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浦世羊島(うらせしじま)

第1話 色の始まり


─── 需要があるものは供給されるべきだ   十文字光



 きのうの土砂降りが嘘のように、東京にしては奇麗な青空が広がっている。吉祥寺で井の頭線を降りると南口を井の頭公園へと歩き、加古芳也は十文字の家に向かった。一駅手前の井の頭公園駅で降りて歩いてもほぼ時間は変わらないが、吉祥寺駅南口から公園まで下る途中の、雑多でおしゃれな商店街が加古は好きだった。お香の匂いがしたり、コーヒー焙煎の匂いがしたり、狭いが趣味のいい服のセレクトショップも多い。

 加古はきょうも寝癖を気にしながら歩いている。生まれたときから旋毛周辺だけくせ毛で、どうやってもアンテナみたいな寝癖ができて直りにくい。一年中帽子を被っているわけにもいかず、ほとんど諦めているが、大学生になっても「鬼太郎」と呼ばれてからかわれる。女の子には「カワイイ、触らせて」などと髪を触られる。好意だか興味本位だか判別が難しい。

 十文字の家は、井の頭公園の池を渡って小高くなっている場所の高級住宅街にあった。桜はまだ蕾の季節で、加古はセーターを着ていたが、歩くと少し汗ばむような陽気だった。彼がとりわけ好んでいる、池に渡された長い橋を渡り、斜面の階段を上がると、右手の道に面して十文字の家がある。天気がいいと水鳥の鳴き声も高らかで、街中とは異世界の優雅な自然を味わえる。

 大学生の加古は十文字を「センセイ」と呼ぶが、十文字に対して言うと初対面から怒られた。「僕をセンセイと呼ぶな。僕は君の師匠でもなんでもない。本名で普通に呼べばいい」    

と梶谷光という名前を教えられた。これで『かじやこう』と読む。学生時代に、正確に読める教師がいず、間違っていると返事をしないため、何度か言い争いになったと言う。一度は教師の胸倉を掴むところまでいったそうだ。いかにも天才肌と言われる十文字らしい話だ。出版社の担当者とのいざこざも数え切れない。一概に気難しいと決めつけられない変わり者である。

 煉瓦作りの洋館風の家に、梶谷という本名の表札だけがある。いまどき本物の煉瓦造りは珍しく、木々が豊かに植えられた庭で、プライバシーは自然と守られており、きのうの雨の雫を残す葉が太陽光を反射して光っている。

いつものようにインターホンを押したが、少し待っても返事がない。トイレか何かだと思い、2分ほど待って再び押したが、家の中に人の動く気配はなく、誰も出ない。誰も、といっても、十文字は一人暮らしなのだが。

きょうは14時に訪問する予定だったので留守にしてはいないはずだ。十文字はじつは難病人なので、余計な外出はしない。体調にもよるが、外出が困難な状態のときもある。

 まだ38という年齢だからか、ヘルパーは雇っていないが、自分で家事や入浴をするのも辛い様子で、病名は線維筋痛症せんいきんつうしょうと言う。日本ではまだ難病指定されていないが、全身の筋肉が常時痛む難病だ。いまのところ特効薬はなく、人工モルヒネなどで痛みを和らげている。

痛くて動けない状態かと心配になり、加古は十文字の携帯に電話した。鳴らし続けても出ない。新作を執筆中の彼は薬を多用してもパソコンに向かっているわけなのだが。なんとなく、屋内に人の気配を感じない。

 十文字はミステリー作家である。だが彼は「卑下するわけじゃないが、僕の使うトリックなんて過去にあった物ばかりだろ。いつまで一定の人気があるかわかりゃしないよ」と言う。十文字は文体で読ませる作家で、例えばだが、既出の密室殺人でも、おもしろく読ませることで人気があった。

十文字光という筆名は「左右対称だろ」と笑って言う。左右対称がいい名前というのは、昔の芸能人や舞台人が「幟旗を裏側から見ても名前が読める」という歴史による。十文字の年齢にしてはおもしろい発想とも言える。加古は大学でミステリー研究会に所属しており、学園祭のゲストに呼んだ縁で個人的接点ができた。

「僕の書く小説はクソみたいなもんだが、いてもいなくてもいいような人間でも、求められているうちは存在価値があるからね」と京都訛りのイントネーションで言って苦笑する。十文字は京都出身だ。身長はそこそこあるが、病人のせいか痩せ型で顔色はよくない。東京の国立大学進学を期に東京在住になったと聞く。自殺者を出したくらい身体が痛い病気の十文字にとって、存在価値が生き甲斐であろうとも思われた。

 離婚した元妻の連絡先を加古は知らない。きのうはまだ雨が降っていなかった昼間、子供に会いに八王子の元妻の住まいに行くと言っていた。そこでどうかしたのか、それとも帰路で何かあったか。少し不穏なものを感じ、いつも施錠されていない門を入って、大声で「梶谷さん」と呼んだが、それでも物音ひとつしない。

1年以上の付き合いで、こんなことはなかった。痛みでインターホンに出るまで時間がかかったことはあったが、まったく動けない状態だったことはない。どうしようかと5分ほど門と玄関をうろうろしながら迷っていると、背後の門に人の気配がした。

 振り返ると、見るからに刑事風の男が二人立っていた。目付きと独特の外回りの日焼けでそれと分かる。片方の長身が、

「梶谷さんのお知合いですか?」と言ってきた。

門まで引き返すと、案の定警察手帳を見せられ、

「元の奥さんから連絡を貰ったので様子を見に来ましたが」と言う。

「はあ、僕は学生でセンセイとお付き合いが」

「どのような?」とラグビー体格のほうが言う。

「ミステリー研究会なので、それでお知合いになりました」と加古は言った。

「きょうは会いに来る予定で?」と長身。

「ええ、作品の書き方の勉強をさせて貰っているので、きょうも約束してました」

「身分証があったら見せてください」とラグビー。

加古は学生証を出して見せた。

「ほう、明京大文学部の学生ね。将来は作家志望?」と長身。

「ええ、まあ」

「君も頭いいんだろうね」と意味ありげにラグビーが言う。

「いや、勉強は頑張りましたが、それと知能はあまり関係ないです」

「加古芳也。加古君?おかあさんは美津子さんですか?」と長身が言う。

「あ、はい。母は美津子ですが?」

「やっぱり。私は野津、野津まなぶです。えーと、君のおかあさんの一番上のおねえさんの息子がわたしということになる。つまり従弟同士というわけだ」

「えっ、そうなんですか。確かに、『のつのねえさん』という言葉は聞いたことが・・・」

 言われて見れば、加古自身も野津も頬に縦皺が寄る系統の顔である。少しだけテノール気味の声も似ている。 

「そうかそうか。いや、こんな所で会うとはなあ。大阪で葬式があったとき以来だからおそらく18年振りだと思う。君は当然覚えてないよな。二、三歳だったから」と野津は笑った。

「そのくせ毛、大人になっても同じだな」と改めて笑われた。

 加古はちょっと面食らった様子でポカンとした。

「なんだ、親戚なのか?いや、わたしは岩田、岩田松雄といいます」とラグビーが名乗る。

「元の奥さんが、帰りに雨に降られたはずだと心配して電話したけど、携帯も家の電話も出ないからって、今朝、警察に連絡して来たんですよね」

野津は物腰が柔らかい。岩田に比べれば、人として実直かも知れないと加古は思った。岩田に皮肉っぽく言われたせいもあったが。

「僕もついさっき携帯に電話しました。出ませんね。インターホンにも反応がないです。家の中に人の気配がありません」

「時間はおありのようだから、ちょっと署のほうで元の奥さんに会っていただけますか」そう岩田が言った。

「ええ、わかりました」

そう加古が答えると、近くの通りに停めた普通車に案内された。おそらく覆面パトカーだろうと加古は思った。乗ってみるとやはり、後部座席に、いざという時のための赤ライトがあった。

 井の頭公園の畔だと武蔵野市と思う人が多いが、それは西側の動物園がある文化園で、池を含めて公園の東側ほとんどが三鷹市に属する。池の南側は三鷹市井の頭という地番だ。    

 三鷹北警察の2階に上がると、事務デスクがたくさん並んでいて、その奥に個室がある。そこへ案内されると、確かに写真で見たことがある顔の女性が不安げに座っていた。薄紫のニットワンピース姿である。そう言えば十文字も紫の服が好きだよな、と加古は思った。 

女性はソファから立ち上がり、会釈をしながら、

「梶谷の元妻です。篠崎さやかと申します。加古さんのことは話で聞いていました。きょうはわざわざすみません」と鈴を転がしたようないい声で言う。メゾソプラノの澄んだ響きだ。いくらかふくよかな体型に見えたが、それが妙に異性をそそるような、いわゆる豊満の部類である。

「きのうの午後6時に八王子駅で見送ったのですけど、6時半にはもうかなりの雨だったので、病人の梶谷ですから濡れていたらと心配して携帯に掛けましたが、何度掛けても出ないし、きょうの朝になっても家の電話と携帯の両方に全然応答がありませんでした。家にはいないと思うんです」

「それで警察に?」

加古はちょっと不思議に思った。

「まあ、座りましょう」と岩田。四人は固いソファに座った。

「わたし、梶谷の家の合鍵も持っていませんし、仮に家でも、もしかして外でも、倒れていたらと思いまして。捜索願いというわけではないのですが…」

「その辺の話はすでに聞いたよな」と岩田。

「そうですね。いま聞きたいのは最近の梶谷さんに何か変わった点はなかったかを、お二人にお聞きしたいですよね」

野津が三人を見回して言う。

「相変わらずの変人振りと言うか、6歳の子と無邪気に遊んでいたかと思うと、突然暗い表情だったりして、いつものことなので気にはしませんでしたが・・・病状がいいとは言えないようで」

篠崎さやかは俯き加減に言った。

「僕も、新作に集中されておられていて、気晴らしに会ってくださって雑談をされていたようなので、病気は普通の状態と感じましたし、変わったところは別に」と加古も言った。

「鍵を持ってる人がいないと、令状がなければ鍵屋に頼んで家に入れない。その前にちょっとほかを捜索するか、うーん」

 岩田が腕組みをする。さやかが、

「わたし、合鍵預かろうか?いい人できるまで、と言ったんですけど梶谷は『別にいいよ。これ以上迷惑はかけたくない』って」と更に俯いた。野津が、

「あなたに責任はないですよ。まあ、なぜ離婚したのかには疑問がありますけど」と低い声で呟いた。

「離婚の原因ですか?それは病人相手の看護師で、6年前に梶谷が発症してから家に帰っても病人がいて、気が休まる場所がないというのもありましたし…」

ここで一度言い淀んだが、

「セックスレスになったのも辛かったです。わたし、まだ20代で、離婚した一昨年で30でしたから…身体が痛いのは重々分かっていましたけど」

さやかは段々涙声になった。

「6年前って、あなたがお子さんを産んだ直後ですよね。発症との関連はないのですか?」と野津。

「いえ、関連がないとは言い切れないです。尖った性格の梶谷に対して、わたしも妊娠していらいらすることもあって、ずいぶん喧嘩しましたし、あの頃の梶谷はいまほど売れていなくて、わたしが産休してから経済的にもよくないときでした。それも喧嘩になる原因のひとつでしたけど。ただ、強度のストレスでなる病気なので、稼ごうとして心身ともに無理したのも影響しているでしょうね」

 と、そこで署内がちょっとざわめいたようだったので、野津と岩田は個室の外に目を向けた。見るからに若い職員が急いでやってきた。

「立川駅近くの公園で身元不明死体が今朝発見されたのですが、その写真と、死体のそばに転がっていた、薬と思われる写真も」

「見せろ」二人の刑事が同時に言う。

「篠崎さん。この男性は?」さやかが恐る恐るタブレット画面を覗く。

「あっ…梶谷、梶谷だと思います。びしょ濡れで顔がよく見えませんが、ふ、服装は確かに、きのうの」

「篠崎さん、落ち着いて。この、薬のほうは?」と野津。

「おそらく、これがワントラム、こっちはリリカカプセルとサインバルタに見えますが」と薬の写真を指差して言う。

「さすが看護師。いま薬は検査に出ていますが、その薬はつまり」

「線維筋痛症の対応薬です。全部対症療法の薬物ですけど。それで、これって『鬼公園』ですね。ある漫画で有名になって、梶谷とデートで行ったことがあります。駅からは3分くらいでしたかしら」

「おい、若いの。現場は通称鬼公園か?」と岩田。

「ええと、そうですね。赤鬼の顔が山になって、両側に滑り台が付いているという。その鬼の顔で頭を打ったのが死因かどうか、解剖に回っています」

「雨で指紋や下足痕は流れちまってるよなあ」岩田は嘆く。

「そうですね。殺人だとしても手掛かりはほぼない状態です」

若手職員はお手上げという手振りをした。

 野津が口を開いた。

「篠崎さん、どうします?写真は単行本にもあるでしょうから、写真の公開捜査もできますが」

「ええ。誰か目撃された方がいらっしゃれば…何か手掛かりになるのでしたら」

さやかは、途切れ途切れに言う。

岩田が、

「では早速原稿を作成しますか」と声をかける。

「はい…」とさやか。


 さやかを先に帰らせて、野津は加古に聴取をした。

「梶谷さんの色の好みはありましたか?」妙な質問ではあった。野津は何かを直感したのかも知れない。

「ええ、紫色の服が好きなようで、それを着ているのはよく見ました」

「なるほど」

 十文字光つまり梶谷について知っていることをその後も加古から聴き、野津と岩田は納得する点が多かった。

「痛いと言うと妻にストレスかけるから我慢して、我慢するストレスで余計に痛くてね、ということは聞いたことがあります。梶谷さんのほうも、夫婦でいることに限界を感じていたように思います」と加古は話した。

知っている方がおられましたら、と三鷹北警察の電話番号をつけて、ポスターも作ったがいまやその時代ではなく、あらゆるSNS上に拡散された。


 十文字が八王子に行ったのが火曜日。発見が水曜日の朝。その二日後の金曜日、なんと三人からの目撃情報があった。若い女性とその交際相手、そして女弁護士。カップルと弁護士にも面識があるらしい。岩田と野津はまず午後一番で弁護士事務所に直行した。

 荻窪の本天沼という地番に、色川法律事務所があった。個人事務所にしては大きめで小奇麗な建物である。23区でも閑静な部類の町に似合う濃茶の3階建て。女弁護士は色川容子という。あらかじめネットで調べておいたが、痴漢被害者を扱うことで少し名を知られている。痴漢撲滅運動にも参加していた。

 受付で三鷹北警察と名乗ると、応接室に通された。窓外には穏やかな日差しの中に静かな佇まいの街並みが広がっている。ここに個人の自社ビルとは、かなりの収入があると思って差し支えない。秘書らしい女性がコーヒーを持ってくると、ほどなく色川が現れた。

「わたしのことはもうお調べ済みでしょうね」と通るアルトの声で言う。目利きのいい者なら何気に高価なことがわかる服装である。安物では出ない微妙なモスグリーンのカジュアルスーツだ。実年齢の40よりもかなり若く見える。身長は170センチ近くあるだろうか、手首上方の筋肉が盛り上がっている。何かで鍛えた身体だろう。

 出されたコーヒーに手を付けず、岩田は切り出した。

「単刀直入に聞きます。あなたの得意分野と梶谷さんは関係ありますか?」

「ええ、電車で被害を見て、わたしが取り押さえたのが彼のようですね」

「詳しく教えてください」

「仕事で日野に行ったんです火曜日は。で、上りでも夕方の通勤帰宅でかなり混雑した中央線特快に乗りました。三鷹で快速に乗り換えるつもりでした。乗ってすぐ痴漢されているのを見つけ、男を取り押さえて立川駅で被害女性にも降りて貰い、改札を出てコンコースで話をしました。女性はわたしの了解を得て、国立に住む交際相手を呼びました。その二人が残りの目撃者でしょうね。彼女の名前と連絡先はメモしてあります」

とデスクの上のメモ帳を取り

「しなだかざみさん。品川の品、田んぼの田、あ、これ見せます』と言って携帯の番号も書かれたページを見せた。

「勤務地は八王子、住まいは阿佐ヶ谷だそうです」

野津は手帳に個人情報を書き留めた。

「彼女の彼がまもなく来たのですが、来るなり犯人と知り合いらしく『梶谷さん!何をしてるんだ!』『よ、ようせいくん、いやその、だって・・・』と言い合い、わたしは『冷静に。これを話し合いにするのか法廷に持っていくか、どこかで落ち着いて話しましょうね』と言ったのですが…」

「ですが?」

「ようせいくんと呼ばれた彼が、梶谷さんに詰め寄って腕を掴み、梶谷さんが振りほどき走って逃げたんですよ。南口方面ですね。で、ようせいくんが雨の中を追いかけて」

「彼が殺したと?」

「いえ、その男性も戻ってこなかったので、何とも」

「戻ってこなかった?どうしたんでしょうね」と野津は岩田と目配せした。

「その辺は、そのようせいというひとに聞いてください」

 痴漢の加害者と被害者、そしてその彼氏。加害者と彼氏には何か既存の関係があった。収穫はこれだけ。刑事二人は相談の上、カップルで警察に来て貰うことにした。そして、データベースから一つわかったことが。以前にも痴漢加害者が直後に死んだ例が二件あるという。色川が絡んだ形跡は、ない。一応、痴漢被害撲滅同盟に連絡したが、そのような例は知っているが、関連性は聞き及んでいない、という答えだった。

「たまたま、だろうか」と岩田。

「いや、念のために重箱の隅を突いておきましょう」

そう野津は言って、二例の死因等をすべて書類で貰えるように手配した。


 岩田たちは休みたかったが、カップルの都合が土曜日でないと、と言うので、閑散とした警察で、土曜の昼下がりに西日が差し込む署内で待つと、約束の時間に二人は現れた。

「あの、クルマ、下に停めたんですけどいいですか?」と男のほう。土曜日だから構わないと言って、二人を個室のソファに招いた。

 男の名は篠崎陽晴27歳ミュージシャン。品田風美は24歳OL。IT関係のプログラマーで、本社は新宿だそうだが出向先が八王子。男はバンドでボーカルをやっているという。茶髪で左耳にピアスを開けているが、佇まいは真面目な様子である。普通にデニムを穿き、グレーでビッグサイズの薄いセーターだ。黒のジュークに乗っているという。いかにもSUVが好きそうな若者だ。女は小柄で美形といってもいい顔と体型で、白のブラウスに短めの黄色いフレアスカート。

「篠崎さんというと、梶谷さんの元の奥さんと同姓ですね」

「だって姉ですから。姉の元旦那に彼女が痴漢されたんですよ」

陽晴は語気を強めた。

「なるほど。やっと人間関係がわかりました」

刑事二人が納得した。

「で、雨の中追いかけたんですよね」

「ええ。鬼公園まで走りました。そこで」と言い淀む。

「そこで?」

「光さんが倒れていたんです。意識が無いようでした。すごく怖くなって、国立のアパートまで歩いて帰りました。びしょ濡れになりましたが」

「薬は見た?」

「そこまでは確認してません。死んだとしたら僕が犯人扱いされるのは一瞬で閃きましたから、もう早く逃げたかった」

「そうですか。で、品田さんは色川さんとどうされたんですか?」と岩田。

「連絡先と名前を聞かれ、色川さんの名刺を貰いました。痴漢を捕まえてくれたのは嬉しいですが、亡くなったとなると・・・後で必ず連絡するからと言われてうちに帰りましたけど」

「痴漢の被害には初めて?」

「いいえ、何度もです。なぜなのか狙われるようにされます」

外見と痴漢被害は関係がないのかも知れない、と野津は思った。ふと見ると紫色のハンドタオルを持っている。すぐに野津は聞いた。

「紫色、好きなんですか?」

「ええ、ハンカチやスカーフの小物に藤色や紫は多いかも」

篠崎さやかの薄紫のワンピースを思い出す。紫系の「色」に何かヒントはないのか。偶然か。いや紫色好きはそう多くはないのでは?

「記憶にある限りでいいのですが、痴漢をされたときに、紫色の小物を身に着けたり持ったりしていましたか?」

「ええと」天井方向を見つめ、思い出そうとしている。

「逆に、好きな紫色をまったく選んでない日が思い出せません」

「なるほど、そうですか」

ガンさんちょっと、と野津は言い、事務所のほうへと立った。

「色、紫色に何か鍵はないでしょうか」

「うーん、考え過ぎって言ってもお前のことだから調べるんだろ?」

「ええ、もちろん」

「休めなくなるぞ、また。奥さんがうるさくないのか」

 42でまだ未婚の岩田が心配する。

「これも職業ゆえですから、説得しますよ」

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