注釈「美緒とチューバ」 音楽用語に不案内な方、あるいは吹奏楽ネタで遊びたい方のための、湾多流語義解説

湾多珠巳

第一話〜第四話

 ストーリー内での出現順に、これはという語句について説明します。

 どこにもない語は、すみませんがググってください。

 それでも意味不明だ、という語句がありましたら、コメント欄で。




第一話


チューバ

 テューバとも。また、特にバス・チューバと呼ぶこともあり。

 形も分からんし、基本的な定義も知らん、という人は、やっぱりググって。

 要するに、いちばんでかいあの金管楽器――なんですけど、成立の歴史的な経緯は結構複雑で、現状では「だいたいああいう形をした楽器」の総称、と割り切ってよいかと。

 余談ですが、一般的な吹奏楽の話で言うと、チューバパートと言えば、スーザフォン(上半身をぐるっと取り巻いた管の先が頭の上ででっかいラッパになってる、行進用のあの楽器です)も含みます。あと、学校によっては吹奏楽部でマーチングに力を入れているところもありますが、マーチング用のチューバは普通のチューバを横倒しにして肩に担ぐ形態で、基本、コンサート用のものと兼用ではありません。いずれも、美緒には無理そうな楽器ですね。ので、この樫宮中学校ではマーチングはほとんどやってない、という設定の元、この先を書いてます。



うわわわんってな残響になっている。

 吸音材、反射材などの配置によっては、音楽室の隅の方で女の子が高い声で叫んだりすると、こういう感じになった……という記憶があるんですけど、もしかしたら近くにスネアドラムとか響く物体があったせいでそうなったのかも。音響に詳しい方、コメントください。



ペット

 トランペットの略称



トランペット鼓隊

 トランペット群と打楽器群とで編成する合奏団、とでも言いますか。実際はトランペット以外にトロンボーン、ユーフォニアム(後述)、さらにその他の金管楽器を加えて、事実上「金管バンド」になっているところも。打楽器はスネアドラム(小太鼓)、テナードラム(小太鼓よりちょっと深いの)、バスドラム(大太鼓)、シンバル、ベルリラ(行進用の鉄琴)などを用い、金管と打楽器はだいたい同人数か、二対一ぐらいです。小学校の課外授業の一環として活動しているものが大半。専門の楽譜出版を手がけている会社などもあり、業界的にはそれなりに広がりがあります。

 笛は入ってないけど、「鼓笛隊」と言い習わしてる人もいますね。あと、バトントワリングとセットになってるところも多いです。



指揮棒代わりの竹の切れっ端

 安上がりなんで、こういう人、多いです。



トランペットの経験があるんなら、すぐに音は出るでしょう?

 金管楽器は、吹き口の形状とか、唇の鳴らし方など、発音原理は共通なんで、理屈の上だとその通り。でも、さすがにチューバにスカウトするというのは、本来なら無理があります。

 ただ、これは経験豊富な経験者の話ですが、トランペットとチューバ、さらにはその他の楽器を、同じステージで持ち替えて吹き分ける、なんて芸当をこなす例も聞きます。ちなみに二十世紀初期のジャズバンドでは持ち替えは当たり前だったとか。フルートとサックスとチューバの兼用、などという話も。



コンクールの曲

 全日本吹奏楽コンクール(後述)の課題曲(後述)。ただ、この後で明らかになるように、この年の樫宮中の選択課題曲は結構な難曲なので、ここは美緒が必死ではったりを効かせている場ということで。



奥の壁際のイス――チューバの指定席だ

 部にもよるでしょうが、チューバの位置は向かっていちばん右、いちばん奥、というのが普通だと思うんで、ここの位置も「黒板から見て右側、隅の角」のつもりで描いてます。



吹部

 吹奏楽部の略。この語が人口に膾炙したのは最近だと思います。四十年前は、少なくとも私は聞いてません。



こんな重たいの持てないっ。

 一般的なチューバは十キロから十二キロ。ハードケース入りアクセサリー付きだと二十キロ近くにも。小柄な人はイスあるいはスタンドに置きながら吹くので、演奏時に重さを気にする必要はありませんが、よたよたせずに取り回しができないと危ないですから、まあこの場の美緒のセリフは至極ごもっとも。



こんなにいっぱい息なんか出ない〜〜〜っ

 原理的には、肺活量に関係なく、音は出せます。でも、低音楽器で肺活量が多い方が色々と有利なのは事実。



ユーフォニアム

 ユーフォニウム、テナー・チューバとも。チューバをひと回り小さくした形状で、一般的なモデルの音域はチューバの一オクターブ上、トロンボーンと同じ。管弦楽で用いられることはほとんどなく、事実上吹奏楽や金管バンド専用の楽器とも言えます。正直、プロ奏者になっても就職先はすごく限られるわけですが、日本の複数の音大ではしっかり「ユーフォニアム専攻」コースを作ってあって、存在感はそれなりです。



「ディエス・ナタリス Dies Natalis」

 ハワード・ハンソン Howard Hanson (1896~1981)の管弦楽曲。1967年作曲。1972年に作曲者自ら吹奏楽に編曲(こちらを特に「ディエス・ナタリスII」と呼んでいることも)。たぶん吹奏楽版の方が知られているはず。

 ティンパニの序奏に続いて、ゆったりしたコラール風(後述)のテーマに始まり、五つの変奏と終曲から成る。演奏時間十四分ほど。一部無調部分があるものの、基本的には調性音楽。「もっとも感動できる吹奏楽曲」「いや、どんな曲よりもこれが好き」という声も少なくなく、知る人ぞ知る名曲と言えましょう。ただし、難易度は高く、普通は大学、あるいは社会人の吹奏楽団などが、定期演奏会の大トリで披露するタイプの曲。



コラール

 本来はキリスト教の賛美歌・聖歌などを指しますが、それっぽいゆったりしたテンポでハーモニーメインの曲や部分を、宗教性とは関係なしに「コラール」と言ってしまうことも。




第二話


ロングトーン

 その名の通り、一つの音を長々しく吹く練習、または練習法。ピアノや打楽器、弦楽器などでは、あんまりこういう練習はしませんが、管楽器では「ロングトーンは基礎の基礎」と言われ、吹きやすい音に始まり、以下、音階を一つ一つ四拍や八拍で鳴らしていったり、何人か集まって和音を合わせる練習につなげたり、流儀は学校や個人によっていろいろ。



コンクールが終わる頃

 全日本吹奏楽コンクールは、地方大会・県大会・支部大会・全国大会とあり、人口の少ない県では県大会からのスタート。開催日時は各地でさまざまですが、一般的には七月半ばに地方大会が始まり、以下、一~三週間の間を開けて県大会、支部大会が開催されます。ちなみに全国大会はだいたい十月末。一部の強豪校以外は、夏休みか九月上旬で全てが終わります。



ヘ長調音階、四拍で

 ヘ長調の音階各音を四拍ずつのロングトーンで、という意味。チューバでのヘ長調音階だとやや高い音域を使うことになり(あるいはもっとも低い音域を使う形にも)、初心者向きではないですが、トランペットをやってた美緒は高い音は楽に出る、ということにしてあります。



電子メトロノーム

 今ならスマートフォンのアプリを使う例が多いのでしょうけど、まあ中学校だし、まだ使ってる……と思うんですが。



連続タンギング

 タンギングとは、音の出だしの際、舌を「tu」あるいは「du」などの発音の形に動かして、音の立ち上がりをはっきりさせる奏法。金管はもちろん、木管でも多くの楽器で基本奏法とされています。「連続タンギング」は「tu-tu-tu-tu」または「tu-ku-tu-ku」などのように速いテンポで舌を動かすこと、またはその練習。



クレシェンド

 だんだん強く、の意。一音符にかけた、ほんの一、二秒程度のクレシェンドもあれば、何百何千という音符が絡む数分がかり、数十小節単位のクレシェンドもあります。この場面のは、一つの音を四秒ぐらいかけてふわーーんと大きくしていくパターン。

 管楽器の場合、吹くほどに息が少なくなるので、結構きつい練習です。



デクレシェンド

 だんだん弱く、の意。普通はクレシェンド+デクレシェンドの形で一音のロングトーンで練習しますね。



一回り小さいタイプのチューバ

「ミニチューバ」「トラベルチューバ」というネーミングで売られているものもあるので紛らわしいですが、ここで言っているのは総長が83センチの小ぶりなモデルのこと。ちなみに、一般的なチューバは105センチぐらい。音の高さは同じです。



楽器台代わりの汎用スタンド

 チューバ用の楽器スタンドというものもちゃんと出回っているのですが、高いし重たいし、公立中学校の吹奏楽部で揃えているところは少ないのではないかと思います。それよりは、安物のしっかりしたイスを用意して、座布団などを置くのが現実的。他、発泡スチロールのブロック等をテープで塊にするとか。凝り性の人はこれだけで動画が作れそうですね。



横隔膜がどうとか、

 今から三、四十年前の管楽器の教育現場では、普通にこういう言葉が飛び交ってましたが、「そんなもの、意識して動かせるものではない」とか「もっと適切な指導用の言葉があるはず」などの批判が高まり、最近は言わなくなっているように思います。貴之は、いずれ明らかになりますが、教えるのが下手ではないのだけれども、今どきの指導法に十分通じているというわけでもないので、先輩譲りの古い指導用語をそのまま使っている、という場面です。



真ん中のBフラット

 へ音記号のついた五線譜で言うと、下から二本目の線の上に乗っかっているシをさらに半音下げた音。初心者のチューバの音域としては、真ん中よりやや高めの音。




第三話


チューニング

 日本語で言う音合わせ。同じファならファの音を出しても、それぞれの楽器や奏者や温度湿度等の条件で微妙にピッチが違うので、特定の音を決めてロングトーンをしながら各自で調整する作業が、演奏前には必須です。金管楽器はたいていチューニング用に抜き差しする部分があるので、それで管の長さを変化させ、音を合わせます。とは言え、中学生程度だと、構えや息が不安定なもんだから、ドヤ顔で楽器のあちこちを操作しても全然合ってるように聞こえない、ということも多いのですが。



金管楽器式の音名

 学校吹奏楽で使っている金管楽器の多く、及びクラリネット、テナーサックスなどはB♭管と呼ばれ(ちなみにホルンはF管)、「ドレミファソラシド」がハ長調でなく、変ロ長調になっています(ホルンはヘ長調)。この辺りは、中途半端に楽譜が読める新入生が吹部に入った時にいちばん混乱するネタなんですが、とにかく変ロ長調基準でドレミファをまず教えた方がやりやすいので、実音ではB♭・C・D・E♭・F・G・Aである音を、それぞれドレミファソラシと呼ぶのをデフォルトにしている吹部は多いです。



音プレ

A Festival Prelude

 日本語での通称は「音楽祭のプレリュード」。一部に「フェスティバルの前奏曲」などの訳名も。アメリカのアルフレッド・リード(後述)による1957年作曲の吹奏楽曲。後には管弦楽編曲版も作成。

 アメリカ本国では正式出版前から人気に火がついて、日本では1970年度の全日本吹奏楽コンクール課題曲となったことで広く知られるように(この頃まで吹コンの課題曲は既成の曲をそのまま使っていました)。

 作曲者本人は65人編成を念頭に作った模様。近年では小編成版、さらに数人の管楽アンサンブル版なども出回っており、不動の定番曲の地位を保っています。



A. Reed

 アルフレッド・リード Alfred Reed (1921~2005)。放送局の音楽スタッフを経て陸軍航空隊に所属、その後ジュリアード音楽院で学び、ラジオ局、出版社等の勤務の後に、大学オーケストラの指揮者、作曲理論教授を歴任。作品のほとんどは二百曲以上に上る吹奏楽関係で占められます。

 その作風はしばしば多声的で緻密、しかしメロディーラインは明解で、親しみやすい響きながら、中上級以上の層にも吹きごたえのある構成力のある音楽が特徴。吹奏楽というジャンルを芸術的に高めようとするこの時代のムーブメントの、中心となった一人と言えるでしょう。

 有名作品には音プレ以外にも、「アルメニアンダンス パート1」「同 パート2」「『ハムレット』への音楽」他、吹奏楽のための交響曲、組曲、協奏曲など多数。




第四話


十三本の楽器

 一応挙げていくと、ホルン四本、ユーフォニアム、チューバ、トロンボーン三本、サックス四本(アルトサックス二、テナーサックス、バリトンサックス)



フォルテ

 強弱の指示語。「強く」の意。一般的な強弱記号は小さい音から順に、

   pp ピアニシモ  p ピアノ  mp メゾピアノ

       mf メゾフォルテ  f フォルテ  ff フォルテシモ

となっていて、その順で言えば上から二つ目の強さのレベル。もっとも、音楽小説で「フォルテ」と書けば、単に「力強い音」ぐらいの意味であることも多いです。現にこのシーンも、原曲ではフォルテシモになっているのですが、語呂が悪いのでフォルテと書きました 笑。



変ロ長調トニック

 変ロ長調の主和音、の意。B♭、D、Fの三音の組み合わせ。主和音とはその調の「ドミソ」の和音のこと。一般的な調性音楽の基本ポジションみたいな和音で、たとえばフレーズや曲の終わりの締めくくりに用いるのは、九十九パーセント主和音と言ってよいかと。



ファンファーレ

 元々の意味は、競馬等でおなじみの、式典の始まりを告げるラッパの音楽。短いフレーズのものが大半ですが、五分ぐらいかける本格的なファンファーレも。その場合は曲のジャンル名ですね。

 一つの曲の中で、最初がトランペット主体の景気のいい形だと、その部分をイントロと言わずにファンファーレと呼ぶことも。ここの箇所は、まさにその使い方です。



複付点音符

 付点音符は小さな点を一つつけますが、複付点音符は二つ。付点音符は元の音符の「1+1/2」の長さで、という意味ですが、複付点音符は元の音符の「1+1/2+1/4」の長さで、という意味です。ちなみに複々付点音符というものもあります。



練習番号

 リハーサル番号とも。ドイツ語ではBuchstabeと呼ぶそうです。管弦楽や吹奏楽などの楽譜には、区切りのいいところに見出しのようなものが順々についていることがあり、それを使って「Fの、二小節と一拍前から」などという言い方で練習を進めます。算用数字、ローマ数字、アルファベットなどを用い、数字でなくともやはり練習番号と呼ぶようです。



ボントロ

 トロンボーンの楽隊用略称。



対旋律

 メインのメロディーに対して、裏で絡むような形の影の旋律。というのが一般的な定義ですが、どちらがメインなのかわからないような自己主張の強い「対旋律」もあるし、ただの伴奏形に対旋律が隠れていることもあり、さらにはバスラインそのものが対旋律になっていることも。元の旋律の上の方にて、少なめの音符数で歌うように奏される対旋律は、特に「オブリガート」と呼ぶこともあります。



タンギングなしで上下する音程をなめらかにつなぐのは難しい。

 ここはちょっと管楽器の経験がないとわかりにくいかも知れません。あえて言えば、自転車の(自動車でもいいんですが)変速ギアを、ギア比の大きく異なるもの同士でなめらかに切り替える作業のような感じ、とでも言いますか。





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