第25話 魔王、魔蚕の糸を手にするのじゃ

「リンド様、ミニマムテイルから伝言です。シルクモス達の体調が戻ったのでさっそく糸を出すとの事です」


「ほう、もう体調が治ったのか?」


シルクモス達を保護して一週間が過ぎたが、随分と早く良くなったものじゃの。


「上級ポーションの材料となるラグラの実の効果かもしれませんね。元々栄養失調が原因でしたし」


「うむ、では様子見も兼ねてシルクモス達の糸繰りを見に行くとするかの」


「お供します」


 城の裏手にある果樹園への道すがら、メイアはニコニコと上機嫌じゃった。


「楽しそうじゃの」


「え? 分かりますか?」


「そりゃあのう」


 魔王国でのメイアはメイド長という立場もあって基本的にはクールに振舞っておった。

 わらわの着替えの時以外はの。

 いやそれを言うと宮廷メイド隊の者達は皆そんな感じじゃったが……


「シルクモスの糸といえば探してもなかなか手に入らない超高級品ですから。それがこれから定期的に手に入ると聞いては心が湧きたたない訳がございません」


「お主も乙女じゃのう」


 成程、確かに女子なら己が身を飾り立てたいと思うのも当然じゃ。

 まぁわらわは戦いに明け暮れておった故、あまりそういった方面には興味がわかぬのじゃが。


「はい、これでリンド様をもっともっと可愛らしく着飾る事が出来ます!」


「……自分の為じゃないんかい」


「私は良いんですよ! 重要なのはリンド様を愛らしく着飾る事です! 折角魔王という立場から解放されたのですから、これからはバンバン可愛くなっていきましょう!」


 前言撤回じゃ。やはりこ奴等は普通の乙女とはちょっと感性が違うみたいじゃった。


「……程々にな」


 すぐ傍にある果樹園にたどり着く前から疲れた気がするのじゃ。


 ◆


 果樹園に到着すると、傍にいたシルクモス達がわらわの来訪に気付き、手をあげて挨拶してくる。


「お早うモス」


「うむ。なんでも体調が良くなって糸繰りを始めたと聞いたが?」


「そうモス。さっそく皆でやってるモス。見て行くモスか?」


「うむ」


 シルクモスに案内されて果樹園に入ると、一匹のシルクモスを他のシルクモス達が囲んでぐるぐると回っておった。

 シルクモス達は手に木の棒に仲間の糸を撒いて体を覆う糸を纏めておるようじゃ。


「モッスモッス」


「モーッス、モーッス」


「モモモス、モモモス」


 遊んでいるようにも見えるその光景は中々に微笑ましいのう。


「頑張っとるのう」


「久々の糸出しだから気合入ってるモス」


「そしてこれが出来た糸だモス」


 そういってシルクモスは近くの木に立てかけていた糸をわらわ達に見せてくれる。


「おお、これは!?」


「っっっ!?」


 その糸はまるで宝石のように煌めいており、高級糸の名は伊達ではないと素人のわらわにも納得の出来じゃった。


「凄いのう。まるで真珠のように煌めいておるぞ」


「こ、これが採取したてのシルクモスの糸……これほどまでに」


 メイアに至っては感動で恍惚とした表情になっておるわ。


「そしてこれがさっき織ったばかりのモス達の生地モス」」


 そう言ってシルクモスが取り出したのはキラキラと煌めく白い生地じゃった。


「「…………え?」」


「久しぶりだからイマイチモスけどね」


「え……ええーーーーーーっ!?」


 どうして生地があるんじゃ、と聞こうとした瞬間、メイアが悲鳴のような絶叫をあげる。


「ななななななんで生地なんてあるんですか!? 織機は!? この艶は!? これは何なんですかーーーーーっ!?」


「お、落ち着けメイア」


 いかん、興奮のあまり支離滅裂になっておる。


「これが落ち着いていられますか! シルクモスの生地なんですよ!? しかもこんな綺麗な生地は見たこともありません!!」


「い、いや、まぁ、その気持ちは分からんでもないが」


「綺麗? これがモスか?」


 しかしメイアの猛烈な勢いに反して、シルクモスは不思議な事を聞いたかのように首を傾げた。


「いや綺麗じゃろ。服に大して興味のないわらわが見ても相当な物じゃとわかるぞ」


「そうですよ! 最高級のシルクモス生地ですらここまでの品質は見た事がありません!」


 そう言ってメイアは懐から一枚のハンカチを取り出す。


「見てください! これが魔王国に出回っているシルクモス生地のハンカチです!」


「おおー、綺麗じゃのう」


 美しい刺繍と相まって生地の艶が映える良い品じゃな。正直言って気軽に使える気がせぬぞ。

 ただ、それ程良い品であるのじゃが、シルクモス達が織った生地に比べると……のう?


「あー、これはダメダメモスねぇ。お腹壊して死にかけてる時に出した糸くらい質が悪いモス」


「なんかお主等の糸が汚く聞こえてくるからその言い方は止めるのじゃ」


 シルクモス達の厳しい、というよりちょっと下品な酷評をわらわは窘める。


「それに糸繰りも機織りもヘッタクソモスねぇ。モス達の出し始めの糸を使ったヤツよりも質が悪モスよ」


「それでも納得いかんのか?」


 正直言って結構な品だと思うのじゃが?


「モス達の糸は初めに出した糸は良くない糸モス。だから出し始めの糸は取り除いて子供の練習用に使うモスよ」


「こ、これが子供の練習用?」


「まぁこれは久しぶりの機織りの練習に使ったモノモスけどね。ほら、あっちでちゃんとした糸を使った機織りをしてるモス」


「モモッス、モモッス」


「モモッモス。モモッモス」


「モモモーモモス、モモモーモモス」


 さっきまで糸繰りをしておったシルクモス達じゃったが、今度は三匹のシルクモスが横一列に寝転がり、脚を上にあげておった。

正直言って死んだセミが地面に転がってるのを思い出して嫌な光景なんじゃが。


 そんなシルクモス達はそれぞれの足に糸を絡ませており、リズミカルな鳴き声と共に4匹目のシルクモスが足の糸を動かしながら移動しておった。


「なんじゃあれ? シルクモス達の足に糸を引っかけておるが?」


「そうモス。モス達はそれぞれが人間が言う織機役と機織り役に分かれて生地を織るんだモス」


「生きた機織り機と言う訳か。大したモンじゃのう」


 確かにシルクモス達の動きを見ていると、糸が少しず組みあがって生地の形になってゆくのが分かる。


「そ、そんな……シルクモスは糸の精製から糸繰り、そして機織りまで自分達でこなすのですか!?」


「なんじゃ、メイアも知らなんだのか?」


 シルクモスの糸は有名じゃし、てっきりメイアもこの事を知っておると思ったのじゃが。


「知りませんよ! シルクモスがここまで出来るなんて聞いた事もありません。恐らく魔王国、いえ世界中の誰も知りませんよ!?」


 マジか。もしかしてこれ物凄い光景なのかの?

 じゃがそうなると疑問が残る。


「他種族に捕まった者達から情報が漏れたりせんかったのかの?」


 メイアが絶賛する程の品じゃ。当然商人達も注目すると思うのじゃが。


「恐らくですが商人達はシルクモス達の糸にしか興味が無いので、糸を吐いたらすぐに取り上げてしまうのだと思います。糸が無ければ糸繰りも出来ませんし、そもそも魔物使いか素質のある者にしか魔物と会話は出来ませんので、機織りが出来ることに誰も気付かなかったのでしょう」


 ああ成る程、どれだけ才能があってもそれを発揮する機会が無ければ気付かぬと言う事か。道理じゃの。


「ここは外敵も居ないから安心して生地を作れて嬉しいモス。今まではいつでも逃げれるように気を張っていたから、品質がいまいちだったモスけど、今は糸繰りと機織りに専念できるから気合を入れて作業出来るモス!」


 シルクモス達は心底楽しそうに生地を織り続ける。


「しかしお主等なんで生地なんて織るんじゃ? お主等の糸は体を保護する為の毛皮みたいなもんじゃろ?」


 正直言ってわざわざ生地にする意味無くないかの?


「それだけじゃないモス。モス達の糸は巣を住みやすくする為のベッドやオシャレに使うモス」


 ああ成る程、蜘蛛の巣や鳥の巣のようなものか。

 シルクモス達は自分達の巣を彩る為に生地の形にするのじゃろうな。


「納得のいく生地が出来たら持っていくモスから期待して待ってて欲しいモス!」


「うむ、よろしく頼んだぞ」


 シルクモスの自信満々な言葉に満足したわらわは、彼等が満足する出来の生地が完成するのを楽しみに果樹園を後にしたのじゃった。

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