第26話 唐突に訪れる終焉

 二度寝から目が覚めたら、そこは闇の中だった。

 泉の結界内のみが無事に存在している。光源になってるのはほのかに光っている女神像だ。


 何が起こってるのかわからない。せっかく頑張って発展させた島はどうなったんだ?


「春人さん、大丈夫ですか?」


 まだ状況が呑み込めず、頭の回らない俺に声をかけてきたのはもちろんナミヒメだった。


「大丈夫も何も、なにがあったの?」


 結界の中以外、闇に包まれた箱庭世界。闇というか、世界そのものが削り取られて何も残ってない感じだ。


「箱庭世界の異変の原因を突き止めました。その結果、ある世界の邪神が入り込んで居たんです。通常、神は直接世界に介入する事はありません。神とは世界を定義する存在です。神が直接世界に介入すると言う事は、世界が存在する前提条件を歪めてしまう事と同義なんです」


 小難しい話はよくわからないけど、神が世界を定義するから世界は存在する。神が介入すると定義が変わって世界が歪み、存在そのものが出来なくなる。そんな感じなんだろう。


「この現在の惨状は、世界に神が介入した結果って事?」


「はい、その通りです。邪神の介入が確認された時点で、この世界ごと邪神を閉じ込め、封印しました」


 なるほど、どのみち歪んで崩れていく世界なら、そこに厄介な邪神という存在を引き込み、閉じ込めて封印してしまおうと言う事か。


「邪神ってそもそもなんなの?」


「人の言葉で説明するのは難しいのですが。世界の定義を整えて、世界を安定させる存在が神、逆に歪めてしまって、破壊してしまうのが邪神。簡単に説明するとそんな感じです」


 なるほど、邪神が介入してる時点で、この箱庭世界はどのみち崩壊してしまう。それなら介入中に邪神ごと引きずり込んで、その邪神を封じる道具にした訳だ。


 納得出来るような、出来ないような。

 ナミヒメと作り上げた理想郷が、そんな事の為に無に帰したと思うと、怒りすら感じる。だけど、そんな厄介な奴に目をつけられて介入されてたならどのみち何時かは崩壊させられてたのだろうと、納得出来る部分もある。


「今回、春人さんが巻き込まれた世界の歪み、その原因も今回の邪神が原因だと言う事が判りました。原因が排除されたので、元の世界が正常化され次第、春人さんは元の世界の、元の時間に戻されます。お別れですね」


 いつも通りフラットなしゃべり方の癖に、少し寂し気にナミヒメが言う。


「俺は箱庭世界の方が楽しくていいんだけどな」


「箱庭世界はあくまで、一時的な避難場所として神が定義した特殊な世界です。残念ながらそのまま維持される事はありません。死んでしまった春人さんの再構築の為だけに、再構築が可能な世界として定義されただけの世界ですから」


 なるほど、元の世界だと死者が再構築されるなんて定義は、当然ありえない。不可能を可能にするためだけに作られ、定義された世界だったんだ。


「この世界が防壁の役割を果たして、邪神が元の世界に介入しにくくなったようです。だからまず、この世界から崩そうとして介入したようで。赤い三日月はその前兆だったようですね」


「ナミヒメとは、元の世界でも話出来るの?俺は出来ると嬉しいんだけど」


 心からの本音、願いを口にする。この世界に来たばかりの俺じゃ絶対に口に出来なかった言葉だ。


「残念ですけど…。春人さんは、こちらに来る直前の状態に再構築されて戻されます。記憶も、です」


 記憶も、それはつまり、箱庭世界に来てからすべてが無かったことになってしまうと言う事だろう。


「え、嫌なんだけど。折角こっち来てから少しはマシな自分になれたかも?って思えてきた所なのに」


 悲しすぎると、自分で感情を自覚する前に涙が出るんだな。初めて知った。

 泣きじゃくるような事はしないけど、ただただ涙が溢れてくる。


「大丈夫です。記憶はなくなっても、経験は魂が覚えています。そうして命は進化してきたんですから。それに私は春人さんを見守るために生まれた神霊ですよ?会話とか出来なくても、あちらでも見守っています。楽しんで生きてください」


 涙で滲んでよくみえないナミヒメの姿がうっすらと透けていく。

 俺の意識も、強烈な眠気に逆らえないで眠りに落ちていく。


 嫌だ、とこんなに本気で思った事は無い。ナミヒメの存在は俺の中で随分と大きくなってしまっていたようだ。

 まるで数十年の時を共に過ごした恋人との別れのように感じて、でも、薄れて行く意識は抗う事すら許さず、暗闇の中に落ちていく。


「春人さん、一旦さよならです。ちゃんと見守ってますからね」


 最後に聞こえたナミヒメの声を忘れたくない、強くそう感じながら俺は眠りに落ちていった。


・・・

・・・・・・


『バタン』


 俺は無様にコケていた。


「痛てぇ」


 タバコを買いにコンビニに行く途中で、暗闇に足を取られて、無様にすっころんだ。

 幸いケガはないようだけど。


「ははは、こけちまった。これだから歳はとりたくないんだよなぁ、反射神経だけでもどうにかならない?」


 あれ?俺は誰に話しかけたんだ?


 確かに、誰かに向かって話しかけたはずなんだけど、そんな相手、俺に居るはずはない。


 人間嫌いで、何をやってもうまくいかなくて、途中で全部投げ出しちゃって引きこもってるボッチだ。


「うーん。とうとうおかしくなっちまったのかな」


 何となく独り言ちしながら、コンビニへと歩き始める。


 昨今のタバコの値上げはお財布に大ダメージだ。タバコも何とかして止めなきゃなんだけどなぁ。そんな事を思いながらコンビニへと向かう。


「どうすっかなぁ」


 昔からの口癖のように、口をついて出た言葉。

 あれ?俺の口癖って、すぐに帰りたいって言っちゃう事だと思ってたけど。


 妙に体が重く感じる。ここ数年で贅肉がついて小太りぽっちゃりな体系になっちゃってるから当然といえば当然なんだけど、今はそれが妙にしんどく感じてしまう。


「どうすっかな。筋トレでも始めてみるかな」


 いつもと同じ道を、だけど妙に新鮮な気持ちでコンビニへ向かう俺は、何も変わってない様で、何かが変わったような、妙にワクワクするような気持ちで歩いて行った。

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