ネトリネトラレ、フリフラレ、今宵ラブコメデスゲーム!〈開幕編〉

成井露丸

第1話 真っ白な部屋

 右手が消えていく。崩れていくみたいに。

 粉々になって、散っていく。

 ――痛い、痛い、痛い。

 でも実際に感じるのは、右肘から先が軽くなっていく感覚だけ。

 指先から始まった崩壊が、肘を越える。

 胸元まで到達する虚無が支配する。

 そこから湧き上がるのは死のイメージだ。

 世界から消えていくイメージ。

 ――怖い、怖い、怖い。

 ――寂しいよぉ。消えたくないよぉ。


 目を瞑る。

 こんな時、瞼の裏に浮かぶのは、彼女の横顔だ。

 ずっと好きだった幼馴染――結城美那の横顔。

 幻の中で制服姿の彼女がはにかんだ。


美那みなッ――!」


 右腕――正しくは右腕だったものを伸ばす。

 視界が霞む。もう、声が出ない。

 世界は真っ黒になり、意識が暗転する。

 そして今度は、視界が真っ白に染まった――


 *


「――ゆう、――悠、大丈夫?」


 両肩を揺さぶられて、蒼井悠あおいゆうは瞼を開いた。

 眼の前には、さっき会いたくて震えた少女の顔があった。


「美那、……どうして?」


 幼馴染の背後に真っ白な天井が見える。

 いつの間にか眠っていたのだろうか。

 それより、ここはどこだ?


「どうしてって……。なんだか凄くうなされていたよ? 大丈夫かなって……。なんだか、私の名前も呼んでいたし」


 結城美那ゆうきみなは少し困ったように、視線を逸した。

 状況を理解し、思わず悠も頬を赤らめた。


「――俺、寝てた? っていうか、ここどこ? なんで、俺の寝ている部屋に美那がいるの?」

「私も全然わからないの。気がついたらこの部屋にいて。起きたの悠が最後だよ」


 半身を起こして周囲を見回す。

 それは一面真っ白な部屋だった。

 天井は全面がぼんやり白く光る。

 壁が見慣れない変な角度で曲がっている。

 ベッドはその壁面の一つに沿って備え付けられていた。


 見回すとベッドがあと7つ同じように壁際にあった。

 つまりこの部屋は八角形らしい。


「こんな部屋知らないぞ。学校の施設じゃないよな?」

「――それは違うと思うな。悠」


 男子生徒の声に、悠は視線を上げる。


「――柊真しゅうま、お前もいたのか」

「うん、僕が一番初めに目を覚ました。それで悠が最後ってわけ。お寝坊だね」

「うっせ」


 神崎柊真はポケットに左手を突っ込んだまま肩を竦めた。

 その隣に美那の横顔があった。

 視線は柊真へと向かっている。独特の色をたたえて。

 ずっと好きだった幼馴染の視線は、親友の横顔へと注がれる。

 ここのとこずっと、そうだ。

 胸が締め付けられる。

 数ヶ月前に気づいた、幼馴染の想い。

 悠はまだそれを受け入れることができないでいた。

 自分の思い違いであると、まだ願っている。


「――僕たち、どうやら閉じ込められたみたいだね。探したけれど、扉ひとつ見つからない」

「まじかよ。なんだよそれ。……今日、俺、塾あるんだけど」

「そんなこと言ったら私だって部活あるんだけど?」

「知らねーよ」

「はぁ?」

「まぁまぁ、二人とも」


 一人だけ大人みたいな柊真が割って入った。

 美那が唇を尖らせる。

 いつもこうだ。大人になれない。

 悠だって美那に大人っぽく振る舞いたいのだ。

 優しくしたいのだ、美那に。本当は。


 その時、部屋の中央から男女二人の大きな声が響いた。


「なんだよこれっ! 早く俺を出せよ。今夜約束があるんだよ!」

「知らないわよ! 帰りたいのはアンタだけじゃないんだからね!」

 

 睨み合っているのは宮下鈴羽みやしたすずは三宅誠司みやけせいじだ。

 鈴羽は美那の友人で姉御肌。

 誠司は高身長の色男で、体格も良い。

 乱暴なところもあるが、女子には人気だ。

 入学してからすでに校内でも三回彼女を変えている。

 男子の中ではいわゆるヤリチンとして通っている。

 今は学校の外に彼女がいるらしい。

 悠は「また面倒なのがいるな」と眉を寄せた。


「どうせ夜の用事って、別の学校の女の子とデートとかなんでしょ!? しかも彼女以外の」

「ああ、そうだよ。悪いか?」

「うわっ、サイテー。女の敵」

「自由恋愛だろ。気取んなよ、処女が!」

「――はぁ。アンタ、殴るわよ」

「正当防衛で秒殺してやるよ。俺が正義だな」


 部屋の中央は一触即発の状況。

 でも二人とも本当に手は出さなかった。

 流石にそんな状況ではないと分かっているんだろう。

 だから続く睨み合い。


「悠くんも目を覚ましたのね」


 ベッドについていた左手に、ふと手のひらが重ねられた。

 温かな感触に、思わず振り返る。


「――志乃さん」


 それは北川志乃きたがわしのだった。

 姉のように慕ってきた中学時代の部活の先輩。


「大丈夫? 不安なのはわかるけど、まずは冷静にならなくっちゃだもんね」

「そ……そうですよね」


 志乃は、悠の左手から手を離すと、柊真と美那にも声を掛けた。冷静に。二人も頷き返す。


 あらためて部屋を見回す。

 白い八角形の部屋にいるのは男4人と女4人。

 全員、悠と同じ高校の生徒だ。


 蒼井悠。

 結城美那。幼馴染。

 神崎柊真。親友。

 宮下鈴羽。美那の親友。

 三宅誠司。ヤリチン。

 北川志乃。一学年上の先輩。


 あと二人は壁面のベッドにいた。

 悠は彼らの名前も覚えていた。


 藤堂久遠とうどうくおん。一学年上の生徒会長。

 メガネをかけた理知的な男子生徒。


 佐野栞さのしおり。大人しい図書委員。

 悠と同じクラスの女の子だ。


 八角形の部屋に男女4人ずつ。

 それは偶然にしては出来すぎ。

 仕組まれたとしか思えない状況だった。


 刹那、真っ白だった天井が変化を始めた。

 黒い色の渦が中央から回転して広がる。

 そしてそれはあっという間に天井を闇色へと染め上げた。


 終わった後には、よく見る動画投稿サイトの再生ボタンのような赤いマークが浮かんでいた。

 頭上に赤々と――。


「――なんだよ、こりゃあ?」


 まず反応したのは誠司だった。

 彼は「よっ!」とジャンプすると、その再生ボタンをタップしたのだ。


「……あ、お前、バカッ」


 ヤリチンの軽率行動に、柊真が静止の声を出そうとしたが遅すぎた。

 天井の画面はNOW LOADINGとなって、くるくるとインジケーターが回る。

 やがて天井いっぱいに、少女の顔が現れた。


『おめでとうございます〜〜!!!!』


 そして間延びしたような女の声が、部屋中に響いた。

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