第14話 誰がウィクトーリアか

 三鷹北署に戻ると、入り口前に報道関係者が来ていて、水巻という男が指名手配されているがどう思うかなどと訊いてきた。二人は何のことか分からなかったが、逆に質問すると、

「岸村の殺害犯ですよ。知らないんですか?」と言われた。最新のニュースはうっかりだがテレビもラジオも聞いていなかった。岩田が、

「それは警視庁に訊いてくれ」とうるさいとばかりに言ったが、

「連続殺人の捜査本部はここでしょ?」と別の記者が叫ぶ。

「岸村が四人目か、独立した殺人か分からんだろ」と岩田は振り切った。

 休憩所でコーヒーを飲みながら、

「記者もここまで訊きに来るとはご苦労様だね」と岩田が苦笑する。

「まあ、何でも記事にしたい気持ちもあるんでしょうが」と野津も笑った。

「明日、是非とも多和田茜を聴取したいな」

「約束を取りつけます」野津はすぐに電話し、なかば強制的に出頭を命じた。

「午前中に来るそうです」

「さやか、瑞穂、風美、そして茜。疑うべきは女の嘘か・・・」岩田が呟いた。


風美を尾行していた二人の婦人警官は、口を揃えて、

「凄い雨で視界が悪かったんです。黒い車が見えたようですが、近くで見たわけではないので、乗り降りまでは見えませんでした。ただ」

「その車は5分ほどで一度走り去って、10分もすると戻って来たように見えたんです。それが篠崎陽晴の車だとしたら、犯人を乗せていたのもその車かも知れません」

「なんだと」岩田が声高に言う。周囲のデスクの刑事の視線が集まる。

「あ、いや、だとしたら、陽晴は事実を曲げて言っていることになる」と声を落として囁いた。

「救急と我々に通報したのが陽晴ですからね」野津は冷静だ。

「江頭さんと平岡さんに取り調べを指示します」と彼は席を立った。陽晴に一芝居打たれた可能性がある。だとしたら、彼が口を割るか、茜が何かを言うか。真相に一歩は近づくかも知れない。


 茜は陽晴を取り調べ中の10時に署に姿を現した。野津と岩田が取調室に連れて行く。

「きみがドローン襲撃のアリバイがあるのはわかった。ただし、きみの靴のサイズは?」野津が静かに問う。

「24だったかな?」茜は無表情だ。

「ちょっと、いま履いてる靴を脱いで見せて」と片方を脱がせる。靴裏に23の刻印が。

「23じゃないか。なぜ嘘をつく。ゲリラ豪雨の夕方、八王子に行っただろう?」

「なんですかそれ。知りませんよ」と白を切るつもりか。岩田が続ける。

「そのときのアリバイはあるのか?」

「経堂の自宅にいたので、客観的なアリバイはないです」機嫌が悪くなった。

「八王子のある会社のオフィスで品田という女性が薬物を強制的に飲まされた。防犯カメラにも、そして品田さんの証言でも、小柄な人物がいて靴のサイズが23センチとわかった」岩田は一気に言い寄った。茜はそれでも、

「わたしだという証拠もないんですよね?23センチのスニーカーを履く人物はいくらでもいますよ」岩田が手を挙げて止めた。

「野津、聞いたよな。いまあんた、スニーカーって言ったんだよ。こっちは靴としか言ってないのに。単純なことに引っ掛かるねきみは」野津は笑いながらも深く頷いた。茜はむきになって言う。

「ちょっとした言い間違いですよ。パンプスやハイヒールの犯人なんているわけないし」

「履きやすい靴はスニーカーと決まっているわけじゃないだろ」と岩田が詰める。

「・・・わかりました。あの犯人はわたしです。指示があったので」と肩を落とした。

「ウィクトーリアからの?」と野津が確かめる。

「そうです。あの日の昼頃、具体的に指示メールが来ました」

「スマホを見せて」と岩田。スマホのメールに確かに当日、ウィクトーリア名義のメールがあった。

『18時半頃に品田のオフィスに行き、彼女の薬を全部飲ませろ。住所はこれ』と会社の住所が書かれてあった。署名はウィクトーリア。ウィキペデイアで調べた限りでは、ギリシャ神話のヴィクトリアと同じで勝利の女神のことだった。

「なるほど。で、あの雨の中あそこにどうやって行った?」

「それは・・・いまは黙秘します」と口を閉ざした。

 岩田は野津と目配せして、

「ちょっと待っていなさい」と言い置き、陽晴がいる取調室に向かった。野津は、

「篠崎くんも、いま取り調べ中だ。彼が何を言うのか言わないのか」と茜に告げる。彼女は小柄な身体を更に縮こまらせたように見えた。

 廊下を歩く岩田をデータ班の一人が追いかけてきた。

「岩田さん、ウィクトーリアの発信地点が分かりました」

「えっ、どこ?」岩田は立ち止まる。

「まず新宿区の西方面。そして世田谷区の南地域、三つ目が八王子駅の南方面です」

「矢野のアジト、千堂の自宅、篠崎さやかの住まい。何のヒントにもならない」

「それがそうでもないんです」とデータ班が岩田を引き留める。

「メルアドは6つ。それぞれ2つずつが3地域に対応しています」岩田は、おや、という顔になる。データ班の男は早口で言う。

「過激なというか、具体的に犯行予定みたいなメールは新宿区と八王子だけで、更にアイグレーとおぼしき人物へのメールはすべて八王子からです」

「それは、つまり、篠崎が怪しいと?」驚きながら岩田は訊く。

「まだまったく断定はできませんが、データ上はそうなりますね」

「その情報を元に裏を取らせる。ありがとう」男の肩をポンと叩いて、岩田は陽晴のいる部屋へ向かった。内心動揺していた。さやかが主犯?だったら千堂や矢野との関係性は?次々と疑念が湧いた。とりあえずさやかが鍵になると思った。とはいえウィクトーリアが誰なのか分からないと真相に迫れない。ひとつ謎が解けると次の謎が生まれてくる。ここまで複雑な事件も珍しいと思った。


 岩田が部屋に入ると江頭が腕を組んで陽晴と対峙していた。平岡が、

「さっきからだんまりですよ。相当重要なことなんでしょうね、黒のジュークの件が」と聞こえよがしに言い放った。それでも陽晴は俯いたまま肩を丸めて動かない。と突然、下を向いている彼が小声で言った。

「黒のジュークが珍しいわけがない。第一、車種だって遠くからなら断定できないはずだ。誘導尋問は反則ですよ」

 平岡は無言でお手上げのポーズをした。江頭がバリトンを響かせてゆっくり言う。

「車種はともかく、当時のきみのアリバイがない。なんなら車のGPSでも調べようか?」

「GPS?」と陽晴が目だけを上げる。

「カーナビから動きが解析できる時代だからな。手間はかかるがね」

「では、手間をかけてはどうですか」と呟く陽晴。江頭がバンと机を叩いて、

「自白したほうがあんたのためにもいいと思うよ。黙秘したままじゃ裁判が不利になるんだ」

重力が増したような沈黙が訪れた。ふと、開けた窓外にヤエザクラの匂いがした。陽晴がやっと重い口を開く。

「ぼくの車ですよ。誰を乗せたかは、もう知っているんじゃないですか?」

「まあな。だがその当人も黙秘している。守ろうとしてもいずれバレるぞ」江頭が諭す。

「茜、多和田茜ですよ。彼女に頼まれたんで。まさかあんなことのためとは知らなかったけど」

「10分後に戻ったのは?」

「品田の会社と聞いて、何をしたのか茜に問い詰めて、彼女を降ろして引き返したんです。茜にはタクシーでも何でも呼べと言いました。降ろしたのは屋根のあるバス停です」

「そういうわけか。それで警察が見たことの説明がついた」と平岡。

 岩田は茜のいる部屋に戻ると、

「陽晴がきみを現場まで運んだと吐いたよ。品田風美殺人未遂で緊急逮捕する。が、加古くんを自転車で襲った件と謎のナイフ、そして警察車両追突の事件のことも、知っている限りは言って貰おうか」野津はすぐに逮捕状を取りに部屋を出た。茜は何をどこまで知っているのか、興味津々である。


 加古は寝癖を気にしながらもアンテナ状のつむじをいじりながらSNSやYouTubeを見ていた。慶菜も時々一緒にパソコンを覗く。

「ウィクトーリアってさやかじゃないの?だって千堂と付き合ってるんでしょ」

「いや千堂自身がウィクトーリアかも。世田谷からの発信履歴があるっていうからね」

「だったら新宿区からの発信だってあるわよ。矢野教授だって怪しい」

「三鷹からのメール発信はないのか。黒猫みゃあこは除外?」

「彼女は千堂の義理の娘でしょ。何かは知っていて当然よ」

ツイッター上のやりとりが延々と続いている。SNSは地獄耳が多く、警察が未発表のことにも言及しているものがたくさんある。とはいえ、発言者がどこまで本当に知っているのかは定かではないが。

「ヨシくんの自転車と野津さん襲撃は瑞穂なのよね?」と慶菜。

「そうらしい。だけどぼくの脱臼事件とナイフのことは解決していない」

「それは茜?彼女がそんなことをする人だったのかしら」親友だった慶菜は疑問を抱く。

「品田風美と陽晴、茜さんの証言はまだ誰も知らないからなあ」試しにYouTubeをチェックすると、事件のニュースでバズッたチャンネルが最新情報を話していた。

「品田殺人未遂は多和田茜の犯行とわかったらしいです。茜を品田の会社に送って行ったのはなんと陽晴だそうですよ。我々は完全に一杯喰わされた感じですけど、あとはウィクトーリアの正体が分かれば真犯人と断定できますよね。しかし、千堂瑞穂の逮捕は見送られたようで、義父の聡介が圧力をかけているらしい。ってことはですよ、千堂がすべての主導者であることも考えないといけませんよね」

 加古と慶菜は情報の早さに驚いて顔を見合わせた。

「これって、もしかしてだけど、警察内部の人がやってるんじゃ」と加古が言う。

「うん。わたしも情報が早過ぎると思うわ。警察だって、まだ極秘のことじゃないの?」

「内部だとしたら例えば誰だろう」

「野津さんたちの上司か同僚とか?」

「ちょっと野津さんに電話してみるね」

 野津が廊下を歩いているとスマホが鳴った。加古からだ。

「どうした?いまちょっと忙しいんだけど」

「いえ簡単な話です。おそらくいま取り調べした事実が、もうYouTubeに上がっているんです。内部のリークですよ」加古は早口で言った。

「え?茜と陽晴が言ったこと?」

「そうです。すぐ調べたほうがいいですよ」

分かったと言って野津は電話を切り、高柳署長のところに逮捕状を請求しに行く。

「失礼します」そう言って部屋に入る。高柳はPCのディスプレイをそっと切った。

「多和田茜の逮捕状をお願いします。それと、取り調べ事実が、もう外部に流れていますが」

 高柳は一瞬嫌な顔をして、

「外部に流れている?きみは内通者がいるとでも言うのか?」

「思いたくはないのですが、そうとしか考えられません。取り調べ内容が筒抜けです」野津は毅然として答えた。

「わかった。それは調べる」と言いながら逮捕状請求書を取り出す。高柳はペンを走らせて、

「内通者がいたとして、目的は?」と訊く。

「何らかの形で事件に関与していると考えます。世論誘導も視野に入れております」

「なるほどな。ネット社会も面倒なものだ」と顔を上げた。

 野津が去ると、高柳はどこかへ電話をかけようとスマホを手にした。


 千堂は世田谷の自宅でくつろいでいた。大正時代に建造された古い洋館である。天井が高く、広々とした建物だ。きょうは何の予定もない。根尾を呼び、たわいのない雑談をしていた。ただ、橋爪大使夫妻の死については真面目な顔になった。根尾が、

「橋爪大使がお亡くなりになったのは先生にとって痛いですよね。LGBTなどマイノリティ全般に革新的な後ろ盾だったわけですから」と千堂の顔色を窺う。

「まあな。性的マイノリティ解放は選挙の公約でもあったし、実現したい気持ちは強い」

「ただ、先生のようなご趣味は日本でなくても困難では?」おずおずと根尾が囁く。千堂は少し怒った口調で言う。

「そんなことを言ったら、一昔前はLGBTだって変態扱いだった。いまでもゲイに声を掛けられたと言って交番に逃げ込む男もいる。風俗というものはドリフトするものだ」

「ドリフトというのは駆流と翻訳される移行変容のことですね」

「そうだ。例えば、江戸時代は、海水浴は男女ともにふんどし姿だったし、銭湯も混浴。それで不都合がない時代だった。バブルの頃、民営プールでTバックOKの時代もあったが、いまは原則ダメだろう?風俗は変わり続けるし、猥褻の定義もドリフトしている」

 千堂のスマホが鳴った。警視庁からだった。

「なんだ?情報操作はうまくいっているんだろう?」

『それは一応。ただ、いま高柳から連絡があって、内通者がいると気付かれた様子です。上がる速度が早過ぎるかも知れません』

「SNSに上げるには3時間程度のタイムラグを作れと言っただろうが」

『はい。それは分かっているのですが、三鷹北署の捜査がハッキングされている可能性もあります。すぐに対処しますが』

「当面、捜査内容をパソコンに打ち込むのをやめたほうがいいな」

『そうですね。穏便な形でそのように誘導します。こちらも、圧力と思われて得することはないので』

「よろしく頼む」

 電話を切った千堂は不機嫌そうに、

「役立たずが多くて困ったもんだ」と、コーヒーのおかわりをメイドに頼んだ。高柳のパソコンで署内のすべての状況が見聞できるのは、捜査本部ができてすぐに指示して夜間に隠しカメラをつけさせた。だがハッキングは困る。試しにYouTubeに検索をかけると、いくつかのニュースがヒットし、ウィクトーリア名義のメール発信地が新宿、八王子、世田谷の三ヶ所に特定されたことが分かった。

千堂はソファの背もたれに沈み、今後の動向について無言で考え込んだ。この広い邸宅の庭にも何本かのヤエザクラがあり、暖かい陽気の中、春らしい香りが漂っていた。


 「ハッキングですか?」データ班のチーフはビックリしている。高柳は落ち着いて、

「情報漏洩があるようだ。当面、捜査情報はPCに打ち込まないで欲しい」と宥めた。

「ワードなら使っていいですか」

「そうだな、警察専用のものは除外してだが」

「不便ですがそうします。早い対応お願いできますか」チーフは不服そうに言う。

「もう依頼してある。ハッカーが特定できればブロックできるからな」そう言い残して高柳は部屋を出た。廊下で野津とすれ違う。署長は訊いた。

「篠崎と多和田の取り調べはどうだ?」

「午後、また続行して、知っていることは吐かせるつもりです」

「ま、強制にならない程度に。あと、やり取りをPCに打ち込むな」

「はい?」

「ハッキングされている様子だ。いま対処しているから、しばらく手書きでやってくれ」

「はい、分かりました。内通者ではなかったのですね」野津は会釈する。

「そんな者、いるわけがないだろう」と署長は野津の肩を軽く叩いて去っていった。

 昼休み、野津と岩田は行きつけの蕎麦屋で鰻丼を食べていた。

「蕎麦屋なのに、ここの鰻は結構うまいよな」と岩田。

「なのに、って、おやっさんに聞こえますよ」野津は声をひそめた。岩田は無言で笑顔だ。

「いや無条件でうまいよ。午後も頑張らなくちゃの日はこれに限る」

「将棋の対局みたいに長時間耐久勝負が多いですからね、調べは」

「もう40過ぎるときつくなってくるよ」

「あ、それ、彼女の前で言わないほうがいいですよ」野津が忠告する。

「彼女って、まだ彼女じゃないよ。事件が解決したらちゃんと考える」岩田は真剣そうだ。

「ガンさんにしては前向きな様子で、安心しました」と野津は微笑む。彼は、

「警察車両追突、加古くん脱臼、彼らへの暴走車。これが誰の仕業かなんですが。ナイフを盗み加古くんの部屋へ置いた人物も。陽晴と茜がどこまで知っているのか」と囁いた。岩田は突然ひらめいたのか、

「アイグレーの女たちが殺人の実行犯として、仮に十人で身体を持ったとして一人6㎏から7㎏だな。抵抗もしたとして、かなりの力がいるんじゃないか?」と小声で呟いた。

「それは茜に聞き込んでみたいですね」野津は返した。

 ジャスト13時。茜の取調室に二人は入った。平岡と江頭も廊下で会い、

「粘りましょう。事件解決を早くしないと、次の事件が起こるかもしれない」と岩田が言った。

「岸村のこともありますしね。頑張りますよ」と江頭が答えた。

 茜は昼食を済ませ、少し眠たげに淡々とした佇まいで座っていた。岩田が前に座る。書記には手書きで、と指示した。岩田は両膝に手を置き、

「さて、何から聞こうかね」と茜の顔色を見た。


 加古と慶菜は暇過ぎるので、テレビをつけ放して、SNSや闇サイトを調べていた。反バイオレットピープルらしいサイトのパスワードは野津に聞いていたので、久し振りにログインした。岸村のことが書いてあるかと思ったが、別に触れられてはいなかった。ただ、

『奴らも、もうお終いだね。合意ならなんでもいいわけじゃないんだから』

『だね。変態が悪いとは言わんが、公衆に迷惑なのはダメだ』

などの書き込みが延々と続いていた。『まだ三人か』という書き込みがあったのに、次の企みはないのだろうか。加古はちょっと不審に思った。板に書いていないからといって、闇のプランがないとは言えないからだ。

 慶菜は生理痛が辛そうだったが、加古の背中におんぶするようにもたれて、加古のつむじアンテナをいじっている。

「ねえ、何かわかった?」

「いまのところは殺人予告みたいなのはないね。ケイちゃん、重いよ」と笑う。

「だって、ホントは、し、た、い、の、に」甘えた声で言う。

「嫌じゃないけど、夜になったら、ね」加古は振り向いてキスした。

 その時、テレビのニュースが耳に飛び込んできた。

「警視庁によりますと、先ほど、新宿ゴールデン街に潜伏していた、暴力団藤中組構成員水巻崇を岸村健一さん殺害容疑で逮捕したとのことです。水巻容疑者は、岸村さんを拉致した上で手足を縛り東京湾に投げ込んだ疑いで、警視庁捜査一課が行方を追っていました」

加古と慶菜は顔を見合わせた。

「これって、連続殺人とは関係ないのかな?」

「そうよね。岸村って、殺された人たちを脅していたんでしょ?」

「矢野さんは生きてるけどね」

「あ、そうか。でも教授はバイオレットピープルの主宰者だから、まだ殺されないのかも」

「まだ?ということは殺される可能性があるのか」

「わたしは心配してるわよ」と耳元で囁く。

「野津さんたちはどう思ってるのかなあ」


 三鷹北署内はざわめいていた。水巻が警視庁に逮捕されたからだ。連続殺人捜査員たちは、

「岸村殺害がこっちの事件に関係あるなら、根こそぎ警視庁に持っていかれそうだな」

「オレたちが頑張っているのにそれは絶対に嫌だ」

「まだ岸村の件がどうだか分からないけどな」

口々に意見や心配を言い合っている。ニュースは取調室にもすぐ伝えられた。被疑者に知られないよう、耳元で囁く。江頭や岩田もなるべく表情に出さないように頷いた。

 岩田は茜の前に座り直す。

「さてと。まずは、きみが飲んでいる頭痛薬のことだが、それは誰から入手した?おそらくモルヒネだと思うが」視線を茜から逸らさない。

「えっ、モルヒネなんですか?あの、品田さんからですが」と茜は驚く。すかさず、

「あなた、痛むのは頭だけ?他に痛くなるところはない?」と野津が言う。

「最近、太腿や腰も痛いときがありますけど?」茜が不思議そうに答える。野津は、

「もしかしたらだけど、それは線維筋痛症の軽い症状かも知れない。一度医者で診て貰ったほうがいい」と続けた。茜は、

「せんいきんつうしょう?」ポカンとしている。

「最近は痛覚変調性疼痛とも言うらしい。いまその薬を持ってる?」

「ええ」と茜はポーチを探って取り出す。

「鑑識に回すから」と言って野津はピルケースを受け取った。岩田は次の容疑に移る。

「一番怪しい、自転車で加古くんを襲った事件についてだが、きみではないのかね?黒パーカーで小柄だったそうだ」

「それは、正直に言います、わたしです。もちろん指令でやったことです。じつは車で暴走させられたのもわたしです。断りたかったんですが、役目を一方的に押し付けられて」

「加古くんたちを乗せた警察車両の車載カメラにドローンが映り込んでいたが、それもきみか?」と野津が尋ねる。

「ええ、一応見張っておけという指示があったので」

「なるほど。よく言った。じゃあ、ナイフのことは?」

「え?ナイフ、ですか?全然分かりません」茜はビックリしている。本当に知らない様子だ。

「そうか。では、警察車両に故意に追突した件は?」岩田が口を挟む。

「あ、それは知りませんね。アンダーテイカーの仕業ではと、アイグレーメンバーは思っているようです」

「きみたちはどの程度、横の繋がりがあるんだ?」立っていた野津が訊く。

「同じ大学とか、ウィクトーリアに連絡先を教わった人の動きは知っています。ただ、面識のある人は少ないです。それはアイグレーの誰でもそうだと思います。とりわけ末端の人はそうですね」

「殺人の実行犯がアイグレーと仮定して話すが、明京大だったらどんな人物を思い浮かべる?」

と岩田が慎重に言葉を選んだ。

「柔道部、剣道部、レスリング部あたりでしょうか。彼女たちは腕力があるので」

「殺された状況は知っているんだな?」

「報道である程度は。他殺前提でしたら、被害者を持って壁に頭からぶつけるしかないと」

「うん、そうだな。立川の時は、コンビニでビニール傘がいつもより売れたという証言もある」

「土砂降りでしたから、アイグレーが傘を買ったのでは?」と茜は推理した。もう隠しきれないと腹を括った様子だった。

「きみのアリバイは、三件ともあるようだ。ただ、人数を揃えるための依頼は受けたよな」

「そうです。それが、いま言った三つの部員なんです。いつもなるだけ屈強な女子に頼んでいます。何をさせるのかは分からなくても」

「連絡先を見せて貰えるか?」そう言うと、茜はスマホを岩田に差し出した。

 

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