8 Invisible Person 2
一方で、
満は親友が犯人であるとして捜査員たちが集めた証拠を否定し、まともに見ようとはしていない。
「アイは、事件を俯瞰し考察することが出来ます。誰の味方でもなく、誰の敵でもなく、事実だけを集めてそこから事件がどのように起きたのかを検証します。情報の範囲内で推理するため、後から新たな情報が追加されれば犯人と目される人物が変わる場合もあれば、事件が事故として判断される場合もあります。感情がないため、思考の切り替えが簡単にできるのです。これがアイの長所です。短所は、生物特有の勘というものがないことです。さすがに勘というものをプログラミングすることはできかねるようで、勘だのひらめきだのはアイにはありません」
「AIに勘やひらめきが備わったら、人間は考える必要がなくなると思うな」
「一哉は人一倍勘が鋭いので、アイの助手としてうってつけの人材なんですよ。空気を読むのがうまいというか、アイにはない視点で疑問を抱いてアイの推理の助けとなります」
「野生の勘ってやつ」
英知に褒められて嬉しかったのか、一哉はにこにこしながら満に自慢した。
確かに一哉は、さきほど階段で会ったときから考えるより行動しているようなところがあった。
事務所に訪ねてきた満を見て、平井警部から紹介されてやってきた男だとすぐに気づいたし、満と英知の会話に口を挟むタイミングも悪くはない。
「話を戻しますと、私たちが高橋吾郎さんを四ツ坂マンション殺人事件の犯人であると考えないのは、アイが高橋吾郎さん犯人説を否定しているからです。警察が高橋さんを逮捕したということは被害者となんらかの接点があった人物であり、死亡直後にマンションを訪ねた事実があるからでしょうが、
「あなた方は、AIがシロだと言えばカラスでもシロに見える派か?」
「白いカラスも世の中にはいますよ? それに、シロかクロかを最終的に決めるのはAIではありません。人間です」
満の皮肉に対して、英知は淡々と答えた。
「アイは四ツ坂マンション殺人事件の真犯人は10008であると答えを出しています。でも、その回答を生かすも殺すも人間次第です。もし満さんがアイの導き出した答えを信じなければ、10008という目に見えない犯罪組織の存在を否定するのであれば、高橋吾郎さんは殺人犯として裁かれることになります。私たちは事件の調査はおこないますが、私たちは10008が実行犯であるという証拠を探すのみです。高橋さんの無実を証明するわけではありません」
「高橋が無実だとわかっても、それを警察に報告しない、ということか?」
「我々には報告の義務はありません。事件の調査に協力を依頼されればもちろん協力しますが、こちらから率先して警察の捜査に
「なんで――――っ」
(それじゃあ、
憤りを覚えた満は勢いよくソファから立ち上がったが、英知は平然としている。
「都警察の中には、アイが事件をどのように推理したかを知りたがっている人が若干名いるんだ。でも、そういう人たちはいろんな大人の事情があって、
空になったグラスを指先で揺らしながら一哉が告げる。
「――――え?」
いきり立った満にたじろぐことなく、一哉は続けた。
「
ソファに座ったまま一哉が満を見上げる。
「予想……できてる、と思う」
平井の人柄を思い浮かべ、満は頷いた。
さきほどまでなぜ平井がアイ探偵事務所を勧めたのか真意をはかりかねていたが、一哉の言葉で得心がいった。
「あの人はまさか――――」
「10008は透明人間みたいなものだよ。気配はしても、その姿を見た人はいない。10008の依頼人たちはコンタクトを取ってきた10008のメンバーと直接会ったとしても、どんな姿だったかすぐに忘れてしまう。会ったことは覚えていても、会話の内容は覚えていても、どんな背格好だったか、男か女かさえなぜか忘れてしまうんだ。そんな霞か雲かって感じの人間を都警察が必死になって捜していることが世間に知られたら都合が悪いんだって」
一哉が上目遣いに満を見つめながら説明する。
「都警察は10008の存在が明るみに出ることを嫌がっています。数々の事件を仕組んで実行し成功させている犯罪組織が京都に存在しているとなれば、都警察の沽券に関わりますからね。しかも10008は都市伝説レベルの透明人間です。怨霊やあやかしが人に取り憑いて相手を殺したとしても、呪術師が対象者を呪い殺したとしても、殺人として成立しません。10008はSNS上に存在しているだけの都市伝説として都警察では扱われています。都市伝説の透明人間を都警察が殺人犯として捜すわけにはいかない、というのが某都警察幹部の言い分です」
英知は眼鏡の奥の瞳を細めて語った。
「でも、民間人が都市伝説の出所を大真面目に調べることは珍しくないですよね? そのついでに、ある事件に関して犯人は別にいるかもしれない証拠が偶然出てくることだって、あり得ますよね?」
「偶、然……?」
平井が万が一だの奇跡的にだのを期待しない性格であることを、満は知っている。
だから、偶然なんてものも当てにしないはずだ。
「退職した元・部下によって四ツ坂マンション殺人事件の真犯人に関する証拠を持ち込まれたら、現在は善良な一般市民として生活している元・部下の通報を無視するなんて真似は警察官ならできないはずですよね?」
「まさか、最初からそのつもりで平井警部は――」
「さぁ? どうでしょうね」
すとんと満がソファに座り直すと、英知は口の端をわずかに吊り上げた。
「アイ。平井警部は満が事件の真相に辿り着くのを期待してると思う?」
一哉はさきほどの満の剣幕など忘れたような口調で、市松人形に向かって尋ねる。
『――――例外処理発生』
抑揚のない声でアイは答える。
「アイって、自分が答えられない質問に関しては『わからない』って言わずに『例外処理』って言うんだよ。なんか、便利な言葉だよね」
「一哉。AIに無理難題をふっかけないでください」
ふう、と英知がわざとらしくため息をつく。
まるで、自分が答えられない質問を投げかけられてプライドを傷つけられたような気配さえするアイの『例外処理』という素っ気ない一言に、満は苛立った気持ちが落ち着くのを感じた。
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