第22話 魔王、聖獣と遭遇するのじゃ

遂に姿を見せた聖獣は、ガリガリに痩せ細って倒れた。


「って、お主もかい!」


 わらわはメイアから重湯を受け取ると、急ぎ聖獣の口に流し込む。


「ぐっ、止めろ……何を飲ませる気だ……」


 じゃが聖獣は頑なに拒絶する。


「良いからさっさと飲み込め。飢え死にするぞ」


「敵に受ける情けはない」


 む? こ奴もしかしてわらわ達が魔族である事を察しておるのか?

 腐っても、いや痩せても聖獣と言う事か。じゃが……


「その有様で敵もへったくれもあるかい。良いからさっさと飲み込め。村人達は食ったぞ」


「……何?」


 重湯を抵抗していた聖獣じゃったが、わらわの言葉を聞いて村人達に視線を向ける。

 そこにはやせ細ったままではあったが、久方ぶりの食事を口にして微笑んでいる村人達の姿があった。


「お前達が皆に?」


「そうじゃ」


「何故だ?」


「死にかけておったからじゃ。それ以外に理由は要るまい?」


「……」


 わらわの返答に納得したのか、聖獣の体から抵抗が無くなる。

 受け入れたのか、それとももうそんな体力も無くなったのか。

 聖獣はわらわの差し出した重湯の容器にゆっくりと舌をつけ、危険が無いかを確かめる。

 しかし次の瞬間、聖獣の目がギラリと輝き、下だけでなく口ごと重湯の中に突っ込む。

ガツガツガツと別人のような姿で重湯を貪り始める聖獣。

これまで必死に我慢していた食欲が解き放たれたかのような勢いじゃな。

 すぐに聖獣は重湯を喰い尽くす。


「お代わりもあるがい……」


「いるっ!!」


要るかと聞こうとしたら、食い気味でお代わりを要求してくる聖獣に苦笑しつつもメイアがお代わりを寄こすと、聖獣は夢中で重湯を食べ続けた。


 ◆


「礼を言う」


 腹が膨れた事で多少は警戒が解けたのか、聖獣が礼を言ってきた。

 そして村人達も改めて頭を下げてくる。


「気にするな。偶々寄り掛かった縁じゃ。それよりも聖獣よ、これは一体どういう事じゃ?」


 わらわに問われて聖獣が目を細める。

 それはこちらの意図を測りかねている訳ではなく、どこから説明したものかと考えあぐねているように見えた。


「時間に追われている訳でなければ、最初からお話になればよろしいと思いますよ。その方が私達も深く事情を理解できますし」


 村人達の容態を見ながら、メイアがフォローを入れてくる。


「そうだな。その方が良いだろう」


 聖獣もその方が良いと思ったのか、ぽつぽつと事情を話し始めた。


「この村は我を世話する為の者達が暮らす守り人の村と言う」


「ふむ、そう言う村があると言う話は聞いたことがある。じゃがそれがどこにあるのかまでは分からなんだ。このように結界に隠されていたからなのじゃな」


「それは正解であって正解ではない」


「む? それはどういう意味じゃ?」


「元々守り人の村などは無かったのだ。昔は今ほど安全ではなかった故、多くの地上の民が魔物や魔獣の被害に遭っていた。我は気まぐれに襲われていた者達を救い、我に助けられた者達が我に礼がしたいと言って集まったのがこの村なのだ」


 成程のう。単純に聖獣の周りに作られた村が守り人の村と呼ばれるようになった訳か。


「とはいえ我も無敵の存在と言う訳ではない。属性相性の悪い相手には不覚を取る時もある。その時に我を救ってくれたのが、初代聖女だ」


 ほほう、ここで初代聖女が出てくるか。


「初代聖女はその凄まじい力で我が苦戦した魔獣を瞬く間に打倒した」


 ん? 今何か妙な発言が混ざらんかったか?


「ちょっと待て」


「何だ?」


「確か初代聖女は慈悲深き心と祈りの力で荒ぶる魔獣達を鎮めたと聞いたが?」


「はははははっ、そんな訳が無かろう。強力な魔獣が祈りや心で静かになるものか。聖女の拳と踵で地面に叩きつけられて静かになったのだ」


 おぉう、なんという事じゃ。初代聖女、まさかの超武闘派じゃったのか。


「とはいえ初代聖女の命の力は確かなものだ。深手を負った我の傷を癒したのだからな」


 ふむ、回復魔法の腕は確かと言う事か。


「その後我は初代聖女に借りを返す為、力を貸した。と言っても大抵の敵は初代聖女に罹れば的にもならぬ故、もっぱら移動手段くらいにしかならなんだが」


 聞きしに勝る武闘派っぷりじゃのう。聖獣が戦力にすらならぬとは……


「ただその後が面倒でな。初代聖女と共に戦った我の名が独り歩きして人族が我を頼ってくるようになったのだ。それが一度や二度ならともかく、頻繁に来るものだから我もうんざりしてな」


「それでどうしたのじゃ?」


「初代聖女に相談したら、結界を張ってくれたのだ」


もしやそれが……


「そう、山を覆っていた結界だ」


 なんと、あの結界は初代聖女の作ったものだったのか。


「初代聖女は力だけは大したものだったからな。大抵の連中は入れない頑丈な結界が出来あがった」


「それは良かった……と言っていいのか?」


 一見すると良い話じゃが、わらわはどうにもやせ細った村人と聖獣の姿が気になった。


「お前の言いたい事は分かる。だがな、昔は問題なかったのだ。問題となったのはそれから二代先の、三代目聖女の時代だ」


ふむ、人族の感覚からしたら随分と時間が空くの。


「その時は初代聖女の術を破る者が現れたことに驚いたものだった。とはいえ初代聖女は力づくなところがあったからな、術に詳しいものならその穴を突くことは不可能ではなかったのだろう。連中は初代聖女の作った結界を弄り、自分達が許可しないと結界を解除する事が出来なくしたのだ」


ほう、あの結界を操作したのか。なかなかに大したものじゃ。

 ああそうか、先ほど結界を調べてた時に感じた作りの違う部分はその術者が結界を作り替えた部分なんじゃな。


「正直に言えば、我だけなら結界を力づくで抜ける事は可能だった。だが守り人達はそうもいかん。連中は守り人達の食料や生活物資を盾に我に力を貸すようにと要求してきたのだ」


まさかの守り人達を人質か。

相も変わらず人族はえげつない事をするのう。


「結界の大部分は初代聖女が作った物だった事もあって、破壊する事は出来なかった。それに勝手に集まってきたとはいえ、我を慕う者達だ。群れに集う者達を見捨てる訳にはいかん」


「聖獣様……」


 聖獣の言葉に村人達が涙ぐむ。


「まぁだからと言って我もいいように使われる気はなかったのでな。脅してきた連中の半分を八つ裂きにしてやった。あくまで我の気まぐれで力を貸してやると言う体でな」


野生の世界でなくとも世の中舐められたらおしまいじゃからの。正しい判断じゃ。


「脅した甲斐もあって連中も我の力を借りるのは本当に必要な時だけにする事にしたようでな、これまでは比較的平穏に暮らす事が出来た。だが先の魔王討伐の後から状況が変わった」


「ほう?」


「勇者達の友を蒼天王龍ガイネスと交代したあとから援助物資が届かなくなったのだ」


「援助が打ち切られたのか」


「うむ。元々聖女が代替わりするごとに援助の量も減っていたが、それでも暫くは森の恵みを得る事で生活は出来ていた。だがそれも少し前から立ち行かなくなってきたのだ」


 と、そこで聖獣は予想外の問題が発生した事を告げる。


「援助物資の中には食料も数多く入っていた。だがそれが無くなった事で我等は山の中にある資源だけで暮らさねばならなくなった。その結果狩りや採取での収穫量が増え、山の恵みがどんどん減っていったのだ」


「じゃが取り過ぎねば問題ないのではないか? 畑だってあるじゃろ?」


「普通の山ならな。だが結界が悪さをした。これまでは気付かなかったが、結界は山に生きる命全てを拒んでいたのだ」


「もしや獣や虫も結界で入れぬようになっておったのか?」


「そうだ。本来なら悪意を持った者だけを阻む結界だったのだが、三代目聖女と共にやって来た術者によって手当たり次第に侵入を拒むものに作り替えられていたのだ」


つまり結界の内部は、三代目聖女達によって結界が作り替えられた時の数しかおらず、これまでは援助物資もあって、多少減っても自然のサイクルで数の調整が出来ておった。

じゃが援助が無くなったことでそのバランスが崩れ、減った獣は他の縄張りからやってくることもなく、鳥や虫も来ぬ故、糞の中から果物の種が芽吹く事もなかったと。


「その事に気付いたのは村に戻ってからしばらくした時だ。我は直ぐに結界の外に出て狩った獣や魔物を村人に提供したが、それにも限度がある。近場の食える魔物は獣はどんどん減り、狩るには遠出をしないといけなくなった」


 そうしてどんどん食べるものが無くなっていったことで、遂に村は限界を迎えたと言う事か。

 なんともやり切れぬ話じゃ。


「聖女、いや教会がお主等を見捨てたと言う事か」


「ふふっ、弱い聖獣は要らぬと言う事であろう」


 じゃがそれだけで貴重な戦力である聖獣を切り捨てるとも思えぬのじゃが……


「リンド様、もしかしたら例の魔物の育成計画が関係し得地るのかもしれませんよ」


 とメイアが耳元で囁く。

 成程のう。強いが扱いづらい聖獣よりも、言う事を聞く大量の戦力を選んだと言う事か。

 使役した魔物で相手にならぬ強敵は蒼天王龍ガイネスが居れば何とかなると判断した訳じゃな。


「もしかしたら結界の事を忘れているのかもしれんな」


 皮肉めいた口調で笑う聖獣。やせ細った体でその笑みは、アンデッドの様な不気味さがあった。


 しかし愚かな話じゃな。自分達に力を貸してくれた存在をこのように無下に扱い、用なしと判断するや見捨てるとは。

 しかも聖獣のこのやせ細り方、自分の食う分を削ってまで村の者達に与えておったのじゃろう。

 もしかしたら、自分の所為で閉じ込められた村人達と運命を共にするつもりだったのではないか?

 ううむ、義理堅過ぎんかのう、こ奴。

 そのあまりにも誇り高い姿に、我はある決断を下した。


「のう聖獣よ」


「何だ魔族の娘よ」


 やはりわらわ達の正体に気付いておったか。


「お主、わわらの所に来んか?」


「何?」


 わらわの提案に聖獣の目が驚きに開かれる。


「こんな所におっても先はない。それならいっそわらわの所に引っ越さぬか?」


「……気持ちはありがたいが遠慮する」


 しかし聖獣はこの申し出を断った。

 その眼差しは村人達に向いて居る。


「村人達が気がかりか」


 聖獣は無言を通すが、それは肯定と同じじゃよ。


「ならば村人達も来るが良い」


「それが出来れば苦労しない! この結界を作ったのは現代の劣化した術者などではない、あの初代聖女だ!」


 であろうな。ここから出る事が出来るのは聖獣だけじゃからの。


「わらわなら出来るぞ」


「そのような絵空事、やって見せてから言え! もしもそんな事が出来るのならどこへでも行ってやろうとも!」


 くくっ、言質を取ったぞ。


「それなら問題ない。既に結界は解除しておいたでな」


「何?」


 予想していなかった言葉を受けて聖獣がキョトンとなる。


「気付かなんだのか? とっくに結界は解除されておる。見よ」


わらわが点を指差すと、聖獣も同じ方向を見つめる。

その先に何があると言うのかと、不機嫌そうな聖獣だったが、その瞳にあるものが移ると驚愕の表情に変わる。


「……鳥が!?」


 そう、そらを跳んでいたのは鳥じゃった。

 それも一羽や二羽ではない。鳥の群れじゃ。


「おお、鳥だべ」


「ひっさしぶりに見ただなぁ」


 チチチチッと鳴き声を上げながら飛ぶ鳥の群れに村人達が歓声をあげる。


「鳥だけではない、虫も獣も感じられるじゃろう」


 わらわの言葉にハッとなった聖獣が意識を集中して周囲を探る。

 現にわらわの魔力探知でも、村に向かって少しずつ小さな生き物が近づいて来る反応が見える。

 結界があった頃ならあり得ない反応じゃ。


「お、おお……本当に、本当に結界を破壊したというのか?」


「だからわらわ達がここに来れたのじゃよ」


「そ、そうか。言われてみればそうだな。何故気付かなかったのか……」


 言われてようやくわらわ達が結界があるにもかかわらず村にやってこれた事に気付く聖獣。


「餓死寸前で意識が朦朧としていたのです。栄養が足りずまともにものを考える事も困難だったのではありませんか?」


「そうじゃの。そこまで体が弱っていては結界の有無を感知するのも難しかろう」


 寧ろよくもまぁこんな有り様で動き回れたものよ。


「で、どうする?」


 気がかりが無くなった所でわらわが再び問いかけると、聖獣は落ち着きを取り戻した様子でこちらを見つめてくる。


「……分かった。どこにでも連れて行くがいい。お前達に従おう。だが村人達だけは自由にしてやってくれ。この者達は人だ。人の領域で暮らすべきだろう」


 ふむ、恩義は感じるが、完全に信じた訳ではないというところか。

 じゃが聖獣の言葉に対し、村人達が待ったをかける。


「そんな事を言わねぇでくだせぇ聖獣様!」


「そうでさぁ! オラ達は聖獣様と一緒に居たいだよ!」


「お前達……!? だがこの者は魔族だ。この者達に付いていくと言う事は、魔族の領域に行くという事。人族と戦争をしていた魔族の領域に行けば、お前達はただでは済まない」


「それを言ったら聖獣様も同じだべ!」


「むっ!?」


 痛いところを突かれて言葉を詰まらせる聖獣。


「だ、だが我は聖獣だ。いざとなれば自分の身を守る事が出来る!」


「けどオラ達は聖獣様と一緒が良いべ! オラ達は聖獣様の守り人だべ!」


「どっか行けだなんて悲しい事言わねぇでくんろ!」


「お、お前達……」


 喜び半分心配半分といった様子で聖獣は戸惑う。

 まぁ変に不安にさせる必要も無い。助け舟を出してやるとするかの。


「心配せずとも、お主等を連れて行くのは魔族の領域ではないぞ」


「む? そうなのか?」


「うむ。わらわも魔族の領域には戻りたくない理由があってな、人のおらぬ無人の地で暮らして居る。そこなら村の者達も安心して暮らせよう」


「むぅ……」


 正直言えばこのまま村の者達を外に放り出すのは別の意味で危険を感じておった。

 というのも聖獣を慕って数百年もの間外界から隔離されてきた彼等は、あまりにも無垢だからじゃ。

 そんな者達を突然外界に放り出せば、外の人間の邪悪さに耐えらえぬじゃろう。

 具体的にはいいように食い物にされる。


「よろしいのですか?」


 と、メイアがわらわの耳元で本当に村人達を連れて行って良いのかと問うてくる。


「そうじゃな。人族を連れて行く事で問題が起きるかもしれぬが、こ奴らと話した感じではその可能性も薄いと思っておる」


「そうなのですか?」


「うむ。こ奴らじゃが、長年外界から隔離されていた事もあってかどうもわらわ達魔族に対する敵意が薄いように見えるのじゃ」


「確かに、私達が魔族だと聖獣に言われてもあまり忌避感を感じているように見えませんね」


「うむ。我等との戦いについては物資を運ぶ者達から聞いておるじゃろうが、元々は人と魔族の戦いが本格的になる前の時代の末裔じゃ。実感が薄いのじゃろうな。わらわ達に命を救われた事もあって、魔族への不信感は更に払拭されておろう」「


「成る程」


 そんな話をしている間にも、村人達による聖獣の説得は続いておった。


「オラ達は聖獣様の傍に居る事を選んだモンの末裔だ。聖獣様がいる場所がオラ達の居場所なんだべ」


「うう……」


 村人達の剣幕に聖獣も遂に観念したのか、ガックリと項垂れると、疲れ果てた様子でわらわを見つめる。


「……頼む、村人達も連れて行ってくれ」


「うむ、任せるがよい」


「改めて名乗ろう。我の名はガールウェル。親しき者はガルと呼ぶ」


「わらわはリンドじゃ。よろしく頼むぞガルよ」


 こうしてわらわは聖獣と共に守り人達も島に連れて行く事となった。

あとは毛玉スライム達と仲良くできるかじゃな。

まぁ無理そうなら別の無人島を探して、そこに生活の基盤を整えてやれば聖獣も納得しよう。


 結果から言えばその心配はなかった。


「あんれまぁ、えれぇめんこい生き物だなぁ」


「こんにちわー」


「毛玉スライムっていうだか。このフワッフワの毛が堪らねぇなぁ」


「えっへんー」


「ああ、こりゃあ良い毛だぁ」


 村人達は紹介された毛玉スライムとミニマムテイルを見てすぐにメロメロになった。

 どうやら愛らしい生き物に目が無いとみえる。


「こっちのミニマムテイルってリスも良い毛並みの尻尾だべ」


「へへっ、俺様の尻尾の素晴らしさが分かるたぁ見どころがあるじゃねぇか」


「よろしくだべぇ」


 それにこ奴等、どうも毛玉スライム達の言葉を感じ取っている節がある。

 もしかしたら魔物使いの才能があるのかもしれぬのう。


「だけんど、手入れがいまいちだべ」


「ん?」


 しかしそこで村人の一人が毛玉スライムの毛並みにダメ出しを出す。


「んだな。ちゃんと手入れしてやればもっと綺麗な毛並みになるだよ」


 すると他の村人もそれに同意した。

 なんじゃ? まさか毛並みが原因で諍いの火種となるのか?


「そうなのー?」


「そうだべ。よかったらオラ達に毛の手入れをさせてくれねぇだか?」


 じゃが村人達は諍いではなく毛玉スライム達の毛の手入れを提案してきたのじゃ。

 

「いいよー」


「おお、ありがとうだべ! 聖獣様の毛の手入れをしてきたオラ達の力を見せてやるだよ!」


「おおー! 燃えて来ただぁ! こんなに沢山のモフモフした生き物の毛の手入れが出来るなんて夢見てぇだ!」


「やるぞー!」


「「「「「おおーっ!!」」」」」


その光景にわらわはふとある考えが思い浮かぶ。


「のう、もしかして守り人達の先祖がお主の下に集まったのは恩義ではなくて……」


「……」


 あっ、何か聖獣が物凄く微妙な顔をしておるのじゃ。これ言ってしまってもいいのかのう?


「聖獣様のモフモフの毛皮に釣られてやって来たモフモフマニアだったのではありませんか?」


 あー、言ってしまったかぁ。

 しかしメイアの予想を肯定するように、村人達は満面の笑みで毛玉スライムやミニマムテイル達の毛皮を手入れしてゆく。


「あー、良い毛並みだべぇ」


「んだんだ。一番は聖獣様の毛並みだべが、この子達も良い毛並みだべぇ」


 あー、こりゃ確定じゃの。

 ちらりと横を見れば、顔面から地面に突っ伏しておる聖獣の姿があった。


「……知りたくなかった」


 ま、まぁ、村人達も皆と仲良くなれそうで良かった……のではないかの?


 ◆聖女SIDE


 魔王達が去って一日後遅れで聖女はマルマット山へとたどり着いた。

 

「ふぅ、ようやく到着しましたか。ではすぐに結界の解除を行います」


 馬車を降りた聖女は山にかけられた結界の入り口を開ける為、開封の儀式を行う。


「本来なら聖獣の方から来るのが道理なのですが、ここの結界は聖女でないと解除する事が出来ないのが難点ですね。初代聖女様が作り出したとはいえ、面倒な事です」


 このところの苦戦で溜まっていた不満が、無意識に口からこぼれる聖女。

しかし弁えた司祭達には聞こえなかった振りをする。


「あら? 何だか妙に簡単に結界が解除されたような気が? おかしいですね。以前は結界を解除するのにもっと苦労した筈なのですが?」


解除の儀式を終えた聖女は、術が余りにもあっさり成功した事に首を傾げる。


「それは聖女様のお力が増したからでは?」


「左様。聖女様は魔王を封じた歴代有数の実力者。魔王討伐の旅を経験した事で術の精度が増したのでしょう」


 同行していた司祭達がそれは聖女が強くなったからだと持て囃す。

 だが実際には聖女の力が増した訳ではなく、ただ単に魔王が結界を完全に分解してしまったからだ。

 つまり聖女は存在しない結界を解除したと思い込んでいただけなのである。


「成程、確かに私も実戦を経験した事で神聖魔術の制御が上手くなった自覚があります。 それがこのような形で発揮されたと言う事ですか」


 このところの苦戦でささくれ立っていた心が久しぶりの成功で上向きになる聖女。


「では聖獣を迎えに行きます」


 聖女達は崩れかけた山道を登り、聖獣の世話をする守り人の村へとたどり着く。

 しかし魔王によって住民が連れ去られた村は人っ子一人居ない無人の村となっていた。


「は? これはどういう事ですか?」


 前回のように村人達から歓迎を受けると思っていた聖女は肩透かしを食らう。


「皆さん仕事にでも出かけたのでしょうか?」


「その割には女子供もいないのが奇妙です」


「まぁ別に守り人が居なくても構いません。それよりも聖獣の祠に行きます」


 すぐに村人達に興味を無くした聖女は、聖獣が住まう祠へと向かう。

 しかしそこに聖獣の姿は無かった。


「山に狩りにでも出ているのでしょうか?」


「それはありえません。私が来れば聖獣にも伝わりますから」


 聖獣は聖女が里にくればすぐに分かる。

だがそれは一般に信じられているように聖女の神聖な気配を感じるからではない。

単に結界の入り口が解除された時の魔力の変化に気付いたというだけの事。


 聖女達は聖獣が来るのを待つが、何時まで経っても聖獣が来る気配はない。

 それもそのはず。聖獣もまた村人達と共に村を捨てたのだから。

 しかしそれを知らない聖女の苛立ちは募り、司祭達の顔色が青くなる。


「そ、その、私達が聖獣様を探してきましょうか?」


「……お願いします」


 司祭達が逃げるように聖獣を探しに村を出る。

 と言うか実際に逃げ出した訳だが。

 唯一逃げる事の出来なかった聖女の専属護衛達は、聖女の不満が自分達にムカな事を祈るばかりだった。


 そして時間はさらに過ぎ、日が暮れても誰も戻ってこなかった。

 当然である。碌に山歩きの経験もなく、実戦経験すらなく、更には動きづらいヒラヒラした衣装を着た貧弱な司祭達が人探しなど出来る筈も無かったのだ。

 つまり、遭難していたのである。


「一体どうなっているのですかー!!」


 聖獣が居なくなった事に聖女が気付くのは、探索から戻って来た騎士達が遭難した司祭達の救助に向かって数日後の事だった。

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