第19話 運

「上の階だよ、小野寺くん!」


「分かってますって!」


 僕は小野寺におんぶされながら、立体駐車場の中を進んでいく。

 絵面はかなり酷いが、今は見た目より一刻も早く上の階にたどり着くのが優先だ。


 駐車場内は、破壊された車やコンクリートでごちゃごちゃしており、風音鈴斗達が戦った相手の"能力"の凶悪さを物語っていた。


 やがて、上階に到着する。


 そこでは、


「鈴斗!」


「・・・っ!」


 胸から金属の刃を生やした見知らぬ男、


 足をコンクリートに挟まれて動けなくなっている宮住、


 そして、腹部を血塗れにしながら横たわっている風音鈴斗の姿があった。


 近くでは葛西が彼の出血を止めようと、傷口に包帯とガーゼを押し当てている。


 僕は、小野寺の背中から飛び降りて葛西の隣に行き、横たわっている風音鈴斗の状態を確認した。


(息はあるが意識はない。出血も酷いな。傷は・・・腹を貫通してる。傷口を塞いで、血を止めないと・・・)


 直ぐに僕は、自分の"能力"を使い、止血剤をイメージして薬を作る。


 白色のドロッとした軟膏みたいな薬物が、僕の手のひらに湧き出してくる。


 それを風音鈴斗の傷ついた腹部に塗り込んだ。

 その後、清潔なガーゼと包帯を巻いて傷口を保護する。


「これで助かるのか?」


 一連の作業が終わり葛西が聞いてくるが、僕は首を横に振った。


「出血を止めただけだよ。適切な治療を受けないと駄目だ」


「適切って・・・この世界でそんなもの・・・」


 小野寺が不安そうな顔でそう言う。

 僕はそんな彼に向かって、努めて冷静に指示を出した。


「とりあえず小野寺くんは、宮住さんを助けてあげて。彼女、動けないみたいだから」


「あっ、はい・・・!」


 小野寺が僕の言葉に従い、コンクリートに足を挟まれたままの宮住を助けに行く。


 その間に僕は葛西に向けて呟いた。


「葛西・・・」


「皆まで言わなくていい。病院だな」


「うん。そこに行くしかない」


 風音鈴斗の状態は悪い。


 直ぐに出血死する事態は避けたが、ほっとけば間違いなく死ぬ。


 彼を生かすには、道具も人もいる。


 殆どの電子機器や機械は止まってしまったが、病院ならまだある程度の設備は残っている筈だ。


 あとは・・・医者。


 一応、アテはある。

 多分、生きていたらあの人は病院に居るだろう。


「御薬袋。お前の・・・」


 葛西が何か言い掛けたが、その前に足音が聞こえ、丸山先生達が合流した。


 先生がこの状況に息を呑む。


「風音は・・・!」


「一応、止血して傷口も塞ぎました。ただ、やっぱりちゃんとした人に看て貰わないと危ないです。なのでこれから病院に・・・」


「ひゃわっ!」


 これからの事を説明しようとした、その時、僕らの居る階の外壁から短い悲鳴が聞こえた。


 当然、僕らの誰も悲鳴は上げていない。


 全員に緊張が走り、丸山先生が"能力"を使って外壁を見る。


 そして、小声で言った。


「誰か居る・・・外壁に張り付いていて・・・それに下の階にも・・・囲まれてる・・・!」


「マジっすか・・・!」


「こんな時に・・・!」


 小野寺と葛西がそう言いながらみんなを守るように前に出た。


 相手もこちらが身構えたのに気づき、動きが止まった。


 嫌な沈黙が生まれる。


 でも、あまりのんびりは、していられない。


 風音鈴斗の命は、この瞬間も消えていっているのだから。


 僕は立ち上がり、葛西達より前に出る。


 そして、声を張り上げて叫んだ。


「こちらに争うつもりはない!この男に襲われて、やむなく防衛しただけだ!それとも、この男の仲間なのか!?」


 そう叫んだ瞬間、立体駐車場の外壁から言い返す声が聞こえた。


「そんな訳ありません!!!誰がそんなヤツの・・・!そいつがどれだけの人を殺したと・・・!」


 その声は、感じからして若い女性のものだった。

 彼女は、この男の仲間というのを強烈に否定してくる。


 勿論、こちらを油断させる罠かもしれないが、少なくとも会話出来ない訳じゃないらしい。


 僕はさらに言葉を続けようと息を吸い込む。


 その時、


「あー・・・ちょっと待って、桜子ちゃん。今、めっちゃ知ってる声がしたから・・・ねぇ!椿でしょ!私よ!私!信吾くんもいるのー!?」


 下の階から、別の女性の声がする。

 それは、僕がよく知っている声だった。


 葛西が僕の方を見て言う。


「御薬袋、もしかして下に居るのは・・・」


「ああ。本当に良いタイミングだね・・・・・・母さん・・・」


 これから探すつもりだったのに、まさか向こうから出向いてくれるとは。




 ・・・ねぇ、風音鈴斗。


 どうやらキミの運は、まだ尽きてなかったみたいだよ。

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