ザ・リッパー!

鐘井音太浪

 ザ・リッパー!

   ザ・リッパー!

                  鐘井音太浪


 フィクション


 孤独が好きで、何が悪いんだ!

                by 白虎 猛


   主な登場人物

白虎 猛 二十四歳  リッパーマン

米倉 遥 二十四歳  警視庁特別組織犯罪対部捜査第7課警部補

花瀬華歩  十八歳  カースタンドショップスタッフ女子大生

青滝 翔 三十三歳  暗躍組織ゴールデンファミリーズの刺客

大鳳金一 六十一歳  暗躍組織ゴールデンファミリーズ首領

ナスカ  年齢不詳  不思議女子


 この物語では、作者の想像で人物像を描いておりますが、実在する方と同姓同名になったなら単なる偶然です。尚、実際にある地名を時頼登場させる傍らで、想像した地域も登場しますので悪しからず。

              by 鐘井音太浪



   0


「おい、リッパー、とどめを刺せよ」


 それは、雨上がりの午後。グレーに色づく都心のタワービルの狭間の広場。武装した警察機動隊やスーツ姿の男女(SP)に周りを囲まれたリクルート風スーツ姿の女性……の前に。突然鈍い反射の大きな直方体が動いてきて、周囲の視界を阻(はば)んだ束の間のことだ。

 外目に見える、何処か気の置けない優しさのある目が今はきりっと悪党色に染まっている。チョイロングの髪型や全身のフォルムからなる若い男のコード名はリッパー。鼻から顎と口元を覆う白(びゃっ)虎(こ)柄マスクと、全身同柄ボディスーツコスチュームを纏い――両手の肘から手先にかけて特殊素材で外側に鮫の背びれの如く刃が今は突き出た手甲。両足の膝から足先までを覆った手甲同種の特殊ブーツ。尋常に目もくれぬ素早さでダッシュして、ステップ、ジャンプの動きもプロアスリートなどでも足元にも及ばない、もともと備わっていた潜在身体能力に、人工技術のAI装置補助力をプラスした動きだ。目の前に立っているスーツ女(後に判明する高峰高子)の胸にエルボーを落とし刃を突きたてて刺す。刺されたことに慄(おのの)く女性(高峰高子)の胸から血が噴き出る。が、即死には至っていない。

「おい、リッパー。どうして。俺たちファミリーは暗躍集団だ。裏社会では合法なんだ。無駄に巷を混乱させる団体の誘発オバサンとかをリセットすることが、俺たちの使命なのだ」と、白虎柄コスチュームの男リッパーに、話しかける男はコード名ドラゴン。同種のコスチュームながら青龍柄ボディスーツ。両腕に備わっている武器は竜の髭のような長いムチ。まだ息絶えぬスーツ女の脇を固める武装機動隊の盾を一瞬にして切り裂いたうえに、薙倒す。ムチ先をスピアーに変えて瀕死(ひんし)の女(高峰高子)にとどめを刺す。

「俺は……。ドラゴン……」と、両脇に下げた拳を握るリッパー。

「リッパー。俺たちはこれ以外生きる道はないんだ。こうなっては、一般人として生きていく術はない。今更、法律に基づいた合法的働きをして、生活費を払い、納めるべき金を御上に払って、小銭程度の生活費を工面して贅沢も出来なければ、ひもじい思いをするのは必至だぞ」

「……」ただただ、リッパーの視界にも……血に塗られた現場に黒服の男女や機動武装警官隊らの多くの亡骸が散乱する……。何とか銃口をリッパーに向ける死にかけの男。プシュッと、朱色に光る羽手裏剣が刺さって力を失うその男。下に『COC30脱CO2問題講演会』の血に塗られた看板。

「トランザー……平気なのか」と、リッパーが目を凝らして振り向いた視界の先に……。

「え、何。やったわ。SPは私とタートルで」

 加わった同種の赤……と言うよりは朱色の朱雀柄コスチュームで背に翼を広げて、胸と股に同色のプロテクターの若い女が加わる。コード名トランザー。

「おい、タイムリミット六十秒前だ、乗れ、トランザー」

 大型トラックの運転席から、黒に金ラインの玄武柄コスチューム男、コード名タートルがこちらを見て、動かした口を噤(つぐ)む。

 大型トラックのトランク部の左サイドドアが自動で開いて、階段状のタラップが出る。

 トランザーが、地をステップすると同時に背の猛禽類の翼をすぼめて、滑空して入る。

 リッパーがステップすると同時に地を突風の速さで駆け抜けて、推定距離三十メートルを瞬き一つ分の間にドアを潜(くぐ)る。

 ドラゴンが周囲を、警戒して見渡して、素早くトラックのトランクに乗り込む。

 左サイドドアを閉めた大型トラックが走り去る。大きな直方体のトランクは黒っぽい艶消し。それはまるで自走要塞。内部の会話。

「ゴールデンマターにご報告よ。ドラゴン」と、トランザーの声。

「さあコンプリートパーティが待っているぞ」と、タートルの声。

「明日予定の後援会、潰し。コンプリートです。ゴールデンマター様」と、ドラゴンの声。

「俺、抜ける」と、腹を括(くく)ったリッパーの声。

「おい、リッパー」と、意表を突かれた感じのドラゴンの声がして……。

 トランク最後部ハッチが開いて、白(びゃっ)虎(こ)柄単車(オートバイ)がお目見えする。

「俺、どうでもいい奴らと一緒っていうのが、息苦しいんだ。何をしたとしてもな」

 リッパーの跨った白虎柄単車が飛び出す。

 トラックのサイドミラーに、薄笑みを浮かべて黙認しているタートル。

 トランク内部のコンピュータシステムのモニターで、眺める感じのトランザー。

 閉じるハッチの狭間で、荒げた顔で手を前に出すドラゴン。

「理解できないだろ、孤独の意義が!」

 と、リッパーが運転する白地で虎柄カウルの単車が……見る見るうちに遠ざかって行く……。何処かで鐘の音が三つ分鳴って響く。……単車のテールランプの小さな赤が、小さな黒点に変わって消える。……濡れた街の雨粒の輝きに、溶け込むように。


 ――今時陳腐な裸電球の灯のみの闇の路地を、白い単車を手押しするリッパーが、意思の疎通で解いて、見た目優男に戻る――



   1


 雨の降る都会のタワービルを臨み――中層階雑居ビルの谷間にある児童公園の遊具。カラフルな滑り台付き土管の中に、雨宿りする黒いジージャンジーンズ姿で見た目優男の白(しら)虎(とら)猛(たける)、24歳。土管の横。比較的大きな木の下に今は白いカウルの単車。

 砂地に出来た水たまり……降る粒の波紋が大きくなって……ポツッポツッと弱まる。水たまりに写った早く流れる雨雲の切れ間に青空が見えだして……眩い日差しが照りだす。

(何者にも気疲れの無い。真の自由だ!)

 白虎猛が出て、白い単車に跨り、走り行く。


 ――当てもなく只々……一般幹線道路を一般車両と並走しつつ……走るノーヘルの白虎猛が運転する白い単車。いつの間にか後ろに白黒パトカーが走っている。

「そこのオートバイ止まりなさい! ノーヘルは道路交通法違反です。路肩によって止まりなさい」と、組織では自由だった法的規則を翳(かざ)して、警察権力車両が白虎猛の運転する単車、ナンバー『品川た444』を追尾する白黒パトカー。

「ち、ヘルメット? うんなもんあるかよ」と、心に言葉が訴えかけて……アクセルを上げて、意思の疎通で白い輝きが全身を包み込むと、白虎猛のもう一つの姿の白(びゃっ)虎(こ)柄コスチュームフォーム……リッパーへと変貌する。単車も白地に虎柄が入って、『品川た444』のプレートを『GⅯF』のアルファベット表記のカバーが塞ぐ。こうなれば、白虎猛は……巷のルールやモラル知らずの暗中飛躍(あんちゅうひやく)組織が生んだ怪物殺人兵器の刺客! リッパーだ。

 が、その目だけは、いくらきりっとさせたとしても、優男気質を完全には拭いきれていない。姿が変わったことにより、ますます不信感を積もらせるパトカーがサイレンと赤色灯を焚いて追って来る。バックミラーで確認するリッパー。追尾するパトカーを振り切ろうと、リッパーが気まぐれに左に密着した車体を傾けて……脇道に入る。

 ……入れ込んだクランク道を繰り返す閑静な住宅街。意外と善良なパトカーにとっては障害が多い。突然出てくるように手を挙げて横断歩道を渡る黄色い帽子を被った児童集団や、見守るような路肩ギリギリの位置で井戸端会議中の主婦連に、ピッピ―と警笛で警戒させて避けた間隙を縫って、白(びゃっ)虎(こ)柄のリッパーがライディングする単車が走り抜ける。が、パトカーは関係のない一般市民を巻き込むまいと、減速せざるを得ない! こちとら巷の立地には疎いが、自由という意味では、多少の怪我をさせたとしても、もともと依存していた集団のことを思えば、なんちゃなく! 命さえ奪わない限りのギリギリでは何でもありで、自身が逃げ切れればいいとしか考えてはいないのが、コード名リッパー、白虎猛の心境だ。

 が、パトカーのお巡りからすれば、一般市民、ましてや痛い毛のない黄色帽の児童や主婦連を巻き込んでまで追尾するリスクを考慮してしまうために、追随力が鈍る。

 身体の一部の如く単車をコントロールして運転するリッパーが、バクミラーでパトカーを黙認する。閑静な住宅街の小道から……再び幹線道路に偶然にして戻って久しく走ると、バックミラーに推定距離五百メートルの差がついて、パトカーがようやく幹線道路に姿を見せる!

 リッパーの口元マスクの上に出た目が、ニヤッと笑って、再び次の路地を体勢を倒して……左折する。一応信号機は青で、無視違反はない。S字のうねるカーブの道を進んでくると、エンジンが音を高鳴ってエンスト(エンジンストップ)する。惰性で進んでいる間に、リッパーがセルスタートボタンを押すが……エンジンはかからない! キックを踏んでもかからない。ついに単車のスピードが納まって、跨いだまま単車が止まる。

 リッパーがタンクキャップを開けて、水素ガス燃料を意味するアルファベット表記のHGS表示FとEのゲージを確認すると、EMPTY(エンプティ)サインが出ている。

「チっ、ガス欠か」と、周囲を見渡すが、ガソリンスタンドから昨今の巷では、政府の規制によりカースタンドと称す、水素ガス、電気チャージ、エタノールオイル等々のエネルギー注入スタンドとなっている……カースタンド施設はない。

 リッパーが目に入る光景には、地主の家屋が点々とある……比較広い敷地を有している農業生産自治体の地に、リッパーは来ていてしまっていた。ナビのスイッチを入れるが、「チッ、電気も虫の息か」と、これ以上使ってしまうと、バッテリー自体がお釈迦になってしまう、と言う状態を知らせるマークが赤く表示している。徐行状態で走ると、勝手に電気へと切り替わってしまう仕組みとなっているのが今の単車……のみならず、一般車両の在り方だ。

 バックミラーに、しつこく追ってきていたパトカーの姿は微塵もない。まあ最も、管轄という警察権力の、所謂縄張りが……その範囲を超えてしまったようだ。

 リッパーフォームを意思の疎通で解く……全身に散りばむ白い光の粒子が弾けると、黒い上下ジーンズ姿の口元マスクもどこぞやに消えた白虎猛へと変わる。

 水素ガスと電気とが空(くから)っ欠(けつ)になった単車を手で押す白虎猛。グーと腹の虫が鳴く! 特殊訓練を受け、特殊全身スーツに、特殊攻撃アイテムを有している裏の顔を持つ白虎猛でも、基本的には生身! 目の前に……緑地が見えて来て、小高いお山に通ずる石段が木々の狭間に伸びて、その先が阻まれてもいる鳥居の脇の雑草茂みに果てるように……白虎猛は……視界が徐々に狭まり、阻まれて、真っ暗になる――つまり、そこに倒れ込んでしまった白虎猛。その上にゆっくりと単車も鈍く倒れて、下敷きになるが、その痛さを感じることもなく白虎猛は、目を閉じてしまう。

「俺も、つけが回ったのか? 生きるためとはいえ、無益に殺めてきた分の」と、心境にその思いがフツっと浮かんできて、白虎猛の記憶にすら残らないであろう……善という名の意志の表れが!


「まーこんなところに、人が……」

「今どきの若者にしても……」

「どこか具合でも……」

 と、年配と思われる男女の話し声が……。白虎猛の薄らぐ意識の間隙を縫って朗らかな口調で届いてきていたのだが、目を開ける反応すらままならない状態にあっては、ただただ単車の重みを味わう感覚しか白虎猛にはない。

「おお、いいところに来た。この青年を」

「わたしの家に……」

「オートバイも、トレーラーならいける」

と、再び年配者男女の声に、誰かが加わったようだが。

「よおいしょ!」と、掛け声に地面からの体がふわっと浮き上がり……運ばれて、下される……のだが、運ばれた途中で、白虎猛の意識が潰(つい)えてしまっていた。死んだのではなく気を失ったということだ。


 ――白虎猛が単車の下敷きになって、路肩に倒れている。年配夫婦が軽トラックで道を来る。白虎猛に気がつく年配夫婦が軽トラを止めて、歩み寄る。話し合う年配夫婦。白虎猛の顔を覗き込んだりもして、話て頷く。

 路駐状態の軽トラの後方に、トレーラーを牽引(けんいん)したトラクターが来る。見た目五十代の如何にも農夫の作業着を着た男が運転していて、年配男性が手を上げる。話し合って、農夫が単車を立てて、年配男と農夫が軽トラの荷台に、失神中の白虎猛を乗せる。農夫が単車をトレーラーに乗せて、軽トラと行く――



   2


「俺にゃあ、悪人には見えん」

「わたしもですよ、貴方」

の、声に、視界を取り戻す白虎猛。木目に化粧されたベニヤ板の天井が目に入る。

「まだお若そうですし」

「まあ、やんちゃ盛りでもあるか」

の、声が……呆然とした白虎猛の意識の外から届いてくる。

 白虎猛が右手を目の前に動かして見る。インナーシャツの長袖に包まれた自分の腕。

「一昼夜、ぐっすりだ」

「まあ、わたしらと違って、お若いから」

 布団から左手を出して探った畳の感触が、どこか懐かしく記憶の中が混乱する白虎猛。

「ああー」と、奇声にも似た大声を張って、一気に上半身を起こす白虎猛。

 見れば、閉じた襖の押し入れと床の間があり。右を向けば閉じた襖の狭間から……漏れる光の感じから、向こうにも部屋があるように推測できる。振り返ると、表向きであろうと想像がつく白く明るい障子戸の鴨居にかかるハンガーに黒いジージャンが下がっていて、下の畳に畳んである黒いジーパンがある。

 向こうの部屋で足音がしたかと思うと、襖が開く。

「おい、起きたのか」と、記憶に真新しく覚えのある声の主が声をかけて来た。見るからに年配の男だ。

「ここって?」と、白虎猛が訊き返す。

「ああ。俺の家さ」

「……」言葉が混乱して脳裏で選んでいるうちに、覚えのある声の主が話す。

「具合はどうなんだ、医者いるか? 青年」

「……」次の言葉も選択できぬ白虎猛が首を横に振る。

「起きれますか?」

 もう一人の聞き覚えのある声の主が……見るからに年配の女だ。

「俺って」と、白虎猛が聞き返す。

「少し行った鎮守様の前に、オートバイの下に、倒れていましたよ」と、年配の女。

「オートバイ……」と、目を動かしてやや上を見る白虎猛。

「集荷場帰りに見つけてな。どういう素性(すじょう)かは知れないが、連れてきた」と、年配の男。

「見ず知らずだぞ!」と、荒げる白虎猛。

「貴方の閉じる前の目が、あまりにもお優しそうでしたので、つい魔が差して……」と、年配の女が優しい眼差して言う。

「……」面食らうだけの白虎猛。

 優しく注ぐ……目の前の男女。

「俺は!」と、大声で息んで、(殺人鬼だぞ)と心で語尾を言う。

「さあ、立てますか?」と、年配の女が言うと、襖の向こうに行く。

 開けっ放しの襖から、和室の居間の様子が窺える。テーブルに湯気が立つご飯と汁が置いてある。

「ま、とにかく、腹ごしらえしなよ。何か知らんが、慈悲はある!」と、年配の男が誘う。

 ……言葉無く白虎猛は、この家の空気に、何故か柄にもなく素直に従ってしまっている自分にも腹すら立たずに、隣の部屋へと起き上がっていく。まるで息子の如くインナー姿のままでも、双方とも恥じらう様子が微塵もない、家族のように……。

 年配の女が別の戸口からご飯と汁を持ってきて、「さあ、お食べなさい」と白虎猛の前に置く。「好き嫌いは……」

「あ、そんなのもったいない。無いぜ」

「旨いんだぞー母さんの豚汁はな。ああ、俺は米倉一郎で、連れは好子だ」

「俺、白虎猛だ。遠慮なく頂くぞ!」

 言葉遣いに難があるが、気にも留めずに接する米倉夫婦に、文句の言いようのない白虎猛が箸を持って、汁椀を口にする。「うめえ!」



   3


 日比谷公園内の現場。都心のタワービルの狭間の広場。武装した警察機動隊やスーツ姿の男女(SP)に周りを囲まれたリクルート風スーツ姿の女性……の血に塗られた『COC30(コッコサーティ)』看板と、現場に散乱する亡骸。


 制服を着た複数の警官が、黄色い『KEEPOUT』のテープで場を仕切ってカラーコーンやらで囲った規制線内を警備する。赤色灯を屋根に乗せた白黒パトカーのボディに『中央署』の表示。白塗りワゴン車が来て、アタッシュケースを手に下げた鑑識員数名が、IDを警備する者に見せて、現場に入っていく。

 間もなく濃紺の高級車量が来て、助手席から近藤和彦33歳と、運転席から加藤次郎25歳が出る。横に止まる同種のパールホワイトの高級車の助手席から、田中真里23歳と、運転席から米倉遥24歳が出る。

 地に足をつけた米倉遥が、両手を腰につけて胸を張って、現場を一望する。

 横に来た田中真里が場の惨たらしさを話す。

「警部補どうしたら……こんな」

「……」ただただ口を一文字に結んだ状態で見る米倉遥。

「アクション映画の悪役思考犯でしょうか?」

「ううん……」唸るのみの米倉遥。

「まあ、複数犯なのはこの光景から見て取れますね、米倉警部補」

「ううん……そうね」

 ゆっくりと歩む米倉遥と田中真里……。現場の様子を黙認する。

「以外ね」

「え、何がです、遥警部補」

「ねえ、さっきから呼び方がまちまち、気になるから」

「ああ、ではなんと、御呼びすれば」

「ねえ、猫被ってない? 真里ちゃんって」

「はあーまー。営業的には」

「ま、しっかたないか。初(はつ)現場に、初(はつ)バディじゃあね」

「はい、サーセン、先輩」

「それ、いい。猫かぶり気質、嫌いッ」

「え?」

「先輩って、いい響きよ」

「あ、ええ……」と、顎に人差し指を添える田中真里。「では、遥先輩っでどうです?」

「ん!」と、一つ返事が大変気に入った証のにんまりスマイルでコンプリートの納得状態を醸し出す米倉遥に、田中真里も超絶スマイルで返す。

「おおい、君たち。不謹慎(ふきんしん)にも、なんだその屈託ない笑顔は?」

 近藤和彦とお供的な加藤次郎が来る。

「いいや、不謹慎でした。加藤巡査部長」と、米倉遥が笑いをこらえて敬礼する。

 続いて田中真里も隣で敬礼する。こちらも笑いを含んで頬がプルプルと動く。

「階級が上でも、実績と経験は俺の方が上だからな、米倉」と加藤次郎。

「は、承知です。加藤巡査部長」と、再度敬礼する米倉遥。と、田中真里。

 やり取りを窺っていた近藤警部が言う。

「巡査部長。身内上の、そんな細かいことより現場を検討しよう」

「は! 特別組織犯罪対策部第7課係長近藤和彦警部」と、こちらはサイはサイでも最敬礼する加藤次郎。

「どうみても、組織がらみのようです。係長」と、米倉遥が口火を切る。

「断定はしかねないかと、近藤警部」と、加藤次郎が否定で続く。

「真里ちゃんは、どう見る?」と、米倉遥。

 指を差す田中真里。その先を見る加藤が嗚咽(おえつ)をもようして、手で口を押さえ離れる。

「あの機動隊員らは突起な熱ものでいっぱい撃ち抜かれた傷跡(きずあと)ですし。こっちの機動隊には暴力による打撃? てき、痕跡で。かなりの怪力が殴らないと死に至るまでの……」

「巡査の割に……生意気に」と、加藤が戻る。

 近藤が腕組みをして、初見を聞いている。

「ベテランでも、嗚咽するのね、巡査部長殿は」と、皮肉った米倉遥が含み笑う。

「人には得手不得手がある」と、真顔の加藤。

「そうね。でも、なんで平気なの? 真里ちゃんは」

「ああ、はい。アタシって、カエルの解剖とかエゲツないことが大好きで……率先してやっていた方なんですよ、遥先輩」

「巡査。ヤバすぎだぜ」と加藤。

「超絶スゴイの、アタシって」と真里。

「ああ、凄く危険だということだ」と加藤。

「ああ、古い意味でのヤバイね」と真里。

「言葉なんてどうでもいいから、今は現場でしょ。加藤巡査部長殿」と、米倉遥。

 加藤が米倉遥を睨んで、鑑識のもとに行く。

「で、真里ちゃん。私も同じ見立てをしているわ。デカ長さんは如何に?」と、米倉遥。

「狙いはあの女性だな」と、顎を突き出す近藤警部。先を見る遥と真里……リクルート風スーツ女の、胸部に二種の刺し傷跡が……。

 近づく近藤と田中真里と米倉遥。

「一つは剣先のような刺し傷で、一つはアイスピック状の突起だったものによる刺し傷」

「ううん……」唸る近藤警部。

「この盾は……」と、白手袋をした手で引き裂かれた機動隊の盾を持って翳(かざ)す真里。

「切れ方は、ムチ状のもので殴って……」

「ああ、だが、相当な速さと怪力がないとな」

 真里と米倉遥がそれぞれのシンキングポージングで首を傾げる。

 米倉遥が女の遺体をよおく見る。

「どうしました、遥先輩」

「どこかで……あ! 今度、NEWLANDで開催される、国連預かり会議のCOC30(コッコサーティ)脱CO2削減議定会議の鼻につく成り上がり宣伝女!」と、米倉遥がキナ臭そうに言う。

 真理も同意で、遥と指を差し合って、笑う。



   4


 改め――米倉家。長閑な農地地帯の二階建て一軒家。自宅の横に農機具などを仕舞う離れの納屋(小屋)。軒下に軽トラが止まっていて、その陰に白い単車がある。

 家屋裏手に、離れの納屋との狭間に農業用ビニールハウス四棟が建っている。庭は広く……例えるなら4トントラックは余裕で駐車可能なスペースで、前の道からの目隠しを兼ねた大きな石で装飾を施している庭。

 家の玄関から出て来た白虎猛が、周囲を見渡す。トラクターに乗った農夫が前の道を通りかかって、声をかける。

「おい、兄ちゃん。蘇ったか?」

「……」言葉無く涼しい目で見る白虎猛。

「鎮守様で倒れていた時は死んでいるのかと」

「え、ああ、まーなんとか」

よねさん夫婦に感謝だな」

「ああ、まあ」

「今時分(いまじぶん)はハウスだよ」と、家の裏を明らかに指差す農夫。

 振り向いた白虎猛の目に、ビニールハウスが見える。

「じゃ、おいらも仕事だから」と、トラクターを運転して行ってしまう農夫。

 白虎猛は、意味なく不審な表情を浮かべつつ……ビニールハウスに向かう。


 規則正しく立っている四棟のビニールハウス。向かって右から二棟目の間口(ビニールハウスの出入口)が開いていて、前に軽ワゴン車が止まっている。

 物音が聞こえるので、白虎猛が忍んだようにビニールハウスに入っていく。

 中では、米倉夫婦が赤く実ったイチゴを摘んでいる。通路にパイプのレールの上を移動可能な台車。その上に平たい摘み籠が乗っていて、台車の中段には、イチゴがいっぱいになった摘み籠が……。奥行きは推定三十メートル。腰下の高さのベンチが六列。先の台車のそばでイチゴ摘みに励む米倉夫婦の姿。

「あのー」と、声をかける白虎猛。

 米倉好子(以後、好子)が振り向いて、手を振る。それに気がついた米倉一郎(以後、一郎)が白虎猛を見る。

 白虎猛が奥へと行こうとすると。

「あ、来ないで」

「ここにはここのルールがあるのさ」と、摘むのに勤しむ一郎が好子に顎を振る。

 好子が微笑んで、白虎猛のところに来る。

「ごねんなさいね。この子たちがわたしらの生活を支えてくれているもので。目には見えない雑菌や害虫をなるべく持ち込ませないために、ここに入るとこの決め事があるものだから……(微笑む)」

「そう、かー。これって、イチゴだよな」と、見渡す白虎猛の目に、今までにない明るい兆しを見出したような輝きが浮かぶ。

「そうよ。イチゴはこうして実るのよ」

「ああ。それもだが、俺、此奴らを……」と、口籠る白虎猛。

(見るのも初めてなんだ)と、好子には、白虎猛が言いたかったように思えた。

 ハウスの外に出てきた白虎猛と好子。

 軽ワゴン車のトランクに積んだ摘み籠のイチゴを一粒、白虎猛に与える。

「いいのか?」

 笑って頷く好子。

 白虎猛は、蔕も取らずにパクっと一口にイチゴを頬張った。モグモグしつつ……「うま」と、声を上げる白虎猛。

「ええ、そんなに」と、尚も笑顔になる好子。

「ん」と、素直に頷くしかない白虎猛の目に、涙が溢れる。

「なんだ、これって」と、涙を拭う白虎猛。

「もっとお食べ」と、両手に山盛りのイチゴを差し出す好子。

「いいのか。生活に影響するんじゃ」と、言いつつも……その手は遠慮しらずに摘まんでイチゴを食べ続けてしまっている。

「加勢していいか?」と、白虎猛。

「ええ。ああ、うん」と、ハウス内のすぐ横にあるビニールに入った新品の作業着上下を手渡す。

「母屋で着替えておいで。せっかくだから、やってみる。猛ちゃん」

 一瞬、言われない呼ばれ方に、舐められたかとイラっとした感情が表情を顔に覗かすも、白虎猛が、作業着を受け取って、ダッシュして母屋に向かう……。

 笑って見送った好子が、出てきたついでに空の摘み籠を十段重ねで持つ!

 積み重なった積み籠を片腕と体を使って器用に支えつつ、もう片方の手でハウスのドアを開けて……好子がハウスに入ろうとすると。

「おおい、好子ママ(好子が何故か睨む)好子ちゃん、教えろ」と、戻ってきた白虎猛。

 あまりの速さに目を剥くも、好子は気にも留めずに、素直に白虎猛を受け入れて、変えた呼ばれ方に笑顔で、ハウスに一緒に入る。


 ――実は、受け取った作業着の実態を、納屋の陰に入った途端AIスキャンで読み取って、脳内に仕込まれてしまったラーニングデバイスで処理し、電子レベル仕様の皮膚変化で、身に纏ってしまったのだ。新品作業着は単車のシート下トランクに隠し、その間推定零コンマ三秒で、再び好子の前に戻ったということだ――


 で。入り口の消毒液で手を拭って。ハウスの中に、好子に連れられて入ってくる白虎猛。

「貴方。猛ちゃんが、お手伝いを」

「おお、そうか。じゃあな、ここにきて」

 白虎猛が一郎の横に行く。

「こうやって、人差し指と中指の間に蔕(へた)を入れて、手前に軽く」と、イチゴを掴んだ手をクルっとスナップすると、綺麗に、傷つけずに、イチゴの実を収穫できた。

「Oh―」とマネしてやってみるが、実がつぶれてしまったり、株に蔕を残して実だけを取ってしまったりと、上手くいかない白虎猛が苛立つ。

「まあ、慣れるまで仕方ないわ、猛ちゃん」

「ああ、俺たちゃーもう十五年やっている」

 自分の不甲斐なさに劣等感を抱いて苛立つ白虎猛だが、この夫婦の手前、荒げるのを抑える。

「いいわよ、気にしないで、どうせ」

「そうだな。好きなだけやれ。でも、あそこのベンチの、いっくらでもいい……でも、後ろも見ないとな」と、白虎猛が摘んだ実の裏を見せると、蔕元(へたもと)がまだ白い。

「ベンチ? 椅子なんてないぜ」と、白虎猛がキョロキョロする。

「あはっ! そうか」と、一郎。

「ベンチはね、このイチゴを囲ている大きな……(顎に手を添えて考えて)そうね、プランター……ああ、この長い植木鉢のことを言うのよ。猛ちゃん。ふふっ」と、笑う好子。

 下手こいて口を尖らせて、沈んだ顔をしたあげく、一郎の「ベンチ」の意味も分からずの白虎猛だったが、「わかった! あ っちでやる」と綻んだ顔で、指定されたベンチへと行く。

 白虎猛が真剣な眼差しで、後ろも見て赤くなっているイチゴを摘む。

「摘んだらこれにね、猛ちゃん」と、空(から)の摘み籠を六つ乗せた台車を押してくる好子。

「ああ、好子ちゃん」と気張って、強張った顔を見せる白虎猛に。好子が、「気張り過ぎ。優しく丁寧に」とアドバイスすると。要領よくきれいにイチゴを摘む白虎猛。「Oh! 掴んだか?」と、調子づいて摘んでいく……。

「猛ちゃん」と好子が微笑む。


 ラジオのチューニングがいきなりあって、

「明日から開催される、COC30(コッコサーティ)脱CO2削減議定会議ですが、国を持たない島のリゾートホテルなんですって……」と、男性の声。

「いいですね、終わったら一般にも泊まらせてほしいもんですね」と、女性の声。

「なら、一泊五十万円也ですよ」と、男性。

「ええー、私の三か月分のギャラ」と、女性。

 と、ラジオコーナージョッキーが伝える。


 白虎猛が、驚いて、焦って、拳を造るが……自ら開いて、頭を掻いて笑う。

「うん。笑顔がいいわよ、猛ちゃん」

 好子の助言の入るすべもないままに、まるで子供が興味を持ったかのようなワクワク感のある鋭い目つきで、イチゴを摘む白虎猛。



   5


 トランクルームの中のブリーフィングスペース。完備されたコンピュータを使うコード名トランザーこと赤井(あかい)朱雀(すざく)23歳。浮遊モニターを見るコード名タートルこと黒亀(くろかめ)卓(すぐる)29歳。

 大型モニターに36分割で映る都内各所の防犯街頭カメラをハックした映像……。銀座、新宿東口と西口、渋谷スクランブル交差点の俯瞰映像に、ムサシでお馴染みのスカイタワー周辺やその中、東京タワーの内外に至るまで三分おきのスライド状態で巡っている。

「居ないなあ、リッパー」と、タートル。

「そうねー、何処に行っちゃったのかしら」

 コード名ドラゴンこと青(あお)瀧(たき)翔(しょう)33歳が入って来て、「どうだ、居たのか、奴は」と、モニターを見る。

「もっと、西の方とか……」と、タートル。

「うん……そうねぇ」と、コンピュータを使用するトランザー。

「ミラクルスーツ搭載信号は辿れないのか?」と、イラつくドラゴン。

「今は解いているな、彼奴」と、タートル。

「だあって、女子的には、プライベートのお出かけ時まで監視は勘弁よ」

「まあ、俺たちはもともとここでしか、存在意義を持てない奴らの集団だ。結局、どいつもこいつも、巷の奴らは素性が判明した途端、掌手を返していびりだす」と、ドラゴン……もともと眉間を引き締めたような面構えで常に怒っている顔立ちだが、輪をかけて目の彫りが深くなったような目をモニターに向ける。

「おいらなんか、空気扱いで。それまでは力(ちから)仕事で一目置かれていたのに、途端に無視さ」

「ん、私も。はっきり言ってくれれば、口喧嘩のしようもあるけれど、遠巻きに聞こえるか聞こえないかで呟く感じで、イラっと来る」

「体験で一年間、巷の仕事をするが。兎に角俺たちはここでしか存在を認めてもらえない」

 ビビ—! と、ブザー音が鳴る。

 浮遊モニターの都内映像の上に、コマンドが開いて、黄金のコスチュームに身を包んだ……口マスクから上に出た顔から判断される年配男が映る。大鳳金一61歳、コード名ゴールデンマター。

「そうだ。君たちは一般常識からすればゴミ以下だ。ゴミも今やリサイクルとか言って、重宝される局面もあるが。一旦、社会から外れたり、もともと恵まれない両親のもとに生まれてしまっては、親も常識知らずで、他人は誰も救いの手を伸べてはくれない。片親でも社会的に言う、立派に人生を送る輩(やから)もいるが、そんなニュースは氷山の一角で、水没している部分には、社会的駄目レッテル人間が九割方は埋もれているのが現状だ。そんなことすら考えられずに、偽善者ぶった輩が、好感を上げるために、いいことのみを大袈裟に講じるから、ますます君たちのような素性の者に、光が当たりらくなるのだ」

「ハイ。ゴールデンマター様」と、ドラゴンがキョーツケする姿勢で、最敬礼をする。

「……」無言のままで立って、同様に敬礼をするトランザーと、並ぶタートル。

「で、リッパーの行方はつかめたか?」

 首を振るトランザー。

「お言葉ですが、裏切り者は」と、ドラゴン。

「ドラゴンよ。リッパーの身体能力はこの組織の行動には欠かせない。あれだけの逸材はそうそういるものではない。何かの運動をしていれば、常に優勝候補であろう。だが、生まれた環境条件の悪さに埋もれ続けて十五年。わたしが見出さなければ、未だに……」

 ドラゴンが潜んで拳を握る。

「君たちもそんな高等な能力を潜めていたのだ。その証として、各セクションのリーダーとなっているわけだ。トランザーは作戦コンピュータ管理集団リーダー。タートルは格闘技実践訓練集団リーダー。ドラゴンはそんな君たち全体をまとめるメインリーダーだ」

「ハイ、御流伝マター様」

 キョーツケ最敬礼するドラゴン。

「今日はもういい。休んで、明日からまた、リッパーを探すのだ」

 画面から消えるゴールデンマターの姿。

「じゃあ、解散!」

 ドラゴンが右手を横に振って、指示を出す。

 トランザーとタートルが胸を張るキョーツケをして、感知式自動ドアを出て行く。

 ドラゴンが、モニターにまだ映っている都内各所の映像をくまなく見て、「リッパー。俺との勝負忘れるなよ」と、呟く。


 都心にあっても……空き地が目立つ地に、中層階マンションが建っている。駐車場には黒っぽい大型トラック。


 ワンルームマンションの一室。中間照明の女子さながらなリビングで、部屋着姿のトランザーこと、赤井朱雀がカップを持ってきて、テーブルに置く。その色からしてコーヒーと思われる。

 リビング外のベランダに出た朱雀は、両腕を上げて伸びをする。手摺に手を添えて遠くを見る。

「もー、リッパーったら……行くのなら私も連れて行ってよね」と、心の声が駄々洩れ状態も知らずして臨める景色は、外界に広がる東京タワーを中心とした東京湾の夜景だ。


 一方。個別の一室で――明かりを消した部屋のソファに寝転んで、テレビを見ているタートルこと黒亀卓。近代戦争映画のタイトル名『キカンボー』を放映している。横になっている黒亀の瞼(まぶた)に鳩でも止まったように……ゆっくりと、徐々に、閉じて、寝息を奏でだす……。


 そして、ドラゴンの部屋。ドラゴンこと青瀧翔が上半身裸の下半身にトレーニングウエア―の格好で、パイプで組まれたトレーニング機材で体を鍛えている。両足首を上部パイプにかけて……逆さにぶら下がり……上体を上げ下げして腹筋を汗だくでする青瀧翔。

 止めて、垂れ下がったままで腕を組む青瀧翔――物思いにふける。

(リッパーの奴!)

 勝手に出た感のある舌打ちをチッとして……パッと目を見開いたとたんに、すッと宙返りして降りて、テーブルの上のスポーツドリンクを、キャップを外して飲む。


 マンションを照らす、満月の明かり。下界の都会にも稀に見られる農業生産地帯。


 そのころ、リッパーこと白虎猛が……米倉家八畳間に、敷かれた布団で寝入っている。


 孤島――NEWLANDのリゾートホテル。十基の風車と広範囲のソーラーパネルの地。


 煌々とした満月は、どんな者にも優しい輝きを届けている……。



   6


 翌朝――ご近所と言っても家々の敷地が広く。お隣が推定距離百メートルはある……五月(さつき)晴(ば)れの青い空でそよ風に戦ぐコイノボリが数組見える。

 米倉家の庭にはそんなポール跡すらなく、納屋の軒下に軽トラックと白い単車が止めてある。母屋の廊下や玄関の戸は思いっきり開いている。

 ……後ろに見える農業用ビニールハウス(以降、ハウス)へと連絡している納屋と間の畦道。

『米倉農園』の看板がかかるビニールハウスの中で、イチゴを摘む白虎猛。もう慣れたもので、素早く赤く実ったイチゴを矢継ぎ早に摘んで、摘み箱に置いていく。

 その様子を自分たちのペースでイチゴを摘みつつ……見ている米倉夫婦。

「もうすっかり慣れて」

「ああ、昨日の今日ですっかいりだ」

「やはり若いっていいですね、貴方」

「ああ、順応性が違う。しかも猛の奴は群を抜いて高いんだ」

 目を細めて笑いあう米倉夫婦。

 上段においた摘み箱がいっぱいになって、レールに乗った台車を押して、間口へと行く白虎猛。台車の下段にもいっぱいの摘み箱が五個ある。

「こっちは終わったぜ。これ、車に入れたら、こっちやっていいか? オヤッさん」

 ハウスを出ようと歩く白虎に……。

「おお、ご苦労さん、猛」

「今日はここまでよ、猛ちゃん」

 白虎猛に続いてハウスを出る米倉夫婦。


 ハウス間口の戸が開いた前に、軽ワゴン車がトランクのハッチドアを開けて止まっている。中には……もうすでに収穫を終えた摘み箱の形式を利用して二段に積まれ乗っている。

「……」懸命がために一見ムスッとした顔つきになってしまっている白虎猛が、軽ワゴン車の後部シートの無いトランクにイチゴの摘み箱を入れる。が、その心境は、味わったことのない……人を殺める皇后以外の充実感が勝手に、芽生え始めてもいるようだ。他人のオッサン、オバサンの言いなりになり素直に応じ、制度アップしてしまっていることが、その証だ。

「よし、荷台はこれでいっぱいだ」

「ああ、これ以上は摘まないんだ」

「どうしてだ、オヤッさん」

「ああ、俺たちの力量を超えてしまう」

「そうそう程々でいいんですよ、猛ちゃん」

「そうか、段とかつければもっと入るぜ」

「ああ、だがな。お前さんは若いからまだまだ動けるだろうが、俺たちゃもう」

「それに、これからまだやることがあるのよ」

「やること?」

「そうよ。摘んだイチゴをね、集荷場に運んでね。イチゴ生産者部会のみんなと出荷用にパック詰めと箱詰めするのよ」

「集荷棒、箱詰め……出荷? か!」

「軽ワゴンは二人乗りだから、猛はここまでだな」

「うん、部屋でゆっくりしているといいわ」

「ああ、だが、俺も……。それに、他人だぜ、俺」

「そう気張りなさんな。行く当てでもあるのか? ここにいればいいさ」

「ここ? いって? いいのか、オヤッさん」

「そうですね。どうせ私達夫婦で、部屋を余しているし」

「……」対応に困る白虎猛。無条件の親切など受けたことがなく、戸惑って言葉が出てこない。表情も強張って、一見睨みを利かせたような顔になるが。

 米倉夫婦が顔色一つ変えずに平然と続ける。

「どうだ。当面ここに住まんか?」

「うん。私も賛成よ、猛ちゃん」

「……」

「農園を今朝のように手伝ってくれれば宿代なしでいい」

「三食つけるわ」

「それと、薬散(やくさん)(農薬散布の略称)とかの作業に手、貸してくれる条件で、手間賃も出す。どうだ。住まんか」

「手間賃?」と、微妙に首を傾げる白虎猛。

「バイト代ね」と、微笑む好子。

「ようは、ギャラか?」

「どうだ、猛!」

「うん。うん。そうして。猛ちゃんさえ、ですけれど」

「ああ。いいぜ、オヤッさん。好子ちゃん」

 見詰め合って笑いあう夫婦。

「でも、いいいのか? こんな俺を、そんな親切にしてくれて。何か? 裏、有るんか?」

「いいやないよ。猛がなんとなく気に入ってな」

「そう。鎮守様で倒れていた時に。気を失う寸前に見た貴方の目は優しかったわ」

「俺たちゃ眼力だけは確かだ。な、母さん」

「うん。人を見る目は確かよ、この人も私も」

「……(半信半疑の顔が一変して明るくなって)ああ、じゃあ、世話になってやるぜ、オヤッさん、好子ちゃん。よろしくな」

 そうとは自らも気づけず満面に微笑んだ白虎猛の目に涙さえ滲む……。

「さあ、猛の部屋、案内するか」

 白虎猛の肩にポンと手を叩いて、背を押すように回し米倉一郎と家に行く様子はまるで親子。二人の後を、やさしく笑って歩く好子。

「二階の遥の部屋を……」

「え、遥って、女か?」

「大丈夫。もうすっかり整理されて何もない部屋になっているから」

 母屋と納屋の隙間を通って行って、母屋の方へと行く三人の後ろ姿。

「ああ、そういえば、早く集荷場とかは、行かなくていいんか?」

「ああ、そんなの遅れればいい」

「そうよ、みんな、そんな小さなことで文句言わないから」

「衣食住。人命第一さ。な、猛」

「ああ……(がとう)」と、言ったことが記憶にない……白虎猛の目にも涙が溢れ出て、「なんで?」と手で拭いもせずに時頼天を仰ぐ。


 米倉夫婦に案内された部屋は、その家の二階の元、米倉遥の部屋で、畳の間でいえば六畳分床の洋間。日差し射す位置関係から見ればバルコニーがある窓が南で、小窓が西。東側は隣の部屋との壁で、北側にドアとクローゼット。西窓下にマットレスのみのベッド。

 ……眺めた白虎猛が夫婦を見る。

「なんも、ほんと―、ないな」

「じゃあ、俺たちゃ行くから」

「行くって?」考える白虎猛がすぐさまハッとして、「ああ、集荷場とかか」

「うん、そう。じゃあ、行って来るね、猛ちゃん。ゆっくりしてていいからね」

「ああ……(有難うなど、建前上でも言ったこともなく、そんな言葉すら記憶の片隅に追いやられてしまっている白虎猛は、ただこの場も口をパクパクするのみで、言葉が出てこなかったのだが)……」

 ただ無情感漂う笑顔と潤んだ目を向けているのみの白虎猛に、米倉夫婦は無言の信頼を置いて出かけていく。

「フー」と、息を吐き。自ら体を回転させ倒れ込む白虎猛。ベッドに寝転んだ視線の先の白い化粧板の天井をなんとなく眺める……。


   白虎猛の――ばーちゃん子ストーリー


   その一

 幼稚園で、庭で遊ぶ園児たち……花壇縁の玉石をどかしてダンゴムシをかわいがる五歳児の猛に、男の子ら集団が来て、「キモイ」とバケツの水をぶっかけて、行く。

 ずぶ濡れの猛――ダッシュしてぶっかけた男の子の背にドロップキックして、倒れた瞬間に馬乗りになって、顔をボッコボコに殴る。猛の拳にも血が滲む……。

 他の女の子園児が女の先生を連れて来るが、先生は見たままの状況で判断し、猛を叱る。

「君はどうしてここまでするの? お友達にここまでするって、異常よ。謝りなさい」

「あっちが、先に……」

「言い訳はいいです。怪我させた事実を言っているんです、先生は」

「水、ぶっかけるはいいのかよ」

「ああ、血が、手当てします。中に」と、鼻血を出している園児男子を起こす先生。

 猛も行こうとする。

「君はそのままでいなさい」

 口をもごもごして、先生を睨んだまま言い返せないでいるずぶ濡れのままの五歳児の猛。「ハックション!」


 その日の午後――園の門に、お迎えバスが来る……園児たちが先生の手を借りて乗る。が、猛に手を貸さずそっぽ向く先生。バスに乗らずに道を走っていく五歳児の猛……。


 猛とばーちゃんの家の近所――公園の前余地に幼稚園バスが止まる。お迎えに来た身内に連れられて帰る園児たち……。

 猛のばーちゃんが来て、キョロキョロとして、バスに近づく。先生が乗って、締まりそうになるバスのドア。

 ばーちゃんが駆け寄って、訊ねる。

「ああ、先生。孫は」

「いません。どこかに駆けて行きましたよ」

「ええ……」と、腰を引いて驚くばーちゃんに、先生が付け加える。

「手に負えません。問題児で」

「それでーうちの孫は……先生」

「さあ、知りません。そのうちお腹すかせて帰って来るのでは、失礼します」

 先生が猛のばーちゃんに告げると、幼稚園バスがドアを閉めて行ってしまう。

 縋るような目で去っていくバスを見るばーちゃん。


   その二

 病院の分娩室――ばーちゃんと、カジュアル服の男性が立ち合いで見守られる中、分娩台の女性が息んでいる……。

 ピッピとアラートが鳴る。

 先生が『立会室』に出て来て、告げる。

「奥さん……難産です。危険です。胎児と奥さんの何方を……」

 呆然とする男性の、背中を擦るばーちゃん。


   その三(フラッシュバック的に)

 平屋の一軒家――新築の家の庭に止まるスポーツカー。運転席からカレシ(以後、男性)が出て、助手席に回ってドアを開ける。恥じらいのある笑顔で出るカノジョ(以後、女性)が……寄り添いながら家に入る。長ネギがはみ出る買い物籠を、腕にかけて帰宅するばーちゃん。


 平屋の一軒家――庭に止まっているスポーツカー。玄関から男性が出て、乗り込んで、エンジンをかける。続いて玄関からばーちゃんに付き添われた妊婦が出て来て……出かける車を、見送るばーちゃん。


 平屋の一軒家――庭に止まるスポーツカー。 喪服のばーちゃんと男性が降りて、家に入る。


 平屋の一軒家――庭に止まるスポーツカー。男性が玄関に入る。あとからお包みを抱えたばーちゃんが玄関に入る。


 平屋の一軒家――トタン屋根の塗装が剥がれ、外壁が一部朽ちている。庭に止まったスポーツカー。

 その夜――玄関から派手目の女性と男性が出て来て、スポーツカーに乗る。

「おおい! どこ行くのぉ! 猛はどうするんだい」と、声を上げてばーちゃんが出てくる。無視して行ってしまうスポーツカー。

 ――部屋の中で、布団に入って寝ている二歳児の猛。

 ばたばたとした足音と、玄関を激しく開けた音と、ばーちゃんの大声で、完全目を覚ます二歳児の猛。ばーちゃんが来て、猛を見る。

「ばーちゃん。とーちゃんは……」

「ああ。いいんだ。ばーちゃんがいるからね」

 と、猛をトントンと寝かしつけるばーちゃんの手。瞼(まぶた)を閉じる二歳児の猛……。


   その四

 小学校の校庭――体育着の児童たち。顧問の先生が鉄棒で逆上がりして、指導する。並んで順番に逆上がりする児童。体育座りする中に十歳児童の猛。

 猛、おもむろに立って、もっと丈のある鉄棒に行って、その場ジャンプして掴む。

「こら。そんなことしろと言った覚えはないぞ。列に戻りなさい」と、先生が注意する。

 猛、聞くともなく掴んだまま、振り子のように体を揺らし始めて……逆上がりして、鉄棒に腹部を乗せて、勢いをつけて前回りの大回転をいきなり始める。

 目を剥く先生が口を開けて見ているが。

「こおらそんなこと出来ても。いや、危険です。他の児童の目もあります。やめなさい」

 大回転中の猛が頂点で爪先がピーンと伸びたタイミングで、もう一回転途中で手を離して、宙返り……砂場に十点満点の着地をする。

 見ていた他の児童らが「すげー」と声も上がって、やいのやいのしている。

「ねえ、先生ってできますか? 今の」

 先生が下唇を上唇で噛んで、口角を歪める。

「だれが、そんなことを、しろと」と、睨んだ顔で猛に近づく。

 不思議そうに首を傾げる猛。

「いいから、貴方はそこで見学していなさい」と、猛の肩を掴んで、引っ張って、砂場枠の遠い位置に連れて行く。座ろうとする猛に、「立ってろ!」と、先生がきつい口を利く。

 チャイムが鳴る。

「では、休み時間などを利用して、次までに逆上がりを練習しておくように」

 体育座りしていた児童が立って、校舎に向かう。立ち尽くす猛。先生が見て、無視して他の児童らと行く。

「先生。猛は」

「ああ、あんな生意気は放っておきましょう。それにキチンとした体育着も用意できないご家庭では、躾(しつけ)がなっていないのでしょう」

と、行ってしまう。

 猛がダッシュする!

「わあああああー」と、駆け寄ってジャンプする。先生の背中に飛び蹴りして、着地する。

 前のめりになって倒れる先生が起き上がる。

「こら、この不良めが」

「僕はいいけれど。一生懸命に、お金を用意してくれているばーちゃんに謝れぇ!」

 睨む十歳児童の猛。


 夕方――家の居間で。

 ばーちゃんが土間の台所で沢庵を切る。

 猛が居間で、クタクタのランドセルから折じわのあるノートと教科書を出して勉強する。

「宿題終わったら、せい風呂入っちゃいな」

「ばーちゃん、なんで俺が悪いんだ。貧乏だからか」

「怒るのはいいけれど、もう大きくなたんだ、蹴るのはいかんな」

「分かった。ばーちゃん」

 頷いた猛が、勉強道具をランドセルに仕舞って、土間に下りる。サンダルを履いて、先のガラス戸に入ると。ジャバ―とお湯の溢れ零れる音がする。「熱っ!」

「うちは井戸水だから。熱ければうめなー。水だけはいっぱい使ってもいいんだよ。猛」

 ガラス戸を見ていたばーちゃんが、輪切りにした沢庵を皿によそる。


   その五

 そんな育ての親のばーちゃんも老いには勝てず……パートも体力的に続けられずに、国民年金では生きるのにギリギリで。保護制度の意味すら疎く。義務教育課程を続けざるを得ない猛も中学生となり、学費が加算する。

 一方の猛は、中学校でも多少のいざこざはあったものの……大好きなばーちゃんの手前我慢の日々を過ごす……。が、「くそ!」と、誰もいなくなった放課後の校庭で、それなりに育った桜の幹に思いっきりパンチすると、亀裂が入る……別の日にパンチする青年猛。桜の木がへし折れる。まあ、イラつくたびに、幾度一撃パンチを浴びさせてきたことか? その回数を本人の記憶にもカウントしきれてはいないほどだが……。


 そんな折り――中学卒業を迎えた十五歳の青年猛であったが、医者にも行けなくなった祖母が……他界する。

 現場確認に家に入った警察に、継接(つぎは)ぎ学ランの猛が言われる。

「君、一人か」

「ん」

「ま、医者と鑑識の言うように、自然死だな」

「ん」

「どうして、医者に行かせなかったんだい」

 十五の猛に警官が詰め寄る。

「俺の、養護、教育費が加算して……」

「そうか……保護制度も知らずか……」

「米倉警部。大鳳さんが御呼びです」と、警官が来て敬礼する。

 傍らで熱き視線を注ぐスーツ姿の若き大鳳金一に、若き米倉一郎警部が近寄る。

 視線を落とした猛の目に、白い布を被されたばーちゃんが写る。

「ばーちゃん」

 唖然とした顔をして、立っている以外の力を脱力して、悶々(もんもん)とした心境の顔をして、奇声を上げて家を飛び出し走り行く青年猛。


「ううううおおおおお……」


 現在。米倉家の部屋――ベッドで転寝する白虎猛がハッとした顔で目を開けて、起き上がる。ベッドの縁に座り直して、見るともなくで、下を見る。

「え? 誰?」と、女の声がして、開いたドアから姿を見せる米倉遥。

 ぼーっとした顔が一変して強張る白虎猛。

「ねえ、誰? 家宅侵入犯?」と、戸口で格闘用に構える米倉遥。

 対して、機敏に飛び起きて、対峙して構える白虎猛。

「俺は、オヤッさんらに」

「え、オヤッさんって?」

「ああ、オヤッさんと、好子ちゃんだ」

「……」と、首を傾げて下を見る米倉遥。「好子、ちゃん!」

 戦いの意志有と判断された状態では、咄嗟に攻撃することを九年間に渡って刷り込まれている白虎猛。

 一方の米倉遥は、警視庁のトップキャリア道(どう)を極め持った警部補だ。首を傾げた際に一瞬だけ猛から目を逸らす遥。

 戦士道を極まったリッパーこと白虎猛は、隙ありとみて、動く。

 サウスポースタイルの――右ジャブを繰り出し、瞬時に避ける米倉遥に、左パンチ。ダッキングして避けた遥が下から突き上げる右アッパーカットを放つ。が、見切った白虎猛が紙一重で避けて右フック! 米倉遥が合わせて……左カウンターパンチを繰り出す。頬にヒット寸前で、右手で米倉遥の放ったパンチを受けて、体勢を低くして、足払いに転ずる白虎猛……気づくも一瞬遅く。足払いを受けて倒れ込む米倉遥が、白虎猛の胴を掴んで、同時に倒れ込む。

 ……白虎猛が仰向けで、米倉遥が伏せた四つん這い状態で重なる二人……。必然的にもその視線は目深に向き合う。

「強いな、アンタ」

「そっちも、只者じゃないわね」

「まあな」

「っで、どうしたいの、アタシを」

「さー」

 接近する二つの顔。

「アタシを倒せる男って、滅多、いないし」

 二つの唇が……脱着寸前となった時!

「遥あーちゃーん、帰っているの」

 下から好子の声がする。

「もうーいあやだ、変な気分にさせないでよ」と四つん這いに突っ張った脚をゆっくりと……白虎猛の腰脇に膝で立って、その胸を右手で押して立つ米倉遥。

「変なって? どんな気分なんだ?」と仰向け状態で、少し腰を浮かせて、背中でジャンプして反動で立とうとするが、白く細い指の右手が伸びて来て、掴むことを選んでしまった白虎猛が、「冷たな。手」と、握って起き上がる。戸口に立っている米倉遥が照れを隠す。

「ふふっ!」と含み笑った米倉遥が、小刻みに震える白虎猛の頬に顔を近づけて、「ね、もしかして経験なし? セックスの」と含み笑いを残してすぐそこの階段を下りていく。

「……」と、恋愛たる情に、全くを持って疎い白虎猛の視界に、途中の閉まった部屋のドアに『飛鳥の部屋』の表記がある。

(姉妹か?)と流石に理解できて、脳裏に浮かべつつ……階段を降りる白虎猛の背中。


 米倉家二階の部屋のベッドの上で天井を見るともなくな感じで見つめて寝転んでいる白虎猛……が目を閉じる。南の窓からの日差しが何時の間にか強くなっている!



   7


 米倉家の居間――八畳畳の間に大きめなテーブルがあり。米倉一郎と米倉遥が斜向かい座っている。対面の一郎から少しずれて、テーブル角に座っている白虎猛が、前にいる遥を視界の片隅に追いやって、外を眺める。

「だあって、知らない男があたしの部屋で寝ているんだもん」と、驚きを笑顔で言う遥。

 戸口から顔を出して、米倉好子が口を挟む。

「だって、遥ちゃんが帰って来るなんて」

「いいでしょ。実家だし。アポなしでも」

「どうした。難航しているのか? 何らかの事件が。遥」

 白虎猛が朧(おぼろ)げに一郎を見て、遥を見る。

「ん、実は……(白虎を見て、口籠り)ああ、あとでね、父さん」と遥が左を見ると見ていた白虎猛と目が合う。

 一瞬だけ白虎猛と見詰め合って、遥が目を逸らして一郎を見る。

「ああ、平気だ。猛はもうこの家の一員だ。俺たちゃそう決めているんだ、猛さえだがな」

 勝ち誇ったかのようにニヤける白虎猛。

「ええ、どうして? いつからこの家に?」

 遥を見ていた白虎猛が、好子を見る。

「昨日よ。遥ちゃん」

 また遥を見る白虎猛。

「ええ、昨日って! お人よし夫婦にもほどっていうものが……」

 眉を動かして眉間に力を込める白虎猛。

「猛ちゃんって、コーヒー飲めるの」と、四つのカップを盆で運んできた好子が聞く。

「ああ。好子ちゃん。毒以外はなんでも……」と、カップを啜って……親指を立てる白虎猛。

「そんなことすらまだわからない、どこの馬の骨とも知らない男を……」

 遥を見て、口角を左右に動かす白虎猛。

「でもね、遥ちゃん。猛ちゃんの目もアンタらと一緒で、優しいのよ」

 ……小刻みに頷く白虎猛が、一郎を見る。

「ああ、母さんの言うように。俺たちゃ眼力(がんりき)を信じる。合致した思いは、もう信頼しかないよ、遥」

 鼻の下を伸ばして横目で遥を見る白虎猛。

「ああ。まあ。そういうことなら……」と、しぶしぶと納得する頷きの遥が、上体を逸らして遠巻きに……白虎猛をまじまじと見る。

「ねえ、さっきから、黙ってないで、アンタも何か主張してよね」と、些かイラついた顔つきで言う遥。

 顔を横に振って、「主張って、どうすればいいんだ?」と、両手を広げて肩を竦(すく)める白虎猛。

「もー」と、微笑んで外を見る遥。

「あら、遥ちゃんって……」と、好子が若干身を引いて、細めた目で遥を見る。

「ええ、あー、いやあだ。そんなこと、ふふっ」と、愛想笑いが出る遥。

 白虎猛が好子と遥を見て、首を傾げる。

「そうなのね。やっぱり、遥ちゃんったら」

 白虎猛が細めた目で顔を若干前に出す。

「女の大先輩の、母さんには叶わないな」

 遥と好子が見合って笑いあう。

 傍らの、一郎と白虎猛が銘々に首を傾げる。

 特に、24歳にして人の情たる感覚が無に等しい白虎猛がはっきりとした言動をとれるのは、出されたコーヒーを啜るのみだ。


 ――開けっ放しのサッシ戸から、大きな庭石の前に止まっているペパーミントグリーンのミニクーパー車の上に、ご近所の一本の竿についた四匹のコイノボリが風に吹かれて戦いでいるのが見える――


 白虎猛が初めに寝かされていた畳の間入口の襖の上に、掛け時計がある。あと三目盛り進むと短針と長針が天辺で重なり合う時刻。

「あら、もうこんな時間。猛ちゃんって、食べ物で好き嫌いありますか」と、立つ好子。

「ああ、いいや。大丈夫。好子ちゃん」

 立つ一郎。

 不思議そうな顔で見る白虎猛。

「でね、父さん。さっきの話」

 座る一郎。

 首を傾ける白虎猛。

 振り向いて好子が頷く。

「猛ちゃん、お料理に興味ある?」

「料理? 食うのか」

「作るのよ、猛ちゃん。手伝って」

 白虎猛が、頷いて、即座に立ち上がって好子の後を擦りガラス戸が開いたままの戸口(台所)へと行く。

「作る? 農園に行くのか?」

 好子と白虎猛のやり取りの様子を見ていた遥がクスッと笑って、一郎を見て口火を切る。

「ねえ、知っているでしょ。日比谷公園の事件の概要はもうニュースになっているし」

「ああ、昨夜、テレビでもやっていたニュース映像の現場に、警視庁のパトロールカーも映ったしな」

「でね、父さん。アタシたちが現場に……」

 遥がこれまでの捜査経緯を父一郎に話す。


 前日の朝――都心タワービルの狭間の広場に、武装した警察機動隊やスーツを着たSPバッジをカフスにつけた男女が殺されている現場で、リクルート風スーツ姿の女性の亡骸を調べる鑑識員。

 特別組織犯罪対策部第七課の米倉遥ら四人が現場に二台の車(覆面車)で来て、それぞれ状況確認し、一カ所に集まって話す。またそれぞれに現場を見て回る。


「……庶民の通報により駆け付けた時にはもう戦場と言っていいような無残な現場になっていたの……」と、居間で話す米倉遥の声。


 また集まって話し合う米倉遥と第七課の面々。近藤係長が懐からスマホを出して、耳に当ててお辞儀する。

 乗ってきた覆面車など警察関係車両がある『KEEPOUT』の囲みの外に、駆け付けた報道陣営がいつの間にかできて、各社のカメラが現場に向いて、マイク片手に話す女性レポーターが「何かとんでもない惨劇があったと思われます、現場で御座います。台場日本ティビーの尾島桃子でした」と中継世カメラに向かって話して、お辞儀する。


「検証内容は防げても、現場が現場だっただけに、報道陣にも事件性はバレバレで概況は報じられてしまったわ」と、居間で話す米倉遥の声。


 現場でスマホを仕舞って手で合図を送る近藤係長に、従って覆面車に乗り合う米倉遥と他のメンバー。真一文字に半分に断ち切られている機動隊の有する盾や、『COC30』の血塗れ看板を回収する作業班職員らの姿。


「遥の所属する特別課は、組織犯罪専門なんだろ」と返す、家の居間の米倉一郎の声。


 警視庁の前の道を来る紺と白の二台の覆面車。米倉遥ら第七課メンバーが乗っているのがフロントガラスから窺える。


「ん。然も初動捜査段階までで捜査一課からの情報が途絶えてしまって」と、米倉遥の声。


 四面の壁に窓がない会議室で、警察トップのお歴々が会議用テーブルに募っている。

「また、この一件は暗礁の方向に導きましょう。副総官」と、警視長階級章の男。

 副総官と呼ばれた大鳳銀次が大きく頷く。

「どうせ、世間に名を上げたいがための偽善者女だ。ようやくこの国の財政難が解消されつつある中で、エコ活動とはいえ、エゴに税金が減ると、お兄様の金一先生が仰っていました。それに、善悪が二分する混乱ごとになる」と、警視正階級章の男。

 副総官の大鳳銀次が大きく頷く。

「ゴールデンマターにお任せですな」と、警視階級章の男。

 大鳳銀次と他のお歴々が頷く。

「毒には猛毒(もうどく)が不可欠だな、諸君」と、大鳳銀次の助言に、他のお歴々が頷いて拍手する。

「では、副総官。ここはまた第七課で、適当に。捜査したという世間体への建前としましょう」と、警視階級の男。

 含み笑いする大鳳銀次と含むお歴々。


 米倉家の居間――米倉遥と米倉一郎が話す。

「まあそういった内部の事情はさておいて、初動捜査状況と第七課の見立てと、遥の見立てはどうなんだ」と、一郎が聞く。

「それがね、パパ」

「欧米カブレか!」

「父さん」と、言い直した米倉遥が、脳裏の引き出しビジョンを説明する。


 特別組織犯罪対策部第七課のデカ部屋――アルファベットのUの字型の机に四つのパソコンと四つの椅子。田中真里が入って来て、突端のパソコン前に座る。加藤次郎が来て斜向かいにパソコン前に座る。

 米倉遥がハンカチをしまいつつ……入って来て、真里の右横に座る。

 三人が、それぞれにパソコンに捜査報告を書き込む。『日比谷公園内広場、大量殺人現場初動捜査』のタイトルは一緒でそれぞれが掴んだ状況報告を書く。

 近藤係長が入って来て、真ん中のパソコン前に来て「今、管理官(警視)の指示が出た。この一件の捜査は、この第七課独自で隠密に進めることとなった。各自、心して取り掛かってくれたまえ」と、座る。真里が頷く。

「え、絶対大がかりな案件を、この課のみでですか、係長」と、米倉遥がすかさずツッコむ。

「それに関しては、俺も、お偉い後輩さんと同意見ですよ、近藤係長」と、米倉遥をニヤッとした顔で見る加藤次郎。

「良からぬ上の事情がらみとか?」と、鋭い田中真里。

 米倉遥も加藤も頷いて、近藤係長を見る。

「ま、あれだ。兎に角、上層部の決定事項に則って捜査するのがわたしらの仕事だ、諸君」

 腕を胸の前に組んで顔を歪めて悩む米倉遥。

 真里が遥の顔を覗き込んで、不思議がる。

「あ!」と、パンと手を叩いた米倉遥が立って、「係長。お出かけしてきます」と言い残して、部屋を出て行く。

「ああ、先輩。アタシも……」と、ついて行こうとする真里に、米倉遥が振り向いて「ああ、いい。プライベートもあるし」と手を振って行ってしまう。部屋内の時計九時三十分。


 米倉家――台所のガラス戸から居間のテーブル角が見える。

「元敏腕デカさんのお知恵をおば拝借と!」

米倉遥と話す声が聞こえている台所では……コンロの上の大鍋に湯が沸いている。中に白虎猛が四つの塊の乾麺を入れる。

 傍らで、米倉好子が四つ並べた粉末スープの素の入った丼に、沸いた湯を柄杓(ひしゃく)で取って……銘々の丼に注ぐ。大皿に、四人前のチャーシューやメンマなどの具材がある。

 白虎猛が、湯切り網で解れた面を救って、シンクで振って……丼に入れていく……。

「でね、父さん。アタシは何らかのあぶない組織が絡んでいるように思えているのよ」と、引き続き話す米倉遥の声。


 国道246号線の表参道交差点の赤信号で渋谷方面に向かって止まるペパーミントグリーンのミニクーパー。運転する米倉遥がフロントガラスから見える。


「あぶないって、このところ数年にわたって浮上した、過剰偽善者らを、狙って殺しているという……」と、家の居間の米倉一郎の声。


 米倉遥が実家に来る経緯(けいい)――国道246号線の地下の道を行くグリーンのミニクーパー。

 地上では、スクランブル交差点の街頭テレビのニュース映像――アナウンサーが「今回の事件については、報道規制がかかっており、詳細なことは公になっておりません。しかし、我が局では、これに似た過去の事件を見つけて検証したところ、同一と思われ……それらの事件も未だ未解決の模様です。尚……」と、話している。

 その地下国道を通過する遥のミニクーパー。


「ん。でね、父さん。アタシが掴んだ話では、その対策チームとして第七課が出来たとか? あくまでも都市伝説的話でもあるんだけれどね」と、薄ら掴んではいる事情を疑う米倉遥。


 米倉家の庭――玄関と縁側がガラッと空いている。庭に、米倉遥が運転するペパーミントグリーンのミニクーパーが来て、止まる。

 降りた米倉遥が、玄関を入って、靴を脱いで敷居続きの吹き抜け廊下に上がっていく。

「たっだいまあ……って、やっぱ、いないか」と、吹き抜け廊下の階段を上がる遥。

「田舎感あっても、一応東京だし。あけっぴろっげっていうのは……」と、こぼした言葉を止めて耳を立てる遥。

「zuu……zuu」と、寝息らしき音が聞こえて、抜き足で階段をゆっくりと上がる遥。

「え? 誰?」と、上がった二階の角に見えなくなった遥の声がして、何らかの物音が立って、激しいやり合う争いの気合の声と物音が機敏に続いて、ドタッと大きな音がして、静まり返る。

 その――居間の掛け時計、十一時三十分。


 米倉好子が玄関を入って、上に向かって声をかける。「遥あーちゃーん、帰っているの」

 好子の後ろから米倉一郎が来て、靴を脱いでとっとと上がる。

 玄関から見える庭に、ペパーミントグリーンの物体の向こうに、米倉農園の軽ワゴン車が止まっている。ペパーミントな屋根の上に見えるご近所の一本の竿についたコイノボリが垂れ下がっている。


 今、正午の時分――畳八畳の居間で。大きなテーブルの斜向かいに座って親子談義している一郎と遥……。一郎がもう飲み干しているカップを手遊びしている。遥が両肘を…板について両手に顎を乗せて話している。

「はい、できましたよ」と、好子の声がして、台吹きを持ってきてテーブルを拭き始める。テーブルに手や肘をつけて話に夢中になっていた遥と一郎が、自然と身をよける。昼食を運んでくる白虎猛。持っている盆に、後乗せ具材、onのインスタントラーメン四人前。

「ええ、ラーメン。母さん」と、遥が愚痴る。

「ええ、だって、いきなり増えたし。即席ラーメンが簡単だし。ねえ、猛ちゃん」

「ああ。俺でも作れたぜ」と、トレーを置いてVサインを出す白虎猛。

「そんなの誰だって作れるし」と、遥。

「ええ、そうなんか? 四人前だと何分とか規定があるんだぜ」と、白虎猛。

「そういうのも、大たいでいいのよ。まあ、正確に作ると一番おいしいっていうのがメーカーの言い草だしね」

「……」負けず嫌いトークの一方ぶりにタジタジで挟む言葉も出ずの白虎猛は、ただただ黙った状態でいるしかなかった。

 遥の顔を覗き込むように微笑んだ好子が立ち膝で銘々の箸をおく。「さ、のびちゃうわよ」

 一郎が食べ始める。好子が面を箸で摘まんで、フーと吹く。

 白虎猛が食べる三人の様子を窺っている。

 米倉遥が箸で面を掴んで、「何?」と白虎猛を見て、「伸びるよ」と微笑んで、食べる。

 気にも留めず見ていた白虎猛が、三人の食べ方を参考に面を掴んで啜る。

「アツッ」と、発しながらも食べる白虎猛を見ていた……遥がクスッと笑う。

「ねえ、アンタって、猫舌?」

「ん? 猫舌って、なんだ。旨いのか」

「何だって、なに?」

「猫舌っていう意味、分かんねえ」

「え! 猫は熱いものを食べられないので、熱い飲食を苦手な人に、言う言葉よ」

「ふうん、そうなんだ」

「ねえ、アンタって、ほんと、何者?」

 眉間に皺を寄せて、遥を見る白虎猛。

「成りや動きは群を抜いているくせに、一般常識教養はまるで子供……(首を横に振って)うんう、赤ちゃんよね」と、面を啜る遥。

「わりいのか? 人が煩(わずら)わしいだけだ」

「でも、かかわらないわけには……」

「でも、オヤッさんと好子ちゃんは、別だ」

 米倉家族の三人が見合って……吹き出し笑って大笑いする。

 三人を、不思議そうな顔で見る白虎猛。



   8


 川崎港――東京湾に浮かんだコンテナ倉庫の地。空の青が写る海に向かって幾つものクレーンが立ち並び、大きく区分けした沢山のコンテナが積み重なって並んでいる。その一角の幾つものコンテナがまとまってあるところに、『G(ジー)Ⅿ(エム)F(エフ)』表示のコンテナの扉があり、そばに艶消しの黒っぽい大型トラックが止まっている。


 暗室のブリーフィングルーム。コンピュータ完備の部屋は暗躍組織――ゴールデンマターファミリーズ(GⅯF)のアジトの一室で、浮遊モニターにシルエットで映ったゴールデンマター(大鳳金一)が話す……。

「四(し)獣柱(じゅうはしら)諸君。偽善者ぶった成り上がりの女、高峰高子の一件はご苦労であった……」

 テーブルに座って、コンピュータを使う朱色のコスチューム、トランザー(赤井朱雀)がモニターを見てスカシ笑いする。

「……高峰高子氏は、マスコミが視聴稼ぎにでっち上げた主張好きのアラサー女で、CO2削減、温暖化対策のテーマを武器に……」

 黒地に金ラインで玄(げん)武(ぶ)の柄コスチュームのタートル(黒亀卓)が胸の前で腕を組んで、モニターを見ている。

「……単なる好感度を上げたがり女だった」

 紫がかったコスチュームのドラゴン(青瀧翔)が入って来て、「マター様」と、両足を揃える最敬礼をして、モニターの前に立つ。

「我々組織の当面の主張目的は、温暖化問題を出汁に、偽善者エセ連中を潰すこと。現代人類が掲げている温暖化対策は矛盾だらけで、これまで化石燃料に携わってきた多くの個人経営者に至るまでの今後の生活問題もままならぬまま、推し進めている。CO2を出さないためには、動植物に至るまで、この惑星から排除することとなる。要するに人間も生物で、酸素と取り入れて二酸化炭素を吐き出す、温暖化貢献人なのだが……」

 トランザーがコクリと頷く。

「……人が人を排除することは、巷の常識上ありえないのだ」

 タートルが腕を組んだまま、ニヤッと笑う。

「……コッコナンチャラ会議がグローバルに開催されてはいるが、そこに出向いていく者たちは皆、飛行機、船、車と、CO2を吐き出さざるを得ない乗り物に乗って募るのだ。決して、この惑星の裏側から、数カ月かけて、徒歩、泳ぎなどの自力で辿り着くものは皆無であろう……」

 ドラゴンが微動だにせず、均等開脚の両手を脇に垂れた姿勢でジイッとモニターのゴールデンマターを見ている。

「……要するに、奴らの言動は矛盾している。善きことを言う女子を神輿化(みこしか)して、好感を上げている様にしか、このわたしには映っていないのだ」

 トランザーが使っているコンピュータモニターに、都内各所の街頭カメラからの映像がスライドで映し出されている……して、映像の中の男っぽいライダーに朱色の枠が囲って、「NO」とコマンドが出て、また街中スライド映像となる……。

「今の先進国はもはや車社会で、この国では、東京二十三区以外の地域では、もはや車は必需品と化しているにもかかわらず、誰もが、影響を与えやすいマスコミ各社も取り上げるのは、高齢者ドライバーの事故のこと。如何にも年寄りは運転するな! てなイメージで」

 ドラゴンが頷く。

「だが、地方の人里離れたような地域に住む高年齢者は、車を使用しないと何処へも好きな時に出かけることは、できはしないのだ。高年齢者を含む住民らに限ったことではないのだが。兎に角、この国に至っても、もはや車は必需品なのだが、未だ贅沢品扱いのままで、自然環境を害する代表格ともなっている」

 タートルがトランザーの弄るコンピュータモニターに一瞬だけ視線を落とす。

「この国で言えば江戸時代、欧米諸国に至っては中世期時代の徒歩、馬車、まあ強いては自転車と……だが、馬車を引く馬もヒヒーンと息を吐けば二酸化炭素を放出する。自転車や馬車を造るにも工業工場は必須。どうあっても、グローバル会議で囁かれているエセ偽善者発言を素直に頷けられる術はもはや、この惑星の先進国、発展途上国には残ってはいないのだ」

 トランザーの前のモニター映像に、白い単車のライダーを囲った朱色の枠が点滅して『HIT』とコマンドが出る。

「この国からすれば、リッチ的に劣(おと)っていそうな部族集落などに至っても、近代化を進めるのは大きなお節介ではと、わたしは思ってやまない。が、それは、今回のミッションとしては二の次にしておく」

 タートルが、トランザーの肩越しに見えるモニターに、視線をまた落とす。

「わたしは、議会で主張発言し。諸君らがわからずやらへの実力行使で目に物を見せる。頭の固い偽善者ぶった好感度気にしーお歴々の議員どもは、のらりくらりで、話にならん。たまに、目覚まし代わりに実戦の発破(はっぱ)をかけてやらねばならんのだ」

 ドラゴンが「はっ!」と、一つ返事する。

「熱弁につき話が長くなったが。今回のミッションターゲットは、高峰高子をのし上げた成り上がり偽善者製造人の、台場日本ティビーテレビ局チーフアナウンサー兼企画プロデューサーの花(はな)瀬(せ)康生(こうせい)、42歳だ。この男の二枚舌性質には反吐が出る。COC30(コッコサーティ)を襲え」

 トランザーが立って、タートルとモニターに正対し、ドラゴンの踵を揃える敬礼に合わせて、姿勢を正す敬礼をする。

「それと、リッパーを探し出せ」

「お言葉ですが、ゴールデンマター様。どうしてリッパーを。奴はもはや逃げ出した裏切り者と認定しても」とドラゴンが反論する。

「いいや、まだ許そう。奴の身体能力の高さには……匹敵する者はもういまい」

 ドラゴンが垂らしていた両手を握る。

「もう一度、この集団意図の洗脳を試みる」

「はっ!」と、踵を揃えて最敬礼をするドラゴン。トランザーとタートルが揃って、ドラゴン同様の敬礼をする。

「うん。親しき中にも礼儀ありだよ、諸君。それで、どうだ、トランザーよ。リッパーの行方は……」

「はい、マター。只今、単車で246を南下したように捉えておりますが、その後に関しましては、街頭カメラが点々としか無く、最後に映し出されたのは、世田谷環八付近で、警察車両に追われて、脇道へと入ったところまでです」と、トランザーが報告する。

「ううん……」と唸るゴールデンマター。

「人工衛星はハックできんのか、トランザー」と、ドラゴンが言う。

「うん、それが、ドラゴンも見たでしょ。トラックに発信機が外されていたのを」

「うん、確かにあったぞ。ドラゴン」と、タートル。

「AI機能搭載ミラクルスーツの発信機は?」

「それも、未だ応答はないわ、ドラゴン」

「まあ、いい。こうなったら、物量作戦だ。ロイド諸君を派遣して、ローラー作戦だ。最終的に確認された世田谷環八通りから入った脇道あたりから聞き込みを」

「ハイ、ゴールデンマター様。エネルギー補給のカースタンド各所を重視いたしましょう」と、提案するドラゴン。

「何故かね、ドラゴン」

「奴の単車エネルギーは、水素ガス燃料です。以前使われていたガソリン同様に、補給の必要があるかと……ゴールデンマター様」

「おおそうだな。流石はドラゴンだ、賢いな」

 トランザーとタートルが明るい表情を浮かべて、頷く。

 ドアが開く。セイタカアワダチソウやその他の雑草柄のコスチュームの女が入ってくる。

「改造蘇生術を終え、先ごろ実働可能となったダーティグラスだ。先に伝えたミッションを諸君らの指示のもとロイドらの指揮を執る」

「ムフッ」と、笑って、ダーティグラスが頭を振ると黄色い粉が舞う。

「うん! 睡眠作用のパウダーか」と、タートルが手払いして拡散するが、若干かかったパウダーに、しばしばしかけた目を擦る。

「即効性があるようね」と、トランザー。

 ドラゴンが上唇で下唇を抑えて、頷く。

 ダーティグラスが、わさわさと全身を動かして笑う。

 モニターに映ったゴールデンマターが続ける。

「今後もミッション指揮官として、訳ありパーソンを生体蘇生術にて、AIを兼ねた同志を募っていくことにする。四獣柱諸君は存分にリッパーを捜してくれたまえ。吉報を」と、モニターに映ったゴールデンマターが消える。

 ドラゴンがダーティグラスに指を差す。

「行け、ダーティグラスよ! 南の孤島のホテルで開催されるCOC30(コッコサーティ)脱CO2削減議定会議を襲うのだ! 見せしめとして、世界の金持ちやお偉いさんの前で我が組織の声明を唱え、局アナ兼企画PD(ピーディ)花瀬康生の抹殺だ。ロイド十体を付ける」

「ムフッ」と、笑ってドアを出て行くダーティグラス。

「なんか、記憶のどこかに覚えのある単車に乗ったヒーローものジミてきていない?」

「まあ、それだけ世知辛いっていうことさ。トランザー」と、タートルが言う。

 ドラゴンの顔に、嫉妬の色が混じっている。

「ようし、待ってろよ。裏切り者リッパーめ!」

 ドアに向かうドラゴン。出入口ドアが開き……トランザーとタートルらと共に行く。

 自動で照明の明かりが薄暗くなるブリーフィングルーム……。



   9


 米倉農園で――ハウス内で薬散(農薬散布)の準備する防護服にゴーグルをつけた米倉一郎と白虎猛。長い特殊ホースが巻き付いたドラムと一体化した二輪車の手押しの電動ポンプ。ハウス横に備えてある五百リットル最多容量の黄色いタンク。中にはもうすでに、薬液が溶け込んだ水が、三百の目盛りまで入っている。

「どうしてダニとかいう虫を殺すんだ? オヤッさん」

「品質を確保するためさ。自然界では自由だが、この中に入ってくると、せっかく育てたイチゴに悪影響を及ぼすんだよ」

「悪影響モノを排除する!」と囁くも、何処か刺さるような鋭さが勝手に浮かび上がっている白虎猛の目。が、当の本人にはもはや、自覚無しの当たり前な感情移入の色だ。

 薬散準備に念を置いていたオヤッさんこと一郎も、流石にその目のことには気づけていない。

「これは俺たち夫婦の生活環境を整えるための、致し方ない害虫防除さ。品質の良いイチゴを各家庭へと生産するのさ。さあ行くぞ猛」

「ああ、害虫は排除!」と声に出すも、(排除は、殺す!)と言った殺戮的洗脳を受け続け、染みついてしまってもいる白虎猛ことリッパー! 顔つきはもはや、ゴールデンマターファミリーズの刺客、リッパーとなっている。

 が、そうとは気がつかぬ一郎が、散布用ポンプのスイッチを入れて……巻き付いている散布ノズルのついたホースを引いて伸ばしながら……イチゴのハウスの中へと入っていく。

「俺の動きに合わせて、このホースの出し入れを調整してくれ。わかる範囲で構わないからな、猛」と防護マスクをする一郎。

「ああ、任せておけ、オヤッさん」

 ベンチ式イチゴ生産用ビニールハウスの中を、農薬散布をはじめる……一郎。

 奥から一郎が来るときに、白虎猛がその足元に余って足に絡みそうなホースを適度に引いて、調整しはじめる……。


 その時分……。

 台場日本ティビーテレビ局自社ビルの横壁に設けてある街頭テレビで、チーフアナウンサー兼企画PD(プロヂューサー)の花瀬康生と、ゲストタレントのマンタ、60歳でも若作り男性が冒頭で会話する。画面片隅に、タイトル『我が国も脱CO2削減進行中』のトリップ。

「COC30(コッコサーティ)議定会議って知っていますか? マンタさん……」

「え、コッコ? コッコって、コッコ、コッコ、コケッコッコー」と鶏の真似をしつつ、笑ってお道化るマンタ。

「いいえ。それは鶏で、わたしが言っているのは惑星環境問題を取り上げている議定会議のことですよ、マンタさん」

「ああ、そっちかー」と、頭を掻くマンタ。

「我が国でのCO2削減目標数値って何パーセントを目標にしているか、わかります? マンタさんは」

「ええと(顎に手を添えて)確か……(上を見て)九十九パーセントで。百はありえないからな」

「え、まあ、それだけ削減できれば理想的ですが、当面の目標数値は四十八パーセントですよ、マンタさん」

「へーそうなんかい。九十九を実行するとな、呼吸する人類もただじゃあすまないか!」と、お道化た顔をするマンタが、引き続き話す。

「……」と、目を点にしたようにマンタを見る花瀬アナ。マンタ節が徐々に熱くなる。

「でも、あれだな。あんまり、規制しすぎると、支障をきたす地方も出て来るんじゃ?」

「と、仰いますと? マンタさん」

「地方にこの前営業に行って来たが。自力で現地入りの際に、県庁所在地の駅からタクシーで移動して、片道一万円はかかったし。会場付近にコンビニなんかはあったけれど、自然豊かで、バス停すらその付近に一カ所で、現地で合流したマネージャーに調べてもらったらね、その時間は一時間半に一本しかバスが来ないって。それでも人家が点々とあったが。そういった人らは車無しに、どうやって好きな時間に出歩くのか? ふと思ったんや」

「でも、乗り合いタクシーとかあると聞きましたよ、地方には」

「でもな、例えば夜中。飲み屋に行って酒、飲みたい、とかってチョイと出かけるとか、できないしな」

「そもそも自家車で行けば飲酒運転に……」

「酒を飲む前はいいんだろ。帰りは地方特有の代行車業がある。当人の飲酒運転にはなりにくいし」

「でも、御高齢者が夜中にバーとか行きたくなるもんですかね。寝るのは早くて、起きるのが早いとかでは。マンタさん」

「ああ、そうか。年寄りはさっさと寝て、早々に起きろと。夜中に飲み屋に行くなってモッテノホカだと言いたいんだな、花瀬アナは」

「……」マンタの表情が読みにくく合いの手コメントに困る花瀬康生。

「じゃあ、俺も還暦迎えたから、銀座に行くのはやめるか? それとも昼間っから開店時間早々に行けばいいと。花瀬アナ」

 笑い顔の奥に笑っていない目で語るマンタ。

 完全饒舌(じょうぜつ)マンタの渦中にある花瀬アナ……。

「え、そうか。マンタさんって、還暦!」

「そうだよ。でも、若作りだからな、俺」

「じゃあ、偽(いつわ)って行けば……」

「え、年齢詐称か? 嘘をつかない芸人が売りのこのマンちゃんが。ええ、大の局アナチーフが。騙(だま)せ! 発言しちゃっていいんだ!」

「いえいえ、マンタさんのノリにお付き合い発言しただけですよ」

「っで、花瀬アナは。コッコーがなんだって?」

「ですから、CO2削減目標値を……」

「俺は思うよ。そう言ったことをするにも、順序ってものがあるんじゃないのかな? と」

「順序?」

「こういう時代ではもう、自動車だって、ガソリンから電気って……」

「ええ、四百キロは一回フル充電で走りますからね」

「でもな、五百キロ以上走りたいときはどうすればいいのか教えてよおー、花瀬アナ」と、語尾に甘えたような声に変えて言うマンタ。

「え、五百キロ……なら、途中で充電して」

「充電って、どのくらいの時間かかる? ガソリンならセルフ給油でも、どんな人がやっても五分もあれば済むけれどね」

「なら、五百キロ以上行かなければ……」

「じゃあ、行楽地に家族で出かけて、巡っているうちに、ガス欠ならぬ電欠に成ったら、何処に充電する場所がある? で、沢山時間がかかったら。秋の紅葉がりだったり、冬のスキー場途中だったりと、どうしたらいい?」

「……電車とか公共機関サービスで……」

「でもでも、家族水いらずでいきたい場合は」

「……まあ、共有すれば友達も増えるのでは?」と、返答に困るも何とかひねり出す花瀬アナ。

「ついでに、冒頭で言った。県庁所在地からに十キロ圏外であの状態の地方で、どうやって公共機関を使えばいいのかな? 花瀬アナ、教えて」

「そういうのを屁理屈っていうんですよ、マンタさん。わがまま言っちゃー」

「わがまま? 想像つかんなら、あんたも地方に一カ月以上連続で通ってみれば実感できるんじゃないか、花瀬アナ」

「……?」と、マンタの冗談地味ながらも核心を突くコメントの返答に困る花瀬。

「東京二十三区と、そこから伸びている鉄道網圏内に自宅がある者には、そういった目は曇っているようだな、花瀬アナァーもそうやろ」と、口調で蔑(さげす)む感じを調和するマンタ。

「……」と、下唇に上唇を重ねて一瞬目を逸らす花瀬。

「いいことを言う前に、もっと深いところまでよおく考えないと、一家心中せざるを得なくなるケースもあるのでは。ガソリンから充電スタンドへとシフトチェンジした油(あぶら)業界の末端でも、こういったテレビに取り上げられなく埋もれて、自我を実行してしまった庶民も沢山いるのではないのかなーと、俺は思っているよ、花瀬アナ」

「それはそれら個人が、時代背景を読むのが甘すぎたために」と、反論する花瀬。

「でもね、花瀬さん。テレビや新聞でニュースは見ても、忙しい個人経営の者たちはな、そんな余裕すらないぐらいに、働いて、家族やその家計を賄(まかな)っているんだよ。あんたみたいに、局アナ安定高額所得納税者には想像できないかな、ハハハ!」と、カラッと笑い飛ばすマンタ。

「……」上を見る花瀬。「いや、マンタさんには叶いませんね」

「あ! ま、今日はこのへんで、いいか! 花瀬アナ」と、後頭部に手を当てて、お道化て笑顔を見せるマンタ。

「では、CⅯです」と、花瀬が言うと、街頭テレビ画面に女性向け良質シャンプーとコンディショナーのコマーシャルが流れる。


 そのテレビ局――スタジオ内。コマーシャル中のスタジオで、マンタが袖に行こうと歩く。後ろを花瀬が来て呼びかける。

「ねえ、マンタさん」

「うん!」と、振り向くマンタ。

「どうしてあんな。わたしは肯定的なコメントをとお願いしたのですが」

「ああ、肯定的だろ」

「え、何処が? むしろ否定的とも捕えかねないように……」

「じゃあ、それでいいよ。俺はね」

「ええ、それでは番組の主旨が……」

「だから、俺は嘘をつかないのが売りって」

「肯定するのも嘘ではないのでは?」

「ガソリンスタンドをやっていたどこかの芸人の親がな。あ、まあいいや。末端の事情までよおく考えてシフトチェンジをしないと、最悪は、自我する者たちが出ざるを得ないってことを俺は伝えたかっただけだよ、花瀬アナ」

「……え、それって?」

「ちょっと、俺、トイレ!」と、後ろ手に、手を振って、スタジオ袖へと引っ込んでいくマンタ。その後姿をじっと見る花瀬康生アナ。


 米倉家――農園ハウスを背に、畦道を来る米倉一郎と白虎猛……。

「あ、そういえばオヤッさん」

「なんだい?」

「好子ちゃんは?」

「買い物だ」

「うん……」

 青空の青がその狭間にも注がれている……母屋と納屋に続く畦道を、まるで父親と息子のように、行く一郎と白虎猛の背中。



   10


 そして、台場日本ティビーテレビ局でタレントのマンタと花瀬チーフアナが談義して、米倉一郎と白虎猛が母屋へと歩いている時分の……日比谷公園の広場では。チョークの跡がうっすら残っているも、あの惨劇の面影は薄れた現場を、米倉遥が右手を右腰に当てて、左足に重心を傾けた格好で見て、唸る。

「ううん……?」と、両足均等肩幅開きに体重移動して、胸の前で腕を組んで眺める遥。

「……遥先輩!」と、田中真里が走って来て、警察仕様のIT端末機『Pパッド』を持ってきて、指タッチして画面を見せる。

「個人情報が、名前だけって先輩」

 遥がPパッド画面を覗き込む。

「ううん……高峰高子……ねー」

「警察のデータベースですよ、先輩」

「ん、芸名と言うか……?」

「芸名……ですか? 先輩」

「死亡推定時刻は、深夜三時前後」

「そうですねー」

「その時間帯では、流石に目撃者って……」

「ありえそうにないですかねー、先輩ッ!」

 Pパッドから遥に視線を向け直す真里。

 考えるために遠くを見る遥……その目にぼんやりと木々に埋めれるようにある公衆トイレ……その後ろに段ボールやブルーシートで囲われた簡易的な小屋の端っこが写る。

「うん!」と、遥が歩み寄っていく。

「え? 先輩。え! ああ……でもなんか、臭いですよ、先輩」と、両手で鼻を覆う真里。

「失礼いたします。何方かお住まいでしょうか?」と、声を張ってトイレ裏の段ボールの小屋に声をかける遥。

「はい、これはこれは、こんなビッジがアタイなんかに……」と、小屋からではなく、不意を突いて後方から女の声がする。

 振り向く遥と真里。後ろにガングロ山姥風コスプレの女子が立っている。

「……貴女がここの主?」と、遥。

「ん。そうだよ」

「どうして、まだ未成年でしょ」と、真里。

「ん。そう……だよ」と、不審な顔の女子。

「ああ、アタシねッ」と、肩にかけたショートバッグに手を入れる遥。

「ああ、知ってるよ。警視庁の刑事さんだよね。お姉さん達って」

「ええ、まあー」と、面食らう遥。

「どうして、知っているのよーあんたみたいな浮浪者女子が」

「ああ、ええ、まー。実は隠れファン? だったりして……」と、微笑む浮浪者女子。

 遥が笑みを浮かべて、小刻みに頷く。

「嘘ッ。女が殺されたそこの広場で、いっぱい警察がいて、超イケ女だって、見ていただけよ。お姉さんのこと」と、浮浪者女子。

「ん、ありがと、ガングロ今時女子さん」

「アタイ、ナスカ! そう呼んで」

「ナスカ?」と、復唱する真里。

 横で首を傾げる遥。

 上目遣いに遥を見るナスカ。

「ナスカさんね。何か知らない? 目撃したとか」と、訊ねる遥。

「あの日は、ガングロパーティアゲマックスで、酒(さけ)inで、グッスリで……スゴイサイレンの音が鳴ったから、流石に目を覚まして、外に出見たら、お姉さんを含む警察が、現場、検証? (と、首を傾げて)っていうのを、してたよ」

「そおー」と、鼻の下を伸ばす感じで小刻みに頷く遥。

 横で、やり取りを窺っていた真里が訊く。

「ナスカッチって、ここに住んでるの?」

「ん、ま、色々事情があって……」

「事情って。どんな?」と、遥。

「アタイって、容疑者?」

「違うよ、そこのここだから、知っているかなーと思って聞いているだけ」と、真里。

「住んではいないよ」

 遥と真里が顔を見合わせて、首を傾げる。

「ホテル代浮かすための……」

「ああ……それ以上はいいわ。別の意味でナスカちゃんを調べなくちゃならなくなるから」

「ん。先輩。この子は無関係ですね」

「ん。ごめんね、ナスカちゃん。お邪魔様」

 現場に戻ろうとする遥と真里の後ろから、ナスカが……。

「ねえ」

 振り返る遥と真里。小走りに近づいて、口に手を添えて小声で話すナスカ。

「ここだけの話よ。お姉さんたち」と、何やらぼそぼそと話すナスカ。

「……」

「ううん、それよそれ! そういう情報よ、ナスカッチ」と、真里。

「そー、黒い大きなトレーラー型のトラックね」と、遥が顎に手を添える。

「違うよ、お姉さん。黒っぽいって」と、ナスカ。

「ポイって? ナスカッチ」

「外光の加減で……そう見てただけかもォっ」

「うん、ありがと、ナスカちゃん」と、手を振って去っていく遥。

「ああ、待ってください遥先輩」と、真里が後を追う。

 何やら話しながら去り行く遥と真里の背を、刺さるような目つきになって(やっぱ、お姉さん……)と、ニヤッとした笑い顔で見つめるナスカ。

「遥先輩」

「うん?」

「何か、好感的だったような感じが……」

「そう?」

 去り行く真里と遥。

「黒いトレーラーのセン!」

「先輩。黒っぽいですよ」

「ああ、そうね、真里ちゃん」

 互いが横を見て、にやけ合う真里と遥。


 白い単車と軽トラックが軒下に止まっている納屋の前を通過する……白虎猛と米倉一郎。母屋裏の生垣……白虎猛はまだ見ぬ奥の部屋の小窓……多分? 白虎猛が連れて来られた時に寝かされていた床の間と角の雨戸の戸袋から、縁側がそれらの視界にとらえつつ……あけっぴろげのサッシ戸の居間の横の玄関へと向かって歩いている一郎と白虎猛の背中。

 前日、遥のグリーンのミニクーパーが止まっていた箇所に、軽ワゴン車が止まる。

「猛ちゃん。買い物の荷物、下すのを手伝って。居間のそこに置くのよ」

「ああいいぜ。好子ちゃん」

 運転席から降りて……軽ワゴン車の後ろのハッチ式ドアを開ける米倉好子。四つの段ボール箱に入った食料品や雑貨品。白虎猛の後ろにいた一郎の表情が一変して力(りき)が入る。

 左右の掌を段ボールの底に差し入れて、しらッと……一度に二つ! 運ぶ白虎猛。



   11 


 米倉家の玄関をブラックジージャンとジーパン姿で出てくる白虎猛。中に米倉一郎。

 納屋軒下の、軽トラの陰にある白い単車。外付けコンセントにEVケーブルが繋がっている。

「ああ、オヤッさん。スタンドに行って来るぜ。単車が燃欠だ。EV走行で」

「ほれ、小遣いだ。代金がいる」一郎が出した封筒を受け取って猛が「小遣い?」と聞く。

「ああ、そうか。世間知らずだったな、猛は」

「悪いなオヤッさん。今までの俺……」と、口籠る白虎猛。

「ま、二十数年間も生きていれば色々とあるだろう。その結末をどうするかは、猛の問題だ。俺たちゃ夫婦からは訊かんさ」

「オヤッさん。すまん。じゃ、行って来るぜ」と、手を上げて、行く白虎猛。

 納屋軒下の陰にある白い単車を手押しで庭まで出して、跨る白虎猛。

 キーを差し込んで回すと、フロントパネルにデジタル表示で、スピードメーターとタコメーター、大きめなスマホサイズのナビモニターにフリーマップが映る。燃料ゲージの目盛りがE(EMPTY)でランプが点灯する。

(ま、ここにいる限り、ミラクルモードでの使用は無いだろうが、念のためだ)と白虎猛は、ガソリン仕様単車と同様に、再度キックを踏んでブルンと、エンジンをかける。要は燃料が違うだけで、あとは時代に沿って進歩した単車を通常通りに扱うだけの差だ。

 白虎猛がマップをタッチして、最寄りの水素ガスを扱っているスタンドを探す。

「おい、猛」と、玄関から一郎が白いヘルメットを手に出てくる。

 うっすらと微笑んだ感のある顔つきで白虎猛がヘルメットを持つ。

「鎮守様の道のY字路を左に行くとあるぞ。水素ガスのスタンド」

「ああ、わかった、オヤッさん」と中のグローブを出して、メットを被る。

 グローブをして、明らかに頭を下げる白虎猛が庭を徐行して……一般道の境で一時停止して、走り行く。


 現場から覆面車で警視庁へと引き上げていく車内で、米倉遥と田中真里が話す。

「どう思います、遥先輩」


 単車を運転する白虎猛の視線に倒れていた鎮守様の鳥居が見えて、Y字路を左に行く。


「どうって? 真里ちゃん」と、遥の声。


 白い単車を運転する白虎の視線に、大通りへと連絡する十字路交差点が見えて来て……赤信号で、停止線で止まる白い単車の前輪。


「真里たちの課って、何か、訳ありっぽくないですか? 先輩」と、真里の声。


 白虎猛の視界右手に『水素ガスはじめました』の真新しい看板を掲げている元ガソリンスタンドと思われるカースタンドが見える。


「まあ、COC(コッコ)脱CO2削減議定会議がらみは、見え見えね、真里ちゃん」と、遥の声。

「真里でも、それはガンガン来ていますよ、先輩」と、真里の声。

「暴いちゃってみようか?」と、遥の声。

「首になりますよ、先輩」と、真里の声。


 信号が青に変わって、片側二車線道路を傾けるまでもなく右折する白虎猛のEVモードの単車……間もなく走って、ウインカーを左に焚いて……カースタンドに入る白い単車。


 地下道路口に入って行く……米倉遥が運転する覆面車。助手席の田中真里。

「じゃ、探偵事務所でもやる?」と、遥の声。

 頭上に、お馴染み警視庁の正面向きのビル。


 白虎猛が運転する白い単車がカースタンドに入ってくる。と、スタッフの花瀬華歩18歳が来る。

「いらっしゃいませ。満タンですか?」

「う、ああ。ん」

「では、キャップを開けてください。如何です? 中でコーヒーでも」

「ああ、まあ」

 サイドスタンドを立てて、降りる白虎猛。スタッフの華歩がキャップの中の注入口にガス管口を装着しようと……する。

「ああ、自分でやるよ」と、取り返そうとする白虎猛。

「ああ、これは資格がないと。お客様はあちらで待機していてください。キーを」

「え、盗むなよ、単車」

「あはッ! 御冗談を。キーがないとハンドルロックがかかってあちらに移動できなくなります。そのためにお預かりするだけです」

「でもなー、女にやらせるわけには……」

「あれ、お客さん。以外に男尊女卑的ですか?」

「男尊女卑って、何だ?」

「ハハ(掠れるように笑って)お客さんって、可愛い目、してるし」

「可愛い……?」

「ああ、メンテは必要なさそうですね、この単車」

「おお、単車と言うのは、あんたもライダーか?」

「ん、持ってますよ。あれです」と、出した指先を目で辿ると……ピンクカウルのスポーティな単車がスタッフ駐車場に止まっている。

「おお、見てきていいか?」と、目を輝かせるように浮かんだ笑顔で訊く白虎猛。が、もうすでに一歩、足を踏み出している。

「ん!」と、一つ返事で屈託なく笑う若女スタッフの花瀬華歩。

 と、返事をした時にもうすでに、白虎猛は触れられるところまで行っている。水素ガス注入器の表示に『full』のデジタル文字が点滅する。スタッフの華歩が注入ホースをタンク口から外す。

 もうまじまじと見ている白虎猛が屈んでエンジン部を見たり、遠巻きにそのスタイルを鑑賞したりと……。

 注入済みの白い単車を押してくるスタッフの華歩。

「終わりましたよ。お客さん」

 振り向く白虎猛が、その周囲から離れようともせずに頷く。と、また、ピンクの単車を眺める。

「お客さんって、ほんと、単車好き!」

「ああ。いいな、このカラーリングも。あんたにお似合いだ!」と、単車から目を切らずに話す白虎猛。

「アタシ、華歩です、貴方は?」

「ああ、俺、白虎だ。よろしくな、華歩」

「ええ、いきなり呼び捨てって……」

「ああ、だめか? 一般的には……ああ、華歩さん」

「ええ、フレンドリーでよかったのに……」

「(首を傾げて)どっちだ。どっちがいいんだ」と、表情を険(けわ)しくさせてまくっている白虎猛。

 猛(もう)虎(こ)もたじろぐであろう目力(めぢから)の白虎猛に、臆(おく)することなくマイペースで話す華歩。

「華歩でいいィ!」

 委(い)縮感(しゅくかん)ある仕草の華歩に、眉間の皺を寄せた状態で首を傾げる白虎猛が、ゆっくりと顔を向けつつ……言う。

「ああ、じゃ、華歩」

「ん。で、白虎さんのファーストネームは?」

「ああ、猛だ」

「猛。ん。男らしいのね。名は体を表すだね」

「……」と、こういった事態にどう返答していいのかが分からず、白虎猛は目を細めて首を若干傾げる。

「よろしくね。猛」と、緊張気味に微笑む華歩。

「ああ。まあ、そうだな。よろしくだ」

 華歩が腕時計を見て、「もうお昼ね。ご飯食べに行こう。付き合って」と、軽ノリで誘う。

「お昼? ご飯? 付き合うって……」

「ええ? 何? そこのイタ飯でいい?」

「ああ、痛いのか? 医者か? いいぜ」

 華歩が事務所のドアを開けていて、中の年上の男スタッフに声かけて、また白虎猛の前に小走りに来る。

「え? なに。いこッ」

 小刻みに頷く白虎猛。

「単車ここにおいておけばいいよ」

 こっちを見て微笑む華歩。近づいていく白虎猛の後ろ姿……。並んだタイミングで猛の腕を取り自ら腕を絡めて恋人歩きする華歩。

「歩きずらいぜ、華歩」

「いいじゃん、減るもんじゃないし」

「ま、確かに。腕は減らねえな!」

 日光が照りかえる歩道を歩きゆく花瀬華歩と白虎猛。


 雑居ビル二階の外階段から入るドアの店舗。ドアにイタリアンカラーの庇(ひさし)に『イタ飯ラ・ターノ』の店舗名。白しっ喰いの外壁にイタリアンチックな出窓が二つ。腕組みの恋人歩きしてきた花瀬華歩と白虎猛が階段を上がって、ドアを入る。

 出窓の席の奥に座る猛。向かいに座らず横に座る華歩。目が泳ぐ猛のすぐ前を、意識させる感じで腕を伸ばして、窓の方に立ててあるメニューをとる華歩。その目が猛をチラッとガン見して! すぐ逸らす。

 気づいた猛が些か眉間に力がこもる。

 取ったバインダー型メニューを胸に抱いて、「いや、可愛いィ!」と、はにかむ華歩。

「ああ、だから可愛いっていうな」

「だって、一々可愛いんだもの、猛ったら」

 顔を、すぐ横の華歩の顔から遠ざけて、細めた目で見る猛。

「猛って、初めて?」

 首を傾げる猛。

「こういうお店で、女子と食事するのって」

「ああ、まー」と、頷く猛。

「え? 一人暮らし?」

「いいや。一人ではない」

「ううん。っで、カノジョいる?」

「何だ? カノジョって」

「え! あ。ええと……お付き合いしている異性で、猛が男……ああ、ジェンダーじゃないよね」

「ん? ジェンダー」

「ああ、それも知らなそう……だから、男でいいのよね」

「ああ、生粋だ」

「ま、ここではジェンダーはいいとしましょう。アタシも生粋の女だし」

「ああ」

「でね。ええと、何処まで戻ればいいんだっけ?」

「俺が、カノジョってなんだ? と……」

「ああ、そうだった。要するに、猛が今、お付き合いしている女子がいるの?」

「お付き合いって?」

「え? はー?」と上に目を向け一瞬考えた華歩が「っていうことは、それもないっていうことになるね」と話す。

「ああ、まあな」

「なら、アタシ、立候補する。ねえ、今度ツーリング行こッ」

「ああ、いいぞ。いつ行く」

「ツーリングは通じるのね」

「ああ。単車好きだからな俺。雑誌とかで理解している」

「そうか、バイク雑誌のワード的に言えば通じるのね、猛には」

 小刻みに頷く猛。

 店員がパスタとサラダと空のコップをトレーに乗せて来て、置く。

 花瀬華歩の前にホワイトソース海鮮パスタ。

 白虎猛の前にウィンナーとベーコンが乗ったペペロンチーノ。

 サラダと空のコップを置いて店員が引っ込む。その方向にドリンクバーがある。

「空だぜ」

「ん。あそこで好きなドリンクを選んで持ってくるの。一緒に行こ」

 華歩が立つと、猛も立って、並んでドリンクバーに行く。身振り手振りの華歩。頷く猛。

「ああ、これってコーラっていうやつか」

「うん。え、飲んだことないとか?」

「ああ。単車雑誌で、広告で見ていて、興味はあったがな」

「ええ、猛って、どんな育ち方しているの?」

 と、席に戻って来る華歩と猛。

「どんなって……」

「どんなって……どんなよ!」

「わり、今は内緒だ」

「ガクッウーっと」と、ずっこけジェスチャーする華歩。

「ああ、そういう仕草を可愛いっていうんじゃないのか?」

「え、アタシ、可愛い……ありがと、嬉しッ」

 照れた顔でパスタを丸めて食べる華歩。

 見て、真似て食べる猛。

 腕時計を見る華歩。

「ああ、大変。もうこんな時間」

「時間制限でもあるのか」

「ん、お昼休み一時間だから、あと二十分で戻らなきゃ」

「ああ、そうなんだ」

 早食いになる華歩。合わせてパクつく猛。

 烏龍ティを飲む華歩の目……が、目の前の猛を真剣に見る。

 その手がコーラを注いだコップを掴んで……恐れるようにゆっくりと口元へと運ぶ。

 見ている笑顔の華歩が、目を細める。

 コップを口につけ! 一気に飲む猛が!

「ゲフォ!」

 と、咽(むせ)て、のどぼとけを指で擦る……。

「すげえんだな、これ。ああでも、旨い」

「フフッ! やっぱり可愛いよ、猛って」

 華歩を見て、両口角が些か上がる白虎猛。



   12


 カースタンドから通りに出て行く白い単車がフォーンを二回、ビッビーィと、鳴らす。運転する白メットの白虎猛。

 路肩で手を振って、営業まがいのお辞儀をする花瀬華歩。ミラーで見て、後ろ手にVサインする白虎猛。

 スタンド横に止まっているメットまでもが黒ずくめ男体形(たいけい)ら三台の単車が急発進して、他の車両をお構いなしに、白虎猛の単車を追って来る。

 ……追いつて一台の黒い単車が白虎猛の単車脇を蹴飛ばす。バランスの乗り物で、蹴られて一瞬よろめくも、すぐに体勢を立て直す白虎猛のライダーテクニック。若干スピードを上げて、その黒い単車を引き離す。

 が、三台の黒い単車は追うことを止めずに爆走して来る。バッグミラーを見る白いメットを被った白虎猛の顔が後ろを一瞬だけ振り向く。

 ミラーに写る三台の黒い単車。一台が脇道にそれていなくなる。道のり自体は緩く左にカーブして、先に、いなくなった黒い単車が逆走して、白虎猛の単車に突っ込んでくる。

 が、白虎猛は構わず真っ直ぐに走り続ける――逆走して前から迫る単車が横向きに車体を傾けて阻む。そのライダーが足を突いたまま場丘忌避する。が、すかさず白虎猛が一瞬のブレーキングの縦揺れを利用しての……単車ごとをジャンプで危機を回避する。

 ……まさかの回避処置に、走行阻止できなかったことに腹を立て地団駄を踏むその男体。

 着地した白虎猛が、単車を急ターンさせて――突っ込む。流石にその牽制にはビビったライダーは動けないでいる。が、白虎猛が紙一重で単車を止める。メットを被ったままの顔を向けて、白虎猛に近寄る黒いライダー。

「あぶねえな、お前」

「ああ! どっちがだ」と、反論する白虎猛がヘルメットのバイザーを開ける。

 後方から来た二台の黒い単車が止まる。デブ体系の一人が、単車から降りてゆっくり白虎猛に近づいてくる。メットを取ったそのデブは、見立てどおりで、男だ。

「おい、てめえー何者だ?」

「ああ」と、鋭い目つきを放つ白虎猛。

「俺の女に手を出すなよ」

「俺の女? 誰のことだ?」

「今、てめえとイタ飯喰っていた華歩だ」

「華歩。ああ、スタンドの女か」

「なんで、てっめとなんか、飯食うんだ? 華歩が」

「いいじゃねえか、食ったって」

「うっせんだよ! いってもわかんねえんだなお前」と、白虎猛の胸倉をつかむデブ男。

「っで?」と、平然とした睨みを続ける白虎猛。

 摘まんだ胸倉を押して、後ろにいた二人が白虎猛の動きを掴んで奪う。それでもニヤッとする白虎猛に、「てめえ、なめてんじゃねえ!」とパンチを繰り出すデブ男。風切り音で空を切った瞬間! 「う!」と、パンチをしたはずのデブ男がグンなりと地面に倒れ込む。

「おい。良夫」と、右側を掴んでいた男がもう一人の男に白虎猛を任せて、倒れたデブ男(以後、良夫)に駆け寄る。手で体を揺すってもピクリとも動かない良夫。

「まっ、手、抜いといたから、死んでないぜ」

「てめえ、なにした?」と、殴り掛かるその男。だが、また、抑えている男が瞬きする間の一瞬に、また倒れ込む……。掴む手が流石に緩む、男に。

「おい。そいつらに言っておけ。俺とするんならサバンナの象ぐらい倒せるようになってからにしろってな」と、怯(ひる)みっぱなしの男にデコピンをする白虎猛。

 攻撃を受けた男は、言葉無くデコを抑えて……蹲(うずくま)る。

「俺から手、出したわけじゃねえよ!」

「おい、そこの君! なにしてる?」と、駆け付けて来る警官二人。

 何か流石にいい雰囲気でないことを察した白虎猛が白い単車に跨って、走り去っていく。

 バックナンバーを見ようとする警官がデコに手で庇をつくって目を細める。が、逆光の反射で見えないナンバープレートの数字。


 幹線道路を単車で流し走る白虎猛。

(久々にかまってやるか、此奴を)と、白いヘルメットの中の顔が満足している。

 片側三車線道路の中に斜線を……デコった(電飾した)野郎系トラックが追い抜いていき。その向こう側を黒っぽい大型トレーラー型トラックが更なる追い越しを駆けていく。今は通常スピードで満足の白虎猛も、流石に気を抜いた一般的な単車好きになっている。


 花瀬華歩がバイトするカースタンドに、一般人を装った男タイプロイド二体が来て、店舗内で男と話す。外ではお客対応中の花瀬華歩。

「あの、こんな男、見かけませんでしたか?」

「え、あ、刑事さんとかですか?」

「店長さん。いいや、そうではないのですが。家出人を探していまして……」と、言葉遣いも悠長に日本語で、デジタル音声癖も感じさせない話し方だ。

「そうですか? ああ、花瀬さん。来て」と、店長がドア口から出て、接客を、たった今終えたばかりに華歩を呼ぶ。

 写真を見て、一瞬、うっすらとハッとする華歩だったが、首を横に振る。

 離れ気味に見ていた見た目スーツルックの男のロイドが、目を輝かせる。

「え、貴女。見ていますね」

「え、見ていませんよ」

「嘘です。必ず見ているはずです。貴女は」

「いいえ、ゼンゼンですって!」と、口調が荒くなる華歩。

「こら。仮にもお客様だ。言葉遣いは丁寧に」

 拗ねる表情で俯(うつむ)いて……もじもじと体を揺らす華歩。

「すみません。まだ新人なもので。接客対応に難がありまして……」と、丁重にお辞儀する店長。

「いいや、それも嘘です」と、話をしている男。

「どうして、嘘をつくのです?」と、片割れ男。

「ええ、逆に。どうして嘘だと断言できるんですか? あなた方は」

「それは、検知しているからですよ。嘘発見器で、ラーニング済みです」と、片割れ男。

「はは、ツボを突く冗談ですね……」と、店長が腹を抱えて体を揺らす。

「ま、いいでしょ。では」と、話をしていた男。

 二人の男(ロイド二体)がスタンドを後にする。一体が上を向いて歩く。目の前に水素ガス注入器が迫るも、実もせずにあっさりと避けて行くよそ見中の男。

 が、店長は店舗内で、パソコンを使用していて……。華歩はまた別のお客の対応に追われている……。扮するロイドらが話すように。

「ご報告します。キャプテンザドラゴン」

「……ロイド1号からね」と、トランザーの声。

「らしき男の足取りを追え」と、ドラゴンの声。

 集団行進でもしているかのような腕を振って一定の歩調で歩くさまが、何処か異様でもある人間に扮しているロイド二体の目が輝く。


 高台にある公園の広い駐車場に、黒っぽい大型トラックが止まっている。木々の青葉が茂る狭間に見えるタワービル群の立つ都心。

 立って眺めるドラゴン(青瀧翔)。

(リッパーの奴。何処だ)と思いを秘めて、唇を締めた顔をするドラゴン。

 タートル(黒亀卓)が後ろ方来て、話しかける。トラックの背景で、外界の都心を臨む。

「ドラゴン。どうした」

「ああ、タートル。リッパーの奴は。ロイドからの報告はないか?」

「ああ。まだ、はじめたばかりだからな」

「にしても、どれだけ人間がいるんだ」

「都内人口約一千四百万人だぞ」

「この一角でも七十万は居るっていうことか」

「でも二十代男で絞れば。ロイドの認証システムで、五日間もあれば……」と、声をかけてトランザーがタートルの横に来る。


 カースタンドを、(へへ、ごめんね猛。ストーカーしちゃって、てへっ)とスマホを仕舞った華歩が、ピンクの単車が出て行く……。


 幹線道路を単車で流し走る白虎猛。

(ううん、いい感じだ。さっきのもアクション試しに丁度良かったぜ)

『……遊園公園方面』の看板を通過する白虎猛の単車。ナンバープレート裏に光る発信機。

(よおし。登坂ヘアピンも、試しておくか)

 と、単車を体ごと右に傾けて……R=280表示のS字カーブを危なげなく行く白虎猛。



   13


 掠りガラスで狭い戸口の中にかかる紫色の暖簾。『賄い中』の掛札。ポンと竹筒の音。

 大鳳銀次58歳が戸口に来るのを見計らい……女将が戸を中から開けて出迎え……ともに入る。中で女将が戸を閉める。

「あら、時期長官さん。お元気そうで……」と、女将の声が店の中でする。

 黒塗り高級車が、小料理屋の裏手路地に止まる。議員バッジをつけたスーツ姿の大鳳金一が運転手に後部ドアを開けてもらって、ゆったりと降りる。

「金さん。銀さん来ていますよ。さーさー」と、女将の声が中でする。

 クランクがかった路地裏……。

「ああ、来たか、銀次」と、金一の声。

「兄さん。久しぶりですね」と、銀次の声。

「では、お料理を」と、女将の声と手を叩く音。ガサガサカタカタと静かなる物音が些か立って膳を運ぶ女中ら。

「ああ、女将。揃ったところで、内輪話がある。いいかな」

「はい、金さん。失礼。では、ごゆっくり」

 板壁の角の鹿威しがポンと、満水になった竹筒の切り口が倒れて戻って石を叩く。

「……では本題に入ろう、兄さん」

「特別組織犯罪対策部第七課の様子はどうだ、銀次」

「思った通りのダメぶりで、難航しまくっているよ兄さん」

「脱CO2問題ではあるが、地方やそれに携わっている末端の者らを重視せずに、好感度を重視する世界の金持ちどもには、うんざりする。世知辛さの味を知らぬ、バカ者どもが。自身で運転などする必要のない者には、高齢であっても運転せざるを得ないことが、分からんのだ。田舎の交通事情など……」

「ああ、そうだね。兄さん。俺たちが子供のころは、車は高級品だったが、今の世では必需品だね」

「そうだ。それに、いきなりの燃料シフトチェンジ試行と言いながら、実行で、潰れたガソリンスタンドが全国でどれだけあったか」

「そっちの方が、経済的打撃だよね、兄さん」

「増しては、地方で埋もれた個人経営に対しては何の保証すら講じてはいない。夜逃げや自我した者らがどれだけいたのかすら、把握する気もないんだ」

「首相ら閣僚も所詮点数稼ぎ。まあ、世の為と言って、脱炭素問題は格好の話題だしね」

「そんな奴らと、こんな、堕落した国民の目覚ましをしてやらねば……我が国、国民は約一千二百六十億人のうち、舵取りを靡(なび)くべき大人が三分の二人。ほとんどが人の顔色を窺って、はみ出し行為を罪としている」

「ざっくり言ってイジメられちゃうしね」

「ネットの書き込み。仕事と偽っての押し付け仕事。年金だって、五年も伸ばされた上にペナルティって、それに腹さえ立てない庶民たちと、この国の体質は紳士的思考へと」

「ん、過剰になるといい子ちゃん体質だよね、兄さん」

「そう、だから、この国の庶民らが気づいて目覚めるか、いなくなるのが早いかだ」

「うん、兄さん。人口減らし裏工作しているのは、首相らの方かもね……」

「だが、その行為は今の世からすればモラル的に善き行為とみなされる。本当に、惑星からすれば鼻くそみたいな人類が環境悪化できるものなのかすら、怪しいものだ」

「四十六億七千万有余年と、たかだか一千有余年歴史の人類で、重みが違うよね、兄さん」

「ああ、それすら、明確には解明されていない。ようは、金持ちの金欲しさと、自身の点数稼ぎにすぎんのだ、奴らの腹は」

「そこで、暗躍組織と、それを捜査する共同体がいると。大手を振って行える警察に」

「ああ。俺は、人知れず実力行使集団を操り。後継者も育てる」

「そして、表向きは政治で、正々堂々と意義を国会で討議する」

「そのバランス感が重要だぞ。銀次よ」

「ん、分かっているよ、兄さん」

 大鳳金一と、大鳳銀次の内緒談義も終えて、手を叩く音に反応して、「はい、只今―」と、女将の声が若干外まで届きそうに聞こえる。

「おお、女将。もてなしてくれたまえ」と、銀次の声に……。

 擦るような物静かな足音が多数……。

「おひとつどうぞ、金さん」と、覚えのある舌足らずな娘の声。

「銀さんも……」と、別の娘の声。

 芸子が舞う……お囃子が聞こえて……。

「難しそうな、何を?」と、覚えのある声は。

「内緒だよ、ナスカちゃ~ん」と、金一の声。

 と、言った密会が、小料理屋の奥で行われている。

 ポン! と、鹿威しの音。



   14


 片側一車線道路。上り坂でS字カーブが続く道を安定感のありで遊走する白い単車。運転する白虎猛がリズミカルに左右に車体を倒しつつ……他の車両と距離を保って走る。

 向野(こうの)岡(おか)遊園公園車両口の看板の敷地内に入り『駐輪所・一般軽車両』右向きの矢印の方へと車体を地面すれすれに倒して……どこかの四人家族連れ親子に、憧れに似た朗らかな顔で見守られる……右折していく白い単車。

ちなみに、左折は『一般普通車・大型車両』と、案内の看板が出ている。


 黒っぽい大型のトラックが専用枠の一番隅に停車している。閉まり切った運転席には人影はない。トランクの上に、一本の細長いアンテナが伸びている。トランクの左には閉じられた完全不透明なドアがある。

 そのトランクの中――搭載コンピュータシステムを使うトランザー。環八外側の世田谷付近の街中カメラからの届いた三十六分割映像モニターを見つめるドラゴン。空きスペースでカンフー型を模索鍛錬しているタートル。

 ピピッと通信を傍受(ぼうじゅ)すると、メインモニターに世田谷区のマップが出る。さらに『二玉(ふたたま)西地区・カースタンド』テロップのピンポイントで現地がアップする。

「どうやら、ロイドたちね。通信来たよ、ドラゴン」と、トランザーがキーボードを叩く。

 モニターにアップされた二玉西地区カースタンドを示すマップを見るドラゴン。

「ご報告します。キャプテンザドラゴン」

「見つけたか?」

「どうやら、ロイド1号からね」

「只今、二玉西区カースタンドの防犯カメラハックした結果。リッパーバイクが水素ガス注入した映像を入手しました。ミラクルスーツ化していないので、単なる白のバイクですが、背格好と、バイク特徴等々が九十九パーセント合致しておりますので、ご報告します」

 とロイドが話す間に、モニターの映像がカースタンドのカメラ映像に切り替わって、花瀬華歩が接客する白虎猛とその白い単車の映像が出る。朱色枠が白虎猛自体に囲って『本人可能性99%』と出る。

「で、聞き込み結果は。1号」と、トランザー。

「男性店長に聞き込んだ結果。接客した女性スタッフに繋ぎ。結果。知らないと言っていました」

「嘘発見器検索結果は?」

「七十パーセントの確率で嘘でしょう」

「よおし。ロイド1号、2号組は、そこから街頭カメラ等をハックして、リッパーらしき男の足取りを追え」

「スタンドスタッフの処分は?」

「ま、こちらの正体がバレてはいない……」

「……」ロイドからの微かな通信ノイズ。

「放っておけ」

「ラジャー」

 通信が途絶えると、自動的にまた世田谷区全体の俯瞰マップに戻り――街頭カメラや交通用カメラの映像が自動でマップの縁に十二個の小窓枠にスライドし、対象とみなす高い数値の映像が中央マップに重なり、戻るを、繰り返している……。

「ドラゴン。リッパーよ、あのフォルムは」

「メットをしているが、ロイドの検索結果で高数値が出ている。間違いなく奴だ」

「そうじゃなくって、もおー、そういうとこ真面目過ぎだからね、ドラゴンは」

「……」振り向いたドラゴンがトランザーを見て目を細めるが、すぐさまモニターを見る。

 タートルが余念のない集中力で、カンフーの型を鍛錬している。風キリ音を立てて、手刀。パンチ。キック。その場飛び蹴り……などなどと繰り出し汗をかく。

 トランザーの小モニター横の液晶デジタル表示時計が15時00分になる。


 その外――向野岡遊園公園駐車場に、白い単車が駐輪所・軽車両駐輪場へと、親子四人連れに見守られるように走り行く。


 S字連続上り坂を来るピンクの単車。左右に道なりカーブにバランスをとるその腰つきは……前空きライダーズジャケットのお胸の膨らみ……シュッとしたトップスに包まれた腰……シャープなヒップな感じから若い女だと誰もが考えられるであろう……ライダーはカースタンドスタッフの……だ。

 どこかの祖父母と孫といった感じの三人に、憧れに似た朗らかな顔で見守られ……『向野(こうの)岡(おか)遊園公園車両口・駐輪所・一般軽車両』右向きの矢印の方へと車体を地面すれすれに倒して……ピンクの単車が入っていく……。


 白い単車の脇に降りて、オヤッさん譲りの白ヘルメットを取る白虎猛。



   15


 向野岡遊園公園駐輪場――白い単車が枠に止まる。エンジンスイッチを切って、前輪ロック方式施錠に前輪を嵌める。と、カシャっとロックがかかってタイヤゴム部分を半円以上枷(かせ)がかかる。白いメットを取って、シート脇のキーロックフックにかけて、こじゃれた公園門へと行くその後姿は……白虎猛だ。

 ジージャンポケットから、偏光レンズの上側黒縁のサングラスをかけて、そこは通過無料のゲートを入っていく……白虎猛。


 入って直ぐにヨーロッパ調のバロック様式公園がお目見えする。規則正しい左右線対称のキッチリとした間隔が心地よさが心に訴えて来る感触を満喫する広い庭。

 案の定、白虎猛も一旦踏み入れた足を止めざるを得なく……ピタッ! と、止まる。正対した姿勢で公園全体を臨んだ目は、瞼(まぶた)一つできずに、ゆったりと歩みはじめる……白虎猛。が、左右の何方へ行こうか迷って、また止まる白虎猛。臨む正面の向こうに……観覧車やジェットコースターも見えて、遊園性をアピールしている。

 両手親指を、ジーパン前ポケット縁に引っ掛けて、両足均等開きで、ただただ眺めている白虎猛。

(困った! これだけキッチリとは。どっちに行ったら、正解なんだ? クソっ!)と、内心悩む白虎猛。

「おい、何してる!」と、わざと太い声質で後ろから呼びかけた女性の声。

 振り向く白虎猛。そこにいたのはカースタンドスタッフの花華歩だ。

「え、どうして、ここに? お前が居るんだ」

「お前って、ま、いいけれど……」

「で、どうしてここに?」

「うん。ちょっと野暮用でね。猛は」

「俺は、何となく彼奴の調子を窺いながら走っているうちに、ここの看板が見えて、何となく……導かれたか」

「じゃあ、アタシのオーラに導かれた?」

「どうしてそうなるんだ?」

「いいじゃない。いい方に解釈して」

「まあ、どうでもいいか。お前さんさえいいんなら。俺もかまわないしな」

「ん。猛」と、背に抱きつく華歩。

「おい! 何してる? 華歩」と、また聞き覚えのある男の声。振り向く白虎猛が小刻みに頷く。

「ああ、お前は……懲りずに俺の女に手、出してんじゃねえよ」と、覚えのある男が言う。

「良夫さん。違うわ。まだ手を出して……」

「どうにも、此奴は気に入らねんだ、俺は」

 怒りを隠せぬ良夫の顔。

「また、やられたいのか? お前って、マゾか?」

「てめえ、ほんと、舐めてんじゃねえよ」と、後ろに回した右手に出した伸縮タイプの警棒! やや後ろに引いて、殴り掛かる準備する良夫。後ろに来たダチ(友達)二人が白虎猛の後方で左右に距離をおく。

「華歩。こいつが原因か? 別れるって、ラインしたのは」

「違う」

「庇うのか、華歩」

 白虎猛が、両足均等肩幅開きで、両腕を脇に垂らして軽く肘を曲げた自然体のファイティング・ニュートラルポジションを取っている。流石のリッパーこと白虎猛でも、この生身の姿で、警棒を食らえば出血する。良夫は恰幅がいいので、腕っぷしも強そうだ。

「やっぱり、お前。俺の女を手ごろにしやがって」と、殴り掛かる良夫。

「手ごろって、何だ。意味わかんねえよ」と、先制攻撃で良夫の懐にいち早く入ろうと屈む白虎猛。後ろから二人のダチ男に掴まれ、身動きを奪われる。

 警棒が、その頭を捕える紙一重で、頭を傾けて回避する白虎猛。

 左手公園通路に……並んで歩く男女がドタバタ騒ぎにこちらを見る。その四つの目が一瞬尋常になく輝く。

 良夫が振りぬいた警棒が、白虎猛が頭部回避したことにより、後ろ右の男にヒットする。

 倒れ込む男が右手首を掴んで悶える。

「あらら、仲間やっちゃーメメチ!」と、からかう白虎猛。

「おい、しっかり押さえておけよ」と、左手を前に出して、オーバースローで警棒を振り込む良夫。白虎猛は、もう一人の男にキーロックされてもいる。また、当たる寸前で、今度は白虎猛がロックしている男の頭を掴んで、下に思いっきり体重をかけてぶら下がる。必然的にお辞儀する形となった男の後頭部に警部がヒットする。倒れ込む男が後頭部を抑える手の指の隙間から血が出ている。

「だから、良夫ちゃん。やっちゃメメチって」と、またまたお道化からかう白虎猛。

 傍らで見ている華歩が両手を胸の前で拳をつった右手に左手を添えて顎の下につけて、全身を委縮させ震えだす。

 華歩のその目に涙さえ滲み……うるうるとして、細めた目で見守っている。

「おい、君たち、喧嘩しているのか!」と、声がする方向から制服警官男女が走って来る。

「くそ、覚えてろ!」と、捨て台詞を吐いて走り去る良夫。

「華歩。行くぞ!」と、手を取る白虎猛。

「イヤ!」と、その手を振り切ってわなわなと震え泣き崩れる華歩。

「おい。君」と、女性警官が声をかける。男女の警官が間もなく白虎猛のところへと到達する。

 動かぬ華歩と、迫りくる二人の警官に目を配る白虎猛。「くそ!」と、華歩をお姫様抱っこして、門へと走る白虎猛。

「ねえ、アンタ。こっちよ」と、トランザーの声がして、見上げる白虎猛。華歩をお姫様抱っこしたその腕を掴んで誘導するトランザー。

「あ、お(まえ)」と、元お仲間の認識ができるのだが、「え?」と、その素顔を認識できぬ互いの事情を知っている。が、裏切り者と知ればただでは済まないシチュエーションと、無関係な単なる女子の華歩を思えば……とぼけた方がいいと考えた白虎猛。

 とりわけ警察に追いかけられている、常識知らずのこの場を逃げる意味もある白虎猛。

 ミラクルコスチュームになっているトランザーと、まんまの白虎猛では、走る速度には差が出る。が、一瞬、手首のリストバンドに触れようとするのだが、単車のトランクに入れっぱなしで、今はしていないことに気づく。

「ねえ、アンタ。リッパーでしょ。変身して、足手纏いって言いたくないし」

「変身って?」即、後ろを見る白虎猛。

 追って来る二人の警官……。

「え? 人違い? そんなはず……」

 華歩を肩に担ぎ直して、トランザーを見る白虎猛。


 ――ミラクルコスチュームはAI電子粒子を全身に纏い……もともとの身体能力に、AIパワースーツ能力を加勢して、更なるパワーを得るスーツだ。タイプはそれぞれで。得意分野にハマるスーツを纏うことで、最大値を得ることができる。

 そして……体内に外科手術で指令デバイスがあり、意思の疎通により、スイッチが入る仕組みになっている。

 というミラクルパワースーツ……ミラクルコスチュームなのだ――


 白虎猛が肩に華歩を担ぎ直した衝撃で、目を覚まして、目をキョロキョロとさせる。

「ああ、ねえ、下して、猛」と、手足をばたつかせる華歩。

「ダメだ。暴れるな」

「セクハラで、警察呼ぶわよ」

「その警察に追われているんだ。俺たち」

「ああそうか!」

「夫婦漫才は、焼けるから後にして」と、共に走るトランザー。

 無我夢中で、トランザーに誘導されてきてしまった白虎猛の目に、黒っぽい大型トレーラーが見える。「うん!」と、方向転換して、そばの茂みをジャンプして飛び越えて、担いだ華歩ごと! 向こうに姿が見えなくなる。

 意表を突かれたトランザーは、立ち止まって、茂みに叫ぶ。

「ねーリッパー!」と、声が切れないうちに、茂みの上にジャンプして、背についている上体の七倍長の羽を伸ばして羽ばたくトランザー。ホバリングしつつ……二人の行方を探る。が、下界には二人の姿がない。

「うん、もー」と、空中ながら地団駄を踏むトランザー。

 茂みの中で身を潜める白虎猛と花瀬華歩。

「どうし(て、隠れるの?)」と、華歩が言い切る前にその口を抱えるように塞ぐ白虎猛。

「しッ!」

 人差し指を立てに自らの口を塞ぐ白虎猛。

 茂みに小枝の狭間に、上空でホバリングして探しているトランザーの姿。

 上を指差す白虎猛がまた、指で口を塞ぐ。

 その指先を目で追って……白虎猛を見た華歩が背にしがみついて、密かに泣く。

「今は耐えろ、華歩」と、耳打ちする白虎。

「訳、訊かせて、猛」と、耳打ちする華歩。

「華歩も。が、今は奴らをやり過ごすのが先だぜ、華歩」

「ん」と泣き止みかけている華歩が頷く。

 見て、微笑む白虎猛が、また上を見る。

 白虎猛に背中に抱きついて、顔を擦る華歩。

「おい、鼻水つけるなよ」

「なら、洗濯してあげる」

 上を見る白虎猛が、背に手の感触を得ている花瀬華歩の頭を手探りで抱えて撫でる。



   16


 向野岡遊園公園――遊園エリアそれなりのアトラクションが揃っている遊園地施設のエリアだ。

 間もなく夕日となる西の空の事情に……こちら側から見れば黒くシルエットとなっている観覧車。下部の乗降口から、今、花瀬華歩と白虎猛が赤い観覧車に乗り込む……。


 その中――太陽の見て、右に華歩、左に白虎猛(以後、猛)が座っている。

「そう、そんな事情が……」

「ああ。俺はある組織のエージェントだった」

「で、その組織って……」

「一般庶民の君には計り知れないから、それ以上は話せない」

「どうして?」

「知らぬが華だぜ」

「華歩だけに?」

「ハハッ(笑って)でも、ここまで見ず知らずの他人に話せてしまったのは、俺にも不思議でならないんだ」

「アタシって、聞き上手?」

「で、華歩は? あの良夫とかは何なんだ?」

「ああ、昨日、ふったばかりの元カレよ」

「元カレ?」

「ん。それよそれ! そういったことの意味が通じないって、不思議に思っていたの。でも、今聞いた話で、察しがついたわ、猛。ざっくりだけれどね」

「で、元カレって、何だい?」

「ようするに、男女が異性感覚を意識してお付き合いするっていうことで、いきなりか? デートを繰り返しながらか、エッチしたりもしたりしてね」

「エッチ?」

「ああ、あれ、猛、チェリー?」

「はあー? チェリーって、サクランボか」

「ああ……(そわそわ感ある顔をあからめて)でね、エッチは要するに、セックスする行為のことよ!」と、照れ笑いする華歩。

「セックス! ああ、交尾のことか?」

「それもだけれど……(猛を熱い視線で見つめて)要するに……(じわじわと顔を近づけて)こうやって……(猛の太腿にしなやかな指を添え進ませて)口閉じてッ(唇をその唇に少しだけ触れて)キスしたくなった相手とね……(二、三度チュッチュして目を見つめ、見詰められて)するの(重ねた口でモゴモゴと)」ディープキスを仕掛ける華歩。

 猛も初めてのキスに、戸惑いながらも、華歩になされるまま……といったことに似た感じの好きにさせて任せて、はじめてのキスを……。

「ムフッ、かわーい!」と、はにかむ華歩が猛の胸にその身を預けると、必然的に、誰からレクチャーされたわけでもないが、その腕が……猛の潜在意識が、華歩の体をソフトに抱きしめる。

 唇を離して、目深に顔を見る華歩。

「ねえ、しちゃおうか?」と、華歩の指がその胸板から……徐々に、腹……下半身へとお触り進む……。

「しちゃうって?」

「うん、いいから。いいよね?」

 華歩が自ら猛の手を……オッパイを揉まして……黒ジーパンのチャックを下げて……タケルーズシンを刺激することもなくスタンバっている。腹に乗せたにやけ顔の華歩。

「いま、天辺だから、下まで五分よ」

 華歩のリードで、エッチ行為が進行する。

「おお、すげえー。何だ? この感じは」

「心地いいでしょ、猛。これがエッチよ」

 外から箱を見れば、天辺に到達中の赤い箱が、若干揺れがある。が、危険状態には至らずで、観覧車自体が急停止することはないであろう……許容範囲の揺れだ。


 赤い観覧車が乗降口へと到達して、猛が降りて、華歩が降りる。歩きはじめるなり手と手が恋人繋ぎしてその指を絡み合う。

 もう夕日と言っていい太陽の光が、シルエットを演出する。園内を寄り添い歩く華歩と白虎猛のオレンジ色の中の黒いシルエット。

 華歩が横を向く。

「ねえ、どうする? 猛」

「なにがだ?」

「じゃあ、アタシんち、来る?」

「いいんなら、いいぜ」

「じゃ、決まり」

 華歩が前を向いて、猛の肩に頭を添える。自らの手で、猛の腕を腰に回させて……公園のこじゃれた門の入り口とゲート分けしてある出口へと歩いていく……。


 向野岡遊園公園の駐輪場――夕日を受けても角度を変えれば、その色は判明する。白い単車の横にピンクの単車が止まっている。寄り添い歩く白虎猛と花瀬華歩が来て、それぞれの単車を出して、跨る。

「じゃ、ついてきて、猛」

 ピースサインをヘルメットバイザー横につけて、前に出す白虎猛。二台のアベック単車が並んで走り去ってゆく。


 数時間前の上空――滑空するトランザー。

(あ! そうよ。今の女って……ターゲットの……写真に写っていた……娘? 確か)と、心で試行しつつ……飛んできたトランザーが黒っぽい大型トレーラーのもとへと着地する。

 左サイドの隠しドアが……タラップを出して開く。トランザーが入ると、ドアが閉じる。

「仕掛けてきたぞ、白いバイクに。走って一分後に、イヒッ」と、内部の会話……。


 と、ドカン!

 と、爆音が轟いて……黒煙の狭間に、ピンクの単車を巻き込み、白い単車が吹っ飛ぶ。



   17


 公園駐車場に止まっている黒っぽい大型トラックのトランク(荷台)。


 その中で、手枷足枷を嵌められて椅子に座らされている白虎猛。首部を垂れて気を失っている。

「こいつが、リッパーの世に忍ぶ本当の姿か、トランザー」

「うん。間違いないよ、ドラゴン」

「おいらたちは、その確かな素顔を知らない。明かすことはタブーだぜ、お二方」

「うん、プライベートタイムまで、土足で踏み込まれたくないものね。特に女は」

「ああ、ミッションはミッションで。それがコンプリートしてしまえば、かなりの時間を有しても自由でありたいぜ、おいらもな」

「ま。その点は俺も納得だ。それで、この男がリッパーだという証は? トランザー」

「うん……女の勘」

「勘?」

「ああ、トランザー。タブーを犯しているのか? 内心では!」と、タートルが勘良く聞く。

 トランザーがゆっくり首を横に振る。

「うん? どういう! ああ、恋愛か?」と、表情を俄(にわ)かに歪めるドラゴン。

「違う、わよー。そんなんじゃないわ、こんな優男」と、赤らげたにやけ顔で否定するトランザーが、使用していたコンピュータのエンターキーを押す。

 ドラゴンがトランザーを見て、首を傾げる。

「でも、あの女、確か、どこかで見たような」と、呟くトランザーが再びキーボードを使う。

「どうした、トランザー」と、タートル。

「うんう……」と首を振りつつ……エンターキーを押すと、トランザーが見ている小モニターに花瀬康生と花瀬華歩が一緒に映る写真が出る。背景に『COC30(コッコサーティ)脱CO2削減議定会議・関係者会見』の看板文字。

 トランザーがエンターキーを押すと、浮遊モニターに、花瀬康生と花瀬華歩がほほえましく写っている……『COC30(コッコサーティ)脱CO2削減議定会議・関係者会見』背景の写真が出る。

「ほお。こいつは使える。トランザー」と、ドラゴンがにんまりする。

「トランザー。裏付け情報ハックだ」

 ドラゴンの指示に頷いたトランザーがブラインドタッチで……キーボードを使用する。

「ま、此奴が先だ。それではそろそろ起きてもらおうか、優男に」とドラゴンが白虎猛を指差して、タートルを見る。

「おお、任せておけ」と左右の指を交互にポキポキとならして、首をぐるりと回すとボキボキと鳴って、白虎猛の目深に悠々(ゆうゆう)と立ってにやける。

「ねえ、でも、殺しちゃだめよ、タートル」とコンピュータの小モニターを見たまま……キーを叩いているトランザー。

「ああ、わかってるぜ、トランザー。聞きたいことが訊けなくなるからな」

「それに、ご命令だ! よおし、やれ」

 タートルが椅子横の装置のダイヤルを一瞬回す……気絶中の白虎猛の体が感電作用で震えて、項垂れる……ゆっくりと顔を上げる白虎猛。タートルの手にしている有線装置のダイヤル目盛りにボルト(V単位)で、左下が0目盛りで、頂点が200目盛り、右横目盛りが400目盛りとなっている。

「おお、感度いいな、貴様」と、タートル。

 上目遣いに見る白虎猛の目がもう危機を察知している。

「貴様に訊きたいことがある。素直に吐けば、苦しまなくてすむぞ」と、脅すタートル。

 危機を感じとってはいるが、単車ごと吹っ飛ばされてからの記憶がないことに、とぼけ顔を見せる白虎猛。

「ふうん。おいらは、ある部隊の上官だぜ。表情を見抜く眼力(がんりき)はあるのだ。とぼけた顔している(ダイヤルを200目盛り手前まで一瞬にして回す)ぜ!」

「うう……」と悶(もだ)えて、上目遣いに見る白虎猛の目。「何だ? いきなり、なんで俺が?」

「お前、リッパーか?」と、ドラゴン。

「リッパー……?」

「すっとぼけやがって」とダイヤルを回すタートルが、感電作用に震え悶える白虎猛を「ふうん。貴様の名をまずは訊こう」と問う。

 ドラゴンを上目遣いに睨む白虎猛。

「お前の名だ。知らない理由など立たないぞ」と、ドラゴン。

「……言ってどうする?」と、白虎猛。

「ああ、どうでもいいが、口が少しでも滑らかになればと」と、ドラゴンが言う。

 傍らで見ているトランザー。

「では、もう少し電圧を上げよう、まあ、並の人間にもまれに耐える者はいるであろうが、特殊性を意味する。やれ、200ボルト越えだ。タートル」

「ニヒッ!」と、笑ってダイヤルを200目盛りに回すタートル。

「ううう……」と藻掻(もが)き唸(うな)る白虎猛。

「さあ、貴様。名を言え」

「きいて、どー、する?」と、悶(もだ)えながらも言葉を発する白虎猛。

 見ているトランザーが些か目を細めるが、二人の後ろで、表情を読まれないでいる。

「お前、やはり、特殊訓練を受けているな」と、ドラゴンが言う。

 感電作用で震えていた白虎猛が項垂れる。顔を上げて、にやけた上目遣いに見る白虎猛。

「米、米倉三郎だ!」

「ああ、何? 人違いか?」と、凄むタートル。

 後ろで見ているトランザーが首を傾げる。

「トランザー。ハックして照会してみろ」と、指示を出すドラゴン。

 そっぽ向いて、唾を吐き、一瞬、不満顔をする白虎猛。

 トランザーが立ち姿勢で、コンピュータのキーボードを叩く。……間もなく……回答が来て『この国内の登録に合致する名前はありません』と音声付きで、モニターに文字も出る。

 モニターを見ていたタートルとドラゴン。

「きっさまー!」と、ダイヤルをいっきに200目盛り以上回すタートル。

「ううううおおおおお……」と、悶え苦しむ白虎猛。傍らで見ているトランザーが目を細めた上に、顔を伏せる。が、二人の後ろの為に、黙認もされてはいない。

「どうして、嘘をつく?」と、ドラゴン。

「さあ、なんか? お前らに、本名言っちゃうと、あっさり殺されそうな気なするんでな」

「死にたくないのか?」と、ドラゴンが訊く。

「当たり前だろ。こんな形で死にたい奴はいないだろう、巷には」

「ちまた……」とぼそっと口遊(くちずさ)むトランザー。「巷」とは、よくリッパーが使っていた言葉(ワード)! と気づくが、それだけではと様子を窺うトランザー。

「まあ、巷を使うものはたくさんいるであろうが、有力性が濃くなった」と、ドラゴン。

「どうする? ドラゴン。続けるか」

「ああ、だが。リッパーだった場合、殺せない。『連れて帰れ!』と言うのがマター様のご命令だ」

「ああ」と、返事するタートル。

「よおし。女を出せ」と、ドラゴンが指を差す。

 トランザーがキーボードを叩く。と、白虎猛の横壁が蛇腹に開いて、白虎猛と同様の椅子に座らされ、手枷足枷で固定されている――上下セパレート下着姿の花瀬華歩が項垂れ気を失っている。

 華歩を、一瞬だけ見た白虎猛が前を向いて、首を傾げる。

「どうだ、お前。この女と知り合いだろ」

「……」無言でドラゴンを見る白虎猛。

「トランザーが一緒に逃げるのを目撃しているし(モニターに華歩と赤い観覧車に乗って、顔を近づけている地上からの動画がモニターに流れて)……さっきハックして入手したこの動画が何よりに証だ。言い逃れできんぞ。お前」

 トランザーが白虎猛を明らかに見て、表情を歪ませ口を尖らせ嫉妬する。

「ああ、そう来たら知り合いだ。が、今日偶然知り合ったばかりだ。そんな女がどうっていうんだ? お前さんは」

 タートルが、華歩の四つの枷(かせ)にコードを、トラックなどの大型用バッテリーのクリップで繋ぐ。

「だとしても、今、お前が味わった電圧を流したら、お前はどう反応するかと思ってな」

 タートルが電圧ダイヤル装置を手にして、ダイヤルを指で摘まむ。

「だから、知り合ったばかりの女が……」

「やれ!」とドラゴンがタートルに合図する。タートルがダイヤルを200目盛り手前まで回して、すぐさま戻す。

 気絶している華歩の体がピクッと跳ねるように動いて、「いたあい」とゆっくり目を開ける。何か覚えもない空間に連れてこられたことに、キョロキョロして驚く。

「え、どこ? ここ! アタシ(前を見る)あ、あなた達って、何? (横を見る)え、猛?」

「はあーい。もうとぼけられないな」と固定されている右手でVサインを出して、華歩に向かって微笑む白虎猛。

「よおし、お前の名は?」と、ドラゴン。

「だから米倉三郎だって」と言い切って、華歩に向かって、左目を瞑(つぶ)ってウィンクする白虎猛。

「ウィンクしたの?」と、トランザー。

「目にゴミが」と、とぼける白虎猛。

「流石にしぶといな、お前」と、白虎猛の方のダイヤルを回すドラゴン。300目盛りぐらいまでダイヤルの印がいっている。

「う、おおおおおおお……」と、叫ぶ白虎猛。

「たけ、ああ、サブちゃん」と、察した華歩が白虎猛が今、騙(かた)っている名を言いなれたように呼ぶ。

「よおし、女もだ。200。タートル」

 二ッと笑って、ダイヤルを回すタートル。

「きゃあああああ……」と悲鳴から奇声へと変わる華歩の叫び声。華歩がガクリと前屈みに項垂れる。椅子は床に固定されているのでひっくり返らない。背もたれに背をつけて、首を前に垂れた格好の華歩。

「ああ、あ。死んじゃうかもね、カノジョさん」と、トランザーがボソッという。

「どうだ、あの女が死んでもいいのか? お前は」と、冷ややかに言うドラゴン。

「別に、知り合って間もない女だ。が、人が死ぬ様(さま)は気持ちがいいものではないけれどな」と、白虎猛が答える。

「だが、貴様! 相当鍛えあがっているようだな。これだけ高い電圧を帯び続けても、それだけ意識がはっきりしていられるということが、何よりの証拠」と、しめしめのタートル。

「これに耐えられる訓練。若しくは、体内外科手術で特殊改造を施された人間か」と、ドラゴン。

「そうね、そんなことされているのは、この惑星規模でも……そう多くはないと思うわ。私も」と、トランザー。

「チっ!」と舌打ちして、「バレたかな? 俺は米倉農園の丁稚(でっち)奉公人(ほうこうにん)、米倉三郎だ!」と手足に力を込めて、一気に鉄製の枷を引きちぎって、「トゥリャ!」と掛け声一発体当たりで突っ込んで、タートルを足払いで倒して背に肘鉄をくらわす。次いでドラゴンを低い体勢から威嚇(いかく)するように擦れ擦れで飛んで、背中に一撃パンチする。トランザーの項に水平チョップして、一瞬の隙を突いて全員の意識を刈り取る白虎猛。華歩を見て、近づいて、手枷足枷を引き契って、左肩にくの字に担(かつ)いで、その椅子の後ろの壁を蹴り破る。今は何もないバイク専用のカードック(格納庫)!

 物音に、ドラゴンが首を振って、見る。

「くそ、俺としたことが、不意を突かれた」

 華歩を担いだ白虎猛が後方軽金属性シャッター式パネルを蹴破って……そのままの勢いで外へと飛び出していく。首を振って起き上がったドラゴンが、駆け寄って外を見る。


 その外――タートルとドラゴンがトラックの荷台後方から出て、トランク上部からリモートサーチライトが出て周囲を照らす……。

 トランザーが飛び出す……猛禽類ミミズクの目を持つその目が朱色を強く帯びる……「隠れん坊が上手みたい」と上空から呼びかける。

トラックの後部に集まるトランザー、タートル、ドラゴンが互いを見て、首を横に振る。

 が、もう二人の姿はどこにもなく。向野岡遊園公園駐車場の上空に満天の星が広がっているのみの、人っ子一人いやしない深夜だ。

 茂みに突き刺さったピンクと白の単車。



   18


 翌朝の周囲が閑静な住宅地のいくつか立っている中層階ビルマンションの街並みに、注ぐ朝日の薄らいだ日の光が絣雲の半透明に滲(にじ)んでレースカーテンを描いている。

 中層階の一つ――マンションの駐輪場に、カウルの一部が破損したピンクの単車と、隣に擦れた傷がついている白い単車が止まっている。

 そのマンション一室の寝室――白を基調に淡いピンクの家具や装飾内装の部屋。クイーンサイズベッドで、花柄毛布を主に被った花瀬華歩と、白虎猛が寝ている。

 上半身が明らかな裸で、その左胸にしがみつくように寝ている華歩。猛も上半身は裸で、大の字状態で寝ている。花柄毛布の中の両者は裸体状態なのが……ベッド脇のカーペットの床に散乱しているブラックジージャンとジーンズ。黒のスキニージーンズとトップス。それらの上に華歩がトラック内で着けていたピンクと黒のセパレートブラとパンティ。メンズものパンツが絡み合うように乗っているのが、何より裏付けている。

 大の字状態の猛(たける)が寝返り撃って、左に向いて、包むように毛布の上から華歩を抱く。

 その腕の重みを感じて、薄ら目を覚ます華歩。上目遣いに猛の寝顔を覗いて……うふんと、吐息に近い笑いを微かに立てて、その腕の中に顔を埋める。

「ふん」と、猛が抱いた手で華歩の頭を撫でる。

 華歩がこの胸板をもじもじと擦る。

「起きてるの? 猛」

「ああ、何となくな」

「おはよ、猛」

「ああ、おはよ」

 見詰め合う華歩と猛……もう遠慮要らずの二つの唇が自然に近づきあって、重なる。

「ああ、おおきいー」と、徒顔で見る華歩。

「……」と言葉を選びきれずに微笑む猛。

「する?」と、照れ笑って……顔を毛布に潜り込ませていく華歩。

「おお!」と、思わず口から漏らす猛。

 潜った華歩が毛布の中でもぞもぞと動く。

 華歩の世帯部屋の玄関ドアの外の廊下――玄関ドア横の壁に『HANASE』の表札。

「ああーん! 猛って、強すぎぃいーッ!」と、声は一切漏れてはいないが、その寝室内では遠慮しらずに喘(あえ)ぐ奏でる華歩と奏者の猛。


 ダイニングキッチンーー華歩が全裸にバスタオルを巻いてキッチンで料理している。

 バスルームの折り戸の開閉音がして、間もなく猛が全裸でダイニングに来る。

カウンターと、箸とフォークとスプーンが二セット置いてある手前テーブルの狭間に立って、キッチンの華歩を見る猛。

「ああ、出たぜ、シャワー」

「うん」とチラッと見た華歩が「うふっ、細マッチョだよね、猛って」とこっぱずかしさに任せ手を動かす。

「細マッチョ?」

「ん。兎に角女子ウケいい体っていう意味よ。猛」と、尖らせた口を些か出す華歩。

「うん?」と、些か首を傾ける後ろ姿の猛。

「浮気しないでね、猛」

「浮気って?」

「ほかの女といたしたりすることで、デートやエッチをしないでってお願いしているのよ、猛にね」

「どうしてだ?」

「ジェラっちゃう……ああ、わかりやすく言えば、焼けちゃうからしないでね」

「どうしてほかの女とセックスしちゃいけないんだ?」

「イケないっていうことは、法では定められてはいないけれど、一夫一婦制からくるモラル的にNG(エヌジー)とされている世の中の常識よ」

「法律で禁じていないのに、世の中……って? ああ、巷でダメって言っているだけのことをしちゃだめって、どうしてだ?」

「どうしてって……情的な問題からかなー?」と華歩も首を傾げる。「できた、服着て、ここに座って」とハムエッグが乗った皿を二つ持ってきて、テーブルに置く。

「服?」

「公衆の面前でないからいいんだけれど、アタシの目のやり場が……ああ、いい意味で。ううん……(悩んだ顔を一瞬して、明るい表情をして)またエッチしたくなっちゃうし」

「すればいいじゃん」

「でも、終始つかなくなると、生活パターンに支障を大きくきたしてしまうわ」

「生活パターン?」

「これから、モーニングをすませたらね、アタシは大学に行って、講義を受けて、猛と出会ったスタンドにバイトしに行ってって、生活パターンを行うのよ」

「ああ、俺も。オヤッさんの農園! 今って何時だ?」

 指差す華歩。その先に荒い目盛りのお洒落アナログ時計がある。

「……八時よ」

 見る猛の目が……瞼(まぶた)が開く。


 ――白虎猛の脳裏に蘇る、米倉一郎の声。「イチゴは今日までだ。明日は朝から片付けに入る。手伝ってくれるか、猛」

 と、にこやかに願う一郎の顔――


「やば、俺も、仕事」

「でしょ、あるでしょ。やらなきゃならない日常が」

 話している間に、華歩はキッチンと行き来して……トースト朝食を用意する。

 一方の猛は、突っ立って話を続けていて、すぐのドアが開いたままの寝室に入って、パンツを着けて、ジージャン、ジーパンを持って戻って来る。

「モーニング済ませたら、お出かけしよ、猛」

「朝飯? ああ、いいぜ。華歩」

「ああ、これはね、トーストと言って……」

「食パンを焼いたんだろ。流石にこれは俺でも経験済みだからな、華歩」

「ああ、ごめん、出しゃばった?」

「いいや、何でも解釈してくれようとする、華歩に感謝しているぜ、俺は」

 言葉無く屈託のない笑顔になる華歩。

「あれだけ、世間知らずで訊けば、そうなることもあるさ、な、華歩」

 屈託の無い笑顔のままで、大きく頷く華歩。

「今度俺も料理してやるよ。華歩」

「え、料理できるの? 猛って!」

「ああ、できるさ。頂くぜ」と座って、トーストを何もつけずにパクつく猛。

「ああ、マーガリンとかつけないの?」

「うん……マーガリン?」

「あれ? トーストには底板(ていばん)の……」

「これか?」とバターナイフが切れ込みについているマーガリンのケースを持って、蓋を開ける猛。「そう、それよ」と、猛が開けたマーガリンを、バターナイフですくって猛の食べかけトーストを取って、塗って、「あーん!」と笑顔で出す華歩。

 猛が開けた口を近づけて、食べる。

「う、うめえ! こんな喰い方があったのか」

「ううん。ああ、それと、言葉遣いが乱暴すぎるから、直した方がいいわよ」

「言葉遣い? 俺」と、自ら鼻を指差す猛。

「ううん。アタシとならいいけれど。見ず知らずの他者との初対面では、普通の言葉遣いにした方がいいかも。印象から損しそうだし」

「ああ、やってみるぜ。華歩」

「それ。やってみるぜの、ぜを、やってみる、とか、やってみるよ、若しくは、ねで、締める方が柔らかい感じになるよ」

「えー、ねって、女くせーよ!」

「それも! 女を否定しすぎ! 今、そういうのって、差別化排除思考過剰になっていて、厳しいから……」

「えー、ねって、言う方が女子っぽい……ぜ」

「ああ。惜しい! ぜを、ねか、よで」

 目を凝らす猛。

「じゃあ、よ、で語尾を」

「女子っぽいよ」と顰(しか)めた顔に、引きつった笑みを浮かべる猛。

「berry―good!」と、親指を立てる華歩。

「ま、やってみるぜ。あ、よ」

「うふッ。まあ、フレンドリーチックは、普通ではいいと思うけれどね」と、トーストを手でちぎって食べる華歩。

「普通って?」と、箸でハムエッグを食べる猛。

「普通っていう意味はね……普通なんだけれどね。(悩んだ顔で、ハムエッグをナイフとフォークで食べる)一般(モグモグして)的って(飲み込んで)いう意味よ」とグラスの水を飲む華歩。

 口の中の食べ物を噛んで、水を飲む猛。

「で、料理って?」

「ああ、ラーメンだぜ。ああ、ラーメンだよ、インスタントの」と、ドヤ顔する猛。

「あはっ。そんなの教えれば今時の小学生でもできるのよ、猛。やっぱ、可愛いィ」

「え、そうなんか?」と時計を見て、「ああ、時間ねえぜ、わりい、俺、行くわ、オヤッさん農園に」と、そそくさと立ち上がって、上下ジーンズを身に着けて、ドアに行く猛。

「ああ、もー言葉遣い!」と立ち上がって、ドア口に行く猛の腕を掴んで、振り向かせて、「キーは玄関のチェストの上よ」とその首を両手で掴んで微笑む華歩。

「ああ、わかっているぜ、ああ、よ」と、見つめ返す猛。

「単車、お釈迦にならなくてよかったわね」

「ああ。そうだね。茂みで助かった……」

 近づく二人の顔……。

「ここのカギつけといたから……」

 白虎猛と花瀬華歩がディプキスする。



   19


 脱CO2削減議定会議――会場となった孤島のNEWLANDと明記された空港に、小型のチャーター機が五機着陸する。黒塗りワゴン車が来て、高級スーツに身を包んだ紳士淑女を乗せて、空港口から出て行く……。

 同・NEWLANDと記載された船着き場に、豪華客船が接岸する。黒塗りワゴン車が来て、着飾った紳士淑女を乗せて海岸から走り出す……。

 未だ大木と呼べる木々もなく、ゴロゴロとした溶岩の岩肌が広くある小高い丘の上に、近代の建設技術で設けられてリゾートホテル。

 ……黒塗り車がぞろぞろと来て、玄関先で、スーツの紳士淑女を降ろし。また、黒塗り車が来て、ドレスアップした紳士淑女が降りて、低調にお辞儀するドアボーイに軽く手を上げるなりして……さぞや高級感のある玄関に入っていく。ホテルの周囲には人工緑地がある。

 その地下駐車場――入口専用通路を、ゲートを通って、各社テレビ局の車が入ってくる。各駐車スペースに止まると、運転者が降りて、各枠に備わっている……EVカー専用コードプラグを、フロントにあるプラグに装着する。壁から出ているプラグコードのコントロールパネルのモニターに『充電開始』とコマンドが出る。装置に『セルフ充電式・FULLCHARGE・AUTOOFF』の文字があるプレートとグローバル共通表示のシンボルマークがある。

 テレビ局の車から……花瀬康生が降りて、機材の大荷物を積んだ手押し台車や、カメラを肩に担いだ関係者らと『COC30(コッコサーティ)脱CO2削減議定会議関係者RESERVE』の電飾表示板の地下玄関口へと入っていく……。その中に、リポーターの尾島桃子もいる。


 ラウンジ――五人の高年男女が雑談している。それらの片耳に、イヤホンがついている。

「米大統領。私の国ではすでに、五十パーセントまで削減を記録しましたわ」と白地に青十字架国旗バッジを胸につけた聖女風にドレスアップした女性が話す。

「我が国家の領土は広く。統一するのに時間がかかるのです。しかし、石炭から風車とソーラーパネルへの切り替えは国土の半分には至りました」と星条旗バッジの男性が話す。

「おいらの小国では、エタノール燃料への切り替えが……。ところでジャポネはどうなっている?」と緑に青い惑星デザインの国旗バッジをつけた男性が続く。

 白地の赤丸バッジの高年齢者男性が翻訳機のスイッチを入れて、説明する。

「わが国では、もともと資源の殆(ほとん)どは輸入です。輸入先の国との調整問題もあるし。それらを取り扱って来て我が国の庶民の今後に至るまでを考慮すると、即座に切り替えれば、雇用を失う国民がぞろぞろと出てしまう。我が国の体質性は人の情を重んじます。軒並(のきな)み潰れるガソリンスタンドなど、事を起こす上での末端までの問題をも考慮しないとならない国なのですよ。ま、各大臣にお任せだすが」

「そんな悠長なことを言っているから、各国から後れを取っているのでは、総理」

「私の国は、国土は北米にも匹敵します。ですが、世界遺産も多くありますが、それらを犯すことなく、ソーラーパネルでの電力エネルギー確保に努め、今では国土の七割を独自に賄っておりますわ」と、チャイナドレス風スーツの40代女性が話す。

「貴方は、国領主席の代理人でしょ」と、最初に口火を切った聖女風女性がツッコむ。

「はい。ですが、私の言葉は主席のお言葉なのですよ、フィン・バロン大統領さん」と、余裕の笑みを浮かべるチャイナスーツの女性。

「ま、そういったヒートアップは、会議の中で、ね、日本国総理」

「ですね。ここは、和やかに過ごすことを支持しますよ、我が国も」と、明らかなる日本国総理大臣。

「ああ、総理がいるぞ。インタビューだ」と、花瀬康生の声がして、テレビ局陣営がラウンジの五人を見る間に囲む。

 スーツ姿ながら胸元を大きく開けて、オッパイの谷間を強調するスタイルで、さらにあざとく見せるように、マイクを近づけた女性リポーターがいきなり訊く。

「これはこれは、主要な先進国のお歴々。こんなチャンスは滅多にないわ。インタビューさせてください」

 面食らう五人の代表者たち。

「あの、今は休ませて、貴女」と、チャイナスーツの女性が断りの口火を切る。

「おい! お前ら」と、米国大統領。

 と、階段や吹き抜け二階のバルコニー枠あたりで、黒スーツで見張っていたSPらが、たちまち五人を囲って、報道陣らの間に入る。

「どうして、いいじゃないの」と『尾島桃子』の顔写真付き名札のリポーターが引き下がる。

「そんな、谷間は閉まっておきなさいな。国に汚泥を塗るようなものですよ」と、フィン・バロン大統領が声おばを残して、黒服に囲まれて通路を行く……。

「あのオバサンって、僻(ひが)んでるよね」

「でも、垂れてはいるがあっちの方がデカそうだよ、オッパイは」とADスタッフ。

「しょうがない。ここで、嫌われては元も子もない。一旦引いて、正々堂々と会議の場の会見タイムで勝負掛けるぞ」と花瀬康生が歩き去る。機材が乗った台車や、カメラ、尾島桃子リポーターはマイクを持ったまま、通路を奥へと花瀬について行く。


 孤島――未だ大木と呼べる木々もなく、ゴロゴロとした溶岩の岩肌が広くある小高い丘の上に、近代の建設技術で設けられてリゾートホテル。それでも、草原地帯が何とか広がりを見せていて、自然が織りなした緑化地帯も見受けられる。そんな中に、いきなり一本のセイダカアワダチソウが生えて来て……徐々にヒトガタへと蘇生を変えていく……。

 飛行場へリポートにはテレビ各社のヘリが。軍用的大型ヘリもあり。機動隊専用の警察ヘリも見られる。その片隅に、日の丸国旗をつけた黒っぽい武装ヘリも止まっている。

 大鳳金一がヘリポートを背にした海岸線沿いで海を眺めている。

「昨今は、送受信信号に異常性をきたさなければ、疑う余地もなく、こういった極(ごく)重大会議の場とて、セキュリティが甘くなる。自信過剰がうえの盲点だ。行け! ダーティグラスよ。目標を生贄に、会議を乗っ取り、我が声明を唱えるのだ。基地にて吉報を待つ」

 振り向いて、高齢者の部類さながらの若い出で立ちの紳士で……ヘリへと歩む大鳳金一。

 唯一の草原で――朝日を浴びてすさまじい早さで成長を遂げたヒトガタのダーティグラスが、吠える。頭上をヘリが飛んでいく……。



   20


 米倉農園のハウス内――ベンチのイチゴの株を手で引きちぎって、一輪車に捨てる白虎猛。同様に、ゆっくりではあるが米倉夫婦も作業する。

「オヤッさん。遅くなったぜぇ……ああ、すみません」

「おお、言葉遣いを直そうとしているのか? 猛は」

「うん、気づきは進歩の第一歩よ、猛ちゃん」

 作業をしつつ、話す米倉夫婦と白虎猛……。

「でも、どうしてイチゴを捨てるんだ? オヤッさん」

「もう、勢いがなくなったからな」

「老いたっていうことか? オヤッさん」

「まあ、そんなところだ、猛」

「それに私ら夫婦も休み期間が必要ですよ、猛ちゃん」

「ああ、そういうことなんだね、好子ちゃん」

「でも、一カ月もすると、また別の野菜を始めるのさ、このハウスで」

「別の野菜?」

「ああ、夏場の猛暑までに、ミニトマトをするのさ」

「ミニトマト?」

「トマトは熱さを好む性質がある。大玉トマトは玉割れしやすいが、ミニだと意外とコントロールが利くのさ」

「コントロール?」

「環境制御して、管理するのさ。そこの配電盤にあるコントロール装置を設定して、管理するシステムのことさ」

「環境を弄(いじ)るのか? オヤッさん」

「そうだ。毎時(まいじ)見ていなくて済むのさ」

「うん。家で自由にしていられたり、少しのお出かけなら、平気なのよ、猛ちゃん」

「お出かけって? 好子ちゃん」

「今では、リゾートスパで温泉に浸かって来るのが、私ら夫婦の楽しみなのよ、猛ちゃん」

「どうだ、猛も一緒に行ってみるか?」

「ああ、いいぜ。温泉って、デカい風呂だろ」

「そうさ、わかっているな、猛は、ワハハハハ」と高笑いする一郎。満面に微笑む好子。

「予定数完了だ。もういいよ猛。好きにして」

「ん。ありがとうね、猛ちゃん」

「ああ、このくらいお安い御用だ、好子ちゃん、オヤッさん」

ハウスを出て行くい白虎猛の後ろ姿。


 居間――何となく点けたテレビを眺めている白虎猛。座って、後ろに両手をついて支えている。

「おおそうだった。こっこ、こっこ、こけーのコッコ会議の中継が……」と一郎が駆け込んできてリモコンでチャンネルを変える。

「ああ、今の、見ていたか? 猛」

「いいや、何となく点けたら、やってた」

「じゃあ、いいよな。これ、俺、見たかったんだよ」

「ああ、いいよ。オヤッさん」

 画面に、孤高の島の俯瞰映像が爽やかなイメージの音楽を背景に映って……空港と、船着き場の様子が二分割になって『NEWLAND』の看板がアップで映る。画面の横から女性リポーターがフレームインして、マイク片手に話す……あの、オッパイ谷間見せ女リポーター、尾島桃子だ。

「皆様こんにちわ。台場ティビー(TV)のリポーターの尾島桃子です。(お辞儀して)御覧下さい(後ろに手を翳して)これからこのリゾートホテルの会議室で、COC30(コッコサーティ)脱CO2削減議定会議が開催開会されようとしております……」と風で髪が口に入りながらも話しまくるリポーターの尾島桃子。


 NEWLAND、リゾートホテル前――尾島桃子がマイク片手に話す周りに、カメラ、反射板、中腰姿勢のAD、チーフアナウンサー兼企画PD(プロディサー)の花瀬康生がいる。

「……本日の日程は、各国代表の顔合わせとして紹介と。開会に際しての各国選ばれしスピーチ女子の主張が組まれております……」と、また、口に入った髪を手で除くのだが、数本束になった髪は口に入ったままだ。


 米倉家の居間――テレビの画面に映っている尾島桃子リポーター。テロップに『各国女子によるスピーチ、15時から』とある。

上半身が映っていて、広めに開いた胸元からオッパイの谷間がはっきりと見えている。

「おお、オッパイデカいな、この女」と猛。

「アハッ」と笑い声を立てて、盆にコーヒーカップを三つ持ってきた好子が、銘々にカップを置いて、「デカいな、はね、大きいなっていった方が一般的よ。猛ちゃん」

「ああ、そうか。大きい……」と、上を見る白虎猛。

「豊満と言う言い方もあるぞ、猛」

「もお、貴方!」と、手で軽く一郎の腕を払うように叩く好子。

「そういえば、猛」

「なんだい、オヤッさん」

「昨夜はどうしていたんだ?」

「ああ、スタンドにガスチャージいったら、そこの女子と仲良くなって……」

「そこの女子って、スタッフか?」

「ああ、そうだよ。オヤッさん」

「って、ことは、華歩ちゃんか?」

「ああ、そうだ。どうして知ってるんだ、オヤッさんは」

「あそこはね行きつけているのよ私らもね」

「ああ、そなんだ」

「それで、どうしたんだ、華歩ちゃんと」

「ああ、昼飯一緒に食って」

「そこは、それでもいいわよ、猛ちゃん」

「ああ。食べて、華歩の元カレっていうのに絡まれて。そんときは、俺も華歩のことは別にってな感じで、単なる女としか見て……ああ、思っていなかったんだが」

「だが。何、猛ちゃん」と、身を乗りだし始めている好子。

「まあ、でも、仕掛けてきたからやっちまって、でいいのか? 言葉遣い」

「まあいいわ、そのほうがこういった話は盛り上がるわ、猛ちゃん」

「やっちまって。その場はしのいで。単車の調子を見るために、流し走っていて、何とかっていう公園の看板が目に入って、行ってみたんだ。そこで……」と話す白虎猛。

 聞き耳を立てまくりの……好子。

 テレビを見ながら、目を猛に向ける一郎。

「……という訳で、昨夜は華歩んちに泊まる羽目になったんだ、オヤッさん」

「ええ、エッチしちゃったの華歩ちゃんと」と、目を剥くように驚いているものの、興味津々で嬉しそうの楽しそうに合いの手を混ぜて訊く好子。

「どうだった、猛ちゃん。華歩ちゃんって」

「ああ、よくわかんないけれど、気持ちよかったぜ、好子ちゃん」

「ウッええーまあ、そうよね、まだティンだものね、華歩ちゃんは」

「ティーンって?」

「ああ、十代で二十(はたち)前の若者のことを言う言葉さ」と、またテレビを見る一郎。

「ああ、そうなんだ」

「だがな、猛。今回のケースは華歩ちゃん同意と考えられるが、場合によっては、十代の少女とセックスすると、犯罪になるケースもあるから気をつけろよ」と真剣な目の一郎。

「犯罪?」

「ああ。意志に反して。レイプって聞いたことあるか? 猛は」

 ガン見状態の一郎に、白虎猛が頷く。

「強制わいせつ罪で、捕まるケースもある。そうなると、重要参考人から、容疑者へと、権力に置いて、持っていかれるケースはまだあるようだからな」

「でも、弁護士とか、黙秘とか……」

「それは逆効果にもなりかねん。検挙の観点から、威信をかけて決めつけ取り調べを行ったうえで、何れ罪人扱いに持っていかれ、冤罪(えんざい)でも、やりました。の言葉を言わせる。近所に聞き込みとか言いて、ここだけの話ケースで、言いふらされて、外堀からプレッシャーをかけてくるケースも聞く」

「どうして、詳しんだ、オヤッさんは」

「元デカだからさ。それの理不尽行為が嫌で、俺は早期退職して、この農園をはじめたのさ」

「あれ? 遥も」

「ああ、そうだ。まあ、若いし将来性はある。それに、今は昔ほどではないと聞く」

「ということは、ゼロでもないということか」

 テレビに目をやって、頷く一郎。

「それで猛ちゃん。華歩ちゃんとお付き合いするの?」

「ああ、なんか、分からないが。そんなことを言っていたような? 華歩なら悪いようにはならない気がしてOKしといたよ。好子ちゃん」

 と、突然、一郎がテーブルに強く手を突いて、立ち……外へとツッカケを履いて行く。

「あ、どうした? オヤッさんは」

「ああ、あの人ったら、もしかして……」

 連れ添った夫婦の勘で、遥と猛のケースを考えていたが。別の恋人が出現したことに、一郎がやり場のない苛立ちを覚えたと、好子。

「なんだ? 好子ちゃん。俺、何か悪いこと言ったか?」

「うんう(首を横に振って)いいのよ、恋愛は自由だもの。猛ちゃんはまだ独身でしょ」

「独身?」

「結婚していないでしょ」

「ああ。してないよ、好子ちゃん」

「私とする?」

 猛が面食らった顔で見る。

「あら、真に受けないで、猛ちゃん。冗談よ」

 豊かに顔を変化させて、薄笑いする白虎猛。



   21


「何だ、お前らは。ウワー」と、何時になく荒げた米倉一郎の声が庭から聞こえる。

 居間に居合わせた米倉好子がテーブルに身を乗り出すように前傾になって庭を覗く。

 サッシ戸付近にいた白虎猛が四つん這いになって移動して、庭を見る。

「オヤッさん」と、状況を瞬時に把握できてしまった白虎猛が、裸足で庭に飛び出て……ジャンプして、不信感ありありの男女二人に蹴りかかる。

「お前ら、ロイドだろ」と白虎猛が言い当てると。リクルートスーツ姿の男女が戦闘モードコスチュームに変貌する。男は武道派風で、女は弾帯を襷(たすき)掛けしたミリタリー姿で、マシンガンを手にして構えている。

「オヤッさん!」と呼ぶが、動かない一郎。

二体を警戒しつつ、家を見る白虎猛。案の定好子がサッシから様子を窺っている。

「好子ちゃん。来るなよ! オヤッさんは、俺が」と、素早い動きで、男女のロイド手前に倒れ込んでいる一郎を攫って、サッシの好子のところへと運ぶ。

「好子ちゃん。オヤッさん入れたら、ここ閉めて鍵かけておけ」と、真剣な眼差しで猛(たける)が訴えると。俊足を飛ばして白い単車へと走る。

 ロイド二体もただ黙って見ているわけではなく……フリーハンド内臓通信機で、チームキャプテンであるドラゴンへと、状況を報告している。


 数分前――その庭にスーツ姿の男女が入って来て……納屋に止まっている軽トラの陰の白い単車を探る。

「キャプテンドラゴン。あの白いオートバイが止めてある家を発見しました。ご指示願います」と、朱色に目を輝かせるロイド。

「ロイド3号。ご苦労。4号と共に、そこの主に話を聞け。今、電子頭脳内にビジョンとして送った写真の男がいるかを確認せよ」

「ラジャー。キャプテンドラゴン」

 と、ロイドが通信中だったところに、歪めた顔をした一郎が庭へと出てきて、見慣れない男女二人と遭遇し、「何だ、お前らは」と、荒く尋ねると。いきなり尋常にないスピードで鳩尾にパンチした女性タイプのロイド4号の足下に一郎が「ウワー」と倒れているとき、サッシから四つん這いになった白虎猛が見て、飛び出しドロップキックを放ち、着地する。

 ロイドに睨みを利かせる白虎猛が一郎を担いで、半身バック状態で、サッシから見ている好子のところに連れて行き、助言し、再び白い単車へと、ということだ。


 今の米倉家の庭となって――睨みを利かせて近寄って来る白虎猛。

 対する二体のロイドは、男型格闘タイプと、女型ミリタリータイプが、また目を朱色に輝かせる……。

「キャプテンドラゴン。居ましたよ、写真の男ッ」とミリタリー女タイプロイドが、白虎猛を見ながら内臓通信で、報告する。マシンガンの銃口は、無論のこと向けられている。

 と、もう一体のロイド男タイプは武道派コスチュームで、前にした右手に拳をつくり、胸の前に構えた左手は手刀をつくっている。

「五分で行く。足止めしておけ! 3号、4号」と、通信でドラゴンが命ずる。

「ラジャー。ドラゴン」と通信が切れて、マシンガンの引き金にかけた指先……。

 白い単車のトランクから、特殊素材の外向きに鮫の背鰭(せびれ)のようなヒレ型刃が付いた手甲を出して、両手首を通して装着する白虎猛。見れば……サッシの中から好子が見ている。

 ニヤッと笑った顔を好子に向ける白虎猛が、「トゥリャ!」と、その場(ば)飛(と)びして……宙で逆さ一回転捻りして……庭に素っ気無く着地する。肩幅均等立ちで両手を軽く下げたニュートラルポジションをとる。

 と! 左右の手甲が白く光り輝き……白虎猛の全身に回ってまた輝く。光が納まると、全身四獣柱の白(びゃっ)虎(こ)柄で、両腕の刃を備えた刺客、同柄マスクで半分顔を覆った、リッパーが露になる。

 と、瞬時に飛び出しダッシュするリッパー。瞬く間に手前の格闘家タイプに、右ストレートを繰り出し――ガードする野太い右腕よりいち早くスルーしてヒットする。体制を奪って倒れる最中に……後ろ回し蹴りで吹っ飛ばす。大きな庭石に背を思いっきり打ち付けた男が項垂れると、瞬時にロイドに戻って、小爆発を伴って脱力する。チッとする白虎猛。

 と、一方の――ミリタリーマシンガン女へと攻撃が転じている間の……リッパー。その推定初速はマッハに近い動きだ。が、ふさわしい言葉を選べずとも感覚は潜在的に備わっている人であるリッパー。お世話になったと充分に言える米倉家を巻き込みたくないと、何時にないリスクを自ら負って戦っている。

 マシンガンが連射する……初速マッハでは、矢継ぎ早な弾の一発一発が見えて、左右の刃で薙ぎ落とす。距離を縮め……射撃困難な至近距離を取って、跳ね上がってのキックを放ち。紙一重で屈む女形に避けられ。伸びきった足が落ちる重力への反動を利用して、その肩へと踵を落とす。バキっと! 鉱物ボディに亀裂が走る物音がして、肩から煙が上がる。

 白虎猛は地についた足ですかさず地を蹴って、後ろに回っての回し蹴りを放つ! と、ミリタリー女タイプロイドが倒れて首から煙を上げて、ショートする音とともに脱力する。

「猛ちゃん!」と、声に白虎猛が向くと、サッシを開けて、口を開けた好子がいる。

「俺、家出する。ありがと、好子ちゃん。オヤッさんにもよろしくな!」と、白い単車に跨って、瞬く間にも、道路へと走り去っていく白虎猛。

 一足(ひとあし)遅く! すさまじい勢いで走り着たドラゴンが、好子に訊く。

「オバサン。ここに、優男いなかったか?」

「いいえ、うちは女の子ばかりの姉妹です」

 ドラゴンが好子の目を見て、自分の目を光らせる……「嘘ではないようだ。急いでいる。命だけは勘弁してやるぞ、オバサン」と、走り去っていくドラゴン。

 大きな庭石の陰に壊れたロイドが二体倒れているが、死角で目に入らずに道へと行ってしまったドラゴン。

 サッシから好子が見ていて、首を傾けて、睨む。

「オバ、オバ……オバサンって、誰よ!」

 と、叫ぶ声はもうドラゴンには届かない。

 首筋を抑えて一郎が、「猛は」と、好子の横から顔を出す。

ただ、首を左右に振る好子。

 納屋の軽トラが、まるで息子の白い単車を失ったように……また、一台のみで止まっている。



   22


 幹線道路――白い単車を飛ばす、リッパー姿を意思の疎通で解いた白虎猛。左右の腕にヒレ型刃を格納状態にした特殊素材製手甲がついたまま……。

「ロイド3号、4号。リッパーらしき男は何処だ? おい、3号、4号」と内臓の通信デバイスでロイドらに呼びかけるドラゴンの声。

 3号、4号は、米倉家の庭でおねんねしちゃってますが、何か? を知らないドラゴンは苛立ちはじめる。

「ううんん……5号、6号はどうだ。指名手配優男は見当たらんのか!」

 路地から幹線道路に自力で走って出てくるドラゴン。その先を散策する……着飾った今時なイケ女を装ったロイド二体が、去り行く白い単車を明らかに見て指を差す。レア感ある店先に止めてある三台の黒い単車。

「キャプテンドラゴン。こちら5号です。優男の白いバイク発見しました。幹線道路通称環八を東京湾方面南下中につき、6号と追跡します」と流暢な報告すろ5号が、跨り、エンジン始動した瞬間に、黒いサングラスが顔を覆うように、ヘルメットに変わる。6号を伴って5号がメットはみ出しロン毛を棚引かせて、単車で、白い単車を走り追う。

「了解。黙認した。俺もすぐに合流する」と前を見ながらドラゴンが走って、止めてあった黒い単車を盗んで走りゆく。

「おい、俺の!」と向野岡遊園公園で、白虎猛に伸された華歩の元カレ良夫ら三人が、今時レアな駄菓子屋から出て来て、追いかける。が、当然追いつくわけがなく地団駄を踏む。

 そんな背景を知らずしてドラゴンは、黒い単車に跨って、走らせ……もともと身を包んでいたミラクルスーツのフェイスマスクが変化して紫がかったヘルメットに変化すると、アクセルを全開に回して、白い単車とそれを追う二台の黒い単車を追随する。

 白い単車を走らせる白虎猛。白いメットに黒上下ジーンズ。ギヤーシフトチェンジさせる足下は黒のハイカットスニーカー。

 バックミラーに、明らかに追って来る黒い単車二台が写る。見て、「何だ?」と、一瞬思う間に、「ああ、ロイドだな」と襲われたばかりに、勘鋭く、白虎猛の脳裏に浮かび上がる情景と状況――漠然としているが、狙われているのは明白だ。

 一般の車両状況は、それなりの交通量だが、流れて入る。道上にかかる『川崎港方面』指示標識版を通過する白い単車。

 少しアクセルを回して、スピードを上げる白虎猛の右手……。加速する白い単車。車両の間隙を縫って走り行く白虎猛が運転する白い単車。そんな交通事情などお構いなしに、猛(もう)スピードで追随してきた二台の黒い単車がついに白い単車に追いつく。

 左右のミラーを見て、前を向く白虎猛。前方に車両の少ない箇所がある。アクセルを吹かしてスピードをさらに上げて、そこに行く白い単車と、追って来る黒い単車二台……。

 わざと横につかせる白い単車の白虎猛。案の定、二台の黒い単車が左右につく。

 メットの中の白虎猛の顔がニヤッと笑う。

(おいでなすったな!)と心の声ににやける白虎猛が、左右にわざと車体を振って、左右をロック状態の黒い単車を威嚇(いかく)する。右のロイドがタイトなロンパンの細いおみ足を上げて、白い単車の脇を蹴る。が、ミラーで黙認していた白虎猛が、車体を揺らして威力を緩和する。と、すかさず左のロイドが蹴りつけて来て、また、逆方向に車体を揺らし、威力を緩和する白虎猛。しばらく繰り返される左右のロイドの蹴り……右の蹴りを調子よく緩和するが、途端に左の蹴りに押され、意に反して白い単車が揺れる……。が、ノリ慣れているというより、もう体の一部化している足と言っていい白い単車の余儀(よぎ)ない干渉の対処コントロールはお手のものになっている白虎猛は、逆にブレーキングして減速すると、パタン化されてしまっていた左右からの蹴り合いを逃れる。安定していた感触が一瞬にしてなくなった黒い単車のロイドらの蹴りが空を切って、バランスを崩して左右のガードに激突して、単車が引っかかった反動で飛び出し地面に叩きつけられたロイドらが煙を上げて破損する。

 停車して、バイザーを開けて状況確認をした白虎猛が、ホッとする間もなくミラー越しに……紫色のヘルメットで黒い同種の単車が追って来るのが見える。バイザーを下ろして、再び走り出す白い単車……。紫ヘルメットはドラゴンで、巷事情の交通ルールなどお構いなしに、猛スピードで迫って来る。白虎猛も追いつかれまいと、仕方なしにスピード超過を犯し、逃げる。

 が、自分が走る初速よりは遅く……イラつく白虎猛は、前方を黙認する。と、しばらくの直線状況が推定距離九百メートル続くとみなして、アクセルをコインでロックして、両手でタッチ操作してナビを確認する。

(これはフィクションなので致し方なさがあるが、実際にやると交通規則違反なので悪しからず。と、読者には伝えておく)

 で、ナビ画面の都内マップに、検索目的地候補が数カ所大き目ポイント印で点滅する。

「ここだ」と、指タッチする白虎猛が顔を上げる。指が触れた箇所に、『川崎港』と出る。

「しゃあねえ、まくるから(しょうがない、スピード上げるから)ついて来いよ、ドラゴンさんよ!」と言ってもこの状況では伝わらないが、思いを念じるように口遊(くちずさ)む白虎猛。

 まあ、案の定……捕獲する目的で追ってきているので、ドラゴンも必須なのだが……。

「白いバイクに、あの運転スタイル。背格好からして、八割方、違いなく、奴だ!」と確信するドラゴン。届きそうで届かない、前をゆく白い単車の外光に光る赤いテールランプ。



   23


 その日の十五時――孤島のNEWLANDリゾートホテルの大ホールで、各国代表ティーン女子が弁論する。

 会場にはグローバルに集まった世界各国の人々……みんな、いいおべべを着て、輝くような笑顔でステージを見ては、指を差して隣と話したり、大人の間に挟まれて大欠伸をしているお子様も居たりして……品よく銘々の話し声や笑いでアゲアゲ状態だ。

 ステージ上の椅子に、黄色人種人と、白人と、黒人のお写楽ティーン女子がおすまし顔で座っている。

 ステージ袖に、チラッと会場の様子を見る女――米倉遥と田中真里がいる。

「先輩。スゴイ圧迫感ありますね」

「ん、流石に、各国のお偉い様方と、世界に名だたる投資家連中がこれだけこぞると、迫力ありありね、真里ちゃん」

「でも、何だったんですかね。ナスカは。それに、最新のスマホ持っていましたね」

「あそこは終電対策のホテル代わりの塒(ねぐら)ね」

「どうしてわかるんです。中も見ないで」

「服装よ。皺は寄っていたけれど、新品着ているし。遊び明け感ある顔はしているけれど、くすんではいないし」

「さっすがは先輩。キャリアは伊達ではないんですね」

「そういわれるのが、いっちばん、癪(しゃく)だからねッ」と、真里のほっぺを抓る遥。

「あ、はじまりますよ、先輩」

 遥にやらせて前を向く真里。遥も前を向く。

「ん、これどころじゃないんだけれど、上からの命令じゃ、仕方ないわね」

「高峰高子の一件ですよね、先輩」

「うん、このままじゃ、迷宮入り」

 ブーっと、ブザーが鳴って、ステージがいい感じの明暗となる。スポットライトが対面の袖を照らすと、会場から割れんばかりの歓声を共にした拍手が鳴り響く……。

 ステージ袖からライトに照らされて、司会進行の女性が出てくる。見れば、花瀬華歩だ。

「ladiesandgentleman……」と英語で進行するが、通訳泣かせの今時便利グッズの翻訳装置で各国母国語が各国選ばれしお客様方の耳に無線イヤホンで届く。

「……定刻になりましたので、これより、COC30(コッコサーティ)脱CO2削減議定会議の前段、各国ティーン三名によります、弁論大会を開会いたします。では、日本代表、ナスカ様。お願いします」と、花瀬華歩が手を差し伸べると、着飾って公園のガングロナスカとは似つかぬ別人風のナスカが立って、一歩出て、丁重に会場に向かって、お辞儀する。

「ええ、ナスカって! ええー」と、袖の真里が声が出そうになって、自ら口を手で塞いで驚く。見ると、遥は涼しい顔で見ている。

「先輩、驚いていないんですね」

「うん。目が、鼻が、それに……」と、意味深に口籠る遥。覗き込んで遥の顔をまじまじと見る真里。

 ステージでは、中央の演壇におひとやかに歩み……低調にお辞儀して、マイクに近づくナスカ。真っ白なドレス。品よく空いた襟にから見える綺麗な鎖骨部位は黄色人種ながらの白肌で、白いパールを首にしている。

「COC30(コッコサーティ)脱CO2削減議定会議、開催おめでとうございます……」と冒頭あいさつを決めるナスカ。その顔もガングロでなく、ナチュラルメイクの素顔だ。

「……わたくしは、日本のナスカです。もろん、ナスカでは、役所登録ができません……」

 と冗談を仄めかすと。一斉に笑い声が会場に沸く。


 外――唯一の人工緑地に生えて立つダーティグラス。ニュートラル状態のロイドを十体。

「ダーティグラスよ。ドラゴンがリッパーらしき男を見つけて追随中だ。のちに、孤島へと誘導する。時が来るまで力を蓄え待機せよ」

 ワサワサと頭部を揺すってダーティグラスが……ドレスアップした今は亡きのはずの……高峰高子の姿になって……紳士淑女化したロイドと共に……ホテルへと入っていく。

 玄関チェックで「日本の高山美奈子様ご一同ですね。ご当選おめでとうございます。さあ、もうはじまっております。こちらへ……」と、ホテルマンに誘導されて奥へと行くダーティグラス扮する高山美奈子ご一同様……。


 元の大ホール。ステージで弁論中の通称ナスカ。片隅の司会者席に座る花瀬華歩。

「……脱CO2削減。ですが私の友達の……」

 袖で眺めるように見ている田中真里。その横で、胸の前で腕を組んで、両脚均等開きで、顎を引き上目遣いにナスカを左側から見入っている米倉遥。

(ナスカ、飛鳥! まさかね)と内心の遥。



   24


 そのころ――幹線道路を猛スピードで一般車両の間隙を縫って、走る二台の単車。白いヘルメットを被った白虎猛が運転する白い単車を、紫ヘルメットのドラゴンが追随する黒い単車。左右を囲む二台の大型トラック。

 狭間の後方――黒い単車で追随中のドラゴンのバイザー越しに直視する目が、上を見る。

 ドラゴンらに、外科手術で埋め込まれているインカムに、ゴールデンマターからの通信が入る……。「四獣柱諸君! 会場は、高山美奈子と名乗った、ダーティグラスが潜入した」

「タートルだ、マター」と、運転するタートル。

「トランザーよ。スタンバったよマターさん」と、トランザーの応答する声。

 と、二者の受信を傍受して……声紋と合言葉で認証される。

「ゴールデンマター様。こちらドラゴンです」

 紫ヘルメットの中で応答するドラゴン。

「ドラゴンよ。その優男はもはや九十九パーセントの確率で、リッパーだ。川崎港の我がコンテナ基地へと導き。確保したのち再び洗脳を行う」

 送受信をなすゴールデンマターとドラゴン。

「ゴールデンマター様。ラジャー」

 ドラゴンがコクリと頷く。

 白い単車の両脇を……二台の大型トラックが囲む。左に、赤黒い荷台のトラック。

「都内だよな。この時間帯で、混雑無しって?」

 白い単車を運転中の白虎猛の視界はもはや……前と、サイドミラーでの黒い単車が追って来る後方のみ!


 赤黒く見ているトラック荷台内部のコンピュータルームで、トランザーがナビを見てキーボードを叩きまくっている。

「トランザーよ。スムーズなルートを、ハックにて確保せよ。一般車両の流れを信号でコントロールするのだ」

「YES、マターさん!」とトランザーのハックする様(さま)がウキウキしている。

 小モニターに、主要道路状況マップのナビ――環八を南下し……産業道路を通って……川崎大師手前の浮島通をさらに港へと向かうルート筋が朱色で示される――。


 白い単車の左を走る……赤黒い大型トラックの運転席で、ハンドルを捌(さば)くタートルが右のガラス越しに見える。ファーンとフォーン。

「タートルよ。トランザーのナビ通りに、そのまま環八から産業道路へと誘うのだ」

「あいよ、ゴールデンマターさんよ」

 運転するタートルがニヤッとする様子は、カーチェースを楽しんでいる。

 運転席のカーナビが、左折を指示する。

 タートルが前方青信号を目視して……ハンドルをゆったり余裕の捌きで……右へと回し、右折する。


 寄せて来る赤黒い大型トラックの右側で圧力コントロールされてしまう白い単車を運転する白虎猛……。首を右に、左にと動かし見て! 前を向く。サイドミラーに後ろからミラクルスーツ姿のドラゴンが迫る……。

「くそ、視界がこれでは、流石の俺でも、何処へ向かっているのやらだぜ……ああ、だね、っか? ハハッ!」と、カラッと場違いに笑いをたてる白虎猛。

 前方の狭い視界の中……まだかなりの距離を持つ信号機が……赤から突然青へと変わる。

「お! あ、違いないね。ハック娘の仕業だね、これは! ハハッ」と、不慣れな良き言葉遣いをする度に、照れが出て思わず笑ってしまう白虎猛。


 白い単車の左から、右ウインカーを焚いて大きく寄せて来る赤黒いトラックに。

「え、あ、おお……」と、白い単車の白虎猛も強制的に右折させられる。

 狭い視界に川幅のある陸橋が見えて、間もなく渡りはじめる……。

「ああ、そういうことか!」

と行き先に見当がつく白虎猛が加速する。


 追随する黒い単車のドラゴン。

(ゴールデンマター様のご命令でなければ、クソ! 奴を、この手で葬るの)と思いを込めてアクセルを吹かすドラゴン。


 白い単車の白虎猛が(こうなったら成り行きだ。導かれてやるとするかー。ああ、あ! ああ、この言い方はいいのか!)と頷く。(孤独の良さ知れずのコバンザメもどきの飼い犬連中が!)と加速する一体化如しの白虎猛。


 俯瞰からでは、一般車両を慄かせつつ両脇を大型トラックで囲まれた白い単車を追う黒い単車の状態で、川崎港へと橋を行く……。



   25


 ナスカの弁論が続く……大ホールのステージ……NEWLANDリゾートホテル。

「……18歳女子の友人の家は、ガソリンスタンドを経営し、生活をしていましたが。極端な脱CO2削減の対策実施で、何の保証もされずに……(クスンっと鼻を啜って)……死にました。一家無理心中で……」

 その袖で、ナスカに眼差しを注ぐ米倉遥。

「……確かに、急を要する脱CO2増加対策では御座いますが、過度な推(お)し進め方は、その底辺に雇用されている人々の命を間接的にも奪いかねないということを、知っていただきたいのです……」

 ステージを狙う備え付けカメラのレンズが一瞬、キラっと、黒光りする。

「……世界の投資家のお金持ちさんたちは、ご自身で車を運転なさらなくとも、何処へでもお出になられることでしょう……」

 ステージ下の客席前列に、イヤホンでなくインカムをした紳士淑女が、不問の表情を浮かべて少し騒めく……!

「ですが、この国に限ったことではないのでしょうが。公共交通手段が全く杜撰(ずさん)と言っていい地方では、車は必須アイテムなのです!」

 明らかにナスカを捕えているカメラレンズの向こう側――。

 その一室。多数モニターのスタジオブースでスタッフがグローバルにライブ中継をしている。モニターに各国テレビ局のロゴ文字で記されて、報道スタジオのアナウンサーへと繋がっている。内、二つのモニター個別に映る大鳳金一と、大鳳銀次の姿……。

 プロデューサー席で見守っている花瀬康生。

「あーらら、話の趣旨が打ち合わせとずれてきているぞ! かなり」

 とメインモニターに映るナスカを見ながら呟いて、胸の前で腕を組んで、顔を傾ける花瀬康生。

 大ホールのステージ……弁論するナスカ。

「車を利用せざるを得ない民も、利用するためのこれまで化石燃料を販売していた経営者らも、考慮せずに自分たちの立ち位置だけで進めてしまえば……私の身近で四人が亡くなっている例からしますと、世界規模ではこの人数にどれだけの数字を掛け算すればいいのか? 私には見当もつきませんが、多く要ると思えるのです!」


 ウッド調の一室で、正面壁のモニターに、脱CO2削減議定会議の弁論ステージの様子が生中継で映っている……熱弁するナスカの度アップ!

 ウッド調の高級デスクに着いている高級スーツ姿の大鳳金一が、見入っている。微笑みを浮かべて、大きく頷いて、視線を落とす大鳳金一。デスクの上のノートパソコンに、リモート中の大鳳銀次が映っている。


 大ホールのステージ……熱弁するナスカ!

「ガソリンスタンドを、EVや水素ガス注入スタンドとして再スタートするには、お金がかかります。国が補助していただけても、残りの額は……」

 客席中段――全体のど真ん中に一人陣取って見ているマンタ! 頷き笑みを漏らす。

「……我が国では、私が生まれる前に、年金の受給年齢も勝手に上がってしまっているとか。友人のお父さんは56歳でしたが、あと四年間なら何とか別の稼ぎで、でも、五年間伸びたことで九年! あいつぐ不合理な国の政策に翻弄(ほんろう)され続けていて……それでも友人やその弟を養う目的でなんとか営んでいた仕事ができなくなり。ついに過度な鬱(うつ)に……」

 多数モニターのスタジオブースでグローバルにライブ中継されているステージで熱弁するナスカ。

プロデューサー席の花瀬康生。

「そんな細かいことはこの場ではどうでもいい。明らかなる批判の主張とみなされかねん」

 と、引きつった顔で頭を掻く花瀬康生。

 大ホールのステージ……熱弁するナスカ!

「……命さえあればとおっしゃる方も多くいらっしゃいましょうが、そんなのは偽善者の言草(いいぐさ)で、稀に報道される高額返済成功例の背景には、多くの失敗者が埋もれているのです」


 警視庁の上層部の一室(副総監の部屋)――身を屈めて肘を天板についている大鳳銀次が、壁掛けモニターを見て、デスクのノートパソコンを見る。


 大ホールのステージ……熱弁するナスカ。

「……家族を残してもと、寝静まった深夜に……ついに、家の居間にガソリンをまき……クスン……火を放った……そう……で……す……(ナスカの目に涙がたまっている)……友人の弟が、いち早く火事に気がついて、二階の部屋から庭に飛び降りたときにはもう……手の施しようが。消防士らは火がスタンドへと回らないようにと作業を続けていたと、弟さんが見たことを私には言ってくれました」

 袖でガン見する米倉遥の顔を覗く……真里。

「今は、精神障害で、病院で治療中です。たった一件のそんな悲劇をなしてしまう、問題でもありますので。どうかこの脱CO2削減議定会議の議論者様。そういった背景も視野に置かれまして、有意義な会議が遂行されますよう、お願いし、成功をお祈りしております。にっぽん代表、ナスカでした」

 と、お辞儀して、スパッと回れ右して、椅子へと歩むナスカ。

「NO! そんな話をさせるために君を……」と、インカムをした集団最前列の真ん中の紳士が息んで立つ。椅子に戻る泣き顔のナスカ。

「いいよ! お姉ちゃん!」と、客席ど真ん中のマンタの声に。割れんばかりの歓声と拍手喝さいが、クレーム紳士の声を消し去る。

 席に戻る最中だったナスカが、振り返って、一歩前に出て、表面(ひょうめん)張力(ちょうりょく)状態の涙いっぱいに溜まった真剣な眼差しで歓声鳴り止まぬ客席を見渡して……丁重にお辞儀して、微笑む!

 と、一旦静まりかけた歓声がまた、燻(くす)ぶった残り火の如く……そよ風に煽られ燃え上がる様(さま)に似た、この客席が沸き上がる。

 クレームを入れかけた客席最前列の紳士と、その横一線の紳士淑女らが、背を襲われた歓声に振り向き、慄(おのの)く!

 ステージの椅子で、弁論を控えていた女子二人が。持っていたカンニングペーパーをいっきに、それぞれに意志で、破く!

 米倉遥が、ナスカをPパッドで、検索をかける……真里が画面を覗き込む……。

『ナスカ・ファイル。呼び名、ナスカ。本名、不明。自称18歳。出生地、学歴、不明。備考、グローバル問題活動家(自称)』とある。

 顔を上げた米倉遥が、涙目でくいしばった満面の笑み状態のナスカを見る。



   26


 港。色とりどりに摘まれたコンテナ。一角の隠しプライベートオフィスの中の大鳳金一――警視庁上層階の個室の大鳳銀次が、リモートで、脱CO2削減議定会議に、参加する。

 壁掛けモニターに映る、ステージ上で話すナスカ。

 大鳳金一の部屋の壁掛けモニターに映る熱弁中のナスカをメインに、二つの小窓に映る銀次と、スタジオブースの花瀬康生。

「なかなか、骨のあるスピーチだね、花瀬プロデューサー」

「いやはや、スパイスが効きすぎているようにも……。大金先生」

「僕も兄さんに同意さ。あれぐらい言わんと、金の亡者さん方には伝わらんのでは? プロデューサー」

「はあー(恐縮のお辞儀をするモニター小窓の花瀬)銀次副社長」

「まあ、控えていた女子もお約束原稿を読み返し握り潰すくらいのお行儀のよい内容だ。四十年と言った月日はどれだけの人がかかわったか? 氷山なら海に没した人数は計り知れないであろう……が。この会議での過去の代表娘らのスピーチ内容はどれも、脱CO2削減強固に、即座にそれだけを見て、進めろ! だった。環境問題は大きく他に三項目あるが、いずれももっと慎重を期す問題だということだよ。花瀬プロデューサー」と壁掛けモニターに向かって語る大鳳金一。

「……(ただただ恐縮するばかりの画面小窓の花瀬康生プロデューサー)……」

「ゴミにしても、プラスチックとかいう前に、ポイ捨てする者を、まずは取り締まれるようにすれば、可成り解消されると、私は思うのだが……」とモニターに向く大鳳金一の背中。

「はあー先生」と、小窓で平謝りばかりの花瀬康生。

「ま、世界に名だたる金持ちに資金を提供してもらうために、正義面するも分からんでもないがな」と大鳳金一。

「そうだね、兄さん。僕もそうおもうよ」

「それにしても。ああ、語り過ぎたかなフォッフォ!」と独特な笑い声の大鳳金一。

「でましたね、兄さん。プロデューサー、では僕はこの辺で」と、大鳳銀次がリモコンを向ける映像……モニターを消す。

「ああ、わたしも、失礼するよ」と、デスクのノートパソコンのマウスを使う大鳳金一。

 壁掛けモニターの花瀬康生の小窓も消える。

 掛け時計、三時五十五分。

 大鳳金一がパソコンのキーボードを使う。

 壁掛けモニターの潤んだ瞳で熱弁するナスカのメイン映像の端に、小窓に再び銀次が映って、両者が話す言葉がチャット文字となって……テレビ電話状態で会話する。

「フォッフォ! 銀次が送り込んだナスカとかいう娘、頑張ってるじゃないの」と文字に。

 壁掛けモニターに映った、ステージ上のナスカが涙目で直視する。

「うん、兄さん。批判論も持っているというから、存分に伝えて来いって、言っただけだよ。僕は」と、大鳳銀次の声が返還された文字。

 壁掛けモニターに映った、ステージ上のナスカが丁重にお辞儀して、下がる。

「さて、私は実力行使の、会場のわからずやへのサプライズ、目覚まし作戦の指揮をとらねば。ま、テレビマンをどうでもよいな!」

 モニターをリモコンで消す大鳳金一。


 警視庁の情感の個室で、デスクに座った銀次が、何も映っていない壁掛けモニターの黒い画面を見つめて、ニタニタと笑う……。


 大鳳金一の部屋――出たドアが閉じる狭間で……大鳳金一が金色に輝いて――完全ドアがパタン! と軽い音で閉じる。

「ゴールデンマター様。間もなくです」

 とドラゴンからの通信を傍受する。



   27


 川崎港。積み重なる数々のコンテナを縫って通る大型トラックが対面交差可能な通路スペース。海に突き出す数々のクレーン。

 その一角の積み重なるコンテナの出入口ドアに『G(ジー)Ⅿ(エム)F(エフ)』ロゴ文字の表記。よく見ればペイントイラスト! の、ドア?

 車両通路を挟んだ岸に接岸中の中型コンテナ船。

 俯瞰で――産業道路の陸橋を、対面通行お構いなしの、もの凄く急ぎのパレード状態で、渡ってくる二台の大型トラックに挟まれ、後ろから黒い単車に追われた白い単車を運転する白虎猛。GⅯF表示コンテナ倉庫の通路前に誘導されて、左を走っていた赤黒いトラックが別の道(車両通路)を行きはじめる。

 地上視野に変わって――その左に中型コンテナ船が停泊中の岸となる。右に大型トラックがプシュッとエアーを吐いて徐行する。後ろに黒い単車のみが白い単車を追って来る。

 イペいいとイラストのG(ジー)Ⅿ(エム)F(エフ)ドアが勝手に透明になって戸口が開くと。中から……十体のロイドが出て来て横一線になり、白い単車の前方を阻む。

 白い単車を運転する白虎猛が、十体のロイドと距離を置いて止まる。

 後方で、大型トラックが道幅を利かせてバリケードとなった背景に、黒い単車のドラゴンが白虎猛との距離を置いて止まる。

「おい、お前。面は割れている。リッパーなんだろ!」

 ドラゴンが紫のヘルメットを取る。

 白いヘルメットのバイザーを開けた白虎猛の目が、ドラゴンを睨む。

「そうか、バレているのか。やっぱ」と、にやける白虎猛の目。

「聞き分けは悪いと思うが。一応、訊ねるが。大人しく従えば、手を煩わせずに助かるのだが」

「俺を、どうするんだ?」

「この手で……」と、ドラゴンが拳を握ったが、フーッと息を吐いて、「だが、ゴールデンマター様のご命令でな。確保して、洗脳する」と平静を装った顔を向ける。

「洗脳? 勘弁だぜ、ああ、だね。それだけは。染まりたくない。一人が気楽でいいんだ、ああ……のさ、俺は」とヘルメットに中で白虎猛が煙たい顔をして、目頭に力が籠る。

「しょうがない。やれ、ロイド。生きていればいい。確保せよ」と右手を振ってロイドらに合図するドラゴン。

 十体のロイドの後方に、赤黒かったトラックが……今は太陽光の影響で、黒っぽい荷台に見える車体をバリケード代わりに阻む。

 対象二つの壁となる大型トラック。一方は海の岸。もう一方は積み重なったコンテナの山。囲われたそのエリア。完全に四方を阻まれてしまった白い単車に跨っている白虎猛。

 五体のロイドが肩に担っていたマシンガンを構え、銃口を白虎へと向ける。

 もう五体のロイドが腰の剣を手に、構える。

 後方のトラックの前から出て来るタートル。

 そのトラックの荷台ドアから飛び立つトランザーが空を舞う。

 手前の黒い単車に跨ったドラゴンが、再び紫のヘルメットを被る。

 ……剣を持った五体のロイドが翳して、白い単車の白虎猛に突っ込む……。瞬時に単車を向かわせ、攪乱(かくらん)して、その時間差の隙を突いて、左足で蹴り、奪った剣でロイドを倒す。

 ドラゴンのカブッタ線から向かう白虎猛がズレたことで、五体のロイドがマシンガンを乱射する。弾が外れてもその先は海だ。

 マシンガンの連射に……前傾で突っ込む。

 マシンガンの連射に……逆手抜刀で剣攻撃。

 マシンガンの連射に……蛇行して突っ込む。

 マシンガンの連射に……逆に翻弄誘う白虎。

 マシンガンの連射に……剣を投げて……。

 単車の白いカウルやサイドに、被弾の傷。

「しゃあねえか。正体バレてるし。トゥーリャ!」と、気合一発、剣を手放して倒れているロイドをジャンプ台替わりに……フォーン! と、単車ごとハイジャンプして、オレンジ色の太陽光に紛れる。

 ……にしても、オレンジの太陽光の中で、一際(ひときわ)白が輝いて、意思の疎通により……もうすでに特殊手甲を嵌めている白虎猛が、リッパーと姿を変える。


 〈解説〉それは……AIシステムによる電子被膜を作ってもともとの体を覆う。要するに、体をスクリーン化したバーチャル映像で変装する仕組みだ。これなら、剥(は)いだ変装のゴミも出ないし……脱ぎ捨てられたそれらはいずこへ? ともならないので、クールだ!

 そして……電子粒子は、強固なシールドを発して膜となる上に、その組成を生かした武器や身体能力のバックアップでミラクルな戦士となる。

 電子頭脳へとニューロン伝達の、意思の疎通的信号を送ることにより、蘇生強化する。

 銃弾をはじき!

 特殊で得意の攻撃もできる。

 リッパーは、白虎猛の組成だ。白い虎となりその牙が両腕の刃となって、斬る、刺すの攻撃が実現するのだ!〈解説、終り〉


 と!

 マシンガンを上に向かって……白虎猛の陰に向けて乱射する五体のロイド。

 マシンガンを連射……上空に向けて。

 マシンガンを連射……白き輝きに向けて。

 マシンガンを連射……弾が弾かれる金属音。

 マシンガンを連射……輝きを増した白き光。

 マシンガンを連射……威力を失った無数の銃弾が雨の如く――各々ロイドに降り注ぐ。

 フォーン! と、軽く乾いたエンジン音が轟いて、大きなオレンジ色の中から……そのシルエットが大きく見えはじめ、頭上に迫りくる……。

 もうすでに着地している白き虎柄の主の居ない単車がサイドスタンドで立っている。

「ヒッ!」と、微かな笑い声。

 と、横一線を乱れ切った五体のロイドの間隙を縫い――縦横無尽に白き風筋(かざすじ)(風の筋)が通り抜けた現象に、太刀筋が五つ――ロイド五体が切り傷を負って、倒れて、小爆発を起こす。

 振り向く白き虎柄の、力瘤(ちからこぶ)付近まで長く伸びた刃手甲の一体化した腕と、その右腰――その後方からゆったりとした歩調で……歩み寄って来るタートル!

 手の指をボキボキと鳴らし、首を回してバキバキと鳴らしつつ。

 ハイカットブーツ筋の肩幅均等に開いた足……絞られた俊足を約束された太(ふと)腿(もも)……シュッと締まった臀部……いっさいに脂身がない背中……二の腕付近まで伸びた刃を出し切った手甲一体化した両腕……すべてがホワイトタイガーの四聖獣の白(びゃっ)虎(こ)! ボディスーツの直立姿勢のヒトガタで、頭部はそのままの長さの白い髪で、顔は虎柄マスクをした白虎猛――リッパー(以降、この姿の白虎猛をリッパーと称す)がニュートラルポジションで立っている。

「ヒッ」と、笑ったリッパーはハイジャンプして白き虎柄単車の使途に着地して、跨る。

 フォーン!

 と、アクセルを回すと、白き虎柄の単車ごと突っ込んでいくリッパー。が、接触時に、股を開いてガッツリと単車のカウルを両手で支えて止めるタートル。

 単車の後輪がスリップして、地面に黒くタイヤ痕を残し続けている。

 ニタっとヘルメットの中で笑ったリッパーがアクセルスロット全開のハンドルで機敏に倒立(とうりつ)して、放す。主を失った単車が舵取りを失って暴れだすが、タートルの押していたパワーに、のたうち回って倒れる。反発作用を失ったタートルも、つられて前のめりになって単車を追うように倒れる。

 俯(うつぶ)せに倒れたタートルの後頭部にすかさずの――踵落としを見舞うリッパー。が、ガッツリと蹴り足の右足首を、野太い指の五本に掴まれ……さらに加えた左の五本の十本指で掴まれ……タートルのジャイアントスイングを食らう軽量のリッパー。

「流石だ、リッパー。鈍ってねえな。嬉しいぞ!」

「うれしい?」

「張り合いのねえ格闘はつまらんぞ!」

「そうか。バカ力さん、よ!」

 振り回されているのに余裕な表情の白(びゃっ)虎(こ)柄マスクのリッパー。

 リッパーがスイングを食らいながらも左の刃をタートルの顔面目掛けて、体をくねった時。

「投げて! タートル」

 と、上空のトランザー。身長の七倍長の朱色の猛禽類の翼を背にした大きく上空で輪を書いて……「トリャー」と、掛け声とともに投げ飛ばされてきたリッパーの両肩を鷹の爪に変えた両足で、文字通りの鷲掴みならぬ、鷹掴みして……再び猛(もう)スピードで大きく旋回をはじめる。

「ねえ、リッパー。どう、独りって……」

「もともとだからな、俺。ま、普通だ、ああ、普通さ」

「はあ? どうして言い換えた?」

「……」大した理由ではない華歩や好子ちゃんとのやり取り的な意味合いを、見知らぬトランザーに言ってもと、言葉に詰まるリッパー。上空の低酸素大気圧や体にかかるGにより、些か苦痛の色を顔にする。

「まあいいわ」と、攻撃は遠慮しらずで地上目掛けて、旋回した勢いのままに、タイミングを計って、ドンピシャで、放り投げる。

 地上でジャイアントスイングを食らった上に、直後に上空旋回の重力を体に受けたリッパーは、軽い放心状態で体の自由を奪われコントロールできずにいる。頭から落下するリッパー……下ではまた丸太のような両腕をタートルが出して、と思ったら、横から槍ならぬ、ムチが来てその胴体に巻き付く。と、思ってもいなかった方向へと無理やり誘われ……投げ縄のロープの如く宙でグルグルと振り回されるリッパー。

 苦痛の表情のその目を何とか薄く開いて視界を確保すると、案の定のドラゴンの右手先が青(せい)龍(りゅう)の髭(ひげ)のようなムチに絡まれていることを確認するリッパー。

「ドラゴン、こっちだ!」と、タートルの声に、リッパーを放り投げる……と!

 吹っ飛ばされるその先に、ドッシリと腰を据えた準備万端のタートルジャイアントパンチ(両手を揃えて突き出すパンチ攻撃)が待っている。

 流石に自由を奪われ続けているリッパーは、もはや自らではどうにもできる術はない。一回のぶん回し程度なら、その途中でも、自身をコントロールする身体能力を持ち合わせてはいるのだが、トリプルで個別のぶん回し方に成す術はもはやないリッパー。

「ウッ!」

 タートルジャイアントパンチをもろに食らって、上空へと吹っ飛ばされる……リッパー。

「あーぁぁぁっぁ……」

 翼をややつぼめて急降下で突っ込んできたトランザーの口を変形させた鋭い嘴(くちばし)に、トランザーランススターブ(槍の如く鋭く尖った嘴で刺す攻撃)を、もろに食らったリッパー。

 一枚残った枯れ葉が舞い散るが如くふらふらと……落ちていくリッパー……。

「俺がとどめを刺す! トランザー」と、ムチを振るドラゴン。ムチ先がスピア化する。

 が、舞い散るリッパーの胴、首、両手首、両足首と、電子粒子のベルト状になったそれぞれがリッパーのそれぞれの部位について、投げられた勢いのままに、今度は横に方向へと吹っ飛んで、トラックの荷台ではない、コンテナ基地の硬質鉄板に張り付けとなる。しかも、やや斜めの大の字逆さ貼り付け!

 G(ジー)Ⅿ(エム)F(エフ)のペイントイラストドア。

 それぞれの内臓通信が声を傍受する。

「でかしたぞ、諸君。さあー基地の中へ」

 頷いたドラゴンが電子枷を解く。

「learning(ラーニング)、room(ルーム)へ」

 上を見るタートルが、木の葉のように落ちるリッパーをガッツリとキャッチして、すかさず羽交締め状態で……GⅯFドアに向かう。

「リッパーの奴の意志は生半可じゃないぞ」と、開いた隠しドアに入っていくタートル。

 翼を格納して着地したトランザーが「私たちの攻撃を集中で浴びても。傷一つおってはいないわ」と、歩いてタートルに続いて入る。

 ……続いてドラゴンが「なあに、俺たちだって、五十歩百歩だ」と言いながら入る。

 と、ドアが勝手にペイントイラストに戻って存在しない隠されたドアとなる。

――魔法でもなんでもなく科学だ。電子膜作用を得て、応用のドアの在り方だ。


 その中の一室――内壁感覚からして、小部屋。上下左右に四つの特殊チェアが置かれている部屋。唯一のドアを入って、向かって左手のその椅子に座らされているリッパー。

 意思の疎通で変貌するが、また、意思の疎通でないと溶けないミラクルスーツ……。

今は、薄暗く……自然光の電球タイプの天井の明かりが注がれているのみ。

どこぞやから……大鳳金一の声が、「次に、目覚めるときは、我が組織の完全なる刺客! 四獣柱の白(びゃっ)虎(こ)、切り裂きリッパーだ」と。

 部位に枷を嵌められて項垂れているリッパーが上目遣いに見る。

「ヒッ!」と、冷たく笑う! 暗がりに息を潜むカットザ・リッパー……。



   28


 孤島。最新ドローンからの俯瞰映像で見れば――日本列島の遥か南の太平洋に突如海底火山の熱くなっては冷めての連続噴火により……栃木県ほどの大きさまで成長したおニューな島。その名は世界共通のNEWLAND。

 以前、小笠原諸島西に新たに海底火山の干渉で誕生した島は、この惑星の歴史……島の自然な成長を見るため。または、動植物の生態系の自然な経緯(いきさつ)を調査する目的で、許可なく立ち入ることを禁じた島とされている。が、そのまた、南の北緯二十度線と北回帰線の中間なためマリアナ諸島ともならずで、国連預かりのどこの国にも属さずとなった島。

 中立国ならぬ中立島として太平洋諸国ら会議等で利用する島ともあいなって、今回がお初のグローバルなご利用となった。

 そして、自然を大切にする目的で、唯一の建物は、命名NEWLANDリゾートホテル――船着き場と飛行場のみが建設されただけで、まあ、その周囲の見栄えする緑化が人工的である他は、誕生した時からの島自体の在り方を維持し、守られてきている。

 この惑星環境汚染問題は、正しく、杮落しの初回にふさわしいいと、節目でもある30回脱CO2削減議定会議が各国満場一致と、あいなったという訳だ。


 NEWLANDリゾートホテル――内のガラス張り大きく一面の窓の外に広がるオーシャンビューを臨むホールに、議定会議場をとして、その初日がはじまろうとしている……。

 三千人集客可能な扇形の三段客席。前段に参加国代表者百九十七名が着席し。その公団に招待客ら約八百名の、約二百人がインカムをつけて隣と話をしたりしている。ま、前日のナスカが弁論を行った大ホールだ。

 演壇上(ステージ)中央に設けられた事務局当番国が三名座って、インカムをつける。

 背景スクリーンに『COC(コッコ)30(Confere of the Climate)』『CO2・30%DOWN』の文字タイトル。

 壇上。向かって左に、司会進行用の机に座る花瀬華歩がインカムをつける。

 壇上。向かって右に、昨日弁論したナスカら三人のインカムをつけた女子。

 長針短針と十二個の数字無き目盛りのシンプルお洒落時計が九時になる。キンコンカンコン……と、ビッグベン似のチャイムが鳴る。


 火器弾薬が摘まれた大型ヘリの内部後尾――風呂桶ほどの高さの木箱に座って、両足を開いて、膝に両肘を置き手を前で軽く握って、俯き加減の白(びゃっ)虎(こ)柄のマスクと全身を覆うコスチュームのリッパー。

「リッパーが戻った。君たちが白(びゃっ)虎(こ)の翼となる。ナスカ君の合図を持って、実力行使となる」とゴールデンマター(大鳳金一)の声。

 根暗なイメージをも持つ雰囲気の中上目遣いに前を見るその目は……刺客!


 ――ざわついていた大客席が静かになる。

 華歩が演壇中央の三人とアイコンタクトを取って、頷いて、品のある笑顔で会場を見て「ladiesandgentleman……」と英語で会場に音声が鳴り、インカムを通じて以後の花瀬華歩の日本語が各国の母国語へと翻訳されて代議員らへと届く。

「……定刻になりましたので、COC(コッコ)第30回、脱CO2削減議定会議の開会を宣言いたします」

 と、会場から勢いのある拍手が鳴る。ナスカを除いて皆が拍手を一応でもしている。

 オーシャンビューを臨んでいた大窓がウッド調の板で自動的に閉鎖される。窓の外のバルコニーから中を狙っていた各国各報道陣らのカメラの視野を遮る。

 秒針目盛り無き時計の長針が一分を刻む。

「開会冒頭挨拶を、本会議議長であります、アイルトン・ナン様。お願いいたします」と、花瀬華歩の司会進行アナウンス……。

 壇上中央の三人の真ん中の女性が座ったまま会場に向かって両手をささげ広げ、話す。

「本日は、30回開催おめでとう。このメモリアルな回の議長並び事務局を授かった二名も代表して、嬉しく思っています。さて、そもそもこの議定会議の発端は……」

会場中央のマンタの姿が今日はない。そこに高峰高子(ダーティグラス)の姿がある。


 NEWLANDの北――太陽の位置からすれば九十度方向から飛んでくる青空の黒点。

「ねえ、リッパー。やっぱりあんたって、イケメンさんだったね。素顔」と、トランザーの声。

「ヒッ!」と笑いともとれる不気味なリッパーの息。

「ん。その冷たい目。そそられるのよ、私にはね」とトランザーの声。

 大きいのが一つと、左右に小さな点が二つ。


 NEWLANDリゾートホテル(以降、リゾートホテル)内のスタジオブース。花瀬康生が編集機やらでスタッフらと記録とニュース映像を編集する。モニターにスピーチ中のアイルトン・ナンの映像が……。

「……でありますから、昨日のジャパニーズ・ナスカのスピーチ内容は……」


 NEWLANDの北――太陽の位置からすれば九十度方向から飛んでくる青空の黒点。

 重々しいローター音が空に棚引きはじめて……さらに甲高いジェット音が近づく。

「リッパー。嬉しいぞ。また貴様とやれる」とタートルの声。

「俺たちは此奴のおまけ程度か?」とドラゴンの不満な小声。

 ――リゾートホテルの建物後方の空に……ローター音とジェット音を轟かせた三機の編隊飛行する軍用ヘリコプター(略称、ヘリ)が……小さくも明らかとなる。

 が、クラシックBGⅯでかき消されているので、各国警備員らの誰も気がつかない。


 リゾートホテル内の会場外。廊下兼ロビーで各国のポリスマンらと警備する、米倉遥と田中真里……壁モニターに、スピーチ中のアイルトン・ナン……。

「……否定するモノとも捕えられてしまう内容で……」

 真里が遥の顔を覗き込む。

 遥が、モニターのアイルトン・ナンをガン見している。


 大型ヘリの内部後尾――風呂桶ほどの高さの木箱に座る俯き加減の白(びゃっ)虎(こ)柄チュームのリッパー。

「ドラゴン。何か言ったか?」

「いいえ。何でもありません。ゴールデンマター様」と、声のみのゴールデンマターに、その場キョーツケの最敬礼をするドラゴン。

 目にしたトランザーとタートルが見合って、ムフッと吹き出し笑う。

 ドラゴンが眉間に力を込めて、はにかむ。

「狙いは、奴らの目を覚まさせ、ナスカ君の要求を再構築させること。手段は、COC(コッコ)代表議長のルイ・フランソー氏への本人リセットだ。作戦名、鶏の冠(かんむり)を狙え! だ」

「お言葉ですが。その意図は?」とドラゴン。

「見せかけだけの象徴。つまり見かけで言う鶏冠(とさか)に相応しい。ま、鶏の方が素手では強い!」

「おお、それはジャストなスローガンです。ゴールデンマター様」と最敬礼するドラゴン。

「基地にて、吉報を待つ!」

 通信がブチッと切れる音。

 上目遣いに前を見たリッパーが笑う。

 ヒッ!


 リゾートホテル内の会場内、演壇でスピーチ中のアイルトン・ナン……。

背景のスクリーンに、世界地図シルエットの壁紙に、右肩下がりのCO2折れ線グラフと、右肩下がりの平均気温の折れ線グラフに変わって……。

「……しかし、結果がはっきりと表れてきているのも事実で、御覧の通りにCO2放出を昨年よりさらに……」

 と後ろの手を翳すアイルトン・ナン。


 当局指定の同ホテル別室に待機中の尾島桃子ら、報道陣営――椅子やテーブルを用意されて、それぞれの報道陣地ができていて、壁掛けモニターにスピーチするアイルトン・ナン――会場生中継されている。

「……30%DOWNしている。今回も含めた議定書通りの各国が、ゆるぎなく実施されますよう、願っています」

 とますます弁に熱が籠るアイルトン・ナン。


 G(ジー)Ⅿ(エム)F(エフ)印のコンテナ基地。中のプライベートオフィス。机に座って、ブランデーグラスをくるくるする大鳳金一。直視した視線の先に……壁掛けモニターに映るCOC(コッコ)30の様子。軍用ヘリ内のドラゴンの顔が映っていた小窓が今、閉じて。


 とある病院の病室(個室)で、テレビを見る米倉一郎。

「貴方。猛ちゃんからのお花」と、生けた花瓶を持って入ってきた米倉好子。

「ああ。そこがいい。よく見える」と、朗らかな顔で、COC(コッコ)30の生中継を見ている一郎。


 警視庁のプライベートオフィスの大鳳銀次。壁掛けモニターに映るCOC(コッコ)30の生中継。


 大型空輸ヘリと、二機の武装ヘリがローター音を棚引かせ……内外の流れているクラッシックBGⅯの音に混じって、リゾートホテル上空に来る。肉眼でもはっきりと大型ヘリと二機の戦闘ヘリ(ⅯAⅯUSHI)が識別できる。

「今更、個人的事情はこのでは問題でなく。そういった細かいことは各国の問題として……」と、(外には一切漏れてはいないが)ホテル内ではアイルトン・ナンのいよいよ滑らかになった口が冒頭あいさつを続けている。


 同ホテルの会場内――司会進行役の花瀬華歩が見守る中……演壇上でスピーチ中のアイルトン・ナンのブレスの間隙を縫って!

 顔を真っ赤にしたナスカが立ち上がって、

「お尋ねします! この大規模かつ過度な活動を進めるに際して、一般人が……。これにかかわる活動を実施する前の時点で、考慮しませんと、この議定書通りに進めてしまう国家の背景には、犠牲になってしまう……大海原に浮かんだ氷山の没した底辺は想像より大きいのですよ、議長様」

「貴女! ここではオブザーバーですよ! 発言権はありません。議定会議の流れを遮らないで」

「友人が、親友が、死んだんですよ! お父さんの付け火の……そもそもの議定書どおり……コピー的政策実行する能無し政府に、犠牲となって。私は否定しているわけでは。ただ、過度に、強固に推し進めるやり方に……」と涙を流して言葉をとぎれとぎれでも、訴えるナスカ。

「だまらっしゃい! この嬢ちゃん、摘まみだして!」

と袖から屈強な大男が二人きて、「こら、何するの、私は、ただ……人の命……」と藻掻き、泣き叫ぶナスカが連れ出されていく……。

 代議員席の高峰高子とアイコンタクトするナスカ。高峰高子がスマホを出して、録音機能を止めて、『GⅯF』アプリを起動させて、画面に出た『GO!』をタッチする。


 外――リゾートホテル上空にローター音が鳴り響いてさらに近づく……。

 真っ青な空はかえって見えにくさがあるものだ。玄関や周辺を警備する……EU的制服の警備員らが目を細めて見上げるそこに、もうホバリング中の大型ヘリがいる!

 トランザーと飛行型ロイドが飛び出す!

 トランザーが大翼を広げて、しぼめて――急降下してくる。と左右のロイドも同様に。

 下で。各国の警備員やバリッとしたスーツの男女らがまちまちに集まりだして、空を見上げている。もうすでに拳銃を向けている者もいる。トランシーバーで状況報告する者もいる。

 トランザーと四体の飛行タイプロイド……援護するかのようにジェット音を轟かせて、二機の武装ヘリⅯAⅯUSHIが左右のつく!

 大型ヘリがゆっくりとチャーター機混雑の空港へと着陸しはじめる……。十機が地面を埋め尽くしている各国のチャーター機を堅いボディでゆったりとぶつけどかして、無理やり着陸する。スレスレで、既に開いているスライドドアからタートルとドラゴンら六体の武装ロイドを従え降りて……ホテルを睨む。

「時は満ちた! 行け、我が同士諸君よ」とゴールデンマターの声が内臓通信で指示する。

 ドラゴンが手で合図を送る。「GO!」

 六体の武装ロイドがマシンガンを手にリゾートホテルへと走って発砲する。十数人の各国警備員らが物陰に身を隠し……状況を見る。

 玄関壁や緑地化した地面に破断跡がある。

「聞き分けの無いお堅い連中にはうんざりだ。この会議を占拠する」と、ドラゴンが怒鳴る。

 潜んで状況を把握した各国の警備員らがものがけから睨む。

 六体のロイドの中央に、ゆったりと歩み寄ってきたタートルとドラゴンが立つ。

「わたしは、インターポールのトッラッドだ。君たちの言い分を聞こう」とインカムをしてスーツ姿のフランス紳士が両手を翳してフランス語で言う。開いた右手の親指にオートマチックの拳銃を引っかけている。


 ――タートルにもドラゴンにも、内臓翻訳デバイスも埋め込まれている。人工頭脳AIによって、すべのに母国語が日本語となる。して、ドラゴンらが話す言葉もそれぞれの母国語となって届く。ただし、翻訳機インカムを使用している場合に限ってのことだが――


「何を寝ぼけてやがる。貴様」と、タートル。

「もうすでに交渉決裂している。あの世で閻魔様にでも訊ねてみるんだな!」とドラゴンが右手を差し向ける……と! 手先が紫に光って電子粒子が長く伸び進んで、実体化したムチになる。

 ムチを扱うドラゴン。トラッドの拳銃を叩き落として、首に巻き付かせ……絞める。

「敵対行為。テロリストとみなす」とトラッドを足下に倒された武装警備員男性がデザートエーグル(拳銃)を構える。

「撃つか? やってみな」と、タートル。

「クソなめやがって!」と連射する警備員。

 と、周囲の警備員らも便乗して、タートルとドラゴン目掛けて……銃を撃つ。

 ドラゴンが手を振る。六体のロイドがマシンガンをお構いなしに乱射する。

 ――マシンガンと拳銃の銃弾が音と共に行き交う……ホテル玄関の壁の警備員女子が腕を抑えて倒れる。

 ――マシンガンと拳銃の銃弾が音と共に行き交う……ロイドらの鋼(はがね)ボディが跳ね返す!

 ――マシンガンと拳銃の銃弾が音と共に行き交う…地面に寝そべって、ショットガンを撃っていた警備員男子が仰向けになって瞳孔を開く。

 ――マシンガンと拳銃の銃弾が音と共に行き交う…タートルの体が黒い輝きの電子粒子シールドを張って、銃弾全てを弾き返す。

 ――マシンガンと拳銃の銃弾が音と共に行き交う…ばたばたと倒れていく警備服やスーツ姿の警備員男女十数名。虫の息状態で藻掻く者や、目を剥いて仰向けになって動かなくなる者。して、伏せたまま出血して動かない者などなど……。

 玄関から出てきた軍服警備員らが……立ち姿勢でライフルを構えて、連射で撃つ!

 ドラゴンももうすでに、ミラクルシールドを発動しているので、弾をすべて弾く。

「はあっはは! そんなものではロイドすら倒せんのが理解できんとは、浅はかな」と嘲笑うドラゴン。左手もムチにして……左右のムチで、ライフルを叩き落とし、ムチ先をスピアーに変えて――矢継ぎ早に刺し殺す。

「ふうん」と満足な顔のドラゴン。「これを職業にしたことをあの世で後悔するんだな」と、転がる各国の警備員らを見て涼しい顔で言う。

 ホテルの上階二階、三階、屋上と米国武装軍隊のお出ましだ。

「我は、米国大統領側近の政令部隊隊長のビリーザ大佐である!」

 横の隊員がバズーカー砲を構え。また、ロケットランチャーをも構える隊員もいる。

「おい、テロリスト諸君!」と、悠長に余裕ぶっこいている屋上中央のビリーザ大佐に。

「あら、忘れないで、大佐さん」と、上空から大翼を羽ばたくトランザー。翼の羽、一つ一つがレーザー手裏剣となって雨を降らす。

 いっきに、二階、三階の隊員らが全滅する。

「……」唖然とするビリーザ大佐が仰ぐ。「お! あそこだ。撃てー!」と手を翳す。

 ロケットランチャーとバズーカーを放つ二人の隊員。周囲の隊員もライフルを連射する。

 飛行ロイドら四体が指先からレーザーミサイルを一斉掃射する。屋上の隊員らざっと二十名がばたばたと倒れる……。で、ロケットランチャーと、バズーカー隊員とビリーザ大佐の三人以外が二階級特進の姿となっている。ビリーザ大佐も軍用拳銃のグロックガンを応戦発砲する。

 トランザーがホバリングして、にやける。

 と! プロペラをまだ回してホバリング中の大型ヘリの開かれたドアから――一筋の突風が――マッハのスピードで飛び出て走り行く! 崩れた玄関の瓦礫を足掛かりに……ホップ、ステップ、ジャンプ! と、言った感じで一気に屋上へと到達して、真空のカマイタチのぱっくりをいつの間にか口を開いている傷口の如く。血も出ない切り傷が大きくビリーザ大佐のドテッパラに着く! と、目を剥いて仰向けに倒れる。瞳孔が開き。口を開け。軍服ごと血の出ていない大きな切り傷!

 ピタッと! 止まった一筋の突風が白い輝きを纏ったヒトガタになり、リッパーの後ろ姿が露になる。

 振り返るリッパー。「ヒッ!」と、サディストな笑みを向けて、屋上ドアへと……一筋の突風となって入っていく。


 同ホテル屋上にも、ナスカの声が届く。

「これから。君たち、わからずやさんの目を覚まさせてあげる。あんたたちが議定を決めてしまえば。各国のお偉方はそれをマニュアルと勘違いして実行する。ではいと、マスコミ批判にあって、ネット評判が炎上! 時期候補選挙にも支障をきたすしね。だから、この会議で改めさせないとならないのよ、わかる? 一般の一人一人が、エゴな政策実施で死ななくて済むようにね」

 階段を駆け下りる突風と化したリッパー。

「これだけ言ってもわからないんだから、やるっきゃないわ。建前上に偽善者と、浅はかな間接殺人政治家ら集団と、世界に名だたる偉そうなお金持ち様」

 花瀬康生をグーで伸して、スタジオブースを占拠するナスカ――が、インカムで喋(しゃべ)る。

 ――スタジオブースドアの外――で、屈強な男が二人倒れている。ダーティグラスが頭部を揺すって……高峰高子に成る。

「みんな、人! 同じよ」と天井スピーカーからの声――通路を駆け抜ける突風と化したリッパーに、「平等に生きる権利はあるのに、生きる術を断たれれば、個人の実直な意思は通じないもの。死でしょ」とナスカの声。

 会議場外で、モニターを見入る米倉遥と田中真里。

「ソーラー蓄電器の古くなったゴミをどうするのかまで考えている?」

 外から閂(かんぬき)で閉鎖された報道陣の控室ドア。

「ね。いいことばかりを見て、将来起こりうる、このあたしでもわかることすら、考慮してはいないのよ、あんたらは」

 ステージの花瀬華歩が上を見る。天井のスピーカー。

「だから、リッセトするよ!」とナスカの声。

 廊下を迫りくる突風と化したリッパー。

 前のドアに、遥と真里。

「先輩。何か起こっていますよね」と、真里。

「でも、ここに異変がない限り。持ち場だし」と、米倉遥が答えて、前を向く。

 と!

 ――シュピン! シュパン!

 といった微かな風切り音が――聞こえたかと思う間に、ドアが切り裂かれて戸口が開く。

 何事かと米倉遥と田中真里が戸口をそれぞれに見て、互いに顔を合わせたときには……その床に端切れがパラパラと散っている。

 風の筋――突風と化しているリッパーはむすでに、会場内に侵入している。

「ねえ、先輩。意外とセクシーなんですね」

「そ。真里ちゃんだって……て、え? えー!」

 米倉遥と田中真里がようやくセパレート下着姿となってしまっていることに気がつく。

「キャー」

 両手で前を隠す、乙女境地の真里と遥。

「先輩も魅せブラなんですね」と真里が下を見る床の端切れに埋もれるスマホがバイブする。米倉遥が逆Uの字体勢でスマホを拾う。


   ★


 とある都内の病院――病棟個室病室。ベッドに入って上半身をリグライニングで起こした米倉一郎と、椅子に座る米倉好子がテレビを観ている。画面に、華歩がいる大ホール。

『COC30生中継中』テロップが出ているテレビ画面に……名も知れぬテロ的集団にリゾートホテル玄関の各国警備員らが銃撃してやられまくる映像が映って。

 一郎の顔が歪む。

 次に、上空から無数の光点による攻撃を受けて全滅するビリーザ大佐軍隊の様子、映像。

 一郎が目を見開いて口も開く。

 画面が切り替わり――大ホールの戸口から中を見る遥と真里のセクシー姿が、偶然映る。

 一郎が目を細めて、言う。

「なんで、遥は裸なんだ? 母さん」

 好子も驚いた顔はしているが、反論する。

「ええ。下着は着けていますよ、貴方」

「警備中なんだろ。なんだあの格好は?」

して今。会議場代議員席とステージが映る。

 好子が目を細めて言う。

「そんなことより。テロでしょうか? 貴方」

「ああ。母さん、スマホ」と手を出す一郎。

「私はスマホじゃありませんよ、貴方」と言いながらも、スマホを取ってあげる好子。

 テレビ画面にはもう遥らの姿は映ってはおらず――謎のテロ的攻撃野外現場を映す。

「ああ、遥か」と、一郎が電話する。

「父さん、何? 今、訳が分からない異変中なの」と面食らった様子の遥の声。

 小さく届く声に、首を傾げる好子。

「ああ、テレビで見ていた」

「今、バディの子が署にお伺い中よ」

「そうか。でも、どうしてお前ら裸なんだ?」

 テロと警備員らの銃撃戦が展開されるテレビのライブ映像。

「え、え、なんで? 分かるの……」

「テレビに映ったぞ。グラドル的映像がな」

「え! え。ええええええ……いやあだ」

 好子が一郎の手を引いてスマホをスピーカー機能にする。

「バディの子もなかなかいい感じね」と好子。

「ああ、母さん。それがね、いきなりで、気がついたら着ていたスーツが端切れ状態になって散らばっていたのよ。成す術無しに」

「表でテロが銃撃や不可思議な攻撃して!」

「ええ、何? なんのこと? 父さん」

「今も、中継映像に出ているぞ、遥」

「ああ、ここ完全防音だから、外の音がいっさい聞こえなくて……」

「ハリウッド映画張りよ、遥ちゃん」

「ええ? そんなに。母さん」

「外は見れないのか。遥」

「ん。完全密閉しているからね。会議の初日で。情報漏れ防止で」

「そう……」と、好子。

「ああ、でもね、父さん。こうなる前に、何か強い風がバディとの間を吹き抜けて……ドアが切り裂かれて……」

「会場に、華歩ちゃんいるでしょ」

「うん、母さん。居るよ」

「学生バイトの子がどうしてだ、遥」

「ああ、守秘義務なんだけれどね。華歩ちゃんのお父さんが、あの、カリスマプロデューサーの花瀬康生氏よ」

「ああ、それで、司会をか」

 納得して頷く一郎。

「ああ、あの女って、先輩!」と、真里の張った声が聞こえて。

「ああ、父さん切るね。署から指示が出たみたい」と遥の声。

「ああ、遥ちゃん。何か羽織るなりしなさいよ」

「ん、母さん。じゃ、父さん」

 と、電話が切れて普通上体のプープープー……が鳴る。

 顔を見合う好子と一郎。


   ★★


 リゾートホテル大ホールの中――COC(コッコ)30議定会議場客席で、高峰高子が唐突に立って頭部を揺する……ダーティグラスに変貌する。と、頭部のセイタカアワダチソウの黄色い花粉が会場内を散り散りに漂い……多くの出席者らがどよめくも術無しに倒れていく。

 最前列の当局代表ルイ・フランソー氏を取り囲むSPカフスの黒服男女。うち一人が防護マスクをルイ・フランソー氏に装着し、自らもする。うち二人が拳銃を構える。

 空調の加減でステージとは逆方向に黄色い花粉は流れ……天井の空気換気ダクトへと吸い込まれていく。

 と!

 会場のメインドアが切り裂かれ――瞬く間に突風が吹き込んで――ルイ・フランソー氏をかっさらって、ステージ上で止まる。鷲掴みにルイ・フランソー氏を左手一本で持つリッパー。細マッチョの割にパワフルな一面もあるリッパー。庇うSP四人の庇(かば)う動きなど、造作以前と言っていいリッパーの異様なスピード感覚の前には、瞬時に伸されている。

 すでに本会議議長としてステージのど真ん中にいたアイルトン・ナンの目深で、リッパーがヒッ! と、冷たくにやける。

「何? 何者?」と、アイルトン・ナン。

 シュフィン! と、鋭い刃が空気を切るようなわずかな物音を伴って――リッパーの右腕の刃の刃先が最長の二の腕付近まで伸びる。

 司会者席の花瀬華歩が、「猛(たける)!」と、半分マスクで隠されたリッパーを、でも、白虎猛と一発で見抜く。


 セパレートな、まあー魅せ下着と言えば、その感あるセクシー姿になってしまった米倉遥と田中真里が入って来て、階段の通路を降りつつ……放置されていたロイヤルブルーでペイズリー柄のスカーフを腰に巻く遥。と、真里もイエローで同柄のスカーフを腰に巻く。

 さらに二人がステージに近づくと。途中、ダーティグラスが阻む。頭部を揺らすのだが、花粉が出ない。一株分の花粉は出尽くしてしまっていると気づかずに苛立つが、ダーティグラスは怪人的身体も持っているので、先頭に来る米倉遥に掴みかかる。

「先輩。真里ったら、花粉症で、秋花粉も。こいつはその象徴草(くさ)! やっつけます」と、米倉遥の前に出て、対峙する田中真里。

「分かったわ、マイバディ!」と、座席を回って別の通路でステージへと小走りする遥。

 ダーティグラスが遥を追おうと動く……と、真里がまた阻んで。

「真里じゃ、不足? トーリャ!」と、いきなり懐に入って、ダーティグラスを背負い投げする真里。自らの体重も相成ってショートした音と煙が上がるダーティグラス。

 横に倒れている会場を警備していたスーツ姿の女子の胸元にオートマチック拳銃が見えて、すかさず抜いて構える真里。

「あんた。今の感触! 怪物コスプレじゃないよね。動いたら、撃つよ」と睨む真里。

 真里のおみ足に抑えつけられているダーティグラスが悶えて、動きを止める。

 ステージ上で、ルイ・フランソー氏を垂らした左手に鷲掴みしているリッパー。その右腕に長く伸びた刃!

 ……ステージ床に落とされるルイ・フランソー氏。震え固まるアイルトン・ナンと左右の二人。司会者席で見つめている花瀬華歩。

 ステージ下まで来た遥が、倒れている黒服SP男性の手から零れているポリス拳銃のリボルバーを持って、壇上に向けて構える。

「貴方。どうしてこんなテロ行為を!」

 銃口をリッパーに向けたまま……睨みを利かせて……階段を上がる遥。

「その人をどうするの?」

「ヒィ」

「あなた、言葉、遣えないの?」

「ヒィ」

「まあいいわ! アタシと勝負してみない? 素手で!」と、拳銃をテーブルに置く遥。

「ヒィッ」

 冷たい笑みを見せて、伸びた刃を格納するリッパーが、遥へと対峙して、お得意ポージングのニュートラルポジションをとる。

 ――客席通路の田中真里の気合を入れた声。「トーリャ!」――階段状通路の少し広い床に背をつけて寝そべっている真里。ドスッと鈍い音を立ててステージ上段の角に叩きつけられるダーティグラス! 察するに、一旦動きを止めたダーティグラスが再び動いて、真里の足を掴んだことにより。反撃されると判断した真里が、咄嗟に、そんな華奢なイマドキ女子的容姿でも、一応は警察官の端くれで、護身術の必須武道は心得ている。負けず嫌いな性格も相成って得意の柔道技……「トーリャ!」と気合一発! 巴(ともえ)投(な)げをダーティグラスに食らわせた。と、言ったことが、米倉遥とリッパーがステージ上で対峙している間に、展開されていたと考えられる。

 下に落ちたダーティグラスからさっきより多めな煙が出て、爆発した音を立つ。

「え? ロボット?」と、床に半腰上げて捻って見ている真里が驚く。更なる上を見る真里が格闘寸前の遥とリッパーを目にして叫ぶ。

「先輩!」と、真里の張った声をゴング代わりに……。


 ――ステージの上。戦いだす遥とリッパー……。

「ホワイトタイガーのコスチュームの貴方を、このアタシが制圧します」

リッパーがニュートラルポジションの自然体で構えて――サウスポースタイルの右ジャブを繰り出し――ワンツーの――左パンチ。ダッキングして避けた遥が……下から突き上げる右アッパーカットを放つ。が、見切ったリッパーが紙一重で避けて右フック! 遥が合わせて……左カウンターパンチを繰り出す。頬にヒット寸前で、左手で遥の放ったパンチを受けて、体勢を低くして、足払いに転ずるリッパー……気づくも一瞬遅く。足払いを受けて倒れ込む遥が、瞬時に踏ん張って体勢を立て直す。

「ヒィ!」

 リッパーが右に一回転した反動のままに……類い稀なる屈伸力でその最中に伸び上がりつつ右の後ろ蹴りを放つ。が、遥も腕で制御するも、その勢いに押されてよろめいた瞬間に、わざと同方向へと体重移動させて威力を緩和させる。側転……バク転、で一旦距離を置き体制を整える遥。

「ヒィッ! 強いな、アンタ」

「そっちも、只者じゃないわね」と笑う遥。

「ドラゴンにも勝てるかもな……あ、じゃなくて、勝てるかもね」と言い換えるリッパー。

 司会者席でこんな異変時でも平然と座っている花瀬華歩。「え?」と、リッパーの言葉癖に……一瞬上を見て、「今のって!」と、首を傾げる遥が、にやけて言葉で牽制挑発する。

「へえ。言葉、遣えるんだ、貴方って」

「先輩ッ」と、ステージ下で見守り中の真里が心配そうに声をかける。

「何? マイバディ」とリッパーからは目を逸らすことなく返事する遥。「平気よ。何か、楽しいわ」と、両手をぶらぶらさせる遥。

「不謹慎ね」と、下の真里からのイジリ。

「ん。でも、本心よ」と手で待ったを示して、緩んだ腰のスカーフの結び目を締め直す遥。

 両腕の刃を徐々に伸ばすが、「ヒィ」と瞬時に収縮させるリッパー。

 遥が先に動く――一瞬前に一歩繰り出し牽制して、右横へとステップ踏んでスライドすると……体勢をいったん低くして右足に重心を置く。それがリッパーの目にはおみ足の筋肉の動きで判断され……足を後ろへと引く一瞬の回避動作準備段階に入るのだが。更なる動きで遥が、ジャンプして、ひらひらスカーフ状態にもかかわらず……品のいいパンティ丸見え状態へと蹴り上げる足。紙一重のところをそのキックが上へと走って……体勢をさらに引いた状態になるリッパー。に、尋常な身体の遥が宙に浮いたままの左回転での横殴り回し蹴りを放つ。リッパーの顔、頬にもろにヒットする遥の爪先!

 リッパーも、ヒットせざるをえなことをその一瞬で察して蹴られるままに……左へと顔を流れのままに預けて威力を緩和する。

「ヒィ」と、その蹴りから離脱した顔を戻しつつ、体勢を低くして遥を足払いに倒す。

「え? このパターンって! 貴方って……」

 どうにも倒れてしまうことを察した遥が、リッパーの胴を掴んで、同時に倒れ込む。

 ……リッパーが仰向けで、遥が伏せた四つん這い状態で重なる二人……。必然的にもその視線は目深に向き合う。

「っで、どうしたいの、アタシを」

「ヒィ!」

 上下で見詰め合う二つの顔。

「アタシを倒せる男って、滅多、いないし」

 唇を閉じた遥がリッパーに顔を近づけつつ……その項にそおっと右手を回して、探る。

「遥先輩!」

 下から真里の声がする。

 で、戦い方から、遥がリッパーの正体が、白虎猛と感ずる。

「あんた、猛ちゃん?」

 冷たくにやけるだけのリッパー。

「あれ? 結び目や紐すらない! このマスクって……素肌?」と、流石に驚く遥。

「ヒィ!」

 怯んだ遥の隙を縫って、一気に跳ね除けるリッパー。油断して力を抜いていた遥は――吹っ飛んで、中央の演壇の板に当たって、悶える。

「やめなさい。テロ犯罪行為。警告しましたよ」の声に、下を見下げるリッパー。

 バン! と銃声。

 ステージ下から真里が発砲する。

 が、マッハのスピードで瞬時に動いて、通常な視力ではすり抜けたように見えるであろう……状態で、変然としているリッパー。

 で、スクリーンの『COC(コッコ)30』のO(オー)のど真ん中に貫通した跡。

「公務執行妨害追加で、過激的な犯行行為、撃つに値する犯罪者です。あんた」

 ステージ下で拳銃を構える真里。

「ヒィッ」と充分な距離があり突風寸前の素早い動きで真里の目深に表れるリッパーが、その胸に刃を突きたてて、刺す!

 尋常視野ではいきなりで、気が動転して、言葉もないままに倒れる真里……俯せ状態の下から多少の出血が見られる。

「よくも、マイバディを」と、よろめき立った遥が、食いしばって走り……ステージから飛び降りた瞬間に飛び蹴りを放つ。

 振り返りざまだったリッパーは、回避する間もなくキックを食らって、両者が倒れ込む。今度は遥が馬乗りされている。

 巻いたスカーフの下に出るおみ足は均整の取れた美足! 場が違えば、羨ましく思える男の本能でもある状態に……。シュッと蚊がいつの間にか刺すより感触の無い刃の先が遥の胸に刺さって――何事もなかったかのように、抜かれている。

 リッパーが直角に曲げた左肘を伸ばすと刃が収縮する。

「え!」と、自らの手で胸の刺し傷を探る遥。

 ただただ、馬乗り状態で、あざけ笑うのみのリッパー。

 遥の指先に、多少の血がついている。胸の傷からは血がさほど出ていない。かなりの鋭い刃物? と思いつくが……静かに目を閉じる遥。

「おい、リッパー。とどめを刺せ」と、声のした方からドラゴンが階段通路を来る。

 リッパーが冷ややかに見る。

 司会者席の花瀬華歩がマイクで呼びかける。

「ねえ、ナスカさん。もうやめて。主犯者なのあなたが」

 応答の放送がないCOC(コッコ)議定会議場のホールの各スピーカー。

「ナスカさん!」と天井をキョロキョロと見渡していた華歩が、ステージ下を見て、動く。

「ヒィッ!」

 リッパーが遥にとどめを刺そうと、腕の刃を最大に伸ばして……その胸に向かわせる。

「やめて、猛」と、華歩が飛び込んでその間に体を入れて、遥を庇う。

 リッパーの動きが止まる。

 下から見つめる華歩。

「猛、なんでしょ!」と、華歩。後ろ手を床についてリッパーの方へと座ったままで体を向ける。

「おい、その女もやれ、リッパー」と、目深まで来ているドラゴンが指示する。

「ヒッ!」と、冷たいにやけを見せて、最大に伸びた刃の腕をテークバックするリッパー。

 華歩がリッパーの胸元へと両手を添えて、

「いいよ、殺しても。猛になら」と両手をリッパーの首に巻く。

 動きが止まるリッパー。

「でも、その前に。もう一度だけ……」と、白虎柄マスクの上からキスをする華歩。

「これ、外れないの? 猛。素(す)で、したい」

 素直な気持ち、思いをぶつける華歩。

 白(びゃっ)虎(こ)柄マスクが……消えて、素顔になる。

 満面の笑った華歩が、「やっぱり」とミラクルスーツ状態の白虎猛に濃厚なチューをする。

 ……いきなりの濃厚キスシーンに……

 ……水を打ったような、周囲の目……

 ……一分以内の出来事が緩やかに……

 と、リッパーの――脳裏で――人工頭脳と天然頭脳のニューロン伝達物質の電子的光が縦横無尽にリッパーの意志に反して、駆け巡ると! リッパーが「う!」と天を仰いで、「オオ……オー」と叫ぶ、こと白虎猛。



   29


 COC(コッコ)30(サーティ)議定会議会場大ホールの中――切り裂かれて破損した入り口ドア。客席(代議員席)中央から広範囲に倒れている多くの参加者たち。ステージで倒れ刺されて瀕死(ひんし)のルイ・フランソー氏。それを震え固まってただ放心状態で見ているアイルトン・ナン。

 司会者席の花瀬華歩がスーツのタイトなスカートながら、ヒールパンプスを脱いでストッキング足で機敏に小走りする。

 ステージ下で馬乗りになっているリッパーが米倉遥に……とどめを刺そうと振りかざした右腕の最長に伸ばした刃!

 ステージの上から飛び降りて……その狭間に入って、身を挺す華歩の細い背中。

 華歩が振り向いて、リッパーを説得し……その首に手を回して、顔を近づけて……キスをする。

 階段通路を降りて来て、中段の広めスペースで足を止めるドラゴン。マシンガンを持ったロイド武装タイプを二体引き連れている。

 リッパーが単なる女にいいようにされているように見えているドラゴン。その切れ長な目を、見開いて、しぼめて、顔を歪めてやや左に首を傾ける。

「そうか。あの時の女だ」

 そんな呟きは、お構いなくの華歩が、ドラゴンには聴き取れぬ囁き声でリッパーに思いを要求する。と、リッパーのマスクが消えて……露になった白虎猛の唇に、また、華歩がキスする。

「どうして? そんな女のなされるままなんだ! リッパー」と、ドラゴンが問う。

 が、心を込めたキスを受けたその唇は、離れるどころか、薄くシャープさのある唇を求めている。

 リッパーこと白(びゃっ)虎(こ)コスチュームの白虎猛と花瀬華歩が……余韻の未練のままにようやく唇を離脱させて……互いを見つめ合う。

「口と口で、何をした?」と、ドラゴン。

 華歩が猛を見つめたまま瞼(まぶた)に力を込める。

「それが何を意味する、リッパー」

 華歩をまだ見つめ返すままに、白虎猛が目を動かし眉間に力を込める。

 華歩に微笑んで、ドラゴンを見る白虎猛。

「さあね。が、この女が、愛しく思えてくる」

「愛しい? ああ。甘ったるい感情のことか?」

「あー、まー、そうだね。が、言葉無しに……気になる存在となる行為だな」

 ゴールデンマターの内部通信……。華歩には聞こえてはいないのだが……。

「そうか、リッパー。それでか。わたしも昔、勘違いしたが。若き妄想なのだ。やがて憎しみながらも、しばらくは別れられない。法律と言う鎖を断ち切るためには、約束を取り決めて、双方が示談して、早くとも半年後に、ようやく離れられる、厄介な妄想なのだ」

 余韻に後ろ髪を引かれる思いを仕方なく断ち切るようにキリッとする白虎猛の目。その手は未だ華歩の後頭部と背をソフトに捕まえている。

 ドラゴンが口を歪ませて左右に動かす。

「リッパーよ。組織の秩序を保つため、三度(みたび)は許すわけにはいかんのだ。ドラゴンよ。その女を人質に、人知れずにリッパー共々葬り去れ」

「了解しました。ゴールデンマター様」と最敬礼するドラゴン。と、お供のロイド二体も。

 白虎猛が、「頼む」と言わんばかりに……華歩の手を掴んで遥に添えさせて、ゆっくりと立ち上がる。

「嬉しいだろ、愛しき女と一緒なら、閻魔様も勘違いして、天国へとお許し下さるやも知れんぞ! フオッハハッハハハあー」と、高笑いを残して、内部通信を切断するゴールデンマターの声。

「さあ、リッパー! ゴールデンマター様のご命令だ」と手で合図するドラゴン。すかさず二体のロイドがその手にしているマシンガンを乱射する。

 乱射されたマシンガンの弾が周囲の椅子の背凭れや天井、壁に被弾する。

 倒れる遥と華歩の方にも注がれるのが、リッパーでもある白虎猛の目には止まる!

 瞬時に突風となって身を挺(てい)す白虎猛。リッパーのミラクルな完全体コスチュームのままではない白虎猛の胸に……弾痕がついて、多少の血がそれぞれの穴から滲み出る。

「うっ!」と歪める白虎猛。探った手に血。

「おお、知らなかったか。流石のリッパーさんも」と、にやけるドラゴン。

 言葉無く痛みに耐えて歪めた顔で睨む白虎猛。

「猛!」と、華歩の声が背に届く。

 背を向けたまま、手を後ろに翳す白虎猛。

「ま、いいだろう。猫は気に入った飼い主には死にざまは見せないと聞く。場所を変えよう。ドラゴン」

「猛ッ……」と、身を案じた涙声が背を擦る。

「これでもいいか? 言葉遣い? 華歩」

 場を察して口を結んで頷く華歩の目に、崩壊寸前の涙……。

「何だ? 言葉遣い!」

「孤独とはまた別に。一般社会に生きるには必須なことらしい。まあ、柔軟な語彙力だよ」

 と! 白虎猛がそよ風程度に鈍った身体の状態でも、尋常な目には風の筋にしか見えない機敏さで、おつきロイド二体をワンツーパンチで、ぶっ壊す。

 にやけるドラゴン。

「ほお、そんな体でも、それだけ動けるか!」

「俺と、存分にやりたいんだろ、ドラゴン」

「戻っているぞ、言葉遣い」と弄るドラゴン。

「言ったろ。臨機応変でいいと」

 白虎猛に正対するドラゴンが口を動かす。

「その女もだ。タートル来い」

 壊されたドア口からタートルが階段を来る。

「もう来てる。あっちは片付いたぞ、ドラゴン」

「何故だ? この娘は、関係ない」

 狼狽えが珍しく、ポーカーフェイスが馴染んでいる白虎猛の顔に、薄く出る。

「ご命令だからだ。知る由もない」

 ドラゴンが手で合図する。

「自らの意志はないのか? ドラゴン」

 ガㇱッと立っているタートルが顔を歪める。

「俺たちに、通常の営みは無理だ。俺の生きる道は組織にある」

「ううんー。結局ドラゴンも。場が違うだけで、右へ倣え! だな」

「来い! リッパー。その女もだ、タートル」

 タートルが引き連れてきたロイド武道派タイプ二体に、顎で合図する。ロイドが華歩を掴んで立たせ。もう一体が銃口を背につける。

 連行するタートルらの後ろを、白虎猛を警戒しつつ……ドア口へと行くドラゴン。

「チッ!」と舌打ちした白虎猛も行く。


   ★


 NEWLANDリゾートホテルを、高台に臨む海岸線――マリーンブルーの海が、今は眩い波を穏やかに立てていて、溶岩の未だ砂浜知らずの陸地。といった風景。

 小高い岩の小墓地に刺さる十字架に……括られている多少クタクタ感のあるピンストライプスカートスーツでストッキング足姿の花瀬華歩。両脇にライフル銃を持つロイド。華歩の胴体に巻かれた爆弾は印刷通りのC4だ。

 ドラゴンが波打ち際に立つ。

 華歩の崖下に、スネーク柄のロケットランチャーレーザー砲を背に装填したタートル。

 上空を滑空するトランザー。太陽を背にして、光線の陰に姿が時より眩む。

 三人を対峙した位置に、リッパー改めそのコスチュームながらマスクを外した素顔の白虎猛が自然体に立って、上目遣いに見る。

 ドラゴンが上を指差す。

 睨む白虎猛が横目でそっちを見る。

 十字架に括られ、爆弾を巻かれた華歩。引きつる顔を必死に堪え微笑んでいる。

「猛―ゥ!」

 頷く白虎猛。

「巻かれているのは言うまでもないだろうが、C4零点一トン。まあ、人ひとりやるのに充分なカロリー数だ」

 笑うドラゴン。

「一気にやっちゃうのも味気ないって、ドラゴンが。アタシもいたぶりたいし」

 上空を滑空するトランザーが頭上スレスレを飛ぶ。

「俺たちの腕試しに丁度いいぞ、リッパー」

 タートルが張った胸の前で腕を組む。

「煩いな! もう俺は、リッパーじゃないよ」

「何なんだ?」とドラゴンが問う。

「名も知れぬ、孤独を愛する戦士さ」

 ニュートラルポジションの白虎猛。


   ★★


「まずは俺だ。来い、リッパー」

 タートルが背のレーザー砲を向ける。先にエネルギー充填の光が漲っている。

 二ッと笑って、走る白虎猛――もうそよ風の如くのスピードの中にあって、「お!」と軽く慄くタートルに、ワンツーパンチを放つ。

 が、軽く受け掴むタートルが力を込めてその手首を捻る……堪える白虎猛が、跳ねて両足キックをかます。と、動かずの胴に離脱を成功させる白虎猛が距離をとる。

 目を凝らす白虎猛。ハッとすると走り出す。

 タートルが背にするランチャー砲の突端が充填されて輝くと、四の五の無しにレーザー弾を放つ。ジグザクして風速度で爆炎合間を走り抜ける白虎猛が、タートルを走り抜ける。

 二ッと笑ったタートルが大の字に倒れる。

「猛ーゥ!」と華歩の声に、微笑む白虎猛。


   ★★★


「その女なの? リッパー。焼けるわ」

 いきなり羽手裏剣タイプレーザーを雨の如く放射するトランザー。

 白虎猛が風の速度で回避する。が、掠める程度に傷を負う白虎猛。「アタシにしておけば、そんな怪我しなくても済んだのにね」と旋回に入ったトランザー。

(くッ! 単車はないし。上を取るには……)と考えつつ上を窺う白虎猛。「ヒィ」とニヤついて、「おおい。当てて見ろよ、トランザー」と大的の大の字に構える白虎猛。

 ニヤけたトランザーが攻撃しつつ、迫る。肉を切らせ、目深で見切った白虎猛がハイジャンプして、両刃を出し回転してトランザーの背に落ちて――下敷きに共倒れする白虎猛。

「猛―ゥ!」と華歩の声。肩を揺すって起き上がる白虎猛が……微笑む。


   ★★★★


 ――いきなり、ようやく立った白虎猛にムチが迫る。白虎猛がジャンプして足下に回避する。が、もう一つのムチが、バシッ! と宙に浮いた白虎猛を叩き落とす。体制を低いままに着地する白虎猛が、顔を上げるとドラゴンの左のムチがスピアーとなって刺しに来る。間一髪それも避けると、何とか掴んで左の刃を伸ばして、ブシュッと断ち切る。

 が、右のムチがスピアーとなりその背を刺す。「うわつ」と声を上げる白虎猛だが、刺さったまま掴んで引き寄せる。と、思わぬ展開に引かれるままにドラゴンが飛んできて、白虎猛が右に刃で擦れ違いざまに斬る!

 と、ドラゴンの左側を大きく切られ……苦痛な顔でリモコンを出す。食いしばった白虎猛が風の速さで近寄って、その手のリモコンを奪おうとするが……溶岩の隙間に落ちる。

「お前! なんだ?」

 脇を抑えるドラゴン。欠けた刃が地に刺さる。鼻で笑って華歩のもとへと行く白虎猛。

「リモコンがなくとも、衝撃を与えれば!」

 いち早く刃で十字架から解放し、ベストを脱がす白虎猛。抱き着く華歩をお姫様抱っこして、襲ってきたムチをかわす真顔の白虎猛。

「改め、孤独愛の戦士、ザ・リッパーさ!」

 華歩を下ろして、爆弾ベストを着た内外ズタボロの白虎猛が歪めた顔を残して……突風となって、ドラゴンを抱きかかえ……ともに海へと飛び込む。

 ピカッ! ドゥパアーン! 天高く水飛沫を跳ね上げて――水中爆発が起こる。

 なんとか顔を上げた華歩が、海岸線まで這い這いで辿って、「猛―ゥ!」と叫ぶ。目頭から頬にその筋が残っている涙目ではあるが、今は乾いた眼をした花瀬華歩が海を見つめる。

 夕日のオレンジが干渉する空に、クールに微笑む白虎猛が浮かんで……消える。



   30


 米倉農園ハウスの中――米倉一郎と好子がラジオを流して、ミニトマトを収穫している。

「猛の奴。何処、行ったんだ」

「そうですね、貴方。書き入れ時に」

 ラジオのデスクジョッキーの声。

「ハハハ! ここでニュースです。先ごろNEWLANDリゾートホテルで行われましたCOC30(コッコサーティ)議定会議を襲ったテログループは未だ正体が明らかにはなっていないよう……」

 スーツスカートの米倉遥が入ってくる。

「あれ? あの人は?」

 一郎と好子が作業をしつつ、答える。

「おお、遥。来たのか」

「あれ、遥ちゃん、そんなに猛ちゃんのこと」

「別に。居た方が、猫の手ぐらいは、ねぇ」

 バイクの音が母屋の方から……聞こえる。

「あ、もしかして」と、一目散にハウスを出て行く遥。

「まー遥ちゃんたら」

「まー猛なら……なあ、母さん」

 下の方の赤い実を収穫する一郎と好子。

 ラジオジョッキーの声。

「……そもそも、否定的なスピーチをしたナスカという女子も、それ以来消息不明と……」

「寂しそうな眼だったな、彼奴」と一郎。

「ええ、優しい目でもありましたよ」

「ああいう目は、稀だった」

「元警視長まで叩き上げた貴方でもですか?」

「ああ。孤独を敢えて好んでいたようだった」

「遥ちゃんの部屋で独りでいましたものね」

「ああ。孤独が好きな人はいないと、人は言うが。稀に好きな奴がいてもおかしくはないと思うがな。母さん」

「そうですね。十人十色」

 ラジオジョッキーの声。

「と言う進展のない報告するしかない、無駄なことより……コーナーに戻って、と……ああ。丁度、無駄だったなあーと思うことが、テーマでしたな。えーお葉書です。ペンネーム・ナスカさん。少し前のことですが、世の中を少しでも良くしたいととりわけ法律の勉強を大学に入ってまでしておりましたが、とあることでの挫折感にさいなまれてしまい、断念して今はプー子の身。次々と目まぐるしく、震撼する法の実情についていけなくなり、ある意味無駄な時間を過ごしてしまいました……」

 摘み籠に一杯のミニトマト。10段重ねの積み箱が床に5セットある。一郎と好子が積んだミニトマトを沢山腰籠に入れて……ハウス内通路へと出てくる。

「無駄かどうかは分からんが、若いうちから生涯通じる物事に周知できるわけもないさ、なあーかあさん」

「え? ああ、ラジオね。そうですね。小学校や中学校でも、法律の基本を教えていれば、知らないということにもならないかもですね、貴方」

「ああ。細かすぎるというのは、周知しずらくなるということさ! 感覚的なことまで規制されては、自由度が無くなるということだな、かあさん」

「そうですね。それにしても。話がそれましたね、猛ちゃんから」

「ああそうだった。猛の奴、俺たちと過ごしていても、一切の気兼ねなしだった。あの若さでかなりの苦悩をしているように思える」

「はあい。それなのにまるで、純粋無垢な子供のようでも……」

 生産物としての製品にならないが、食べるに支障のないミニトマトの身を選別する……手を止めて一郎を見つめる好子。

「帰って来るさ。何時の日か」

「そうですね。その時には、またラーメン作ってもらいましょうね、貴方」

「ああ。奴のインスタントラーメンは、母さん直伝だ。一味違う」

「郵便屋さんだった」と手紙を持ってくる遥。

「誰からなの? 遥ちゃん」

「父さん宛。ああ、母さんの名も」

「で、差出人は? 遥」

「それがね、無記名なの」

「読んでみてくれ、遥」

 遥が手紙を開けて、読む。


 ――白虎猛からの無記名の手紙……

 よ! (に大きくバツがあって。下に)前略、米倉家のご家族様。その節は、世話に(がバツしてあって。下に)お世話になりまして。俺、今はあるところで過ごしているんだよ。また、いつの日か、農園、手伝い、行ってもいいのかな。

 そのうち行くから。絶対行くから。

 じゃあまたな(語尾のな、が塗りつぶしてあって)じゃあまたね。

 オヤッさん。好子ちゃん

             タケル


 歪ませた笑顔を隠した遥。「へたくそな文脈」

「あら、私には心を感じ取れたいい手紙よ」

「ああ。彼奴にしては上出来だ。母さんの言いつけを直そうとしている面も見られるしな」


 野山の狭間の一本道を――夕日に向かって白い単車が行く……。

 フオーン!

 と、擬音のエキストロノイズを轟かせ!


 米倉農園のハウス間口が閉まり、白虎猛の姿がぼやけて写っては……スーッと消える!

 見つめる一郎と好子。


 米倉家の庭に止めたペパーミントグリーンのミニクーパーに乗り込もうとしている遥が振り向き、微笑する。


 ピンクの単車でカースタンドから出て行く花瀬華歩。夕日を背にして道路を走る……。


 夕日に向かって走る白が橙に染められている単車の影……徐々にオレンジの恒星に吸い込まれるかの如く……黒点となって……吸い込まれて……消える!



                 了


   著者メッセージ

 読者の皆様へ。

 音太浪ワールドへのご来場、誠にありがとうございました。

 いつの日にかお目にかかれることを信じまして、これにて失礼いたします。

            by:音太浪 m(__)m





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ザ・リッパー! 鐘井音太浪 @netaro_kanei

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