第42話 魔王、お風呂に入るのじゃ

「さ、魚を獲りにきたら酷い目に遭ったんだなぁ」


 メイアの網の中から落ちてきたのは、全身が短い茶色の毛に包まれた獣だったのじゃ。

 いや、喋る獣はおらぬ。こやつは魔物じゃ。

 わらわは記憶の中にあるその魔物の名前を思い出す。


「お主は……そうじゃアピバラか!」


 そう、こやつは大型の鼠の魔物アピバラじゃ。

 主に水辺に棲んでおる魔物で、鼠型といっても中型犬サイズの大きさを誇っておる。

 あと見た目も鼠っぽくなくて、丸めの体をしておるのじゃ。

 こやつは水属性の力を持っており、見た目よりもスムーズに泳ぐことができるのじゃよ。

 まぁ戦闘力が低く、気性が穏やかな事もあって脅威とはされない魔物じゃな。


 アピバラはよろよろと起き上がると、グゥ~と盛大にお腹を鳴らせた。


「お腹すいたんだなぁ」


 ん~、この展開前にもやった気がするのじゃが?


 ◆ 


「モグモグ、ん~、魚が美味しいねぇ」


 メイアの獲った魚をアピバラが美味そうに食べる。


「慌てんでもまだまだあるぞ」


「ありがたいよぉ」


「しかし何故そんなに痩せておるのじゃ?」


 アピバラは本来もっと丸々とした魔物の筈。

 しかもやつは肉も野菜も食う雑食故、そうそう飢える事はない筈なんじゃが。


「最近人族がオイラ達の獲った魚を横取りしにくるんだよぉ。お陰で獲っても獲っても全然魚が食べられないんだ」


「人族がじゃと?」


 何でアピバラの獲った魚を奪うのじゃ?


「リンド様、どうも領主の方針で魔物を利用した収穫を行っているようです」


 と、メイアが部下から得た報告をわらわに告げる。


「領主が?」


「どうやら例の魔物育成計画に関係しているようですね。人族に有益な魔物を搾取するつもりかと。人族も長く水辺に居ると魔物に襲られる危険がありますから。戦闘能力の無い漁師ならなおさらかと。国に雇われている魔物使いが弱い魔物を利用すれば安全に利益を得られると広めているようです」


 ふむ、戦争の戦力だけでなく、魔物を家畜のように扱うか。

 しかしこれは家畜の様な共存関係ではなく一方的な搾取ではないか。


「オイラ達は群れで魚を獲るんだけど、それに目を付けた人族が皆で獲った魚を取り上げるんだ」


 成る程、群れでの狩りの成果を横取りしておったのか。

 確かにそれなら纏まった数の魚が手に入るの。


「だから人族の目を逃れて一人で魚を獲りに来たんだけど、一人だとそんなに魚取りは上手くいかないし、強い魔物に襲われるから困ってるんだ」


 そうか、群れの仲間が囮になっておるうちに単独で魚を獲りにきたのじゃな。

 しかしそれでは群れ全体が食べる量を獲る事は難しいじゃろ。


 仕方ないのう。

 わらわはメイアに目配せすると、メイアもまた察したと頷き返す。


「よし、この魚はお主等にやるのじゃ」


「い、いいのかい? アンタ等が獲った魚だろう?」


 わらわの申し出にアピバラは目を丸くする。


「構わんのじゃ。わらわ達はまた獲れば良いだけじゃからの」


 それに魔物を一方的に搾取するやり方は好かん。

 せめてお互いにメリットが無ければのう。


「……ありがとう。本当に助かるよぉ」


 アピバラは心から嬉しそうに感謝の言葉を口にする。

 人族もこのくらい素直じゃったならなぁ。


「ではお主等の仲間の下に行くとするか」


 ◆


「モグモグ、美味しい」


「ああ、美味しいねぇ」


 アピバラの集落にやって来たわらわ達は、さっそくメイアの獲った魚を提供する。

 人族に獲物を横取りされ続けていたアピバラ達は、やはり痩せておった。


「リンド様、集落を見張っていた人族は全員眠らせておきました」


「うむ、ご苦労」


 やはりというか予想通りというか、アピバラの集落は人族によって見張られておった。

 顔を見られても困る故、メイアに見張りが居ないか探らせておった訳じゃ。


「久しぶりに腹いっぱい食べたよぉ。ありがとうなぁ」


「「「「ありがとぉ」」」」


 腹いっぱいになったアピバラ達がわらわ達に感謝の言葉を述べる。


「なぁに、気にする事はない」


 すると小さなアピバラがわらわの足を引っ張る。


「お姉ちゃん、お礼に良い所に連れて行ってあげる」


「良い所?」


 アピバラ達に連れて行かれたのは集落の一番奥じゃった。

 そこには川の横に手作りらしい小さなくぼみが出来ておった。


「この水ね、暖かいんだ。一緒に入ろ」


 そう言ってアピバラ達が窪みの中に入ってゆく。


「ふむ」


 わらわはアピバラ達の入った窪みの水に手を付ける。


「む? これは温いがお湯か」


 そう、アピバラ達の入っているくぼみの中の水は温かかったのじゃ。


「どうやらこの地下には温水が流れているようですね。温泉として使うにはやや水温が低いですが、この温度なら秋頃でも体が冷えずに水遊び出来そうですね」


 メイアはくぼみの中に空いたぬるま湯が出てくる穴を指差す。

 よく見ると水面がわずかに盛り上がっておる事からもそこが水源なのは間違いなさそうじゃった。


「ここは温かいから冬でもぬくぬくなんだぁ」


 成程、アピバラ達はここで体を温ためて冬をやり過ごしておるのじゃな。

 そうじゃの、せっかくのお誘いじゃ、天然の露天風呂を楽しむのも面白いか。


「リンド様、こちら水着でございます」


 メイアがそっとわらわに水着を差し出してくる。


「うむ……って何でこんなモンがあるんじゃあ!?」


 よく考えたらしれっと水着が出てくるのっておかしくないかの!?


「こんな事もあろうかと用意しておきました」


 なにその手回しの良さ、怖いんじゃが。


「ささ、シルクモスとメイド隊渾身の合作でございます」


 え? なに? シルクモス達も関わっておるの?


「ささ、ささ!」


 …………


「ハァ~、ぬくいのじゃぁ~」


 心を無にしたわらわは、アピバラ達と共に温泉を満喫しておった。

 体は温かいのに心は寒い気がするのは何でじゃろうなぁ?

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