚らわしい」


 吐き捨てるようにつぶやくと、レティスは腰に佩いた剣を抜き、ヴィクトリアに突き付けた。


 レティスはヴィクトリアの義弟だ。ヴィクトリアの両親で、リュクス皇国の筆頭公爵家であるフォーベルマン夫妻は男児に恵まれず、父方の親戚から養子をもらい受けた。それがレティスだ。当時、ヴィクトリア6歳、レティスは5歳だった。それ以来、レティスとはうまくやっていたはずだ。少なくとも今日の夕方までは、いつも通り穏やかに言葉を交わし食卓を囲んでいた。


 ヴィクトリアは何が何だかわからなかった。ヴィクトリアが動けずにいると、レティスは片頬をゆがめ、一歩近づくと、剣を振りかぶった。


「お前など、姉だと思ったことは一度もない」


 ヴィクトリアの意識は、そこで途絶えた。


 ◇◆◇◆


 次に目を覚ますと、見知らぬ場所だった。ヴィクトリアは後ろ手に縛られ、床に転がされている。縄を解こうと歯を食いしばって暴れてみても、余計に食い込むばかりで解けそうにない。


「目が覚めたか」


 背後から声がする。


「……レティスなの」

「だから、俺の名は呼ぶなといっただろう」


 背中を思い切り蹴りとばされる。


「うう…」


 衝撃で目がちかちかする。こんなことをされたのは生まれて初めてで、涙がこぼれた。


「泣くな。鬱陶しい」


 ヴィクトリアは必死でレティスを睨みつけた。


「あなたが屋敷に火をつけたの? お父様たちは無事なの?!」


 レティスは、くっと喉で笑いながら言った。


「みんな丸焦げだよ。あの屋敷の人間は誰一人として生きてはいないさ。逃げたお前を除いてな」

「どうして! どうしてそんなひどいことを! みんなあなたに良くしてきたじゃないの! 本当の家族みたいに! なのに、どうし……ぐっ!」


 言い終わる前に、レティスが、ヴィクトリアの前髪をつかみ上げる。


「家族? 良くしてきた? いつだって俺をさげずんで、俺の本当の家族を見殺しにしたやつらが何を言う! お前ら全員死んで当然だ!」


 レティスの本当の家族。彼らは、確かに半年前のあの事件で命を落とした。だけど。


「あ、れは。仕方がなかったの。あの、とき、は……」

「何が仕方がないだ! 俺は家族の墓標の前でお前ら一家に復讐を誓った。お前も地獄に落としてやる」


 レティスはヴィクトリアの体を荷物のように軽々と持ち上げると、部屋の奥のベッドに放り投げた。


「いた……」

「お前はこれから俺の玩具になるんだ。せいぜい楽しませろ」


 レティスの昏い目を見た瞬間、ヴィクトリアは悟った。ここにいるのは、見知らぬ男だ。今、ヴィクトリアは一人きりになってしまった。あの頃の義弟はもういない。自分を愛してくれた両親ももういない。

 レティスがのしかかってくる。夜着を引き裂かれ、無理やり体を暴かれ、痛みと絶望でヴィクトリアはもう何も考えられなくなった。

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