3 The Youth Assistant 1

 バヤシミツルはほんの半月前まで都警察捜査一課の巡査部長だった。

 京都では、首都が京に移って府から都になるとすぐ、府警が都警になった。東京を管轄区域とする警察組織は警視庁から東京府警察になったが、京は東京の警察組織が移転してきたわけではないからと言って、呼称は都警察とした。

 都警の警察学校を卒業後、交番勤務を経て巡査長から巡査部長に順当に昇進し、都警本部の捜査一課に配属となった満は、忙しいものの仕事に不満は持っていなかった。二十代で独身ということから休日出勤と夜勤がやたらと多いシフトだったが、真面目な性格の彼は上司、同僚、後輩から信頼を得ることができていた。

 一転したのは、シンキョウトにある四ツ坂という地区の高層マンション『レジデンス四ツ坂』で起きた事件が発端だった。最初はマンションの十三階から誤って人が転落して死亡した人身事故だと思われていたが、事件発生から三日後になってひとりの男が逮捕された。

 タカハシロウ、二十六歳。

 満の親友だった。

 高橋の容疑は、事件現場となった高層マンション『レジデンス四ツ坂』の十三階にある高校時代の同級生である岩田陸の部屋を訪ね、ベランダから岩田を突き落としたというものだった。

 高橋は否認し、満も親友の無実を信じたが、高橋が高層マンションに出入りする姿をマンションのエントランスホールにある防犯カメラの映像がとらえており、高橋のウェアラブルデバイスの位置情報、高橋と被害者双方のウェアラブルデバイスの音声認識機能に録音された会話などは証拠となった。

 殺人の動機はいまだ不明で、高橋が被害者を突き落としたところを目撃した者はいない。被害者の衣類には高橋の指紋や毛髪、体液などは付着していなかった。

 それでも高橋は犯人として都警に拘留されて取り調べが続いた。

 満はなんとかして真犯人を見つけ出そうとしたが、満が高橋と親交があることを同僚から上司に報告されてしまい、すぐに事件の捜査から外された。それでも満はなんとかひとりで捜査をしようとしたところ、都警本部から警察学校への異動命令が出た。

 交番勤務ならパトロールの合間に捜査ができるだろうと考えていた満だったが、警察学校勤務ではそうもいかない。なにせ警察学校はシンキョウトから遠く離れた陸の孤島と呼ばれる場所にあった。

 それならば、と満は都警を辞めて、ひとりで事件を調べることにした。

 ただ、警察という組織を離れた個人が入手できる情報はたかが知れている。

 個人で調査を始めて数日で、満はもどかしさと自分のふがいなさと認識の甘さに落胆することになった。

 そんな満の状況を予想していたのか、元上司で警部の平井がアイ探偵事務所を紹介してくれた。

 平井曰く、AIが探偵を務める世界でも極めて珍しい探偵事務所で、しかも引き受けた事件は必ず解決に導くらしい。

 満もAI探偵の存在については、都警察にいた頃になんどか噂で聞いていた。

 人工知能の探偵がどうやって事件を解決するんだ、とまったく信じていなかったが、いまは他に頼る術がなかった。


「なるほど。四ツ坂マンション殺人事件ね。確か、映像作家のイワリクって男が死んだやつだよね」


 ふんふん、とカズが頷く。

 エイも「あの事件ですか」と唸っている。

 新聞やインターネット、週刊誌でも大々的に報道されたため、知らない人の方が少ないくらいだ。いつのまにか『四ツ坂マンション殺人事件』と週刊誌やワイドショーが呼ぶようになり世間ではすっかり定着してしまっているが、都警察では『四ツ坂マンション転落死亡事件』と捜査本部の入り口に書いてある。そもそも事件なのか事故なのか、都警察では断定できていないのだ。

 死亡した岩田陸は一応『映像作家』という肩書きで紹介されているが、動画共有サイトで岩田が撮影した映像を公開しているものの、それで生活できるほどの収入は得られていなかったらしい。高層マンションにひとりで住んでいたが、資産や収入がない岩田がどうやって家賃を払っていたのかは不明だ。


「英知さん。あれって、アイが10008ヨロズヤが絡んでるって睨んでる事件だよね」


 二杯目のアイスコーヒーを飲み干すと、グラスの中の氷をかみ砕きながら一哉が告げた。

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