第23話 魔王、聖獣と戯れるのじゃ

 今日はギルド長に会う為に冒険者ギルドにやって来た。

 と言うのもそろそろ約束の一ヶ月が過ぎるからじゃ。


「で、調査の結果はどうだったのじゃ?」


「ああ、それについてはこちらからも連絡しようと思っていた所だ」


 わらわが訪ねると、ギルド長は引き出しから報告書と思しき紙の束を取り出す。


「まず魔物の群れについてだが、口の堅い冒険者達に他の依頼に偽装して調査を頼んでおいた。その結果、魔物の群れは隣領地より向こうの土地から来た事しか分からなかった」


「隣領の領主は気付かなんだのか?」


「微妙なところだ。隣領地で発見した群れの跡は、町や村から遠い場所だったんだ。しかもその辺りは騎士団の巡回からギリギリ離れていてな。気付いていながら実害がないから無視したのか、純粋に気付かなかったのかは難しい所だ」


「ふむ、それは厄介じゃのう」


 いくらでも言い逃れが出来ると言う事か。


「それと国内の他の領地でも不自然な魔物の群れが発見されたらしい」


「大丈夫なのか?」


「ああ、幸いいくつかの群れは腕利きの冒険者達が討伐してくれたらしい」


「それは運が良かったのう」


 多分その中の一部はわらわ達じゃの。

 追及してこんと言う事は、変装魔法は役に立っておるようじゃ。


「しかし討伐の報告が無い群れの魔物が姿を消したそうだ」


「……ほう?」


 そっちもわらわ達の仕業じゃの。


「おそらく別の領地に向かったんだろう」


「どうするのじゃ?」


 とはいえ何も知らないフリをしておかねばな。

 本当にわらわ達が関わっていない群れもあるかもしれぬし。


「国内の冒険者ギルド支部に発見場所を報告して警戒を促すように冒険者達には連絡してある。俺の指示で動いたとバレるとマズいが、たまたま群れを発見した冒険者が報告する分には冒険者の義務だからな」


「結局群れが発生した理由は分からんと言う事か」


「残念なことにな。だがこれだけの数の群れが存在している以上、何か厄介なことが起きているのは間違いない。他の冒険者ギルド支部と連名で国に報告する事も考慮しているよ」


「うむ、無理をせぬようにな。それでわらわへの依頼はどうなるのじゃ? もう約束の一ヶ月が近いぞ?」


 依頼について尋ねると、ギルド長は何とも苦々しい顔になった。


「それなんだが、少々厄介なことになっていてな」


「厄介な事?」


 ふむ、何か面倒事か。


「ああ、どうやら面倒な魔獣が国内に出現したらしい」


「ほう、魔獣とな?」


「勇者も出張る程の大物だそうだ」


「勇者か……それは厄介じゃのう」


 勇者も来るのかー。バレはせんと思うが、あまり近づきたくないのは事実じゃのう。


「だが勇者達だけでも手に余るらしく、腕利きの冒険者達に招集が掛かっているんだ」


「もしやグラント達もか?」


「ご名答。依頼を終えた上位ランクの冒険者達はそのまま魔獣退治にかり出されたって訳だ」


 これは厄介じゃの。

 その魔獣を倒さぬ限り上級冒険者達は拘束される訳か。

 というかわらわにも参加しろとか言わぬよな?


「むぅ、と言う事は……」


「いや、流石にこれ以上拘束するのも問題がある。予算もな。だから今日でお前さんに頼んだ指名依頼は解除させてもらう。これが今日までの報酬だ」


「うむ、確かに頂戴したのじゃ」


 ふぅ、どうやら魔獣討伐に参加させられることは無さそうじゃな。


「これからどうするんだ? 指名依頼は終わったが、連絡先が分かるとありがたい……っていうかお前さん達一体どこに住んでるんだ? 町の宿には泊まってないだろ?」


「うっ、それは秘密じゃ」


 流石にそのくらいは調べておるか。

 とはいえ、居場所がバレるとつじつま合わせが大変じゃからの。適当に煙に巻いおくか。


「出来れば連絡が取りやすいと良いんだがな」


「そこは諦めて貰うしかないのう」


 

「やれやれ。だが助かった。何も起きなかったとはいえ、戦力に余裕があるとないとでは調査に割ける人材の数が違ったからな」


「なぁに、わらわの方もタダで金が貰えて美味しかったのじゃ。気にするでない」


 こうしてギルド長から受けた指名依頼は無事終わり、わらわは美味しい不労所得を失ったのじゃった。

 

 ◆


「ただいまなのじゃーって、何やっとるんじゃアイツは?」


 転移魔法で島に戻ってくると、挙動不審なガルの姿が視界に入って来た。


「おーい、何やっとるんじゃお主」


「お、おお!? リンドか」


 わらわに声をかけられたガルは、一瞬ビクリと体を震わせるものの、わらわの姿を確認してホッと溜息を吐く。


「いやホントなんでこんな所に隠れておるんじゃ?」


「いや、それがな……」


 ガルが事情を説明しようとした時じゃった。


「あっ、ガルのおじちゃん見つけたー」


 毛玉スライム達がガルの姿を見つけて群がって来る。


「しまった!」


 ガルは慌てて逃げようとするが、全方向から群がってくる毛玉スライム達によって逃げ場を失ってしまったのじゃ。


「わーい遊んでー」


「遊んでー」


「こ、こら危ないぞ」


 毛玉スライム達がガルの足元でピョンピョンと飛び跳ねると、ガルはなおさら身動きが出来なくなる。

 妙な光景じゃのう。食料が無く飢えていたガルじゃが、それでも毛玉スライム達に負ける筈もない。

 それに島でメイアが作った栄養満点の食事を食べ続けた事でまだまだ痩せては居るものの体はだいぶ回復しておつ筈じゃ。


「登るー」


「や、止めぬか」


 更に毛玉スライム達はガルの体をよじ登って行く。


「登頂ー」


 あっという間にガルの上に毛玉スライム達の塊が出来上がった。

 あー、子供はそう言うところあるのう。デッカイ背中を見ると登りたくてたまらなくなったのじゃろう。

 わらわ? わらわは大人なのでそんな気持ちにはならんぞ? 本当じゃよ? モフモフの毛並みは気にならなくもないがの。


「はっはっはっはっ、人気者じゃのう」


「見てないで止めろ!」


 しかし当のガルは必死な様子でわらわに助けを求めて来た。

 やれやれ、助け船を出してやるとするか。


「おーいお主等、こやつはわらわと大事な話をする故、しばし貸して貰えぬかの?」


「いいよー」


「またねー」


 以外にも聞き分けの良い毛玉スライム達はあっという間にガルの体から離れていった。


「ふぅ、助かった」


 毛玉スライム達から解放されてガルが大きくため息を吐く。


「何で毛玉スライム達をそこまで怖がっとるんじゃ? お主聖獣じゃろ?」


「別に怖い訳ではではない。単に……」


「単になんじゃい?」


「うっかり踏み潰してしまいそうでヒヤヒヤするのだ」


「あー、まぁのう」


 その気持ちは分からんでもない。毛玉スライムは世界最弱の魔物じゃからのう。


「ミニマムテイルもそうだ。我が寝ていると懐に潜り込んでくる」


「人気者ではないか」


「うかつに寝返りも打てんのだ!」


「そりゃ大変じゃのー」


 モッフモフの毛並みじゃからな。それに包まれて眠るのは最高に気持ちいいじゃろうなぁ。やられる方は溜まったものではないじゃろうけど。


「貴様真面目に話を聞く気がないだろう!」


 人事じゃしのー。


「まぁそう気にせんでいいんじゃないかのう?」


「気にするわ! もし踏み潰してしまったら目も当てられおわぁぁぁぁぁぁっ!?」


 その時じゃった、突然ガルが大声を上げたのじゃ。


「何じゃ?」


 ガルの視線の先を見れば、そこには波に攫われる毛玉スライム達の姿があった。


「助けてー」

 

「大変、流されてるー」


「誰か助けてー」


 浜辺に居た毛玉スライム達がとても慌てていると思えぬ声で助けを求める。

 しかし膨らんだ毛は仲間の危機に確かに慌てておるようじゃった。


「むっ、何故あのような場所まで流されておるのじゃ!?」


 浜辺には毛玉スライム達が沖に流されぬように壁を作っておいたのじゃが……

 ん? よく見ると壁の一部が壊れておるぞ?


「何じゃ? 何かぶつかったのか?」


「そんな事を言っている場合かー!」


 いうや否や、ガルは凄まじい勢いで駆け出した。

 そのまま海に飛び込むと、海面を走る様な勢いで泳いでゆく。

 そして沖に流されていた毛玉スライム達を救助すると、あっという間に浜辺へと戻ってきたのじゃった。


「大丈夫か!?」


「ありがとー」


 浜辺に降り立った毛玉スライム達が口々にガルに感謝の言葉を伝える。


「まったく、ヒヤヒヤさせるな」


「わーい、ありがとー」


「友達を助けてくれてありがとー」


 助けられた毛玉スライムだけでなく、仲間を波に流されて助けを求めていた毛玉スライム達もガルに感謝の言葉を捧げる。


「む、むぅ……」


 そして毛玉スライム達はガルの体に密着してゆく。


「お、おい!?」


 慌てるガルじゃったが、それは遊んで欲しさに密着したわけではないとすぐに分かった。

 密着していた毛玉スライム達がガルから離れると、水に濡れて萎れていた毛並みが元のフワフワな毛並みに戻っておったのじゃ。


「ふわふわになったよー」


「あ、ああ、すまないな。助かる」


 どうやら毛玉スライム達の礼じゃったようじゃの。


「ふふっ、中々良い感じではないか」


「危なっかしいだけだ」


 そうは言いつつもガルの奴、まんざらではなさそうじゃの。

 これなら毛玉スライム達とも上手いことやっていけそうじゃ。


「おじさんの水魔力たっぷりで美味しかったー」


「って魔力目当てか!」


 おっと、オチが付いてしもうたわ。


「全く……」


「くくくっ、素直じゃないのう」


 ちょっぴりショックを受けたガルがフンと鼻息を鳴らしてふて寝する。


「ふぃー、今日も良く働いたべー」


 するとそこに畑仕事から帰って来た守り人達がやってくる。

 連中、世話になるばかりでは申し訳ないと言って、畑仕事やラグラの木の面倒を見てくれておるんじゃよな。


「おお、これはいけねぇべ! 聖獣様の毛並みが乱れてるだべ!」


「海水さ濡れた所為だな、すぐに手入れさしねぇと!」


「お手入れさするだよー!」


「ぬぉーっ!?」


 あ奴らはブレんのう……


「さて、わらわは壊れた壁を治すとするかのう」


わらわは飛行魔法で壊れた壁の下に行くと、水底に大きな木の塊が沈んでいる事に気付いた。


「成る程。この木片が悪さをしたか」



じゃがこれは自然物ではないのう。

ふむ、恐らくは船の部品か? じゃがこのサイズの部品が簡単に外れるとも思えん。

どこかで魔物に襲われたか、それとも嵐でも起きて船が難破したか?



海辺の壁を修理した翌朝、わらわは微睡みを楽しんでおった。

というのもギルド長から頼まれた指名依頼が終わった事で、町に行かずともよくなったからじゃ。


「大変だ姉御!!」


 だと言うのに騒々しい声がやってきおった。


「何じゃい朝っぱらから」


 やって来たのはビッグガイだけではなく、守り人達の姿もあった。

 やれやれ、雁首揃えて何事じゃ。


「大変なんでさぁ! ラグラの木が荒らされたんですよ!」


「……なんじゃと!?」

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