残暑 まだ、終わらない

@gibberellicA3

残暑 まだ、終わらない

高3、9月。

残暑というには暑すぎる。

自称進学校である我が校では、部活動や学校祭等も終わり、本格的に受験勉強に切り替わる。今日も、青春だの言っていた人々が、机にしがみつき、ノートにペンを走らせる。

緊張感が走る教室で、俺は何もしてはいない。いや、今に始まった事じゃないな。

これまでも、何もしてこなかった。

何も出来てはいなかった。


「お前は、良いよなぁ。部活の成績で選び 放題だろ?」

唯一の友人が言った。

「あぁ、俺に勉強の才能はないが、研究という分野に関してだけは天才なんだ。

そういうお前は真面目に勉強か?」


感情なく返す。俺は地学部に所属していて、この夏の発表会である程度のレベルの賞をもらっている。まあ、誇るほどでもないちょっとした特技に賞がついてきた感じだ。


「もちろんだ。・・・・・・明日の分のノルマもし 

ておかないといけないしな。」

「そうか。」

「その・・・残念だったな。」

「何が?」

「何がってお前、まさか行かないつもりじゃないだろうな?」

「行くさ。クラスメイトの葬式だ。それが普通だろ?」


クラスメイトが死ぬ。

このくらいの事、全国レベルで考えれば、珍しくもない。

恋人が死んだともなれば、そのショックは大きかろうと思うが、幸い彼女にそういう相手はいなかったはずだ。


「もうそろそろ帰るか」

「そうだな」

「明日、来いよ」

「分かってる、しつこいな」


もう外は暗い。ああ、確実に、終わっていく。夏はもう、戻ってこない。


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葬式の日は晴れだった。蝉の鳴き声が、過ぎ去った夏を、一層強く思い出させる。

漫画やアニメの主人公なら、クラスメイトの美少女とは何かしらの関係で、死んだ彼女を悼んで涙を流すだろう。そして、この死を、彼女の人生を無駄にはしないと、力強く立ち上がるのだ。

だが、俺は主人公じゃない。だから、泣いてはいけない。彼女の人生に意味を見出すのも俺の仕事じゃない。ただ、淡々とクラスメイトをこなせばいい。


遺体の前に立った瞬間、それは無理だと悟った。


「おい、大丈夫か。待ってろ、休める部屋がないか聞いてくる。」

「いや、いい。なんともない。」

「惚れた女の葬式で、冷静でいられるほどお前は冷淡な人間じゃないだろ。親友が言ってんだ。間違いねぇよ。」


動けなくなった。どうにか、涙は堪えた。

それだけで精一杯だった。悲しんでいいのはクラスメイトとしてだけ。そのはずだったのに。


その後、葬式、火葬は問題なく終了した。

火葬場は山の上で、夏用の制服では、少し肌寒かった。


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彼女は高校1年でも、同じクラスだった。初めは、顔よし、頭よし、性格よし、おまけにテニス部では1年にして団体戦の要。そんな彼女が正直好きではなかった。


俺は1年の時から部活動はしていたが別に大会には興味もなくただ、研究ができればそれでいいと思っていた。そんな中顧問が勝手に出した発表会で賞をもらった。別にすごくもないやつだ。ただ、学校としても表彰しないというわけには行かないらしく、表彰式には出た。


そこで、彼女を見た。関東大会で準優勝。近年稀に見る快挙だ。胸を張っていい。ちょっとくらい自慢しても、誰も文句は言わないはずだ。だが、彼女は、泣いていた。唇をかみ手を握り締めて。綺麗だと思った。全身が暑くなるのを感じた。恋に落ちるとは言うがあれは、間違った表現ではないと思った。

それから俺は、本気を出した。もう一度彼女と表彰台に立つために。出せる大会にはできるだけ参加して、研究を人に伝える努力をした。結果が、3年時、全国大会2位だ。悔しかった。1位にはなれなかった。大会の前には彼女に告白もしていた。返事は大会後まで、待ってくれと言われていたが、きっと彼女は全国優勝を果たしてくる。それだけの努力をする人だった。

次の表彰式に返事をくれる。その場所に、釣り合う結果を持っていけないことを恥じた。


表彰式に彼女は来なかった。


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クラスメイトが1人いなくなった。だが、教室の様子は変わらない。彼女などいらなかったと言うように、なんの変哲もない日常がある。


「おーい、君、先生が呼んでたよ。

部活の引き継ぎの件?で話があるって。」

「分かった」

「放課後、地学準備室だって」

「ありがとう、助かるよ」

「あー、忘れてた。親友くんは連れてくるなって、1人で来て欲しいらしいよ。」

「ん?なんで?」

「私に聞かないでよ、以上。ちゃんと伝えたからね!」



「それで、先生、なんの真似ですか?」

「聞いてないのか?引き継ぎの件で」

「違うんでしょう?それにお前もなんでいる。」

「いやー、先生がDVDに動画を入れたいけどやり方が分からないから、お前がくるまでになんとかしろって」

「DVDって、動画ってなんの話だ」

「君、宛だよ。昨日見つけた。

亡くなった彼女からだ。」


目の前が真っ暗になった。


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「カメラ回すよー」

「待ってよ、まだ練習が」

「ボタン押しちゃってた」

「え、嘘」

「ごめん。けど、早くしゃべって!」

「えー、きっ聞こえてますか?」


あの時の、これまでの強気でかっこいい彼女の、弱々しくやつれた姿があった。


「びっくりしたよー、急に電話があったと思ったら『頑張る姿に惚れました』なんて、夢みたいなこと。私、ずっと好きな人がいました。今まで見た事ないくらい暗くて、やる気のない人でした。初めは、頑張らない人なんてって、あんまり好きじゃなかったな。けど、きっかけがあったのか、ある時から、目の色が変わったように動き出して、周りを圧倒した。でもね、私知ってるの。天才と呼ばれるその人が、誰も通らない渡り廊下で1人、発表の練習をしてたのを。その姿にこれまでずっと励まされてきた。この体がもうほとんどダメで、手術の成功確率が低いって知った時も、あなたがいなかったら耐えられなかった。」


知らなかった。何も出来ていないと思っていたこれまでが、人を支えていたなんて。


「手術ね。あなたの発表と一緒の日にしたの。お互い頑張ろうね。きっといい結果になる。だからね。好きだよ。またね。」


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「これ、手術が失敗したら、見せないで。

お願い。きっと、重荷になっちゃう」

「分かってるってー。信用ないなぁ。」


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「見た?」

「見た。お前知ってたのか?」

「ああ、お前に伝言してきた女子いたろ?

あいつがどうしても見せたいって」

「先生に話を通したのは?」

「なんか、約束を破るわけにはいかないらしい。」

「そうか。俺、大学、東京にするわ」

「そうか、なんか、もう大丈夫そうだな。」

「そんな事ないさ、結構キツイね」

「まぁ、頑張れよ。」


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俺は主人公じゃないだから、泣かないし、彼女の人生を背負えるほど強くない。

だけど、それでも、彼女主役の物語のエピローグを多少彩るくらいはできるんじゃないかと思う。

あの夏はもう戻らない。けれど俺は、これから幾度となく夏を繰り返す。あの夏の熱が残っているうちは大丈夫。幾度季節が巡ってもきっと乗り越えられる。

彼女の物語は、まだ、終わらない。

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