第三章 桜色と白群-4

 「さぁ、学校は具体的にどうなんだ?」


 「……はぁ……友達が、出来たんだ」


 キッチンの方で大きく驚く声と、父の大きく見開かれた目が視界の端に見えた。こんなに驚く父を見たのは初めてだ。それと同時に、質問攻めが始まるという緊張が頭の中を走った。


 「へぇ、どんな子なんだ? 名前は?」


 「……酒木颯人はやと。陽気な奴だよ」


 「そうか、その子も医者に?」


 始まった。父は僕のことを医者にしたいがために、僕の周りにも医者になりたいのかと聞いてくる。理由はよく分からないが、いい加減それも辞めてほしいものだ。


 それに、酒木はちゃんとやりたい仕事があるんだろう。そういった話はしたことがないから確実には分からないけど、僕の予想ではデザイン関係の仕事に興味がありそうだ。美的センスに長けている酒木なら、向いていそうな仕事である。


 「いや、違う」


 「ほぉ……どうして言い切れる?」


 「……何でもいいだろ。酒木の個人情報だ」


 「確かにな」


 ずっとニヤニヤしている父に気味悪さを覚えながら、再び背中と頭をソファに預ける。


 「じゃあ……入学式で一緒に写真を撮った女の子は?」


 「は!?」


 まさかここで百瀬の話題が出るとは、想定外だった。僕がそんな反応をすると思ってなかったんだろうか、父は一瞬固まっていたが、次の瞬間大笑いし始めた。


 「おいおい葵、よほどその子に惚れてるんだな!」


 「ふふふ、やっぱりねぇ」


 母まで会話に入ってきてしまった。こうなると思ってたから嫌だったのに。でも、ここまで来たらもう両親を欺けない。


 「葵、今度その子を連れてきなさい。それとお友達も」


 「いいわね! 是非会ってみたいわ」


 可愛い子だったしね! と褒める母に悪い気はしなかったが、勝手に話を進められては困る。


 「やめてくれよ」


 「なんだ葵、良いじゃないか。ただし、その子に夢中になって勉強を疎かにしないように。今の時期が大切なんだからな」


 わかったかと厳しく言う父に、僕は呆れた。


 僕なんかが医者になれるわけがないのに。父が示した道を、只々歩いているだけの僕が。


 やっぱり、自信が持てない。いよいよ明日、百瀬に告白しないといけないのに。僕なんかを、本当に百瀬は好きなんだろうか。自分ひとりでは何も決められない、意気地なしの僕のことを。


 「……わかってるよ」


 「……さぁ、ご飯が出来たわよ!」


 一気に冷めた空気を明るくしようとしてくれる母には、毎回感謝しかない。もし母が居なくなったら、僕は父と2人だけでやっていける自信はない。良くない方向へと真っ直ぐ進んでいく自信はあるけれど。


 「今日のご飯はなんだい?」


 「今日はピーマンの肉詰めよ。葵、好きだったでしょう?」


 「え? 嗚呼、確かに嫌いじゃないな」


 「ふふ、素直じゃないんだから」


 5分位しか父と話していないと思っていたのに、思ったより時間が過ぎていたみたいだ。


 それにしても、母が料理をすると毎回感心する。僕の料理とは大違いだ。僕は何時も適当に済ませるけど、母はきっちりと分量を計って健康を第一に考えている。僕からすれば、そんなに神経を使って料理をするほうが健康に害があるんじゃないかと思ってしまう。適当に生きている僕が言えたことではないかもしれないが。


 「さ、食べましょう」


 「「いただきます」」


 「……いただきます」


 久々に食べる母の料理は美味しかった。味付けも優しくて、一番はやっぱり彩りが良い。流石、看護師だ。


 ただ、黙々と箸を進めてみてもどうしても明日のことで頭が一杯になってしまう。


 酒木が選んでくれた服は、本当に僕に似合うのだろうか。


 明日、百瀬とどんな話をしたらいいのか。


 明日、僕は本当に百瀬に告白できるのか。


 もし振られたら、僕はこれからどうやって百瀬に接すればいいのか。


 悩みの種は尽きそうもない。


 「葵? そんなに思い詰めた顔してどうしたの」


 「え? 嗚呼、何でもないよ」


 本当に、両親には関係ないことだ。これは僕自身の問題なのだから。


 「ご飯美味しくなかった?」

 

 「いや、美味しかったよ……ちょっと考え事してて」


 「父さんと母さんには話しづらい事なのか?」


 今日に限って、やたら二人共話しかけてくる。それが悪いわけじゃないが、今日はそっとしておいてほしかった。


 「うん……僕自身の問題だからね」


 「……わかったわ。じゃあ、今日はご飯食べたらもう上に上がっちゃいなさい」

 

 「そうだな。その方がいい」


 何時もは何かと理由を聞き出すくせに、今日は何も言われない事に不信感を抱きながらも、僕はそうさせてもらうことにした。


 「ご馳走さまでした」


 「お粗末さまでした。ゆっくり休みなさいね」


 「明日からまた暫く家に帰れないと思う。夕飯は3人分作らなくていいからな」


 「わかったよ……じゃあ、おやすみ」


 おやすみという声を聞きながら、僕はリビングを後にした。


 階段を上りながら明日の事を考える。一段一段上るたびに、百瀬への想いと恐怖が増していく。部屋に着いたときには、もう限界だった。


 ベッドに倒れ込み、携帯を開いて電話帳を見る。一番最初に目に入った名前は、『酒木颯人』だった。


 今の時刻は20時過ぎ。


 こんな時間に電話なんかしたら、迷惑だろうか。

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