第30話 魔王、魔獣の子供を保護するのじゃ
「ほれ、ここがわらわ達の暮らす島じゃよ」
ジョロウキ商会を逆襲撃したわらわ達は、地下牢で出会った魔物の子供を島へと連れて来た。
「ゥゥゥゥゥゥゥウ」
しかし人族に攫われた所為か、わらわ達に心を許す様子は見せなんだのじゃ。
「困ったのう。話が出来ねば親元に帰してやることも出来ぬ」
「地下で回収した書類を解析してあの魔物がどこに住んでいたのかを部下に調べさせています」
「うむ、頼むぞ。出来ればそれまでに心を開いてほしいものじゃが……」
「まぁこればかりは時間をかけて心を解きほぐさないと駄目でしょうね」
◆
「グルルルルルル」
「今日もダメじゃのう」
見知らぬ魔物の子を保護してから数日が経ったが、未だ警戒を解く様子は無かった。
「警戒しているせいか食事もあまりしてくれませんね。傷は治療しましたが栄養を取ってくれないと体が回復しません」
回復魔法で傷はいえても失った体力を癒すには栄養を取ってもらわねばならんからのう。
しかし子供とは思えぬほど警戒しておるが、よほどの目に遭わされたと言う事か?
「困ったのう」
「魔王様ー」
と、そこに毛玉スライム達がやって来た。
「む? 何じゃ毛玉スライム達よ」
「新しい子が来たんだよねー?」
「まぁのう」
「じゃあ一緒に遊んでも良いー?」
「何?」
「お友達になりたいー」
「ふむ」
ああそうか、毛玉スライム達は保護した魔物の子供が落ち着くまで待っておったのじゃな。
なかなか気が利くのう。
しかしそうか、遊びか……
「良いぞ。遊びに誘ってみよ」
「わーい」
「危なくありませんか?」
保護した魔物の子が今だ警戒を解いていないことにメイアが心配する。
まぁ毛玉スライム達は弱いからのう。
相手が強い魔物ならじゃれついただけでうっかり潰してしまいかねんのは確かじゃ。
「なぁに、あの魔物も今は体力を消耗しておる。相手が毛玉スライムとはいえ簡単には殺したりは出来ぬじゃろ」
「ギャオオオ!」
と、部屋の奥から魔物の子の威嚇の声が聞こえてくる。
「キャー」
そして毛玉スライム達が吹き飛ばされたのかゴロゴロと転がって来た。
「わー」
そしてまた部屋へと戻ってゆく。
「グルォー!」
「わーいわーい」
そしてはしゃぎながら転がってきた。
「もっともっとー」
「完全に遊んでもらっておると勘違いしておるのう」
その後も毛玉スライム達は何度も吹き飛ばされては戻ってゆくの繰り返しを続ける。
その結果……
「ハァ……ハァ……」
すっかり体力を使い果たした魔物の子は床にべったりと張り付いてくたびれておった。
「ねぇねぇー」
そんな魔物の子に近づいてゆく毛玉スライム達。
「グル……」
もう抵抗するのも面倒になったのかうんざりした様子で視線だけ向ける魔物の子。
「はいこれー」
「グル?」
突然目の前に果物を置かれて不思議そうな顔になる。
ってあれ、ラグラの実ではないか。
「美味しいよー」
「おいしー」
そう言って毛玉スライム達は自分達の分をモグモグと食べ始める。
最初は毒でも入っているのかと警戒していた魔物の子じゃったが、毛玉スライム達があまりにも美味しそうに食べているのを見て疑う自分がバカバカしくなったのか、遂にラグラの実を口にしたのじゃ。
「……カプ」
「おお、食べおったぞ」
「毛玉スライム達の無邪気さに負けたみたいですね」
まぁあれを相手に陰謀とか考える方がバカバカしいからのう。
ともあれ、少しは打ち解けてくれたみたいじゃの。
「これなら上手いことあの魔物の心を解きほぐしてくれそうじゃの」
「リンド」
毛玉スライム達の活躍にわらわ達が安心しておったら、今度はガルがやってきた。
「ガルか。どうしたのじゃ?」
「新しい魔物が来たと聞いた。一応顔を合わせておいた方が良いと思ってな」
「ああ、あっちで毛玉スライム達と遊んでおるぞ」
ふむ、こやつもあの魔物の子が落ち着くまで待っていたと見える。
「そうか、分かった」
うむ、今ならむやみやたらと警戒する事もないじゃろうしな。
ガルは毛玉スライム達も懐いておるし……
「って、いかん! あ奴と合わせたらまた元の木阿弥じゃぞ!」
よくよく考えたらガルは聖獣じゃし、毛玉スライム達とは比べ物にならん巨体ではないか!
このまま二人を鉢合わせたら恐怖でまた元に戻ってしまうのじゃ!
「待てガル!」
ガルを止める為、わらわ達は慌てて部屋へと飛び込む。
「キューンキューン」
「ん、おお? 随分と人懐っこい奴だな」
しかしわらわ達が目にしたのは、まるで親に再会したかのようにガルにすり寄って甘える魔物の子の姿だったのじゃ。
「……何、じゃと?」
どういう事なんじゃ!?
◆
「納得いかんのう」
その後ガルは魔物の子に好かれた事もあってしばらく傍に居る事にしたらしい。
落ち着くまで自分が傍に居てやれば、わらわ達を警戒する事もなくなるじゃろうと言って。
「まぁまぁ、ガル様は聖獣ですから、それが関係しているのでしょうか?」
「そういうモンかのう?」
そんな事を話していたら、ガルが外に出て来た。
「リンド伝えておきたい事があるのだが」
「む? 魔物の子は良いのか?」
「今は寝ている。それよりも早く伝えた方が良いと思ってな」
「今があった?」
聖獣であるガルがここまで気にするというのは気になるのう。
何か厄介事でも起きたか?
「あの魔物の子だがな、グランドベアの子供だ」
「……グランドベアの子供じゃと!?」
その名を聞いたわらわとメイアに緊張が走る。
「あの災厄の大魔獣ですか!?」
「ああ、以前遠目に見たことがある」
グランドベア、またの名を『もっとも温厚で最も危険な大魔獣』じゃ。
普段は背中に魔物が乗っても平然としている大人しい魔物なんじゃが、子供に害が及んだときだけ凄まじく怒るのじゃ。
ただ子供を見る機会はめったにない。というのも子連れのグランドベアに近づいた者は地の果てまでも追われるからじゃ。
大魔獣の名を関するに相応しい巨体は戦闘能力もそれに相応しくまともに戦えば命の保証はない。まぁわらわクラスになると敵ではないがの。
グランドベアは戦闘力も高いが、最も恐れられている理由は己の命を度外視した行動をとる事じゃ。
我が子に害が及ぶと判断したグランドベアは、一切の犠牲もいとわずに敵認定した相手を襲う。
それこそ己の命を捨ててでもじゃ。
囮も通じず、単純な利益計算も通じなくなるため、損害を抑えたいと思う者達にとっては最悪の敵と言えた。
まぁわらわクラスになると敵ではないのじゃがな。
とはいえ国を運営する者としては、突然グランドベアが暴走すると討伐部隊を送るまでにどれだけの被害が出るのか分からぬため、頭の痛い問題じゃった。
うむ、グランドベアは政を行うものにとってまこと最悪の魔獣じゃったわ。
「しかしグランドベアの子供とは厄介じゃのう」
「ですね。幻の魔獣の子供ですからね」
「うぅむ、今頃親は怒り狂っている事だろうな」
その光景を想像してわらわ達は溜息を吐く。
「部下には並行して暴れているグランドベアの情報も集めさせます」
「頼んだのじゃ」
これは早く親に会わせてやらんと大変な事になるのじゃ。
◆勇者SIDE◆
勇者達は再び魔獣に挑んでいた。
しかし戦況は著しく悪かった。
それもその筈、今回の戦場は前回の子爵家よりも規模の小さい騎士爵家領である為、動員できる戦力が圧倒的に低かったのだ。
更に前回参加していた蒼天王龍ガイネスが不参加となり、期待していた聖獣が失踪した為に戦力の補充も出来なかったのである。
これではまともな戦いになる筈もなく、最大戦力である勇者達の散発的な攻撃で足止めにすらならない足止めをするしか出来ない状況だった。
「おおおおっ!!」
仲間達の援護を受けた勇者が魔獣に切りかかる。
付与魔法で魔力を威力を増した剣が魔獣の体に傷を与えるが、いかんせんサイズ差が大きすぎて子猫が熊に噛み付いているようなものだった。
なにより、勇者達の実力が足りなかった。
「くっ! 神聖結界さえ使えれば!」
切り札の使用許可が下りなかった事を勇者は毒づく。
それもその筈、神聖結界は神器の最期の切り札。気軽に使われては困るのだ。
だからこそ国王も教皇も勇者達の神聖結界の使用申請を却下したのである。
しかしこれには裏の理由もあった。
それは神聖結界の使用権を教会と王家が独占する為だ。
軽々に使えぬ力を乱用せぬようにと戒め、いざと言う時に使用許可を与える事で人々に神器の真の力は教会と王家の許可がないと使えないルールがあると思い込ませるのが目的だったのだ。
勿論長寿の他種族はそんな事はないと知っている事を理解しているが、世の大多数は短命の種族である。
そして長寿種族は外部との交流が薄い。
故に一般の寿命の民が神器の正しい知識を失うまで自分達で独占し、誰も正しい使い方を知らない時代になるのを待っているのである。
だからこそ勇者達には気軽に使う事は出来ないとして、魔獣退治に神器の力を開放する事を禁じたのであった。
だがそんな裏の事情を知らない勇者達にとっては、数少ない戦力を封じられたに過ぎない。
そして遂に魔獣は騎士爵家の領地を抜けて隣領地へと入り込んでしまった。
「ここまでだ。この先での戦闘は向こうの領主の許可が居る」
仲間の近衛騎士筆頭が追撃しようとした勇者の肩を掴んで止める。
「こんな事を何度繰り返すんだ! 他の貴族の領地に魔物が逃げ込む度に戦いを中断されてようやく許可が下りた時には折角付けた傷も治ってしまう! これじゃあいつまでたっても魔物を倒せないじゃないか!」
「国の法律でそうなっている。我々が法を守らねば民も法を破るようになる」
「けど!!」
流行る勇者を近衛騎士筆頭が宥める。
「どのみち皆体力も魔力も限界だ。休憩しなければ被害が増えるだけだぞ」
「今の状況でも十分すぎるくらい被害が出ているじゃないか! 神器の使用許可をもう一度申請してくる!」
「無駄だ。陛下と教皇猊下は今回の件で神器の使用許可は出さないと決断された。我々の実力で倒せと仰せだ」
「どうやってさ!? 毎回逃げられて、こんなの味方に足を引っ張られているようなものじゃないか!」
焦った勇者の発言を聞いていた騎士爵家の兵士達がどよめく。
勇者は貴族達の縄張り争いの事を言ったつもりだったが、兵士達からすれば自分達が足手まとい扱いされたように聞こえたのだろう。
「落ち着け」
「くっ、すまない、失言だった」
「気持ちは分かる。代わりに冒険者ギルドに呼びかけて腕の立つ冒険者を集めて貰っているから少し待て」
「冒険者? 魔族との戦いにも参加しない連中が役に立つのかい?」
冒険者と言う言葉に勇者は不信感をあらわにする。
勇者も冒険者に実力者が居る事は知っていたが、人類の敵と教わった魔族との戦争に参加しない冒険者を自分達の事しか考えない身勝手な者達と思っていたからだ。
「腕が立つのは事実だ。貴族が重宝する連中も少なくない。ゴロツキだが我々国家に仕えている騎士と違い、貴族のルールに縛られず自由に魔物を追う事が出来る。許可が下りるまでの中継ぎを務めさせる程度には役に立つさ」
「分かったよ……」
これ以上文句を言っても意味がないと判断した勇者は、地面に腰を下ろしてようやく体を休める事にする。
「それにしてもアイツは一体なんなんだ? 僕達がどれだけ攻撃しても鬱陶しそうにする程度で陽動にも乗ってこない」
おかげで作戦も意味をなさないと溜息を吐く。
「どこか目的地があるのかもしれんな」
「一体どこを目指しているんだ」
「さぁな。このままよその国に行ってくれればありがたいんだが」
近衛騎士筆頭の言葉に勇者は眉を潜める。
国家に仕える騎士の発現としては理解できるが、勇者は国ではなく世界を守る事を幼い頃から叩き込まれてきたからだ。
だからこそ、敵対している隣国であろうと民に罪はないと救いの手を伸ばさずにはいられない。
「僕が皆を守らなきゃ……」
決意に満ちたその言葉は、しかし何故か重みを感じないものであった。
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