第30話
翌週の月曜日。
放課後。
家庭科部ではマフィンを元にアレンジしたものを作ることになった。各々が創作レシピを考える時間を設けた。
「抹茶マフィンなんて使い古されたものじゃない。おばあちゃんか」
「あなたの紅茶風味のマフィンだって同じようなものですよね。私のは使う抹茶を厳選して蒸し時間にも工夫をいれ小豆を中に入れることで、和の要素をしっかり押し出しマフィンのまろやかさと小豆の控えめな甘さを融合させた…」
徳子が笑いながら、
「こんな帆貴ちゃん、見るの初めてかも」
「これも泉君のおかげだね。部員も増えたし、家庭科部も安泰だよ」
こぶしを軽く握りしめガッツポーズを理央に向けた。
周は徳子が先ほど岡部から頂戴してきた入部届に必要事項を記入して徳子に返した。
これで家庭科部は5人そろい生徒会が認めるであろう実質的な部活を行うにあたっての人員は揃った。
巨匠と謳われる祖父を持ち日本食と多くの料理を学び、自身の哲学に勤しむ帆貴。
偉大な父の背中を追い、フランス料理を主軸として研鑽して多才な能力をのぞかせる周。
今はまだとげとげしい言い合いをしてはいるが似た者同士の彼女らが手を合わせた時、想像しないものが生まれる期待を心の内にひめていた理央だった。
「ちょっと、想像していた部活動とは違いますけど部員が増えたことは率直にうれしいですね」
対面での熱烈な議論と対照的に理央と徳子の朗らか雰囲気を察した彼女らは
「こっちがしっかりと部活動しているのに穏やかですね…」
「そうよ!二人もちゃんとお菓子作りに意見を交えて」
ははは…と先輩と二人で笑っているところ、部屋の引き戸が開かれた。
「よーす。今日活動日だから顔出ししようとおもってたんだけど…ってなんで平がいるの?」
「お願いして入部してもらったんだよ」
と理央が注釈する。
「そういうこと。よろしく」
「二人は知り合い?」
徳子が疑問を持った。
「同じクラスなんすよ」
「なるほどね」
「あ、私そろそろ講義があるんだった。今日はこの辺で失礼しまーす」
周がカバンを持ちささっと身支度をすませる。
「お疲れ様。」
徳子が言い、
「私も用事があるので今日はこの辺で失礼します」
と帆貴が言ったところで
「じゃあ今日は部活はこの辺でお開きにしましょう。次の活動日までに各々レシピを考案してくること」
と両手をたたいて徳子が締めに入った。
「えー、せっかく顔出したのに。」
「じゃあ今日は僕と遊ぼうか。」
「いいね。街に繰り出してかわいい女の子とカラオケでもいくか!」
直人が家庭科室の空気を凍らせた。
「え?」
「何かおっしゃいましたか?」
帆貴と周がぴたりと動きをとめて、鋭い眼光が、主に理央の方に、武士の刀の一閃のように俊敏にこちらへ飛んできた。
直人は何かを察したらしく
「というのは冗談。男二人で土手に夕焼けでも見に行くか…」
「そうしよう。熱く友情を説こうじゃないか!ははは…」
その後、本当に土手で夕陽を見て帰路に就いた。
理央はいままでの一連の事柄(家庭科部、アルバイト)の件に直人も帆貴や周に関与というか誘導されていたことについて聞いてみた。案の定、概ねその通りだった。
直人にどこか申し訳なく思いつつ、帰り道で別れた。
5月間近となり夕時が長く感じられるようになったが、あたりも暗くなり、夕焼けが赤色とも橙色ともわからないコントラストに染まった空に心も暖色に染まりそうな、温かい気分になった。
とぼとぼと歩いて玄関の前が見えるくらいまでに自宅に近づいたときあることに気づく。
誰かがいる。
女性だ。体のラインでなんとなくわかるが多分知らない人だ。
必然的に家と彼女に徐々に近づく。
彼女も気づいたらしく、こちらの方へ向かってくる。というか走ってきた。
ショートヘア、白いシャツに赤いカーディガン、藍色のロングスカートで装っている。胸の膨らみが特徴的な女性らしい体つき、笑ったあどけない同い年くらいの少女。
そして、飛びつかれた。
「帰ってきたよ!理央!」
少女は理央に抱き着きながらそう言った。
誰?
恋愛理想は焼き菓子のように 日下部素 @kusakabe_moto
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