お邪魔な弟と迷惑な娘

めぐむ

第一章

おじさんになる日①

 兄ちゃんが結婚する。

 相手は兄ちゃんより十歳以上年上の伊波理彩いなみりささん。小学生のころに出会っていたら、憧れのお姉さんとして初恋を奪われていたかもしれないようなたおやかな女性だ。

 いつの間に知り合っていたのか、と思ったが、どうやら出会いは兄ちゃんが高校生のときまで遡るらしい。

 痴漢されていた理彩さんを助けたのが出会いだというのだから、我が兄ながらイケメンっぷりが突き抜けている。そうした場面で助けにいけるのもだが、そこから知り合いになってアプローチをして、交際を始めて結婚に至るプロセスを、俺を育てながらこなしているところを尊敬する。

 うちは早くに両親が事故で亡くなったものだから、兄ちゃんは俺の親代わりのようなものだった。

 多忙を極めている。その合間に愛を育んでいたのだから、万能超人か何かなのかと思ってしまうのも仕方がないだろう。

 何より、理彩さんには娘さんがいるのだ。その娘さんの理解を得るほど親交を深めている。

 その娘さんがどんな子かは、俺は知らない。けれど、どんな子であろうとも、一筋縄でいかないことは想像できる。センシティブな問題だ。それとも、本やドラマで見るほど、壮大な物語なんてものは付随してこないのだろうか。

 何にしても、兄ちゃんはすごくて、そして幸せになって欲しいと思う。その娘さんと新しい家族になれるように、と密かに願っていた。

 けれど、現実は厳しくて、俺は障壁であったのだ。

 いや、兄ちゃんも理彩さんも、そんなふうには思っていないだろう。娘さんはちょっぴり思っているかもしれないけれど、誰より俺が思ってしまったのは間違いない。

 俺はまだ高校生だ。それも、新一年生になろうというころだった。

 兄ちゃんと二人。慎ましく謙虚に過ごしていたけれど、俺がひょいっと一人暮らしを始められるような貯金は家にない。

 何より、新婚家庭は何かと入り用だ。結婚式も新婚旅行もしなければ、家具家電も持ち寄りで済ませるといったって、やっぱり支出はどうしたって増える。

 だからって、俺がちまちまお小遣いを貯めた貯金じゃ、一人暮らしを始めて生活を安定させられるほどのものはなかった。高校が始まってバイトするようになればどうにか暮らせるかもしれないが、始めるまでの資金としても心許ない。

 そもそもお小遣いなんて最低限しかいらないと突っ返していたし、親戚付き合いがないものだからお年玉貯金だってしれている。

 そして、強く待ったをかけたのは兄ちゃんだ。高校生は勉強第一、一人暮らしはバイト三昧になりかねないと言って反対した。というより、理彩さんと決めていたのだろう。俺も一緒に住む、ということを。

 新婚なうえに連れ子の娘さんのいる家庭に転がり込む、一家の大黒柱の弟。

 どうしたって異物感は否めない。避けられるのならば避けたいところだったけれど、金銭的に不可能ではどうしようもなかった。

 それに、無理を通せば、俺の保護者として生きてきた兄ちゃんは心労を抱えるに違いないのだ。そんなわけで、俺は兄夫婦の家にお世話になることを決めるより他になかった。

 あんばいが悪い感情はあったけれど、自分も家族の一員に入れてもらえることは嬉しくもある。でもやっぱり落ち着かなくて、俺はその生活が始まるまでの時間。そわそわとした日々を送った。

 何よりも、娘さんのことが気になっていた。

 話には聞いている。でも、兄ちゃんにしてみれば娘になる子だし、理彩さんにしても女手一つで育ててきた娘さんだ。概ね、可愛いだとかいい子だとか、漠然としたいい印象しか教えてもらえなかった。

 それに、実の母と義理の父相手ならいい子でいても、その家族……叔父? 叔父だ。まさか高一で前触れもなく叔父になるとは思わなかった。

 とにかく、叔父さんにいい子というか、気安く優しい子でいてくれるかどうかなんて分からない。俺は自身の叔父さんなんてものに会ったことがないので、ますます未知の感覚だ。どう接していいのやら分からない。

 ましてや、叔父さんと親戚付き合いをしようなんて、ちょっとばかり距離感のある話ではないのだ。

 一緒に住みましょう、である。

 叔父さんと呼んだとしたって、娘さんにしてみればよく分からない男でしかない。これはまぁ、俺から見てもまったく知らないよその女の子でしかないわけだけど。どっち目線にしろ、具合が悪いような気がした。

 叔父と姪と思うからそうなるのか、と頭を捻ってみたりもする。

 理彩さんの娘さんであるから、年齢差的には兄妹くらいのものだろう。いや、世間一般の叔父と姪の年齢差なんて知らないけれど。けれど、姪ができる、と思うよりも義理の妹ができる、と思うほうがまだ精神衛生上よいような気がした。

 叔父さん、という響きがどうもよくない。俺に叔父さんと呼ぶべき人がおらず、身近でないからか。どうしても、中年男性を指し示す広義のおじさんを思い浮かべてしまう。高校一年生にしておじさんの仲間入りを果たしたくはない。

 義理の兄になるのだと思って気を宥めてみたり、義兄妹は義兄妹で気まずいのでは? と悩んでみたり、思索を巡らせているうちに、ついぞ俺は娘さんと顔合わせをすることになった。

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