第25話
火曜日。
昨日は帰宅したのち、両親の帰りが遅い旨を知っていたので三人分の夕食を作り、そそくさと食べて、風呂に入り自室にこもりベッドで横になった。
考えれば考えるほど『なぜ?』という言葉が浮かび上がる。目をつむり考えているうちに寝てしまっていた。
翌朝、身支度を整え、リビングに向かう。
いつものように朝食を準備する雅子。
「おはよう…なんか顔が白いけど大丈夫?」
「え?…あ、いや大丈夫だよ」
「いただきます」
正直、大丈夫ではなかった。今回の帆貴にかかわるキーパーソンの雅子に聞きたいことが山ほどあったが学校に行く手前、今聞いても話の途中で通学時間となってしまう。聞くのであれば帰宅してからの方が落ち着いて話せると考えた。
登校。変わらない風景、変わらないクラスメイト、いつものように直人が声をかけに来てくれた。
「おっす。…なんか血色悪そうに見えるけど大丈夫か?」
「ははは…大丈夫、大丈夫。寝不足なだけ」
部活にバイトをはじめ慣れない高校生活の始まりは理央にとって苦々しく数奇な走り出しとなっていた。
いろいろ考えているうちに昼休み、放課後と時間が過ぎていった。
今日はバイト先の店長代理の大江に早めに来るようにと言われていたことを思い出し、ホームルームが終わるとナビアへと向かった。
ナビアに入店しようとしたところ意外な人物に声をかけられた。
「泉君!」
中性的な声、少女のようなその美少年はE組の雅弥だった。なぜかブレザーとネクタイを外していた。片方にはバック、もう片方には花束を抱えていた。ワイシャツの第一ボタンを外した部分から見える汗ばんだ胸元が艶めかしい。
「あれどうしたの?こんなところで」
理央がおどけたような声で反応する。
「ちょっと花屋さんに用事があってね。急いで向かったら汗かいちゃって…」
「泉君もこっちに用事があるの?」
「ここでバイトし始めたんだ」
理央がナビアを指さした。
「へー、えらいね。4月からアルバイトだなんて」
「家庭科部の部費の捻出のためなんだけどね~」
「あ!そういえば家庭科部に入ったんだね。熊谷君からも聞いたよ。いろいろお菓子作ってるって」
「まだ少しだけだけど、ちょっとずつ家庭科部の活動をやってるんだ」
「いいね!よかったら泉君の作ったお菓子食べさせてよ!」
「もちろん」
そう言ったとたん何か悪寒を感じた理央。目を見開きナビアの方を向く。特に何もなかった。理央は確かに気迫だった何かを感じた。
「…どうしたの?」
雅弥がその様子を見て気に掛ける。
「そういえば泉君、顔色あんまりよくないね。大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫、気にしないでただの寝不足だから…」
理央は雅弥に笑ってごまかした。
「あ!僕も用事があるんだった。ここら辺で失礼するね。無理しないようにね」
雅弥はじゃあねと言って純情な笑顔で立ち去った。理央は幾分か体力が回復したように感じた。もし彼がRPGのキャラクターであればジョブはヒーラーだろう。
ナビアに入るとすでに周がエプロンに着替え、店内の整理をしていた。
「…周、お疲れ」
「…」
周は理央に目もくれない。昨日の帆貴との邂逅の余韻がまだ響いているらしく機嫌があまりよくないのは見てとれた。
そんな周を横目にバックヤード兼事務室に顔を出すと大江がいつものようにパソコンで作業していた。
「お疲れ様です」
「お!お疲れ様。タイムカード切ってまずは着替えちゃおうか」
大江は相変わらずさわやかな様子だった。
理央はロッカーで用意をすますと事務室に戻り、大江に声をかける。
「着替え終わりました」
「じゃあ、こっちに座ってくれるかな」
近くの木机に備えられた椅子に座った。
大江は作業台から書類を取出し理央に見せる。
「はい。これシフト表。申し訳ないんだけどしばらくの間はこっちでシフトを決めさせてもらいたいんだけどいいかな」
理央はシフト表に目を落とす。家庭科部の活動を避け、週2から4回のペースでバイトが組まれていた。
「人員が落ち着いたらもう少し自由に組めるようにするからどうかお願い!」
「とりあえずわかりました。頑張ってみます」
当たり障りのない返答をしてありがとうと心底嬉しそうに大江が言った。
大江とのやり取りを終えると売り場にでて仕事に入る。
とはいっても平日の夕方、客足はさほどなく、店内はBGMが鳴り落ち着いた雰囲気だった。
周が概ね店内の清掃や整理をおこなっていたことで理央は手持ち無沙汰になっていた。
やることがなかったので店内の商品を改めて見て回り、整理が行き届いていない箇所がないか調べた。理央は細かいほこりやごみなどを見つけ掃除をするなどで時間をつぶしていた。
周の方に目をやると相変わらず無表情のまま作業したり、時たまレジの方に行き何かの書類に目を通していた。
しばらくすると大江が売り場に出てきた。
理央に近づき片腕を頭の後ろに回しながらかきむしり話し始めた。
「ちょっと用事が出来ちゃって、他店に商品を届けてくるからしばらく、平さんと留守番しててくれる?」
「わかりました」
「周さんもよろしくね」
「…わかりました」
大江は段ボールを携え、店から出ていった。
理央は何げなくレジカウンターに戻り、店内に流れるBGMを聞きながら周にどうアプローチしていけばいいのか悩んでいた。焦燥とまではいかないが今のままではいけないと考えてはいた。
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