第一章 君がいない世界で-1

 パシャッ


 乾いた音が静かに響く。後に聴こえるのは、穏やかな波の音。


 僕は此処に一人で立ち、海を眺めていた。波を見ていると思い出すことが多いが、僕はそれを思い出したくなく、一度高波の様に上がってきたものを、波が引いていくように押し戻す。


 今日の天気は生憎な曇だったが、波は穏やかだ。


「流石に冬の海は冷えるな」


 応えてくれる人は誰もいない。


「……君……」


 ふと、誰かが誰かを呼ぶ声がした気がした。でも僕の周りには人っ子一人いない。


(嗚呼、またか)


 僕は時々、幻聴が聞こえるときがある。それは高校生の時からだった。未だにまだ聞こえ続けている。


 静かな波音が、辺に響いている。僕はそのまま海を後にする。此処に居たままでは、どうにかなってしまいそうで怖かったからだ。



「いらっしゃいませー」


 だらけたような声が聞こえる。


 僕は、さっき撮った写真を現像するためにコンビニに来ていた。


 (どれだったかな)そう思っていると、ある一枚の写真が目に入った。


 その写真には、ある1組のカップルが写っていた。彼女の方は、満面の笑顔でピースしているが、彼氏の方はあまり馴れていないのか、ぎこちない笑顔でピースしている。


 この写真を見たことがない人から見たら、仲が良いカップルだな。とか、普通だな。なんて思うのかもしれない。だか、僕にとってこの写真とは、息が詰まる程、苦しい写真だ。


 目当ての写真は、案外最初の方にあったらしく、急いでさっきの写真だけ現像した。


 だが、写真の現像だけして帰るわけにもいかないと思い、ホットコーヒーだけ買って出てきた。


 思いの外、僕は相当焦っていたらしく、店員に「120円になります」と言われたのに、1200円を出してしまい、また「120円になります」と言われてしまった。


「はぁ」


 まだ胸が苦しい。


 ため息と同時に、白い息が出てくる。


 ただ白い息が出ただけでも、僕はまた胸が苦しくなった。


 僕はこのまま、予約していたホテルへと向かう。このままでは、寒さで凍えてしまいそうだったからだ。いや、そんなのただの言い訳だ。本当は、この胸の苦しみをどうにかしたかったんだ。


 

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