第2話 蠟人形


 憂いに満ちた雨は斜線を描いて地面に落ちていく。


 階段をぎしぎしと駆けていくと、梅雨に入ってから何日も経つからか、床は結露が付いており、危うく滑りかけそうになった。


 身動きができないのはそれからだった。




 耳を塞ぎたくなるような轟音は、凄まじい速さで駆け巡ると、部屋の明かりをつけていなかったからか、真昼であるに関わらず、繁吹き雨によってもたらせる稲光の醸し出す、鼠色で暗くなった。




 一階の台所には母がいるにも関わらず、人気がない。妙な雰囲気を察しったが、雨音が叩く音以外はしない。


 よく耳を澄ますと遠くから東側の玄関から何者かが入ってくる音がした。


 目線を階段から天井へと逸らすと、ただならぬ暗黒の階段の上で、冷や汗を搔きながら天井をひたすら見つめるしかなかった。




 足音に耳を澄ましてみる。


 あやかしの音と鼓動は耳の奥まで纏わりつき、木霊する。


 階段はわずかな振動で揺れているのがわかる。


 遠くから大地を切り裂くような雷鳴が聞こえる。間一髪のところで足音は消えた。


 乱れた呼吸を直し、恐る恐る瞼を開けると目の前には見知らぬ少年が一人立っている。




「あっ……」


 少年は針金のように細い瞳をじっとこらしながら窺っている。


 その殻に閉じこもりがちに見える細い瞳からは人間が誰もが隠しては無視せずに入られない、心の奥底の氷柱のようなものを感じられずに入られなかった。


 まるで能面のようだ。息をしているのさえわからない。


 秒針のみが刻々と過ぎていく静まり返った家の中で雨音のみが支配していった。




「あのう、あなたは誰ですか。突然で困りますが……」


 少年はそれでもなお唇を固く結んだままだった。もしや、この少年は前に父がいっていた親戚の子なのではないか、とするすると噛み合っていく。


 目が細い。


 肌が不気味なまでに白い。少しの血の気がないのだ。


 これでは蝋人形ではないか。




「お前こそ誰だよ」


 どうせ、母親が新しい男と夜逃げして捨てられたかどうかして、うちに転がり込んだに違いない。


 それにも関わらずその態度は何だろう!


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