第7話 恋愛の美学 その一
恋愛についてある定見があるので、述べます。随筆よりも物語の方が述べ易いのでそうします。ちなみに主人公のあだ名は宮です。多分苗字が宮○さんとか○宮さんとかなんでしょうね、きっと、そうに違いありません。
その日は一日中バケツをひっくり返したような雨でしたので、宮は一人食堂にいらして、物思いに耽っておいでです。
カーディガンの前をお空けになって、雨の降るのを眺めながらコーヒーを飲まれるそのお姿は尊いもので、脇を通る女子大学生たちはチラチラと盗み見しておりました。
そこに一人の男——宮の高校の後輩でもある彼は坊主なので以下坊主とお呼びします——が参りまして、
「先輩、少しお話しでも」
などと申します。宮はお暇だったので好都合、というふうに頷かれました。
「男女のことでご相談があるのです」
宮は元来は好色であらしゃって、お顔もそれを実行できるような美貌をお持ちですけれど、「宮は今度は誰とどこそこへ行った」「今度は誰にご執心」などと噂話をされるのを酷く嫌われるご性分、必死にそれをお隠しでありますが、やはりご性分はご性分、目や口の端までは御心を隠しきれずにいらっしゃいます。
「お前がそんな相談をするようになるとはな」
「もう18ですから、恋愛の一つや二つはしたことがありますよ」
「そうか、それで相談というのは?」
「僕には昔からお慕い申し上げている方がいるのですけれど、その人曰く『白人としか結婚したくはないし、付き合いたくもない』とのことです。彼女は昔からアメリカの映画などが好きでそのようなことを言うようです」
「ああそうかい、」
宮は密かに驚かれて、「その慕っている人とは高校の時に仲が良かった〇〇かい」と仰り、坊主は「御明察」と申し上げます。
「それで?」
「彼女はそれが差別だと気づかずに言っているようです。どうにかして‥‥こう‥‥『矯正』することはできませんか?」
宮はしょうもないことを、と言うふうに冷笑なさいます。
「なぜそれを差別というの?」
「差別でしょう。彼女は私をアジア人だというその先天的な事だけで恋愛対象外にしたのですから。今の時代、会社が『白人以外は取らない』なんて言うと大問題ですよ」
「もし、お前の友達の女性が『あたし、垂れ目の人が好きだわ』と言った時、お前はどう思う?」
「『ああそうか』と思うと思います」
「差別だとは思わないの?」
「差別?」
「彼女は垂れ目だと言う先天的な理由で恋愛対象を絞っているのだよ?君に言わせれば差別だよ。会社が『垂れ目の人しか取りません』なんて言ったら大問題だよ?」
「……」
「確かに会社とかの公的な組織が先天的な理由で差別をしたら問題だけどさ、あくまで恋愛は個人の問題じゃないか。誰を好もうがそれは個人の自由だよ。人種がどう、身長がどう、顔形がどう、趣味嗜好がどう、どんな人を好もうとそれは自由じゃないかな」
「しかし、」
恋は人を盲目にする、ということはどうやら本当のようでございます。
「人は内面を見て是非を判断すべきですよ。外見だけを見て判断するだなんてそんな」
「君、男性愛者か?」
「いや、その気はないです」
「ならお前も外見を判断の一つの価値基準にしているじゃないか。『女性』だと外見から判断してるんだから」
「いやそれは‥‥」
「彼女の趣味嗜好が変わるまで待つしかないね。ただ一つ言えるのは彼女には『あたしは白人と結婚したい』と言う権利はあると言うことだね」
まだ坊主が
「でも……それは……でも……」
などとぶつぶつ言っているのをご覧になって宮は人をこんなに醜く写す恋もあるのか、とお思いになりました。
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