黒き翼の大天使~第5幕~黒き翼の大天使

遠蛮長恨歌

第1話 皇妃たちの食み合い

 10年の月日はたちまちに過ぎた。皇帝不在の帝国の実権はほぼエーリカが掌握、対抗馬として擁立される瑞穂はやや意志薄弱であり、晦日美咲は推してエーリカ討つべしというも磐座穣は現状、戦うべきではないと両陣営の衝突回避に奔命する。


 宮廷での権力闘争がある間に外でも動きがあった。エーリカが、アカツキ、ヴェスローディア以外の7大国を臣従させたうえ、だまし討ちに近い形で権を奪ったことに関して当然、反発が起こったわけで、ヘスティア皇帝オスマンなどその最たる例だが、国家規模での反乱は怒らないにせよ各国諸都市で小さな反乱が頻発する。それらの対応と鎮圧に、朝比奈大輔、出水秀規、上杉慎太郎らは奔走、かれら新羅辰馬の三銃士が外で苦労する間に、エーリカは明染焔、覇城瀬名、月護孔雀らの官爵を上げて自分の藩屏としての力を確立させる。


‥‥…………

「はぁ~、なーんでオレら、エーリカの言うとーりに動いてんかね……。瑞穂ねーさんならともかく」

 シンタこと上杉慎太郎は戦車の銃座でぼそりと零す。エーリカが辰馬の帝国を壟断しているという意識の強いシンタとしては瑞穂を擁立して僭主を打倒したい思いがあるが、それは10年前に一度失敗して瑞穂の立場を危うくしたこと。いくらシンタが軽率とはいえ、軽々には進められない。かわりに瑞穂がものした兵法書「百戦要諦」を紐解いて戦略戦術を勉強、いざというときに備えているのが今のシンタ。この兵法書の効果で、シンタは帝国にも大秀才・北嶺院文か野生の天才・明染焔、それ以外には比類がない軍略家になっている。


「まあ? 兵法だなんだっつーても、この戦車砲の一掃射で勝負決まるんだけどな……。あー、こんな戦争楽しくねぇ……」


 憂いつつも戦車砲発射。帝国に弓引いた辺境都市の反乱軍は一撃で半壊し、そこに乗り入れた戦車隊に蹂躙されてあっけなく、勝負は決まる。エーリカが民を1等市民、2等市民に分け、2等市民には武器を持たせないとしたために彼らの1等市民に対する犯行は自殺的で破滅的な行為になってしまっている。


「今なら辰馬サンの気分わかるわ……こんな一方的に弱いモンいじめしてたらそら、吐き気もするわな……。やってられん」

「上杉大将、戦車の中とは言え、聞こえてますよ? ……そーいうのは控えなさいよ、上杉」

 隣に車体を近づけ、言ってきたのは副官、林崎夕姫。かつて蒼月館学生会の一員として、竜の魔女ニヌルタとの戦いで共闘した間柄。その後北嶺院文を奪われたことを逆恨みして辰馬を恨んだ彼女は長らく物語の表舞台に上ることがなかったが、ここ数年で軍内に頭角を現し、シンタの副官となっている。配下の兵たち曰く、あの二人は怪しい。


「林崎、おめぇこっち側でいーんか? 会長につくんだったらエーリカ派だぞ?」

「アンタも表向きエーリカ派でしょうが。そこんところちゃんと隠しなさいよ」

「………………」

「アタシはね、気高かったおねーさまは大好きだけど、権力亡者に成り下がった北嶺院文は嫌い。だからこの手で目を覚ましてあげないとね」

「男らしーこと言うなぁ。けど、そんな簡単な話じゃねーんだよ。エーリカ殴るまでにどんだけの難を排さにゃならんかとなるとな……」

「まあ、そーねぇ。とりあえず繭にも声かけるわ。おねーさまに取り込まれる前に、こっちにつける」


 繭というのは夕姫同様、蒼月館の学生会員だった塚原繭のこと。かなり強力な氷結魔術の使い手だったがもともと武人の家柄で魔術に頼ることを良しとしておらず、世界から魔法が失われたあの日、落胆するより歓喜して新しい人生をスタートさせた一人である。


………………


 別の戦場。朝比奈大輔は元帥でありながら単身で潜入任務にあたっていた。反乱分子と結びついたカルト宗教、エーリカのやりように批判的な大輔ではあるが国政に宗教がからんでくることはヒノミヤの例を引くまでもなく、百害あって一利なし。信者に扮して内部からこれを叩くという任務は危険だが、高い戦闘能力と思慮深さを併せ持つ大輔にしかなしえない仕事と言われれば納得するしかない。が、宗教団体が政府高官とつながる証拠文書を手にして戻ろうとした大輔は囲まれ、自分が泳がされていたことを知る。


「おやおや、ネズミかと思えば国家の元勲、朝比奈大輔元帥閣下ではないですか。こんなむさくるしいところへいったい何用で?」

「何用もかにようも。政府との癒着の動かぬ証拠、申し開きはできんぞ、貴様ら!」

「はあ。あなたが生きて王宮に戻れれば、ですが」


 さすがに……この数はマズい、か……。


 数百人を超える狂信者を前に、大輔は内心で臍を噛む。霊力による力の底上げがないいま、逃げに徹したとしても確実ではない。


 ここは投降したふりをして機会をうかがうか、大輔はそう決めて手を上げようと……したところで、銃声が爆ぜ、狂信者の首領、その肩を射貫く。


「ぐぅ!?」

「……誰だ、味方か?」

「こっちに来なさい!」


 腕を引かれる。ごつい銃を持った女性だった。銃はゴツいが女性の容姿はごつくなく、むしろなよやか、嫋やかといっていい。大輔と同じように信徒の地味で陰気な服装をまとっているが、胸元や腰の起伏が大きく目の毒と言ってよかった。


「あんたは?」

「武蔵野伊織、宰相補佐、出水どのの命で参じたわ。……もと賢修院学生会副会長、といえば、少しは親しみも湧くかしら?」

「あぁ……」


 賢修院は蒼月館とならぶ冒険者育成校の名門だ。大輔たちと同期であったといわれれば、そういえばそんな名前を聞いたことがある程度には覚えがある。伊織は威嚇射撃を巧みに使い、狂信者たちの群れから離脱していった。


「道は合っているのか?」


 あまりに迷いのない足取りに、かえって大輔が不安に駆られる。伊織は平然としたふうで「大丈夫よ、初音がいるからね」といい、さらに歩みを続ける。


 迷路のような地下を抜けると、そこには小柄な女性がいた。きつね色の髪に狐耳と、二尾に分かれた尻尾。赤い瞳を確認するまでもなく、すでに地上世界では稀な存在となった、狐神であることは疑いない。


「初音、ナビゲートお疲れ」

「はふ……伊織もお疲れ様。昔はこんなくらいのことで、疲れたりしなかったけどね……」

「そう? 私は昔から無能力者だから関係ないけど。神力魔力の多寡でひとが差別される世界より、今の方がよほど健全だと思うわ。新羅辰馬さまさまね」

「それは……うん、そうだね……」

「あんたも、出水から?」

「あ、はい。源初音です!」

「この子ももと賢修院、学生会長よ」

「ほう」

 エーリカが明染焔を頂点とした私兵団を形成しているなか、磐座穣もまた私兵団を形成していた。出水に命じてもと賢修院の学生会に所属した初音と伊織を瑞穂陣営に引き込んだのもその一環。そしてさらに穣の打つ手は止まらない。


「皇妃、今日は予定を少し変えて、会談としましょう」

 自分も皇妃ながら一歩ひいた晦日美咲の言葉に、瑞穂はぼんやりした意識を引き戻す。先年、竜洞に赴き辰馬に抱かれた際、仕込まれた胤が結実した瑞穂のおなかは、最近わかりやすく大きくなっている。生まれてくる赤ん坊と10歳になる長男・獅廉のことで心がいっぱいになっている瑞穂は正直、エーリカとの対決などということを考えたくもないのだが、いま竜洞に向かってここにいない穣はそれを許さない。それが瑞穂の幸せを護るためである以上、瑞穂としても拒絶できなかった。


現在雫と穣は帰京の途中、エーリカと文は竜洞に向かい中で、京城に在住の皇妃は瑞穂と美咲の二人のみ。そして今回の会談は穣の意を受けて、美咲が探してきた人物たちだった。御簾を上げて迎えると、四人の女性が室内に入ってくる。


「お初にお目にかかります、皇妃殿下。李詠春と申します」

「李の従者、蕭芙蓉にございます」

「テルケ平原のベヤーズですわ、よろしく」

「フミハウ……」

「彼女らはもと明芳館の学生会員で、殿下とは同期生にあたります。お話も合うかと」


 四人がそれぞれに自己紹介した後、美咲がそう言って〆る。話も合うかと、とは言われてもなにを話せばいいのやらな瑞穂ではあるが、フミハウと名乗った女性が獅廉の求めに応じてかわいらしい絵を描いてみせると、そこをとっかかりとして会話が弾みだした。瑞穂は息子の心を開かせたフミハウにすっかり心を許し、彼女がコタンヌ族の歌姫として現在売り出し中、世間に影響力のある存在であることを知る。


 フミハウを端緒として意気投合した五人はたちまち姉妹のような仲の良さで結ばれ、詠春と芙蓉は瑞穂の護衛官として身辺警護につく。ベヤーズは弓の名手、狙撃者であり離れた場所から瑞穂の敵を捕捉、フミハウはかつて神力があったころなら4人の中で最強の戦闘力を誇ったらしいが、現在は歌姫近衛隊長として兵士たちの士気を高めるのが仕事。


こうして瑞穂陣営が固められていく一方、瑞穂が京師をあけると入れ替わりで戻ったエーリカは強化された瑞穂陣営をしかし鼻で笑う。


「補強選手も女の子ばかりねぇ? 下手に屈強な男を入れてこちらを刺激したくない、ってところかしら。神力の加護があった昔ならともかく、今、神力がない時代に女の護衛兵なんか雇っても無駄なんじゃない?」

 リアリストのエーリカは世界から神力魔力が消えた時点で女性の優位性は完全に失われた、ということを理解している。これからは家父長主義、父権主義の時代であり、もはや女ののさばる余地はない。ヒノミヤ事変を興した神月五十六は先見の明があった、と、女であるエーリカが自分だけを特例、としてそう考えるのであるが。


 そのエーリカが宮中にあるとき、何者かから弓矢で狙撃された。矢はエーリカの頭から10センチと外れない花瓶を粉砕し、そのとき聖盾の持ち合わせもなかったエーリカは青ざめ、腰を抜かす。このテルケのベヤーズによる殺人未遂事件からいよいよ瑞穂派とエーリカ派の闘争は激しいものとなり、瑞穂派の戦闘力も抑止力の枠内を越える。城内でも派閥に別れての乱闘事件などが目立つようになり、勢力は最初エーリカ派優位にあったが、歌姫フミハウのカリスマ、武蔵野伊織、源初音の組織力、林崎夕姫、塚原繭の反エーリカ派運動などが相俟って次第に瑞穂派が押し返す。エーリカは宮中の敵を一掃すべく、長船言継を買収。彼が執着する瑞穂を好きにして良いから瑞穂派を壊滅させよ、そう命じようとして、そのおり、ヒノミヤの主神サティア(すでに神としての権能の殆どは失われているが)から報せが入る。


 創世の神を殺す毒、シドゥリの媚毒の完成と。



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