戦国関ヶ原で世界大戦の巻

@erawan

第1話 事の始まり

「殿!」

「ん、どうした」


 霧隠才蔵が声を掛けてきた。


「東軍の先陣が岡崎城を出て西に向かい始めました」

「来たか。人数はどのくらいか分かるか」

「旗指物を見ると細川忠興隊で、人数は5,000ほどと思われます」


 細川忠興、天下一気が短いと言われた武将である。



 実はほんの数日前だった。岡崎城を守備していた筒井定次の隊2,850が突然現れた敵に翻弄されるという事件が起きる。この城は関東に対しての備えとして定次を配置していたのだが、思いもよらない東軍の大軍勢に苦もなく城を奪われたのだ。

 しかしその凄まじい攻撃を受けても定次は大太刀を振りかざし果敢に奮戦。配下の筒井軍も皆奮戦したが余りの大軍を相手に壊滅する。



「雪(ユキ)さん、始まります。ハックの機関銃隊を前面に出して下さい」

「分かりました。でもその前にお話したい事が有ります」


 ユキとは安兵衛の娘で、その配下にはイングランドの海賊ウィリアム・ハックと300人の仲間達が居る。更に言えばタタールの傭兵騎馬軍団を率いる隊長バルクの雇い主でもあり、ラウラ財閥の総帥ユミさんの先祖でもある。



 今回の戦闘は一筋縄ではいかないだろう。なにしろ相手は魔物に憑依された家康だというのだ。だとすると東軍全てが魔物の支配下にあると考えるのが自然である。だが戦闘は直ぐに始まる。今は魔物がどうのこうのと言っている暇は無いのだ。

 急遽召集した西軍は全て大垣城とその周りに集結させている。


 今回は率先して時空移転して来てくれたユキさんが、おれに話し掛けてきた。


「実は私、あの囁かれている魔物と何度か対峙した事が有ります」

「え!」


 ユキさんはバルク達と共に魔物と戦った事が有ると言うのだ。


「その時は父の残してくれた刀で切り倒す事が出来たと思ったのですが、魔物は未だ生きていたようですね」

「…………」

「やはりこの刀は父の技で力を発揮するのでしょう。ですから今回は父にお返しします」


 ユキさんはその日本刀を安兵衛に渡した。

 平安時代の刀工大原安綱が、龍神の力を得て作刀したというもの。鬼の首を斬り落とし退治したという伝承が残されている。その太刀は、再び安兵衛の腰に収まった。

 この刀が特別な業物だと呼ばれるのは、作刀された時の噂が言い伝えられたからでもある。

 それは安綱の名声を聞いて、ある刀工が勝負を挑んできた時に始まる。どちらが優れた刀を造る事が出来るか、腕比べをしようではないかと。

 二人が腕比べをするという噂はあっという間に広まり、引き下がる事が出来なくなってしまう。噂話は遠く都にまで伝わると、なんと帝までもが興味を持っているという事態になってしまった。

 だが安綱はなかなか工房に入る事が出来ないでいた。相手の工房からは、早くも玉鋼を鍛錬する音が聞こえると囁かれているのに。

 安綱は夜が明けぬうちに起き出して凍てつく川に入り、冷水を頭から何度も浴びながら龍神に祈った。

 この川辺には古くから水神を祀る神社があり、日照りが続くとこの川辺で祈れば雨を降らせてくれると言い伝えられている。


「我に力を授けたまえ、我に……」と、


 翌日も、

 さらにその翌日も……


 そして七日目の早朝、ついに安綱は天に昇って行く龍の姿を見た。響いて来るそれは確かに龍神の声であった。


「我は汝の願い、聞きとどけたりーー」

「オオッー!」


 龍神が姿を現した地面には、一塊の玉鋼が残されていた。


 出来上がった二振りの刀を比べる日になった。鈴なりの見物人である。相手は自分の刀の切れ味を見せようと、川の浅瀬に刃を川上向けて刺した。

 そして上流から紙を流すと、刀まで流れてきて、すっと切れて二枚になった。それを見た野次馬が指を差してどよめく。

 今度は安綱の番だ。同じようにして紙を流すと、刀まで来て止まってしまう。


「はははっ、おれの勝ちだな」


 相手は笑って自分の勝ちだと宣言した。

 だが安綱は刀の側に歩み寄ると柄を握り、「えい」と気合を入れた。

 紙は静かに切れて二枚に分かれたのだった。

 この話は都にまで伝わるのだが、帝が言われたという。


「刀は人の意思が有って、初めて切れるものでなくてはならない。刀が勝手に切ってしまったのでは、妖刀ではないか」と。




 前作で戦われた天下分け目の関ヶ原は、おれ(フリーターの結翔)が応援に駆けつけ西軍の勝利に終わった。 

 もちろん400年の時空を超えた者達の活躍が有ったから達成されたのは言うまでもなく、当然の結果でもある。

 だがその後現代に帰り、のんびりしていたおれの元にとんでもない知らせが舞い込んで来たのだ。

 関ヶ原から4年後、うぐいすも鳴き始める穏やかな季節であった。


「ユイト!」

「ん?」


 おれが昼食にカレーライスを食べて、食後のデザートとアフターヌーンティーを飲みながら甘いドーナツに舌鼓を打っている真っ最中である。

 耳元でトキの切羽詰まった声がするではないか。


「ユイト、関ヶ原で又始まったのよ」

「始まったって、なにが?」


 おれは口の周りに着いた砂糖を舐めている。


「家康の率いる東軍が攻めて来たの」

「はあ!」


 そんな馬鹿な。東軍は徹底的に叩いて、家康は那古野城で負けを認めた。その後徳川家は改易になったのに、東軍が再起する事などあり得ないだろう。家康が攻めて来たって、何かの間違いではないのか。


 だが間違いではなかった。なんと得体の知れない魔物が家康に乗り移り、東軍を再結成して決戦を挑んで来たというのだった。

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