魔王、魔物達を保護するのじゃの章

第24話 魔王、果物泥棒を捕らえるのじゃ

「大変でさぁ! ラグラの木が荒らされたんでさぁ!」


「なんじゃと!?」


 貴重なラグラの木が荒らされたと聞いて、わらわは急ぎ畑へと向かった。

 畑は山菜や野菜の植えられた普通の畑の他、ラグラの木を始めとした果物の成る木を植えた果樹園の二つのエリアに分けられておる。


「うーん、ちょっと見ぬ間になんか区画整理されておるんじゃが……」


「頑張りましたので」


 既に現場に到着していたメイアが自慢げに胸を張る。揺らすな、ぶっ叩くぞ。

 いやいや、それはどうでも良くないが良いのじゃ。


「ふむ、わらわには荒されたようには見えぬが?」


 荒らされたと聞いたゆえ、酷いことになっておるのかと思ったが、ぱっと見特に何も起きてないのう。


「そんな事ないわ。ここの果樹園はアタシ達がちゃんと管理してるから、勝手に食べたら分かるのよ」


 と、果樹園を住処にしているミニマムテイルのリリリルが反論する。


「単に腹の減った者が多く食べただけではないのか?」


「違うんでさぁ。被害にあったのはラグラの実だけなんでさぁ。他の食いモンには見向きもしてねぇんです。それに実の捥ぎ方があっしらとは違うんですよ。見てくだせぇ。あっしらは木が傷つかない様にこんな切り口になる様に捥ぐんですが、こっちはもっと雑に切られてんです」


 と、ビッグガイは身内説を否定する。


「おお、確かに切り口が違うのう。ではミニマムテイル以外の魔物が勝手にラグラの木に手を出したと言う事か」


「いや、それもねぇと思いやす」


「何故そう思うんじゃ?」


「あっしら島のモンは姉御に忠誠を誓いやした。ですんで姉御に逆らうような真似はしやせんぜ。どいつも姉御の力は思い知ってやすから」


 あー、そう言えば森以外を縄張りにする魔物達もあっさり下したからのう。


「それにアタシ達に頼めばラグラの実は分けて貰えるから勝手に持っていくことはないと思うわ。メイア様から数を管理できるよう私達に頼めって命令されてるの。破ったらキツイお仕置きがあるから皆従順よ」


「ふむ、少々気になる発言はあったが、言えば貰えるのなら波風立たせるような真似もせぬか。そうなると一体誰が……」


 そこでふとわらわは浜辺に流れ着いたあの木片を思い出す。


「よもや外から流れ着いたか?」


 わらわの張った結界はあくまで外から認識できなくする為のもの。

 気絶して意識を失っていた場合は意味をなさぬじゃろう。

 偶然島に流れ着いた者が食料を求めてたどり着いた結果、ラグラの木を見てつい魔が差したか?

 

「ふむ、ちと調べてみるとするか」


 悪意が無いなら良いのじゃが、変な連中に島を荒らされても困る故な。


 ◆


 夜も深まった頃、ラグラの木に向かって何かが近づいてきた。

 数はたったの5、力もとても弱く、言われなければ気付かなかった程。

 それらはラグラの木に身を寄せると、たわわに実った果実に触れる。


「そこまでじゃ!」


「「「っ!?」」」


 メイアの放った魔法の灯りがラグラの木に群がったそれ等を眩く照らしだす。

 ふむ、ラグラの木だけを狙った以上、またやってくると考えたが、まさか二日連続で来るとはの。


 果物泥棒はわらわ達に囲まれた事で身動きすら出来ずにいた。

 わらわ、メイア、ガル、毛玉スライムとミニマムテイルの群れ……うん、これあまり怖くないのう。

 せいぜい聖獣のガルくらいか?


 ともあれ果物泥棒に反抗の意思は見えぬ。

 いや、そもそもこ奴等、反抗す出来る程の力を持っておらぬようじゃからな。


「よもや犯人がシルクモスとは」


 と、魔物を見たメイアが珍しく驚きの表情を浮かべておる。

 そう、犯人は巨大な白い蛾の魔物じゃったのじゃ。

 それも全身がフワフワの毛に覆われた魔物じゃ。


「シルクモスと言うと、深い森の奥に潜む虫の魔物じゃったか。確か糸が高級な服の材料になるんじゃったかの?」


「左様でございます。シルクモスは自分で作り出した糸を全身に覆う事で身を護る魔物です。言ってみれば羊の毛皮と蝶の繭の中間といったところでしょうか。大変質が良い糸を出すので様々な者達から狙われます」


 しかしとメイアは言葉を区切る。


「ただ臆病な上に他種族から糸を狙われて乱獲されるので自分から外に出てくることは極めて稀な事と、捕らえても環境の変化の影響か碌に糸を吐き出さないのだとか。ですので体の糸を回収した後は糸を吐き出させる為の研究に回しているそうですが今のところ成功例はありませんね」


 そりゃまた繊細な魔物じゃのう。

しかし極めて稀、のう。


「ビッグガイ、こやつ等は島の魔物か?」


 念のためビッグガイに確認を取る。

 もしかしたらわらわが気付いていなかっただけやもしれぬし、外敵らしい外敵の居ないこの島の魔物ならシルクモスも臆病にならず外を出歩く可能性もあるからじゃ。


「いえ、見たことねぇ連中でやすね」


 ふむ、ではやはり予想通りか。

 とはいえ念のため確認はとっておくか。


「お主等」


「「「っ!?」」」」


 わらわが声をかけると、シルクモス達はビクリと体を震わせる。


「そう怯えるでない。危害を加えるつもりはないぞ」


 こちらに敵対意思がない事を伝えるが、シルクモス達は警戒を解く様子が見えぬ。

 震えながら仲間達と身を寄せ合うばかりじゃ。


「お主等、どうやってこの島にやって来たのじゃ?」


「ひ、人族に捕まったんだモス……」


 ふむ、やはりそうか……ってモス!?

 なんじゃそのベッタベタな語尾は? キャラ付けとしても安易でないかの? 毛玉スライムですらスラーとかケダーとか言わぬぞ!?


 ああいや、それはどうでも良い。


「モス達は暗い所に詰め込まれて知らない場所に連れて行かれたんだモス。外を見れたのはモス達が生きてるか確認される時だけだったモス。そしたら急に地面がグラグラ揺れだしてもの凄く怖かったモス」


多分船に乗せられたんじゃろうな。


「でも暫くしたら揺れが凄くなって、ビキビキ怖い音が鳴ったと思ったら物凄い轟音と共に世界がグルグル回り出したんだモス」


 あー、船が転覆したか壊れたか。

 で、その後はシルクモス達の入った木箱あたりが海に放り出されたと。


「気が付いたら外が見えるようになったモスけど、周りはしょっぱい水ばかりで死んじゃうと思ったモス。それで何日も流されていたらここにたどり着いたんだモス」


 そして僅かに残った力を振り絞って島にたどり着くと、必死で食べ物を探したとの事じゃった。


「事情は分かったがなぜラグラの木だけを狙ったのじゃ? 他にも果物の成る木はあったじゃろうに」


「分からないモス。ただ、これを食べないといけないって思ったんだモス」


 ふむ、シルクモス達がラグラの木をピンポイントで狙ったのも、本能が消耗した体力を回復させる為に無意識に求めたのかもしれんのう。

何せ上級ポーションの原料になるくらいじゃからの。


「それは大変じゃったのう」


「おつかれさまー」


「君達も大変だったねー」


 事情を話し終えたシルクモス達に毛玉スライム達が群がる。


「僕達も強い魔物に狙われて大変だったんだけど、魔王様が助けてくれたんだよー」


「そうなのモス? その人は良い魔族モス?」


「そうだよー。凄く強くて優しいんだよー」


「「「……」」」


 シルクモス達がわらわを見つめる。その眼差しに恐怖はまだ残っていたが、先ほどまでと比べればだいぶ薄れておった。

 それはわらわが良い魔族と保証された事よりも、自分と同じく弱い毛玉スライムがそう断言した事の方を重視しているようでもあった。


「さて、落ち着いたところでこれからの話をするとしようかの。お主等、故郷に帰りたいか?」


「か、返してくれるモスか?」


「お主等が望むならな」


 シルクモス達は人族に無理やり連れてこられた訳じゃからの。

 何も知らずに生きる為にラグラの実を喰らったのであれば、責めるのはお門違いと言うものじゃろ。


「か、帰れるなら帰りたいけど、暗い所に閉じ込められていたからどこが故郷か分からないモス」


 ああ、そういえばそうじゃったの。

「ふむ、そうなると故郷を探すのは難しそうじゃの」


「探すとなれば商人経由で船が行方不明になった商会を探すべきかと」


 どちらにしても時間がかかるのう。


「……えっと、出来ればここで暮らさせてほしいモス。モス達は故郷に帰ってもまた他の種族に狙われるだけなのでモス」


「ふむ、しかし良いのか? わらわ達もお主等を誘拐した人族と変わりないかもしれんぞ?」


 それじゃと結果としては自分達が搾取されるだけじゃと思うぞ?


「人族は碌にご飯をくれなかったモス。栄養が足りないとモス達は糸を出せないモス。美味しいご飯を提供してくれたら糸は勝手に出るモス」


 そうなのかとメイアに視線を送ると、メイアは初耳だと首を横に振った。


「シルクモスに糸を出させる研究をしておるのではないのか?」


「その筈ですが……あっ、もしかして魔物使いを間に挟んでいないのかもしれません」


「む? どういう事じゃ?」


「魔物使いは自分がテイムした魔物を操る職業ですから、操れる数に限界がある以上戦闘用でもない魔物をテイムする事を嫌がったのでは?」


「成る程のう。しかしそれなら捕らえた商人達にテイマーの素質がある者はおらなんだのかのう?」


金になる魔物を従える為の専属テイマーくらい居そうなんじゃが。


「誘拐された魔物は契約を嫌がりそうですし、無理やり従えさせてもシルクモスの言葉を信じない可能性もあります。結果食事が欲しければと言って無理やり糸を吐かせたあげく餓死させた可能性もありますね」


 ああ、強欲な商人ならエサ代をケチるじゃろうしそもそも信じようとせんか。

 それは十分にありそうじゃな。



「他の種族から守ってくれてご飯を食べれるなら贅沢言わないモス。でも良い糸が欲しいならこの木の果物が欲しいモス」


 ふむ、良い糸の材料にする為にと言う考えなら確かに悪い契約ではないのかもしれんのう。

 良い鉄が無ければ良い剣は作れぬ。それと同じと言う事か。


「よかろう、その申し出受けるのじゃ」


「ありがとうモス!」


 申し出が受け入れられた事でシルクモス達が喜びに羽根を震わせる。

ううむ、短期間に新しい住人が増えたのう。


「シルクモスの糸はかなり貴重ですから、大陸で活動する際に商人貴族問わず有益な武器となりますね」


 まぁわらわは高級な糸とかどうでも良いしのう。メイアの情報収集の役にたつならそれでも……


「それにリンド様のお着替えを作るのに最適な素材ですから」


「っ!?」


 何か今、やっぱ止めておけって物凄く強く感じたんじゃけどーっ!?


「わーい、新しい仲間だー。よろしくねー」


「へへっ、リンドの姉御の島に流れ着くとは運が良かったなお前等。もう怖いもんなんかないぜ!」


 そんなわらわの危機感を尻目に、毛玉スライム達はワチャワチャと新たな住人を祝福するのじゃった。

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