第35話 魔王、周囲は敵だらけなのじゃ
◆ガルSIDE◆
グランドベアの子供と毛玉スライムを乗せたガルは、森を抜けた先にある平地までグランドベアを待ち構えていた。
「オォォォォォォォォォ!!」
我が子を探し求めていたグランドベアは、本能に誘われて導かれるままに我が子の下へとやってきた。
だがその眼差しは怒りに満ちていた。
子供を乗せたガルを誘拐犯だと思い込んでいたのだ。
「これは説得が苦労しそうだな」
「おとーさん、おとーさん!」
グランドベアの子供が父の名を呼ぶ。
「グォォォォォォォォ!!」
我が子が助けを求めていると感じたグランドベアは、怒りの咆哮をあげる。
「これはいかん、おい、我等は敵ではないとお前の親に説明せよ。このままでは我等が攻撃されてしまう」
「う、うん。分かった。おとーさん、この人達は敵じゃないよ。僕を助けてくれたんだ!」
「グォォォォォォォッ!!」
しかし我を忘れたグランドベアは我が子の言葉も理解できない程に感情を高ぶらせている。
「仕方ない、一度痛い目に遭わせて正気を取り戻させるしかないな。幸いリンドが派手に壁を作ってくれたお陰で我が多少暴れても姿を見られる心配はない」
「おとーさんに酷いことするの?」
ガルが戦うつもりだと察し、グランドベアの子が不安そうな声を漏らす。
「心配するな。大怪我はさせん。ちょっと驚かせて正気に戻すだけだ。それよりもお前の声を近くで聞かせる必要がある、二人共しっかり掴まっているのだぞ」
「う、うん。分かった」
「わかったー」
二人に振り落とされないよう注意を促すと、ガルはグランドベアに向かって駆けだした。
「グアァァァァァアァ!!」
向かってきた敵を迎え撃つべく、グランドベアが片腕を上げて叩き潰しにかかる。
それを大げさに回避するガル。
自分一人ならもっとギリギリで回避できるが、今回は子供達がいる為余裕をもって回避したのだ。
そのままグランドベアの前足を駆けあがって頭部に近づくと、飛び上がってその顔面に強烈な一撃を叩き込んだ。
「グォウ!?」
爪を立てていないとはいえ、聖獣と呼ばれる存在の攻撃だ。その衝撃は計り知れない。
「よし今だ! 呼びかけろ!」
「う、うん! おとーさん、この人は敵じゃないよ! 僕を助けてくれたんだ!」
グランドベアの子は大きな声で己の親にガルは敵でないと呼びかける。
迎撃を警戒したガルが左右に駆け回りながらこえをかけ続けた事で、グランドベアの動きが止まった。
「……我が、子か?」
我を取り戻したグランドベアの声が戦場に響き渡った。
「そうだよおとーさん! 僕この人達に助けてもらったんだ!」
「お、おお……そうなのか」
「そうだよ!」
我が子の無事を確認したグランドベアの瞳に理性の輝きが宿る。
「グォォォォォォン! 我が子よぉーっ!」
これで事件は無事解決と誰もが思ったその時だった。突然グランドベアの背中が爆発したのである。
「グォオアオ!?」
我が子に再会したグランドベアが上げた雄叫びに怯えた魔法使いの一人が魔法を暴発させてしまったのだ。
ダメージは大したものではないものの、我が子と再会した所で攻撃されたという事実が不味かった。
更に問題はそれだけではなかった。
「グォォォォォォン!!」
なんと二体目のグランドベアが現れたのである。
「おかーさん!!」
「何ぃ!?」
「びっくりー」
◆魔王SIDE◆
「そうか! 番じゃったか!!」
二体目のグランドベアが現れたことに驚いたわらわじゃったが、よくよく考えれば子供が居るのじゃから両親がおるのは当然であった。
「いかんな、あのグランドベアめ、町に向かっておるぞ!」
恐らくジョロウキ商店の地下の牢屋にこびり付いた子供の匂いに反応したのじゃろう。
二手に分かれて我が子を探しておったとは愛情深い魔獣達じゃのう。いやそんな感慨にふけっておる場合ではなかったわ。
「まずはあちらをなんとかせねば」
町を破壊されては大変じゃとわらわが迎撃に向かおうとしたその時じゃった。
「そうはさせないぞ!」
突然勇者が襲いかかってきたのじゃ。
「何のつもりじゃ貴様!?」
「あの魔物を操って町を破壊するつもりだろう!」
「どうしてそうなるんじゃぁー!」
こやつさっきから勘違いがひどくないかの!?
「それどころではないわ! あの巨体が相手では町の防壁など無意味じゃ! すぐにあ奴を町から引き離さねばならん!」
通常どのような町や村でも魔物や盗賊対策に防壁を作る。
ただ予算や技術の問題もあって、その出来は様々じゃ。
この町の防壁は町の規模にしてはなかなかのものじゃが、いかんせんグランドベアの巨体の前では高さが足りぬ。
容易に乗り越えられてしまうのじゃ。
そうなれば逆に防壁は町の人間達の逃亡を阻害する檻になってしまう。
だから今すぐグランドベアの注意をこちらに引き寄せねばならんというのに。
「そう言ってあの魔物と共に町を破壊するつもりだろう! 正体を現せ!」
「あーもー分からん奴じゃな! ならお主等が町を救いに行け! わらわはこっちの魔物を相手にする! それならよかろう!」
役割を交代すれば勇者も町の防衛に年々できるじゃろう、と思ったのじゃが……
「騙されないぞ! 君の魔法は脅威だ! 僕達の注意から逃れた所で強力な魔法を使うつもりだろう! 君を捕らえて魔物を大人しくさせる!」
そうきたかー! わらわを倒せば魔物を制御できると判断したわけか。
こうなっては仕方がない。力づくで勇者を黙らせてからグランドベアを止めるのじゃ。
「勇者様、私達も助太刀します!」
「この娘が魔物を操っていた黒幕と言うのは本当か!?」
しかも聖女達までやってきおった!!
「ああ、さっきから魔物への攻撃を止めさせようとしていた。何か知っている筈だ。あの魔物に有効打を与えられない以上、魔物を操っている術者を無力化するしかない!」
あー成る程のう。こ奴、グランドベアを倒せぬから焦っておったようじゃ。
その所為で何とか出来る方法を模索しているうちに迷走してしまったらしいの。
しかもどうやら同じ人族の仲間達に足を引っ張られてみたいじゃから、猶更焦りが増しておると見える。
こうなると人は視野が狭くなるものじゃ。冷静に考えればおかしいと気付く事もこれが絶対に正しい正解じゃと思い込んでしまう。
追いつめられた人間が詐欺師に騙されやすくなっている心理状態でもあるの。
(メイア! お主は何をしとるのじゃ!?)
わらわは通信魔法でメイアに呼びかける。
(申し訳ございません。勇者の仲間が騎士達に私を捕らえるよう命令した為、殺さぬように無力化している最中でございます。殺しても良いのならすぐにでも)
って、騎士団はグランドベアではなくメイアを相手にしとったんか!?
(殺すと厄介な騒ぎになる。生かしたまま無力化せよ!)
(畏まりました)
まぁグランドベアに苦戦する程度の騎士ならものの数分とかからず無力化できるからよい。
勇者達も適当にいなして……
(申し訳ありませんリンド様、こちらのグランドベアが冒険者達に襲い掛かって来たので制圧に時間がかかります。彼等は命を救った恩義を感じて私の捕縛に否定的でしたので)
そう言えばそっちにもおったわー!
(わかった。グランドベア方は適当に黙らせてガル達の方に放り込め。こっちはわらわが何とかするゆえ)
気を取り直したわらわは勇者達の周囲に魔法を放ち、土煙で視界を封じる。
「くっ、卑怯な!」
この程度の戦術で卑怯とかどんだけお上品な訓練しか積んでこなかったんじゃこ奴。
「ふっ!」
「ぐはっ!?」
「きゃあっ!」
そして自らも土煙の中に飛び込むと、魔力反応を察知して近衛騎士筆頭と聖女を無力化する。
捜査魔法による魔力察知は対象の体が纏う魔力の形を観る事も出来る。
すなわり土煙の中でもどこに急所があるのか丸わかりと言う訳じゃ。
「風よ、吹き荒れろ! エアロ!」
勇者が初級風魔法を使って土煙を吹き飛ばす。
惜しいの、もう二秒早ければ仲間を守れたんじゃがな。
「レオン、シュガー!? よくも仲間を!」
仲間を倒された怒りに燃えた勇者がわらわに向かってくる。
「甘いわ」
わらわは剣を振りかぶった勇者の懐に入り、相手の間合いを潰す。
「え!?」
咄嗟の事でどう対応すればよいのか分からなくなった勇者が動揺したところでわらわは勇者の鳩尾に一発ぶち込んでやった。
「ぐはっ!」
やっぱアレじゃのこの勇者。神器でわらわを封印する為に最低限必要な技術のみを短期間で無理やり詰め込んでおるから、経験が圧倒的に足りん。
恐らくは神器への適性を持つ者を下手に死なせたくなかった為、死の危険があるギリギリの実戦を経験させる事を厭うたのじゃろう。
うっかりしなれては折角訓練に費やした時間が無駄になってしまうからの。
不足している部分は仲間……というよりも聖獣達の経験と強さでカバーといったところか。
単純な接近戦の強さではガルの方が上じゃなコレ。
「グオォォォォォン!!」
っとと、いかん。そろそろグランドベアを止めに行かねば。
わらわは町に近づくグランドベアに向かって駆けだす。
しかしあと半分と言う所まで近づいたところで後ろから魔法が放たれた。
最小限の動きで回避しつつ後ろを見れば勇者が立ち上がっておる。
足元に小瓶が転がっておる故、ポーションで回復したようじゃな。
「何て強さだっ! このままじゃ皆を守れない! こうなったら、神器の力を開放するしかない!」
よりにもよって最悪な事を言い出しおった勇者は神器を構えてその力を開放しだす。
おわぁぁぁぁ! あの阿保ホントにやる気じゃぁー!
「やめんかアホォーッ!」
全力で戻ったわらわは、勇者が持つ神器を蹴り飛ばす。
「ああっ!? 聖剣が!?」
その結果神器は彼方へと飛んで行った。
「ふぅ、これで世界は救われたのじゃ……って、しもうた!!」
なんという事じゃろう。勇者に気を取られている隙にグランドベアが町の外壁にたどり着いてしもうたのじゃ。
しもうたー! 戻らずに魔法で吹き飛ばせばよかったのじゃー!
グランドベアが町を破壊すべく拳を振り上げる。
いかん、間に合わん!
こうなったら魔法でグランドベアの攻撃を阻止するしかない!
最悪町が少々壊れるかもしれんが、大量の犠牲者が出るよりはマシじゃろう。
住民も中央の教会あたりに避難しておるはず!
許せ外壁近くに住む者達よ! 再建費は匿名で寄付する故!
わらわが魔法を放とうとしたその時じゃった。
『だめーーーー』
腕を振り下ろそうとしていたグランドベアに、巨大な影がぶつかったのじゃ。
それはグランドベアを地面に叩きつけると、勢い余って自らもゴロゴロと転がってゆく。
そしてようやく制止したソレは、起き上がることなくこちらに振り向いた。
「「「「「なっ!?」」」」」
一体何が現れたのかと警戒したわらわ達じゃったが。あまりにも予想外のその姿に思わず声を上げてしもうた。
それもその筈。そこに現れたのは、グランドベアに匹敵する程の巨体を持った巨大な毛玉スライムだったのじゃから。
『町を攻撃したら駄目ー』
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