第31話 魔王、天上の毛玉海に沈むのじゃ

 わらわが異変に気付いたのは偶然からじゃった。


「しもうたっ!?」


 足元に飛び出した毛玉スライムをうっかり踏み潰してしまったのじゃ。


「す、すまぬ! 大丈夫か!?」


 慌てて回復しようとしたものの、既に手遅れ。

 何しろ毛玉スライム言えば子供でも倒せるほど弱い魔物じゃ。

 うっかり体重をかけて踏み潰してしまったら絶命間違いなしじゃった。

 しかし……


「大丈夫ー」


「何!?」


 なんと毛玉スライムは生きていたのじゃ!


「そ、そうか、踏みどころが良かったのじゃな。いやすまなんだ」


 ふぅ、無事でよかったのじゃ。

 と、その時は思っておったのじゃが……


 ◆


「ふぅ、肝を冷やしたぞ」


「何ぞあったのか?」


 やってきたガルは、床に座り込むと大きく息を吐きながら脱力する。


「いや先ほどな、うっかり毛玉スライムを踏んでしまってな」


「何ぃ!? それで毛玉スライムはどうしたのじゃ!?」


 ってどうもこうもないわ! わらわの時ならまだしもガルの巨体ではどうあがいてもプチッじゃぞ!?

 それなのに何故こやつはあぶなかったーみたいな顔しとるのじゃ!


「幸い踏みどころが良かったようで怪我はなかったらしい。毛玉スライムはかなり弱いと聞いていたのでうっかり踏んだ時はやってしまったと慌てたぞ」


「お主に踏まれて無事だったじゃと……!?」


 馬鹿な! ガルじゃぞ!? 大型の獣と同じサイズの生きものに踏まれて毛玉スライムが無事な筈がない!


「……はぁ」


 そこにメイアがやってきたのじゃが、どうにも様子がおかしかった。

 なんというか心ここに非ずといった様子じゃ。


「メイア? どうしたのじゃ?」

 

「いえ、それが先ほど足元で走り回るミニマムテイルの子供達を避けた際に、バランスを崩してうっかり毛玉スライム達にのしかかってしまったのです」


「なんじゃと!?」


 毛玉スライム達にのしかかった!?

 さすがにそれはもう運が良かったとは言えぬぞ!? 確実に何匹か潰してしまったじゃろ!?


「毛玉スライム達はどうなったのだ!?」


「はい、とてもふわふわで気持ちよかったです」


「「……は?」」


 ◆


 流石にこれはおかしいと考えたわらわ達は急遽会議を開いた。

 毛玉スライムが大型の獣に踏まれたり人につぶされて無事などあり得ないからじゃ。


「ふぅむ、ガルの話を聞くまではたまたま頑丈な変異種でも居たのかと思ったが、メイアの話を聞く限りそうではないみたいじゃの」


 変異種は群れの中に稀に生まれる特異な個体じゃ。

 その能力は変異種によって違うが、共通しているのは確実に同族の魔物よりも強いと言う事じゃな。

 とはいえさすがに今回踏まれた毛玉スライム達が全員変異種だったという事はありえん。

 それだけ変異種の発生率は低いのじゃ。


「……おそらくだが、ラグラの実の影響ではないか?」


 そこにガルはラグラの実が原因ではないかとの意見を出してきた。


「何故そう思う?」


「それ以外この島で理由となりそうなモノがないからだ」


 それを言われるとグゥの音も出んのじゃが。


「何もありませんからねぇこの島」


「そうじゃのう。ミニマムテイルが島の支配権を争っておったくらいじゃからの」


「それにラグラの実はもともと上級ポーションの材料として有名でしたから、普通に食べる事を考える者は滅多にいなかったでしょうね」


「居たとしても試しに一個程度で継続的な接種をする者はいなかっただろう」


 だからこそ、此度新たな効能が発見されたとしてもおかしい話ではないか。

 ただそうなると気になる事もある。


「じゃがミニマムテイルのリリリル達は特別強くなっておるようには見えんぞ? 元々あの木はあ奴らの食糧だった筈じゃぞ?」


 という訳でミニマムテイルの長老達に聞いてみる事にした。


「そうですなぁ、特に強くなった感じはありませんでしたな。そもそもラグラの木だけでは一族の腹を満たしきれませんでしたから、他の果物や木の実も食べておりました。そもそも今のように大量に実が生るようになったのはメイア様の肥料のおかげですから」


 成程、群れ全体の食糧を得る為の希少な食材の一つであっただけで、個々に継続的な摂取が出来るだけの量を確保できなんだのか。


「ラグラの実の継続接種による身体の強化ですか。これは……興味深い事になりましたね」


 メイアよ、身内を実験動物を見る目で見るのは止めるのじゃ。


 ◆


 深夜、わらわは自室のベッドを抜け出し、ある場所へとやってきた。

 そこには巨大な毛皮が床一面に敷き詰められておった。

 否、これは物言わぬ毛皮ではない。毛玉スライムの群れじゃった。

 毛玉スライム達は密集して熟睡しておる。


「……」


 わらわは指先で毛玉スライム達の体をぐっと押してその強度を確かめる。

 

「これなら、いけるか……」


 これは重要な事じゃ。わらわにはこの島を総べる者として事実を知る義務がある。

 わらわは意を決すると作戦を実行に移した。


「よいしょっと」


 その身を毛玉スライム達の海にそっと投げ出したのじゃ。

 ……うわぁ、ふわっふわじゃ。


 毛玉スライムの海はかつて経験した事がないような悦楽の空間であった。

 守り人達によって毎日のように手入れされた毛皮はお日様に干した布団と最高級の毛皮の合わせ技のようじゃ。


 さらにその中身は全身が粘度のある水分の塊であることから、丁度良いいい弾力で体が沈む。

 本来なら人の体の重みに耐えられるはずもない毛玉スライムをベッドにするとこうも天上の快楽を得ることが出来るのか!


「ふわぁ~、極楽じゃぁ~」


 おお、メイアの言っておった事は事実じゃった。なんという至上の心地よさよ!

 未体験の快楽を知ってしまったわらわは、抗いがたい睡魔と心地よさに襲われ瞬く間に眠りの世界へいざなわれたのじゃった……ぐぅ。

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